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付与魔法使いは迷宮へ  作者: 灯絵 優
付与魔法使いと想望の勇者
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第三話

「聖下、アレは本物の勇者ではありません。教会は一切認定しておりませんし、聖剣はここにありますでしょう?」

 だいたいの予定を立てたミルが教会へ二人を呼びに行ったときだった。

 軽々しく「勇者様って実在してたんですね」と言ったのが悪かったのだろう。スールがぷんすか怒り始めた。

「お伽噺の勇者様のほうだったのですが……」

「そうでしたか。勇者は、それはそれは立派なかたですよ」

 一瞬で機嫌を直したスールと『魔法の部屋(マギア・オーダ)』へ入る。

 アルブムと遊んでいたシャリオスが、二人に気付き手招いた。

「サシュラは?」

「教会に詰めております」

「そっか。じゃあ三人で話そう。調査結果が届いたんだ」

「ミノタウロスの買い取りですが、最近見つけたペペロペン? という物質が多かったので、前より値がつきそうです。他のモンスターも調査用にお願いされました」

「ペペロペンとはなんでしょうか」

「肌にいい物質みたいです。今は試作品を治験中で、効果が高いなら高級品としてあつかうみたいです」

「肌……火傷の痕とかに効くのかな。ポーションに負けそう」

「塗ると皮膚が剥がれて、モチモチになるそうです。飲むと体がモチモチに……」

 二人は大丈夫なのかなと心配になったが、追求するつもりはない。

 売るのは先の話で、既に希望者がいて材料の確保を済ませておきたいようだ。

 なぜか両頬を揉まれたミルは、そのまま話を続けた。

「話を進めていいでしょうか。他が参入するまでが勝負ですし」

 実家は材料費のことで悩むことが多く、最近は問い合わせがある。帰って来るよう言われていた数ヶ月前とえらい違いだ。

「ご随意に。領主はこの話を?」

 首を振る。

 買い取り不可な金額なので話してもいないし、変な期待を持たれても困る。

「先に言っておいたほうがいいかな?」

「案件が続くならば、領地を出るときに伝えればよろしいかと。その後はご本人が決めるでしょう。そのときは、。わたくしが話しましょう」

「頼んだ。輸送は……マジックバッグか」

「専用の入れ物が一緒に来たので、物を入れたら送り返すつもりです」

「周到!」

 黒い袋に紋章が入ったシンプルな物だが、容量は大きい。ミノタウロスもたくさん入るだろう。

「こういう事業は瞬発力が大切みたいです」

「モンスター相手でも大事なやつだね」

 ふんふん頷くと、二人はさっそく装備品を確かめ、散らかしていた床を片付ける。

 アルブムはミルの肩に飛び乗り、どう見ても迷宮へ挑む様子だ。

「代わりの神官さんは、いつ頃いらっしゃいますか?」

「十日前後と返答がありましたが……」

「長いね……。どうしよ、予定を変更しようかな」

「少しなら大丈夫だと思います! 出かけましょう」

 どこへ、と聞く間もなく二人が外へ出る。

「先に下見してくる。十日後にまた会おうね、僕達は瞬発力のある冒険者だから!」

「クルーセ迷宮へ行ってきます。もしかしたら私は、攻撃力のある魔法使いかもしれませんからね!」

「キュ!」

 アルブムが前足をあげ、二人と一匹は素早く迷宮へ向かった。

「冒険者とは幼子のようで危なっかしいですね」

 見送ったスールはため息を飲み込むと、教会へ戻った。



 クルーセ迷宮一階層。

 侵入者をことごとく阻むように続く一本道。道幅は狭く、徘徊するミノタウロスをやり過ごすことは不可能だ。

「壁破壊しても潜り込む前に再生する」

「やっても途中で埋まってしまいますよ」

「生き埋めはやだな。ショートカットは諦めよう」

 過去、試した者がいたかもしれないが確認は必要だ。

「じゃあ手はず通りに」

 双剣を抜いたシャリオスは踏み込んだ。

 数十メルト先にいたミノタウロスが吠える。黒門を守るかのように仁王立ちし、全身の筋肉を流動させた。

「突進が来ます!」

「引きつけて――今!」

 シャリオスから歩幅三十歩分。合図と同時に細長く伸ばした障壁を滑らせ、ミノタウロスの足を引っかけた。

 自らが出した速度に骨を折りながらも両手をつき、突進の態勢をとったミノタウロス。シャリオスはその首を、まるで断頭台に差し出された首のように落とす。血が噴き出し、どうっと倒れた。

「どうでしょうか」

「タイミング速くしてもよさそう。勢いづいたら転がってぶつかってた。障壁の強度はどう?」

「平気です。下層でも通用するかわかりませんが、この方法で行けると思います。魔力消費も少ないですし。遅いと失敗するかもしれないので、何度か検証させてください」

「わかった。あと三パターン攻略方法を見つければ堅実にいけそう。一瞬でも油断すれば倒しやすいし」

「――シャリオスさん」

「どうぞ」

 神妙に頷くと、ミルは真剣な顔をして杖を向ける。

「<空間収納(バッグ)>」

 ミノタウロスの腕に傷がついた。なかなか難しいが切れる。あとは制度と威力の出し方を調べていくだけだ。ミルの目がキラリと光った。

「とうとう魔法使いになれそうな気配が……!」

「長い道のりだったね。でもこれからだよ」

「次へ行きましょう!」

 ミノタウロスをしまって、一階層を十分確認してから進む。

「いた」

 手招きするシャリオスの横で立ち止まる。壁の汚れと見紛うような、紫色のスライムがいた。どろっとしていて、床に広がっている。

「これが毒を出すのですね」

「踏んだり近づきすぎなければ大丈夫。……ここじゃ近づかないほうが難しいけど」

 細く伸ばした障壁で刺すと、毒液をまき散らす。中にある丸い核を割ると絶命したが、毒液が広がった。

「毒沼を歩く感じになりますね。障壁移動が安全じゃありませんか」

「まかせた」

 三階層は曲がり角があった。いるのはミノタウロスとスライムで変わらない。

「二階層で気付いちゃったんだけど……」

 戸惑うシャリオスを見上げる。

「あのスライムの毒、ミノタウロスにも効いてる」

 スライムの毒は触れただけで効果がある。

 一瞬言葉を失ったミルだが「最悪投げつければ倒せますね!」と前向きな返答をする。

「うん、だからどれくらい賢いか調べたい」

 壁に張り付いているスライムを障壁でこそぎ落とし、ミノタウロスに踏ませる。何事もなく徘徊し続けた。

 十五分くらいだろうか。パタリと倒れた。

「障壁にも気付かなかった。上層のミノタウロスは頭がよくない、と。下へ行っても変わらないか要確認」

「……百万回耐久レースを思い出します」

「コツが判ってきたから大丈夫、耐久レースするときは言うから」

「はい……」

 この戦法で倒せたのは十階層までだった。

 迷宮十一階層までくるとミノタウロスが二頭に増える。毒を踏ませると即座に気付いたもう一頭が片方を殺し、即座に新しい個体が現れる。殺された個体は、反撃すらしなかった。

「二頭いっぺんにやってみよう」

 タイミングを見計らって同時に踏ませると片方が殺し、即座に出てきたもう一頭が残りを殺した。

 素早く戦闘態勢を取ったシャリオスは、転ばせた二頭を倒す。

 しかしミノタウロスは現れなかった。

「殺しあったときは即座に再配置、倒したときは無し……十日後に再配置か」

「判定基準があるのでしょうか」

「気味が悪いね」

 薄ら寒いものを感じたシャリオスは「八日で迷宮を出よう」と呟き、先へ進む。

 二十二階層まで曲がり角が五つに、ミノタウロスは八頭に増えた。一階層で一匹増える状況だ。スライムの数はわからない。気付いたら壁に張り付いているし、色も濃くなっている。毒の濃度が高くなっているのだ。

「一日で十二階層まで来ましたね。明日にでも三十二階層に着きそうです」

「ここだけ見るとスタンピードの理由がない。変な感じはするけど、強敵ってほどでもないし。再配置まで十日なら猶予もある」

「ミノタウロスは大きいし、普通の人が戦うと大変だと思いますよ」

「一本道なのに?」

「正面から挑んでるのではないでしょうか。外のミノタウロスも討伐しなければですし。三十レベルは超えないと、逃げるのも大変そうです」

「ミルちゃん、レベルいくつになった?」

「……四十二です」

 既に八十を超えているシャリオスは肩を叩いた。伸びしろは無限大だ。

「やりたいならレベル上げする? 付き合うよ」

「今はミノタウロス優先です!」

 ミルはキリリとする。耐久レースの気配に、背中が冷や汗でびっしょりだ。

 一眠りした二人は更に下を目指す。

 二十二階層へ着くころには、ミノタウロスの学習能力が向上していた。仲間が転ぶと近づかなくなる個体が出た。暗黒魔法で一網打尽にされたが、以前の動きとは違う。どこか人形めいたものから、生き物に昇格している。

 その日の夕方、二人は三十二階層に到着した。

「ここからキュクロプスが出るらしい」

 黒門の先には、岩のような肌をした巨人が歩いている。髪は緑でぼさぼさ。棍棒を片手に持ち、歯の無い口を持っていた。聞くところによると、生きたまま獲物を細かく引きちぎって飲みこむらしい。

 キュクロプスがいるためか、三十二階層から天上が高く、道幅が広がっていた。ミノタウロスの何倍も大きな巨体は、歩くだけで地響きがする。暗い中浮かび上がる巨体が不気味に見えた。

「アレを転ばせるのは無理ですね」

「僕らも潰れそう。正面から行くよ」

 唇を舐めたシャリオスが走り出す。姿勢を低くし、足に一撃。硬い皮膚がスッパリ切れ、赤い血が零れた。

 侵入者に気付いたキュクロプスは怒りにまかせ棍棒を振るう。周囲のミノタウロスが巻き込まれて押しつぶされたが、即座に再配置される。

 シャリオスに近づく敵を防ぎながら障壁へ乗ると、高度を上げる。ミノタウロスが気付いて斧を投げてきたからだ。

「キュブ!」

 ブレスで落とすも、即座に別方向から斧が飛ぶ。アルブムはひょいと避けながらも、二人へ敵が近づかないよう牽制する。

 傷だらけになったキュクロプスはやがて倒れ、残りを殲滅するころには疲れ果ててしまった。

「休憩しよう。さっきのキュクロプス、ゴーレムなみに皮膚が硬い。今は棍棒を振り回してるだけだけど、下へ行ったら戦士のように動きそう。ミノタウロスがそうだったし」

「<空間収納(バッグ)>はあまり効きませんでした……堅いものはまだはやいみたいです。そのうちできるようになるかもしれませんが」

 知恵を付け洗練されていくモンスター。

 それは悪夢のような敵だろう。

「時間があるし、下へ行こう」

「予定の三十二階層へきましたが、どうかなさったのですか?」

「新しく必要な道具はないと思うし、まだ二人で進める」

 考えるように顎を当てたあと、双剣の血糊を払い鞘へしまう。

 確かめたいことがあるのだ。

「キュキュキュ」

「はい、終わったら食事にしましょう」

「ハーバルラ海底迷宮終えてから、たくさん作るの慣れちゃったよね」

「籠もってるとき、ずっとご飯作ってましたしね」

 これでも日々成長してるのだと、爪先を暗く口を開ける黒門へ向けた。

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