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付与魔法使いは迷宮へ  作者: 灯絵 優
付与魔法使いと想望の勇者
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第四話

「お引き取り願いたく。幾度来ても答えが変わることはないでしょう」

 冷たく突き放したスールは共同墓地を掃除する手を一瞬たりとも止めず、顔さえ向けない。会話しているのは最低限の礼儀だ。

「神官の一人でもかまいません、どなたか紹介願えないだろうか」

「回復魔法の使い手は、足りているでしょう。異なことをおっしゃる」

 訪問者は勇者イデアのパーティメンバー。トリシャと名乗る女剣士である。しつこくスールに話しかけ、仕事の邪魔をしはじめ三日経つ。

 朝から晩まで付き纏うので、サシュラが閉め出した。強制的に判らせてから多少節度を覚えたが、迷惑に変わりない。

「教会から援助があることが、イデア様にとって重要なのです」

「紛い物を援助する通りがございませぬ」

 かっとトリシャの頭に血がのぼる。

「イデア様は紛い物ではない! 人々は希望を求めて、それに応えたのがイデア様だ。この世に溢れかえるモンスターの脅威は一向に減らず、滅ぼされた村々は数え切れない。それを救うことの邪魔をなぜするんだ!」

「邪魔?」

 黒髪を振り乱して興奮するトリシャは、スールの醸し出す不穏な空気に気付かない。彼女は教会が協力すればモンスターを駆逐すると信じていた。盲目で幼い。狭い世界しか知らないせいだ。

 サシュラは呆れた。誰に何を言っているのかと。

「あなた方が協力を拒むことによって、勇者の活動が大幅に制限されるでしょう。我々は同士を募らねばならない。全世界のモンスターを殲滅するために、数が、知恵が、富が、権力が! 必要なのです! 教会が一声あげれば全てが揃うのに、今まで何をやっていたんだ」

「勘違いをしないでいただきたい。教会とは光の精霊を祭り、勇者を称え祈る場所。私欲のために人々を扇動し、死地へ向かわせる道具ではないのです。そして勇者とは魔王を滅ぼし希望を与えた者。魔王は滅びました。勇者は二度と現れることはありません」

「魔族がいる。あれらが存在している以上、勇者は現れるでしょう。そもそも教会は隠しているのではないか。失われた聖剣のことも、魔族のおぞましさも!」

 掃除用具を片付けたスールは、指先をトリシャの首に当てた。触れただけで動けなくなる。得体の知れない何かに抑えられたかのように。

「なにを」

「鳥は囀れば美しいですが、姦しければ煩わしい。そのまま耳障りに鳴くならば、教会は捨て置きはしません。モンスターの被害など問題にもならぬほど、同胞を殺したいようですので」

 トリシャはようやく相手を怒らせたことに気付き、青ざめた。

「おぞましいのは果たしてどちらでしょうか。人々のためと言いながら、同じ口で戦を望む。目的のためならば手段を選びませんか。誰がどうなろうと、かまわないとおっしゃるか。ならば皇国を攻めればよろしい。海を渡るにはクラーケンが阻むでしょう。あれから見れば我々など小人も同然。海の藻屑と化す仲間達を見て、あなたは怒りを募らせ、逆恨みをし、さらに死を撒くのでしょう――」

「猊下。その嬢ちゃんは、まだ十八っすよ」

 いつの間にか首を掴もうと開いていた手を掴んだサシュラは、本当に面倒そうな顔をしていた。

「ヨズルカ王国は十五歳で成人でございます」

「壊さないでくださいって言ってんすよ。アンタもさっさと行け」

 顎をしゃくったサシュラを見て、我に返ったトリシャが覚束無い足取りで駆け去って行く。

 ため息をついて振り返ると、不服そうなスールがいた。

「猊下からしたら、腹ん中のガキみたいなもんでしょうに。ムキにならないでください」

「胎児は言葉を発しません。教会への通達はどうなりました」

「行き渡りましたよ。だからこそ焦ってるんでしょうよ。正式に勇者を否定したことが広まるのも時間の問題っすよ。機嫌直してください」

「ヘソをまげているわけではありません」

「へいへい。そろそろ二人が帰ってきます。行きましょうや」

 面倒くさそうに背中を押すと、嫌がったスールは振り払いう。

 けれど足取りは軽かった。



 迷宮から出て直ぐだった。

 一人の男が待ちかまえていた。

「おお、そうかい、そうかい。おめぇはいい子だな、よしよし」

「キュキュ! キュアキュ、クルキュ」

 モフりつくされたアルブムは、満足そうに目を細めている。大きな手にこねくり回されてぷるぷると体を震わせた。

 でれでれとした顔をしながら撫で回している本人は厳つい顔の美丈夫だ。名前はガトリー。オーウェン・イリス男爵の父親で、オーウェンが年を取ったらこうなりそうだ、というくらいには血の繋がりを感じる容姿である。

 傍目から見ると、モフモフを見つけたガトリーが目を付けたようにしか見えないが。

 彼はひとしきり堪能した後、ようやく置いてけぼりにしていた二人に顔を向ける。

「俺の倅が無礼な物言いをしたみてぇで悪かったな。勇者とも何か揉めたんだろ。俺の家に来くるか? 宿で鉢合わせになるのは気まずいだろ」

 そこらへんの親父みたいに、ガトリーが気さくに言った。

「お気遣いありがとうございます。御領主様のお考えは領民のことを考えてのことと存じています。ご心配には及びません」

「おぉ……そのかしこまった話しかたはやめてくれ。俺は引退した身だし、一代限りの騎士爵だ。陛下に爵位も返上しているしな。とりあえず来い。はるばる来てくれたんだ。最低限の持て成しもしないんじゃ、こちらの顔も立たん。あいつも自分で呼んだ客人をほっぽり出すなんて、何を考えているやら」

 ため息を吐きながら手招きする。

 立ち上がったガトリーは右足を引きずるように歩き始めた。

「神官殿も待っていることだしな」

 顔を見合わせた二人は、とりあえず着いていくことにした。



 領主の屋敷で一番お金をかけたのは壁だ。分厚く積み上げられた石には、斧で傷つけられた痕があった。ミノタウロスだろう。もしものとき、領民が逃げ込めるようにしているのだ。

「ここだけは整備してる。外は修復する金が捻出できてないがな。――失礼する」

 木戸を開くと、中で待っていたスールがさっとミルを抱き上げて椅子に座らせ、後を着いてきたシャリオスに椅子を引いてあげた。

 それを見ていたサシュラが遠い目をしている。

「わざわざいいのに。でも、ありがとう!」

「ご無事の帰還何よりでした。お疲れでしょう」

 耳がかすかに動いている。なんだか嬉しそうだ。

 テーブルには食事が所狭しと並び、目を輝かせたシャリオスが、早速食べ始める。

「気持ちいい食いっぷりだ。裏に血抜きしたミノタウロスが吊してあるから、欲しかったら追加で焼いてやる」

「やった! ガトリーさんはいい人だね。これ、塩がきいてて美味しい」

 ハーブと一緒に豪快に焼いた肉の塊を切り、パンに挟んで咀嚼する。固いパンも肉汁を吸って柔らかくなった。

 だが、肉が分厚すぎて噛みきれない。

 見かねたシャリオスは、食べかけのパンサンドを取り上げると、中の肉を薄くスライスしてミルに渡した。

「僕らが潜ってる間、何かあったの?」

「要請のことを前男爵へお伝えいたしました。現男爵より謝罪もいただいています」

「なんで謝るの?」

「私共は要請を受けてやってきましたが、放っておかれましたので」

「伝えなかったし、気付かなくてもしかたないと思うけど」

 と言うと、ガトリーは頭を掻く。

「そう言ってもらえると助かる。倅はもう少ししたら帰ってくるから、謝罪を聞いてやってくれ。じゃないと、頼んだ身でありながら客人を蔑ろにしたってんで、連名した貴族の顔も潰すことになるからな」

「ああ……そういうことなんだ」

 やっと合点がいったと頷く。

 聞けばオーウェンは近場の貴族夫人を誑し込んで色々と貢がせているらしい。童話の王子様みたいな外見と違い、中身は腹黒である。こんな領地では仕方ないのかもしれないが。

 くしゃりと顔を顰めたガトリーは、息子のことを考えると頭が痛くなる。

「昔から出来がよくてな。他家に仕えれば食ってけるだろうって領地から出したんだが、失敗だった……。騎士になったのに帰ってくるなんて」

「嬉しくないの?」

「息子が身を立てたと思ったら、落ちぶれた領地に戻ってきたんだぞ? 冗談じゃねぇ」

「男爵位を賜っていらっしゃいますよね。家を継ぎたいのではありませんか」

 爵位があれば、年金や税率などの恩恵もあるだろう。

「こんな土地、納めるほうが損に決まってんだろう。俺がいなくなりゃ、他の貴族に順番が回るだけだ。前の男爵とも血の繋がりはねぇしよ。お上がいいように采配する。継ぐ義務なんざこれっぽっちもないのに、俺はあいつが何を考えてるかわからねぇよ」

「お父上が心配だったのではありませんか」

「まさか。憎まれ口しか叩かねぇ」

 なかなか苦労をしているようで、顔に刻まれた皺も疲れた目元も哀愁が漂っている。

 ガトリーは数年前に足を怪我し後遺症が残った。本当なら別の領主に引き継いでいるはずだったが、息子が継ぐと言い出して、これ幸いにと認められてしまったのだという。

 隠居生活が遠のいて、当時は親子喧嘩の日々。酒も無いのでミノタウロスをブチ殺して憂さを晴らすしかない。

 ガトリーはやさぐれていた。

「父上、当家の恥をさらすのはそこまでにしてください」

 入出したオーウェン・イリス男爵は「食事中に失礼」と断ると、膝をついて頭を垂れた。

「遠路はるばる来てくださったとは知らず、こちらの不手際で申し訳ない」

 ごくりと生唾を飲むシャリオスがチラリと視線を寄越す。

「謝罪を受け取ります」

 視線で「こう答える感じです!」「そうなんだ」と交わしているうちに、オーウェンは立ち上がる。

「ご厚意に感謝する。領地の迷宮攻略に力を貸していただけることにも、重ね重ね慈悲深く――」

「よせよ。飯が不味くなる」

「……父上、客人の前で止めてください」

 ため息を吐かんばかりの表情で席に着いたオーウェンは、顔を顰めてパンに肉を挟んでいく。

「客人に出す料理は、次からこちらでやります」

「見栄張って逼迫しても知らねぇぞ」

「……これ美味しいし、おかまいなく」

「不自由させるつもりはないので、気を遣わなくてかまわない」

 シャリオスは牽制するように言う。食べた気がしない料理を出されても困るのだ。

 しかし侮辱と受け取ったのかオーウェンの額に青筋が浮いた。ここは貴族らしくないなと密かにミルは思う。貴族とは笑みの仮面を浮かべ、内心を悟られないようにするものである。

 再び視線を寄越された。

 何とかしてと目が訴えている。

 ミルは咳払いをした。

「イリス男爵、今の言葉は遠慮から来るものではないのです」

「というと?」

「以前お招きにあずかった領地では、それはそれは工夫を凝らした歓待を受けましたが、高貴なる方々と冒険者は生活様式から違います。魚に水が、鳥に翼が必要なように、身分に釣り合った環境でなければ恐れ多いのです。お判りいただけるでしょうか」

「私も騎士として働いていた。多少は知っているつもりだが……わかった、父上の仰るようにしよう」

 あからさまにほっとしたシャリオスに、オーウェンは苦笑した。

 その後は雑談を交えて会話が進んでいく。

「そういえば、そこの」

「キュア?」

「そうそう、お前さん。仲間はどの辺に住んでんだ?」

「……父上。駄目ですからね。うちは家畜禁止です!」

 じろりと睨まれ、ガトリーは視線をそらす。

「家畜じゃねぇ、ペットにする」

「ミノタウロスを家畜化しようとして家を半壊させたのを、忘れたとは言わせませんよ! 散歩でも行って野生動物を触ってください」

「そんなもんミノタウロスが全部殺しちまったじゃねぇか! 猪すらいねぇよ!」

「判ってるならやめてください。我が家に餌をやる余裕もありませんし。灰色狐(グリズリ)がなんの役に立つと」

「役に立つたたないじゃねぇ、モフれるかどうかなんだ。お前にゃわからんだろうがな!」

「ええわかりませんよ! 大の男がモフモフ言ってて恥ずかしくないのですか。気持ち悪いんですよ!」

「親に向かって気持ち悪いとは何だ!」

「駄目なものは駄目です!」

 つかみ合いの喧嘩が始まってしまった。

 こうなると恥も外聞もなく、苦笑いを浮かべるしかない。

「アルブムは高貴なる女王狐(クイーンテイル)だよ。騎乗できるし戦えるし、暑い日は氷吐いてくれるし、何でもよく食べるし優しいし凄くいい子なんだ」

「キューッキュッキュッキュ! キュアクルキュッ! キュアキュ」

「毛は錬金術の材料だよね。そういえばいくらになるの?」

「十五セメトくらいの袋一つで、銀貨三枚だったと思います」

「詳しく!!」

 目を金貨にした親子が身を乗り出した。仰け反りながら手に入れた値段や生息地などを伝えると、アルブムのサイズを大小確かめ、ミノタウロス食べるかきっちり聞いた。

 最後に一日に取れる毛の量を聞き、輝くような笑みを浮かべる。

「よい話をありがとう。検討してみる」

 仲間が攫われるのではとソワソワしたアルブムだが、ミノタウロスのステーキを追加されると忘れてしまった。最後は美味しいご飯が食べられるなら、ありかもしれないと尻尾を振っている。他の高貴なる女王狐(クイーンテイル)もアルブムと似た性格なら上手くやっていけるだろう。

 領主家の空いている個室を借りることになった。神官の代わりも来た。これで腰をすえて迷宮攻略をすることになった。


 食後、領主家の一室。

 大きなテーブルに広げた地図を囲うように座った一行は、厳しい顔をする。

「迷宮はどうだった。一秒でも早く別の街へいくために教えてくれ」

「お姉さんと遊べないからって……。目標は三十二階層だったけど、四十階層までなら何とかなったよ」

「最高到達点は四十五階層だったよな。難易度が低いのか」

「ここまでは。でも三十二階層から大部屋に変化する。モンスターハウスだ。キュクロプスが出てきて、ミノタウロスは雑兵みたいになった。この迷宮、階層を進めるごとに能力が高い個体が現れるんだ。大部屋からも同じだから、クルーセ迷宮の特徴かもしれない」

 知恵が回るモンスターは厄介だ。障壁で妨害すると、ミルを倒そうと集まって来たり、毒スライムを投げてくる。

「四十階層からは罠が追加された」

 踏むと壁から矢が発射されるタイプである。

「タイルに模様があるからわかりやすいけど、巧妙になっていくと思う。連携も形になってきてて、最後は総力戦になりかねない。この迷宮は正面突破をさせるような構造だから」

「軍隊向けというわけですか……」

「まだわからないけど、四十五階層が最高到達点になってる理由かもしれない。ギルドに行って確認したけど、到達点の更新は八十年前だった」

 たった一人、生き残って帰還した戦士は、けして四十階層から下に行くなと言い残し死亡。それ以来、踏み込んだ者はいないのだという。

 それこそ禁軍や騎士など、国が管理すべき迷宮のように思えた。

 何を考えて男爵家に任せきりにしているのかと言えば、国境沿いだからだろう。危険な迷宮があっても、国軍を配備しては政治的に不味いとの考えだ。隣の国とは同盟を結んでいるが、戦争をしたこともある。いたずらに刺激することはできない。

「難しい領地だったのですね。迷宮のことだけでじゃなく、政治的にも」

 一代限りの騎士爵ではなく男爵位で、血筋は問題視されず、いなくなれば別の貴族が選ばれ、陞爵される。

「どうして私達に回ってきたのでしょうか」

 今更ながらの質問だが、別の意味合いが含まれていた。

「未攻略迷宮を完全攻略したからだよ。ほら、最下層到達は栄誉と名声がついてくるから。ウズル迷宮とハーバルラ海底迷宮。この二つはどちらも未攻略迷宮だったから」

「聖下は冒険者になって一年も経たずに二つ。もう一人は吸血鬼であり、他迷宮を十二個踏破しておりますしね」

「十二個も迷宮攻略してたのですか! 凄いです」

「へへへ。でも三十階層もないところばかりだよ。あの頃は迷宮がどんなところか判らなくて、肩慣らしに初心者用の迷宮から順番にね。でも、最後には皆いなくなった……」

 突然失踪する仲間達。痴情のもつれ、配分での諍い、迷宮内での裏切り、大金を手にして引退。辛いことがたくさんあった。

 悲しみに暮れるシャリオスの背中を、ミルはそっと撫でた。突然失踪した人の気持ちはよくわかるが、書き置きは必要だったと密かに思う。

 全ては暗黒魔法のせい。誰も悪くない……はずだ。

「つまりシャリオスさんの名声が、この事態に繋がったのですね」

「僕だけのせいじゃないから、なすりつけるのは止めようか」

 相手の影に隠れようと必死な二人は、スールに咳払いをされて背筋を伸ばす。

「結果は同じこと。それよりも、総力戦ならば人を集う必要があるのでは。どなたか心当たりはありますでしょうか」

「【ラージュ】はウズル迷宮攻略中だし、ズリエルは仕事があるから無理」

「そうですね、ズリエルさんは私達を見守ってくださっているので……。クースィリアさんも他の方も来てくれないですし」

「では、教会から兵を募りますか」

「それなんだけど、確かめたいことがいくつか……というか攻略方法に心当たりが一つ。次はそれを確かめたいから、協力してほしくて」

「詳しくお聞きしたく」

「指揮官を先に殺す」

 軍隊のような統率力を持つようになるならば、統率者が出現するはずだ。

「この中に見分けられる人はいる?」

「兵法には多少知識がございます。サシュラにも仕込んでおりますので、前と後ろ、両方から観察することができるでしょう」

 シャリオスは、ぱっと笑う。

「よかった。僕にもあとで教えてよ」

「ふむ、対人経験はおありでない?」

「皇国で訓練はしてたけど、隊列を組むようなのは一度も」

 そもそも単体で国を落とすような集まりだ。

「私はウキキと対戦したことならあります! 捕虜生活も体験しました。毎日ナバーナを配給されてですね」

「それは……ちょっと忘れようか」

 経験値になるか数秒考えて首を振る。ミルの謎が深まった気がしたが、今は迷宮攻略が先決だ。

 断られてミルはちょっとしょんぼりした。本物の戦争に行ったことはないが、けっこう本格的だと領民に評判だったのである。その領民達も戦争に行ったことがないことには思い至っていないが。

「兵法でしたら資料を取り寄せましょう。お聞きした迷宮の話ですと、ミノタウロスが溢れる理由が不明瞭でした。原因に心当たりは」

「……二つ。一つは更に下で何かが起こって、ミノタウロスが押し出されてくる。もう一つは、指揮官不在によるモンスターの逃走」

「この作戦、止めたほうがいいんじゃねぇか」

「モンスターが弱いうちに確かめたい」

 迷宮の謎は死へ繋がることもある危険な罠だ。解明できるならやったほうがいい。

「四十階層のモンスターなら、障壁魔法を破られることはありません。出入り口を塞いで検証するにはうってつけなのです」

「聖下の仰る通りにいたしましょう。――別件ですが、アルラーティア公爵家から【遊び頃(タドミー)】及び、星の民に関する情報が届きました」

 紙束をまとめただけの古い小冊子を差し出したスールは、細い指で表紙を捲る。

「直轄領デュールで殺された九名は、全てアルラーティア公爵家と繋がりのある者でした。【遊び頃(タドミー)】へ情報が漏れていると考え、調べが進んでいます。このことは王家の耳にも当然入っており、両者共に戦の準備を始めました」

「両方が相手が犯人だと思ってるの?」

「可能性の一つとしてです。アルラーティア公爵家は魔剣契約を継続していますが、王家は契約自体を危険視しております」

「僕らはアルラーティア公爵家側に囲われてるって話だったよね?」

「戦力に数えられもしていないでしょう。これは始めてではありません。我々が動く必要はございません。双方とも、落としどころを見つけるでしょう。――問題は、星の民です」

 情報をもたらしたのは魔剣ゼグラム。

 話はゼグラムが魔法使いとして、最後の勇者と共に旅をした時代まで遡る。

「待ってください、魔剣ゼグラムは人だったのですか」

 困惑するミルに頷き、スールが続けた。

「名をゼグラム・アルラーティア。アルラーティア公爵家の初代当主であり、卓越した魔法の使い手。彼は勇者の願いを継ぎ、自らを魔剣へ変貌させることによって、アルラーティア公爵家に君臨し続けております。元は小人族(レ夕ラ)でございました。――そして勇者が魔族を救おうとした理由は、彼らが星の民のなれの果てだったからでしょう」

 思わずシャリオスを見ると、目が合った。

「僕らが……、星の民だった?」

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