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付与魔法使いは迷宮へ  作者: 灯絵 優
付与魔法使いと幻舞踏
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第二話

 当代一の踊り子というのは、聖舞踊を踊れる者ではないか。

 そう情報が入ったのは、何件目かも忘れた広場での聞き込みであった。

「聖舞踊ってなに?」

「オバケ共を成仏させられる踊りのことよ。大昔にいたって話を聞いたことあるわ」

「じゃあ、それを踊れる人が見つかればいいわけか」

 尋ねた女性は肩を竦める。

「残念だけど、今の街にはそこまでの者がいないの。指導者が突然死んでしまったし。成仏せずにオバケになってたんだけど、この間、子供を脅かそうとして返り討ちにあって成仏したとかで、私達も困ってるのよ」

「もしかして――ムグッ」

「そうか、困ったもんだな! いや、マジで困ったな!」

 ここで問題の渦中が仲間だと知られたらこじれる。

 サシュラは端にシャリオスを引っ張って、そう耳打ちした。

「聖舞踊でしたら昔見たことがございます。どなたか途中でかまいませんので、見せていただけますか? 合っているか確かめたいと思います」

「少しなら覚えてるわ」

 最初の型を見たスールは頷く。

「間違いありません。これならば、何とかなるでしょう」

「よく覚えてたね」

 記憶力の良さは抜群で、さすが物知りと感心する。

「昔は練習している者も多かったのですが、時代ですね」

「そう言えばさ、シューリアメティルでいろんな土地に行くのにジェネレーションギャップあるのどうして?」

「わたくしはもっと見て回りたいのですが、文化や風習の変化を感じる前に終わってしまうのです。今回は長く回れそうで嬉しく思います。では、型がわかったところで希望者を募りましょう。皆様、番人から依頼を受けているご様子。声をかければ集まっていただけるかと」

 募集要項を書き記すと、スールは立て看板に貼り付けた。

 明日、集まった人達に説明をして訓練を始めるという。

 ミルは今日も『魔法の部屋(マギア・オーダ)』から出てこなかった。


 翌日の昼近く。

 話は街中に回り、希望者が集まっていた。しかしサシュラは浮かない顔である。わけを聞けば「クッソ辛ぇぞ」と嫌そうな顔をする。

「キツすぎて全員脱落する方が早いんじゃねぇか」

「空洞が広がってるのに?」

「人なんざ薄情なもんだ。逃げ先がありゃ他は捨てちまう。そうやって自分の番が来たときにああ大変だーと騒ぎ出すもんだ」

 鼻で笑った神兵は荒んだ目で住民を見回す。完全に捻くれていた。

「猊下は伎芸事に半端は許さねぇ。俺だって手の皮がずる剥けになってもやらされた」

 希望者を前にしたスールは、異変収束のため依頼を受けた事と、当代一の踊り子にふさわしい聖演舞を教える事ができると言い切った。ざわつく人々へ指導を受けたいならば、聖演舞を踊れるまでの期間限定だが、雇い入れという形を取りたい事を告げた。

「では、希望者以外はご帰宅願います。いつでも止めてかまいませんが、再登録は無し。見込みがなければ契約はそこまでとなります」

 給料が出るという事でやる気に満ちた表情をした希望者達を一列に並ばせて始めたのは、筋トレの指示だった。

 腹筋背筋百回は少ない方で、ウサギ跳び五十周を言い渡された老人が真っ先に帰宅した。その後も続々と脱落者が出る。

「本日、日の入りまでに終わらなかった方は見込み無しという事にさせていただきます。では明日、お会い致しましょう」

 上がる悲鳴を背に颯爽と立ち去っていく。

 思わず見送ってしまったが慌てて後を追った。

 この日、アルブムに先導されたミルは食堂の端で食事を取った。扉の前でもだもだしたらしいが、勇気を振り絞った事に涙を拭う。

 まだ外に出るのは怖いらしいが、明日はもう少し頑張るつもりのようだ。


 更に翌日。

 スッキリ目覚めたミルは意を決して『魔法の部屋(マギア・オーダ)』から出ると、部屋のドアに耳を付ける。誰もいない気がするが、オバケには足がないので足音もしない。

 けっきょく隙間から顔を出したアルブムに誰も居ないことを確認してもらい、外へ出た。

 びくつきながらも食事を取り、心配する女将にぶるつきながらも礼を言って、宿の外へ踏み出す。怖すぎてへっぴり腰になっていた。

 シャリオス達は既に練習へ向かっていたので頑張るしかない。

 目標は他の面々に合流する事だ。

(街を歩き回るのは難しいけれど、いずれは普通に歩きたいわ)

 足の震えが止まらなくなったので近くのベンチに座り込む。アルブムが近くの屋台から漂う美味しそうな香りに鼻をヒクつかせ、おねだりしてくる。

 首にお小遣いを入れた巾着を引っかけると、一目散に飛んでいく。

「もう少しだけ、あとちょっと歩けば皆さんがいる場所に着くわ」

 足をさすっていたミルは、購入したお菓子にパクつくアルブムを撫でて歩き出す。

 そうしてたどり着いた広場には、一行と、一組の男女しかいなかった。



「何があったのでしょうか」

 散々心配されたあと尋ねると、シャリオスは渋い顔をする。

「スールの指導が厳しかったみたいで、ほぼ全滅中」

 一日目で八割が脱落し、不合格者が出て更に人数が減った後、ようやく始まった練習に悲鳴を上げて逃げ出したのだという。

「最近の若者は根性がありません」

 ほんの少しのブレも許されない演舞に踊り子達は次々と挫折。

 残ったのは踊り子一人だと言う。彼女は盲目の楽士と一緒に旅をしている流れ者で、他に行くところがない。踊れたら街にいることができると一生懸命な様子だった。

「腰を下げてください。もっと。もっとです。もっと。まだ高いですよ」

 手拍子をしながら厳しい指示が飛ぶ。

 汗だくになった踊り子にあわせ楽を奏でる男は、心配そうだ。

「スール、申し訳ないが彼女は足の裏の豆を潰している。今日はこれまでにしてもらえまいか」

「ふむ、魔法で回復しては同じ怪我を負いますね。よろしい、上半身の振り付けのみ行います」

 鬼の所業である。

 言葉を失っていると「かまわない」と女性が言う。

「私達は人生をかけてるんだ。こんな事くらいじゃへこたれないよ」

 気丈に言う額には痛みからくる汗が流れていた。

 手当をしたあと始まった振り付け。遠目でも大変そうだ。

 汗をかいたのでタオルや飲み物、塩のきいた食べ物などを甲斐甲斐しく差し入れたミルは、離れたところで腰を落ち着ける。街の人も気になっている様子で、時々確認に来ていた。

「私も頑張らなきゃですね」

「キュ? キュルク。キュアァ?」

「そうですね、魔法の勉強をしようかと」

 ハーベルディに教えてもらった呪文や昔の魔法形態や代償を確認していく。はっきりしない事柄もあるが、引き出せる現象は多岐にわたり、光魔法での回復呪文がいくつか載っていた。攻撃魔法もあるが、近くの幽霊達を消し飛ばすと不味いので後回しだ。

「同じ効果でも人によって呪文が変わるなんて……特上級魔法は変な魔法ですね。あとは星魔法。ここからやってみましょう」

「キュ?」

「こちらは呪文が変わったりしないみたいです」

 星魔法は、だいたいアステールがつくようだ。

「まずはこれ……<星のねむり(ハルト・アステール)>」

 ぽわぽわとした光がアルブムに纏わり付き眠気を誘う。丸くなって眠ったアルブムは数分もすると目を覚ます。何か凄くいい感じだったらしい。

「精神の安定と回復の魔法というのは本当みたいですね」

「今何してたの?」

 ひょっこり顔を出したシャリオスが隣に座る。

「訓練はいいのですか?」

「元々やることないし。あの二人が駄目だったら僕とスールの二人で踊ることになるだろうけど、たぶん大丈夫じゃないかな」

 根性のある二人組である。

 振り付けも佳境に入り、怪我が直れば全体調整をして本番のようだ。

「飲み込みが早くて助かるって、スールが」

「でしたら、本当に早く終わりそうですね」

 それでと促されてもう一度アルブムに魔法をかける。

「光属性の回復系魔法です。肉体の損傷に効果はないのですが、気持ちいいみたいで」

「それ自分にかけた? オバケ怖いのが薄れたりしない?」

 はっとしたミルが自分にかけると聖水を飲んだときのようにスッキリしていく。

「僕にもやってみて」

「でも光魔法ですよ?」

「いいからいいから。……なにこれ気持ちいいね」

 目を細めたシャリオスがごろりと横になり、ミルを手招いた。お腹を枕にさせてもらう。

「これは……癖になりそう」

「いい魔法を知れてよかったれふ……」

 そのまま目を瞑ると、夕方になっていた。



 スールが太鼓判を押したのは、更に時間が経った後だった。

 専用の装飾品を揃え、本番を迎えた一行は迷宮へ向かう。この頃には街の住人も二人の頑張りを見て声をかけるようになっていた。

「来たか」

 番人は椅子に座りながら呟いた。

「なかなかのできばえのようだ。我々はいつでも構わない」

「では頑張ってください」

 背中を押され、彼女は真っ直ぐステージへ向かう。その背中に向かって、一緒についてきた街の住人が声をかける。

 音楽が鳴り、踊りが始まる。

 番人がぽつりと呟く。

「彼女は慰めや鎮魂を望んでいるのではない。幸福な者に触れ、ただ安心したいだけだ」

 引き締まった筋肉がうねり、ステップが始まる。装飾がぶつかり鈴のような音を奏でた。

「人の不幸は蜜の味と言う言葉があるが、そういう者だけではないという証明になるだろうか。悲劇など要らないのだよ」

 聖舞踏が終わった瞬間、迷宮の中に淡い光が満ちた。『魅入られし薔薇』の乙女が持つ青薔薇が赤く色を染める。

 戸惑う住民達に向かい番人が声を張り上げた。

「舞台は成功した。其方らは見事依頼を達成した。そこの二人、これより死ぬまでこの土地で踊り狂うがいい」

 歓声が上がる。

 二人は歓迎され住居を得ることができたのだ。

 ひとしきりはしゃいだ後、幸福そうな二人を見送る番人に向かって、シャリオスは聞く。

「もしかして最初から彼らをここに呼ぶつもりだった? だから踊り子を探せって言ったの?」

「さあな。それより旅人よ、言葉を交わそうではないか。クレルについてだったか。懐かしい名だ」

 ようやく掴めた手がかりだ。

(懐かしい……?)

 引っかかる物を感じる。それはシャリオスも同じようだった。

「まるで顔見知りのように言うね」

「そうだとも。世界はお前達が知るよりもずっと複雑怪奇というわけだ」

 どこか歌うような声音で言う。若者をからかうような口調に悪意はないが、シャリオスは口を曲げて続きを促した。

「彼について、お前達はどこまで知っている。彼がこの土地の出身で、星の民と連れだって姿を消したことか」

「そうなんだ! 僕らはクレルに会いたいんだ。彼に『誘惑の手』の事と、禁術の事を聞きたいし、あと伝言がある。ハーベルディという星の民からのものなんだ」

「ハーベルディ」

 思いをはせるように呟いた番人は『魅入られし薔薇』を撫でる。中にいる少女の頬を撫でるような、慎重な手つきで。

「かつて世界はこのような場所ではなく、文明が進んでいた。いつの頃か何かの拍子にゆがみ壊れ変質し、結果、今のようなありさまとなったのだ。迷宮が生まれたのも、その頃と言われている。同時期に現れたのが、星の民だった」

 星の民は遙か北の大地からやってきた。星に属する力をその身に宿しているのだと言った。世界の調和を保つために一族は方々に散って調整を始めたのだと。

 今で言う皇国のある場所が、彼らの出身地だと言われている。それ以上語られることはなく、番人も話を知らない。

「彼女もまた、その一人であった。この土地を守るため自らを道具に押し込め眠りについた。彼女が贄になった後、残りの星の民は住民を連れて、別の土地の調和を保つために旅立った。その中の一人がクレル。彼を連れて行ったのがハーベルディと言われている」

 伝承を語るがごとく囁き、迷宮に反響する。

「この土地の話を聞き、あちこちで娘が贄に捧げられたと話を聞いた。同じようにすれば他の迷宮も静まるのではないかと。どこも長くは続かなかったがね。人柱は誰でもよいというわけではないのだよ。だが、君には資格がありそうだ」

 突然矛先を向けられたミルは怯む。

 隠すように立ちはだかったシャリオスが厳しい顔をした。

「この子はやらないよ」

「必要ない。大地の調和は保たれている」

「僕達はそれがわからないんだ。昔世界が滅びかけていて、それをハーベルディや彼女みたいな星の民が頑張って治そうとしていたって事?」

「そうだ」

「でもハーベルディの作ろうとした魔法は失敗して禁術となり、それを使って何者かが【遊び頃(タドミー)】を作っていると僕らは考えてる。実際失敗したよね? 犯人はクレルだと書かれてるけど、ハーベルディは違うと言うし」

「なるほどな。ではハーベルディの魔法は奪われたのだろう。その後現れた別の者によって、世界は調和した。そういう事だ」

 ますます混乱する。

「別の星の民が調和を保ったということでしょうか」

「誰かは知らんがな」

「クレルが生きていると思いますか?」

「可能性はある。と言っても、まともな状態ではあるまい。万を生きる巨木も寿命を終えるほど遙か昔の出来事だ。普通の生き物は耐えらん」

 命があっても正気とは限らない。そうなるとハーベルディがクレルと出会っても認識できない可能性が出る。彼は人の魂を見ていたのだから。

「もう少し若人のために老いぼれが語ろう。さて、星の民が必ず持っている杖のことは知っているか」

「星をかたどったやつなら知っている」

 よろしい、と教師のように頷く。

 星の民が作った杖は特別なのだという。クレルはもちろん、彼らに選ばれた者にも杖が渡されている。杖にはいくつかの効果があったが、その中でも有名なのが『神々の治癒』の材料とされたことだ。

 このように、杖には力があった。それを使えば死者を蘇らせることも可能と言われるような、恐ろしい力。杖を使えば寿命を引き延ばすことさえ可能と言われていた。

「え、あれって杖からできてたんだ!? ということは手に入れれば作れるという事で……」

 魔導具マニアが目の色を変えた。

「シャリオスさん、シャリオスさん、帰ってきてください」

「ごめん」

「杖の力を上手く使えばクレルは生きているだろう。彼は西へ向かったとある。それは立派な塔があると言われていた場所だ。今はそうだな、狼が棲むという、あの土地だ。おかしな話がある場所だった」

 なんだったか、と男が首を捻る。

「抗うならば西の塔?」

「それだ」

「トルガ領に逆戻りか……もう一度ハーベルディに会わないと駄目かな」

「待て、西の塔はトルガではなかったはずだが」

 番人は訝しむ。

「ふむ、昔の地名を存じ上げていらっしゃるならお聞きたい。覚えがあるかもしれません」

「確かゼミリアとあった」

「ああ、あそこでしたか。今は名が変わり、王家直轄領デュールと呼ばれております。トルガ領より更に西方にございますれば、行く価値はあるかと」

 心当たりのあったスールが頷く。

「最後に聞きたいんだけど、クレルがどんな人だったか知っている?」

「人望の厚い、誠実な男だった。間違っても道を外すことなどないような、光を体現したような温かな人柄だったと言われている。だが、彼がこの土地に帰ってきたことはない。全て昔の話だ。人は時によって如何様にも変化する」

「ありがとう。参考になったよ」

「再び来ることがあれば歓迎しよう。旅人達よ」

 それ以上情報はないようで、礼を言って一行は次の目的地へ向かうこととなった。


 背中が見えなくなった頃、番人は囁く。

「光の導きを持つ者達よ、君達に創世の星々が瞬きますように。――さあ、歌い踊ろう。君が好きだった歌劇を共に」

 フードを落とすと灰色の髪がこぼれ落ちる。丁寧に編んだ番人は、天をつくように生えた角に巻き付けた。灰色の肌も、赤い目も、角も見紛うことなき悪魔の印。

 彼は『魅入られし薔薇』の中で眠り続ける少女へ微笑む。

 恋人を、妻を、自らの子を慈しむかのごとく、混沌が微睡むように。

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