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付与魔法使いは迷宮へ  作者: 灯絵 優
付与魔法使いと幻舞踏
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第四話

「君ってば、本当に弱くて惰弱で一人ではなぁんにもできなくて、でも色々やりたがって周囲を巻き込んで、君自身は大変なことにならない狡い存在だよね。なんて無知でざんこくなのだろうかー」

 まるで何かを絡め取るかのように伸ばされた指先が、顎に触れる直前で止まった。

「でもねぇ僕ぁ、君みたいな子がだぁいすき。だってほら、いい香りだ。ぽかぽかした幸せの香りだよ。嗅いでると気持ちが落ち着くんだ。だから僕なりに君らの事を大切にしようと頑張っているというわけ。……ずっと、こうしていたいから」

 トロリとした目をしながら彼は鼻先を寄せ目を細める。

 これ以上は不味い。

 何が不味いかはわからないが、兎に角危険だ。

 逃げようとした瞬間、両肩に手を置かれる。はっとすれば、そこにいたのは見知った女性だった。蜂蜜色の目と髪。ビーだ。

「手を出すなと言ったはずだが」

「怒らないでくれたまえよ。ほんの興味じゃないか」

「蛇目、お前とは上手くやっていきたいと思っている。情報のやり取りも、交友関係も、望みの成就もだ」

「おお、怖い。悪巧みなど何もしてないさぁ。なあんにも。僕ぁこの子を害したかい? 紅茶を飲んでサンドイッチを皿に盛り、お菓子を勧めただけじゃないか。それすらも駄目だって? 君、いつからボス気取りになった」

「先走ったな」

「ほう」

「決まりではないと言ったはずだ」

 ビーは厳しく少年を見た。

「あーあ、つまらない。つまらないなぁ! せっかくのお茶会が台無しだよ。あの阿婆擦れをちょっと脅しただけじゃぁないか」

「蛇目」

「わかったよ、怒るなよぉ。それじゃぁ、お嬢さん。怒られてしまったのでお茶会はここまでだ。もっと話したいことも観察したいこともあったのだけれど、蜜蜂に怒られたのでは仕方ない。アナフィラキシーショックで死ぬには早いからね」

 首を竦めて、彼は煙のように消えた。

 目を見張っていると、手を取られ立ち上がる。

「すまなかった」

「あの方はどなたなのですか」

「今日のことは忘れてくれ。依頼料も、そのまま慰謝料として払おう」

「なぜ私が呼ばれたのかも、ビーさんが何者かも教えていただけないのでしょうか」

「ああ」

「……忘れるのは難しいと思います」

「そうか」

「【遊び頃(タドミー)】の事でしたら、もしかしたら協力しあえるかもなのですが」

「ああ」

 何て言ったらいいかわからない。

 ビーはいくつか質問しても「ああ」や「そうか」など端的にしか答えない。

「時間だ。迎えが来た」

「ふいー、兄ー! あにきー! 助けてぇ! 吸血鬼の全力ダッシュこわあああ! っていないです!?」

「いた!」

 シャリオスを見つけたミルは、慌てて近づいた。その手には縄でぐるぐる巻きにされた少女が頭を下にして引きずられている。たんこぶが三つも四つもできていた。

「いたいけな少女への暴行を止めてくださいです! 極悪非道吸血鬼撃退ですー!」

「うちのいたいけな嬢ちゃん拉致しておいて通じると思うか。クソガキが」

「痛いです! 暴力反対です!」

 サシュラにたんこぶをもう三つ増やされた少女がわめくが誰も助けない。

「猊下が殴らないよう俺が殴ってんだ。お望みなら交代してやるぜ」

「ギャー! 頭が一ミミト攻撃反対!」

 スールは身の丈以上もあるミートハンマーを握っている。少女が言うように、あんなもので殴られたらぺしゃんこになってしまう。

「シャリオスさん、この子はどうしたのですか?」

「ミルちゃんが攫われたあと、僕らを挑発してついてこいって言うから掴まえたんだ。もう本当にうるさくって。無事でよかった」

「それで、あの方が首謀者でいらっしゃる?」

「いえ、ビーさんは助けに来てくれたというか、なんというか……首謀者は先ほど帰りました」

「妹を置いてです!? ガビンです!?」

「貴公も帰宅せよ。二度はないぞ」

「ギャ! ドロンですばい」

 煙が出たかと思えばロープが緩み、シャリオスが手を伸ばしたときには消えていた。

「二度とないよう言い聞かせておく」

「目的は何だったわけ」

 ようやく静かになったシャリオスは額を揉む。

「彼女を見たかったのだろう」

「本当にそれだけだと」

「ああ」

「嘘は言っていないようですが、なぜ蘇生魔法の話をなさったのか。魔族に対し、ずいぶん敵意をお持ちのご様子でしたしね」

 ミルは反応しないように奥歯を噛む。なぜ蘇生魔法の話が出てくるのかわからないが、少しでも悟られたら不味い。相手がどんな情報を得ていたとしても。

「蛇目の妹か。姉が悪魔に魂を食われてな。それからああだ」

「シュシュかな」

「ああ」

 小さく頷いたシャリオスは「わかった」と双剣を鞘に収めた。

「でもこの子は関係ない」

「ああ」

「シュシュは生き返らない。それはわかっている?」

「頭では理解しているが感情が追いつかないようだ。迷惑をかけたな。いずれ我々の目的地が重なったときに会おう。なに、それほど先ではない」

「君も人形使いを探してるのか」

「違う。人形使いが破壊できれば一番なのだろうが、探しているのはゴーンという【遊び頃(タドミー)】だ。滅ぼすことができれば、我々は全ての依頼を完遂することができるだろう」

 新ポーションができた際、ストラーナを襲った【遊び頃(タドミー)】の一人だった。違法な医薬品や医療行為を行う犯罪者と聞いている。

「『誘惑の手』の情報はこの領地にはない。迷宮内も。急がれよ。凶星が輝き敵は策を講じ、貴公らを鏖殺せんと狙っている。知りうる可能性のあった者達が首をつった。偶然ではあるまい。時は敵を強固にも凶悪にもしうるのだ」

 瞬きの間にビーは消えていた。

 周囲の景色が歪み、古い建物の中へ変わっていく。椅子とテーブルだけが茶会が夢でないことを証明するかのように残っていた。

「ギルドが見えるっすね。どうも、領内を移動させられたらしい」

「幻術に移転ですか……厄介な相手のようです」

「敵では無さそうでしたよ」

「わかんねぇぞ。【遊び頃(タドミー)】をブチ殺したあとにグサりとかな。敵の敵は味方でも、間がなくなりゃどうなるか」

「本当に情報がないのか確かめよう。それから……亡くなった人のことも」

「宿を取りましょう。我々は教会に行きますが、お二人は離れていた時の情報を交換していただきたく」

 落ち合う宿を決めて解散。

 死者の情報を得るなら教会だ。情報を集めた結果、九名が首をつったとわかった。禁軍の歩兵から将軍までばらついている。表向きには病気や怪我で死んだことになっているが、背中には文字が一つ刻まれていた。繋げればこのようになる。


――ゲームを始めよう。


「魔法剣士だ」

 ウズル迷宮六十階層にアルラーティア公爵家の後継者を封じた、あの【遊び頃(タドミー)】。

 また、古い資料が軒並み燃やされるか消えていた。証拠隠滅か、警告か。どちらにせよ嫌な気配だ。

「私達は追いつめるつもりで、追いつめられてるのかもしれませんね」

「どうだろ。人形使いは隠れたがってた」

 見つけたら敵わないと思っているのではないかと、シャリオスは思う。今まで人形を解放した者も、人形使いを見つけた者もいなかったはず。敵は初めてのことに戸惑って、どうすればいいかわかっていない。もしそうならば、ボロを出す可能性があった。

 魔法剣士は罠をかけ、一行の目を眩ませようとしているかもしれない。

「なら奴らを待つか? それとも別の未攻略迷宮に突撃するか。どっちも胡散臭いのは変わんねえけど」

「ここの迷宮に情報がないって話が本当なら、別の迷宮に行くしかない」

「嘘はありませんでしたし、情報はあちらが持ってくるでしょう」

「ビーさんがですか?」

 疑問符を浮かべているとシャリオスが納得したように頷く。

「そっか。『神々の治癒』の話を知りながらミルちゃんを気にするって事は、彼らは借りられる立場にないのか。私設組織あたりかな。隠密っぽかったし」

 【遊び頃(タドミー)】を追い出した話はあれど、『神々の治癒』を使わず滅ぼした話は与太話だ。本当にゴーンを滅ぼしたいなら、向こうはミルの手を借りなければならない。

 話はわかったが、ミルは【遊び頃(タドミー)】を滅ぼしてはいない。人形使いの目が離れた隙に【遊び頃(タドミー)】が逃げ出したというのが本質だし、ハーバルラ海底迷宮で出会った【遊び頃(タドミー)】は、シャリオスが聖剣で倒した。

 そのことを知ったら、彼らは聖剣を欲しがるかもしれない。それこそ奪い取ってでも。

「……ハーベルディさんは禁術を聖剣で切るのはやめてほしいと仰っていましたが」

 最後にあった時に聞くのを忘れてしまった。大失敗に冷や汗を垂らす。

「切っても特に何か起こったわけじゃないよね。大本の話じゃないかな。駄目なら【遊び頃(タドミー)】も切るなって言うと思うし。たぶん」

 シャリオス達は疑ったままだが、ミルにはやはり悪い人には思えなかった。

 聖剣のことは内緒にしようという話になり、ふとミルは忘れていたもう一つの事を思い出す。

「皇国のトーナメント、あれからどうなったのでしょうか」

「そういえば連絡来てない」

 シャリオスも今思い出したと言うように手を打つ。

 旅立つときにメンバーが少ないのもあり、二人は皇国で一番強い剣士に助力を頼んでいた。その結果トーナメントが開かれ、バーミルが有力候補にあがっていたはず。

 そろそろ終わってもいい頃ではないだろうか。

「もう少し待って連絡こなかったら一回帰ってみるよ。皇国にギルドないの不便だよね。荷物送るのも大変だし」

「いつもはどうされていたのですか?」

「ギルドで依頼を出してた。大きな旗を立てた小舟に荷物を積めて海に流してもらうんだ。クラーケンおじちゃんが気付けば届くし。割合は十回に一度くらいだけど」

 運要素が強すぎる。

 変な船がいるとクラーケンが言っていたので海賊がいる可能性もある。そう考えると、海を渡るだけで大冒険だ。そして届いたとしても中身は無事なのだろうか。

「行き来したんだから次も大丈夫だよ」

「んじゃ、別迷宮を探索がてら接触を待つか」

「僕はかまわない」

「私もです」

「二度と来られないわけではありませんので、こだわる必要はないでしょう」

 全員一致で、別の未突破迷宮を目指す事に決定した。

「じゃあ、どこへ行こうか」

「ここから更に西となりますが、クルーセ迷宮などいかがでしょう」

「聞いたことある。ミノタウロスやキュクロプスが出る迷宮だったはず。難易度が高い割に旨みが少ないから冒険者に倦厭されがちだって聞いたような……」

「猊下、そこ国境沿いじゃなかったすかね」

「仰る通りです」

 何か思うところがあるのか、サシュラはげんなりしている。理由はすぐにわかった。

「スタンピードが度々起こっているようです」

 原因は迷宮から増えすぎたモンスター。

 頻度で言うと国内で五本の指に入るほどだと言うから驚きだ。領地を行き来するのも命がけで、繁殖したモンスターもうようよいる。領主は頭を抱え国に支援を求めるも、長期化している問題から知らぬふりを決め込んでいる。

 周辺領地も被害にあうので、スタンピードが起こらない頻度で兵を差し向け間引きをしているらしい。

「よく持ちますね」

 聞いただけで吹けば飛びそうだ。

「私兵を率いていろいろとやっているそうです。人を雇うのも料金がかかるので多くはない様子ですが」

「詳しいんだね」

 さすがに流れの怪しさを感じて半目で聞く。

 あからさまに咳払いしたスールは落ち着きなく座り直した。

「お二人は迷宮資産を掘り当てるのが得意なご様子。一度潜ってみてはいかがでしょうか」

「依頼あったんでしょ。白状して罪を軽くしようか」

「何かあったのですか?」

「……申し訳なく思っております」

 白状するところによると、ウズル迷宮攻略後、複数の領主から連名で打診をされていたという。背後に複数の貴族とアルラーティア公爵家の影がちらつくので、直接交渉を避け教会を通したという話には呆れた。つまり寄進と言う名の賄賂を受け取ったのである。連名と言うからには、けっこうな額だったのだろう。

 正直に話すつもりだったが言いにくかったようだ。

「断りにくい方向から来るなんて汚い、大人って汚い!」

「連名の中には王家の傍系が含まれていたので、教会としましても無碍にはできず。丸投げされたものを投げ返したのですが、帰ってきてしまいました」

「また王家なの!? 言っとくけど、僕はスカウトとかされるつもりないから。夜会とか護衛とか私兵とか剣の先生とかの依頼も全部断るから。しつこいなら国を出てってもかまわないし! 魔導具品評会の日だけ来日するから!」

 混乱してよくわからない事を言いだしたシャリオスは、全身で拒絶している。

(私は実家が貴族だし……断れるかしら)

 シャリオスがいないと迷宮で命を落とす未来しか見えない。そもそも付与魔法使いとパーティを組んでくれる人が少ない。

 小刻みに震え始めたミルに、スールが慌てる。

「もちろん、無理強いするつもりはございません」

「お金受け取っちゃったんでしょ? 僕らには銅貨一枚も入ってこないお金を」

「寄進ですし、わたくしが直接受けたわけではありません。もう一度投げ返せばいいだけの話。困るのは受け取った者達ですので」

「スールさんはそれで大丈夫なのですか? お付き合いとか、あると思うのですが……」

「ええ。ですので一応はお聞きせねばと。どの迷宮を選ぶかは調査方針によるので、添えなかった旨を伝えれば問題ありますまい。あとは我々とアルラーティア公がなんとかいたしますので」

 教会の伝手で未攻略迷宮へ潜れるよう取り計らってもらっているのもあり、よくない状況なのはわかる。

「クルーセ迷宮の状況は芳しくないのでしょうか。スタンピードが起こりそうなら危険だと思うのですが」

「よい状態だったことがありませんので。迷宮の最高到達点は四十五階層。ウズル迷宮と同規模の可能性がございます。毒系統の攻撃を仕掛けるモンスターが多く、迷宮としては狡猾な部類かと」

 有益なドロップアイテムや珍しい素材が出れば商機が開かれる。レベルの高い冒険者も呼びやすくなり、財政が改善されれば討伐用の人員も雇える。周辺の領主も国も金食い虫で危険な領土を安全に保つ事ができ、いいことずくめ。

 何も無くとも最下層までの地図を手に入れることができれば、新たに使い道を探すことができる。依頼主からすれば肝煎り案件になるのは仕方ない。

「毒系統の魔導具は揃ってるから金銭的な負担は少なく済むと思う。行くなら長期間になるのか」

 『誘惑の手』がどの迷宮にあるかわからない以上、難しい迷宮の最下層にある可能性は高い。

 そこまで聞き、ミルははっと手を上げる。

「シャリオスさん、解毒呪文知ってます! どこまで効くのかはわからないのですが、現地に着いたら試してみてもいいでしょうか」

「そんなのリストにあったっけ。なんて呪文?」

「<星のながれ(サルー・アステール)>です」

「聞いたことない」

「ふふ、私も最近知ったのです。もしかしたらスールさんも使えるかもしれませんよ」

 他のメンバーは聞いたことのない呪文に顔を見合わせている。

 ハーベルディに教わったと知られたら怒られそうなので出所は言わないが、ミルの目は輝いていた。ついでに得意げに胸を反らしている自覚も本人にはない。

「まあいっか。とりあえずクルーセ迷宮へ行こう」

「よろしいのですか」

「いつか潜ることになるだろうし、そのとき街がなくなってたら攻略大変になるから」

 ならば次の目的地は、クルーセ迷宮で決まりだ。

(着くまで魔法の練習だわ。他に何か忘れていることは……記憶を消す呪物!?)

 せっかく呪いに溢れた街に行ったのに、すっかり忘れていた。今からでは引き返すのも無理だし、目的も言えない。なんだか秘密が多くなってきたミルだった。

「お爺ちゃん先生に、魔法の本を送ってもらえばなんとか……」

「まだ勉強するんだ」

 衝撃にふらつきながら呟くと「僕もがんばらないと」と暖かい目を向けられ罪悪感を覚える。この際、古い魔法の資料も送ってもらおうとこっそり考えた。

 宿を引き払い、一行は迷宮のある領地へ向かう。

「アステール……星の魔法ですか」

 考え事をしているミルの背中を、スールが苦く眺めていた。

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