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付与魔法使いは迷宮へ  作者: 灯絵 優
付与魔法使いと幻舞踏
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第一話

「モンスターは倒すのではなく鎮めるもの。そして死者とは共存する。このトルガ領はヨズルカ王国で最も愛情深くも悩ましい土地でしょう」

 馬車に揺られながら一行は街の様子を見ていた。

 屋根の低い民家に亡霊が住み着いている。あちこちにある広場では、踊り子が舞い、芸人が笛を吹き、絵描きが筆を、売り子が声を張り上げ、住民が手を叩く。

 永遠に続く祭りは尽きぬ怨嗟を鎮めるためだ。

「しかし歴代最高と謳われた歌姫が死んだあと、街は呪いを抑えきれなくなりました」

「スタンピードが起こりかけてるのかな」

 スールは「おそらくは」と呟き、停止した馬車から降りた。

「迷宮には番人がいます。まずはアグノス迷宮へ向かいましょう」

 ギルドの前に到着したはずだが、掘っ立て小屋のように小さく廃れている。その奥に遠目でもわかる大きな空洞が広がっていた。底のない沼のような、しかし黒門に似た気配を感じる。

「何だあれは」

「呪いの元凶とも言われています。さあ、あちらです」

 先導するスールの後に続くと、周囲を浮遊していた幽霊が興味深そうに見てくる。

 シャリオスはマジックバッグからマントを取り出すと肩に引っかけ、その内側にミルを招き入れた。白目を剥きかけている。

「大丈夫?」

「えq9う0ωb8え4wす」

「わかった、もう話さなくていいから」

 言語崩壊を起こしている様子に生唾を飲み込む。

 果たして生きて街を出られる――いや生きて街を出ても正気に戻れるのだろうか。

 シャリオスは冷や汗を流す。

 迷宮の入り口前は広場になっていた。

 踏みならされた土地に幽霊や人が入り交じり、道すがら見かけた祭りよりも更に活気づいていた。熱気に肌を炙られるような心地になりながら入り口へ向かうと、警戒したように呼び止められる。

「神官が何の用だ」

「冒険者が迷宮に入るのに、誰の咎めを受けましょうか」

 呼び止めた男は苦い顔をして道を譲る。

「……今のは?」

「住民でしょう。この土地で死した者の中には幽霊となる者が多いので。……最近は特に多くの者が幽霊に転じ、異変が広まっておりますが」

「というと?」

「空洞が広がりつつあると。迷宮内はゴースト系が中心ですので、ご注意を」

 スールが撒いた清水に、地面から這い出てきたゾンビが絶命する。

 一行は迷宮の奥へ進む。

「ずいぶん弱いね」

「本来、ここは迷宮が生まれる場所ではなかったからでしょう」

「どういうこと?」

「人工迷宮ということだ」

 嗄れた男の声に立ち止まる。

 双剣を構えたシャリオスは、顔を顰め構えを解く。

 一階層の奥には白い壁の部屋にステージがあったからだ。

 男は全身を隠す灰色のローブを纏い、短めの杖を持っていた。

「彼がこの迷宮の番人です」

 男の左側を見たスールの視線の先に、ガラスドームがあった。敷き詰められた薔薇の中で、めかし込んだ少女が眠っている。その手には青い薔薇が握られていた。

 番人が守るのはこの少女というわけだ。

「ハーベルディを目にしたとき、真っ先に彼女の姿が浮かびました」

 いつの間にかシャリオスの背中に張り付いていたミルを引っ張り出したスールは、ガラスドームの目の前に下ろす。

「こちらは『魅入られし薔薇』と呼ばれております」

「棺の中の女の人は誰?」

「迷宮の核であり呪いそのものであり、哀れな少女だ」

 シャリオスの問いに答えたのは、番人と呼ばれた男。

「迷宮を作るため、数えるのも億劫な大昔、生き埋めにされた。彼女は芸術をこよなく愛したとだけ伝えられてきた。なぜ迷宮を作る必要があったのかも伝えられておらず、その方法も失われているが、中心に変わりない」

「つまり彼女を……その、殺せば迷宮は消えるってこと?」

「そうだ。だがな、流離う者共よ。郊外に大きな空洞があったろう。底なし沼のようで違う、迷宮のような昏い穴だ。それが核を消そうとした結果。完全に破壊すれば、今度こそ街全体が飲み込まれる。この哀れな少女はあれを鎮める贄そのものだったのだろう。額に星の痣持つ、慈悲深い一族のなれの果てだ」

「星の民のこと? だったらクレルについて知らないかな。僕らはその人を探しているんだ。彼なら僕達の捜し物について何か知っているかもしれないって言われてて」

 暗くて見えないが、フードの奥で男が笑ったようだ。肩が小さく揺れている。

「運命とはいつの世も旅人に試練を与え導くのだな。若人よ、踊り子を連れて来たまえ。さすれば呪いは沈静化する。依頼が終わったならば知っている事を話そうではないか」

「いや、依頼って言われても。なんで僕らなの?」

「ここはギルドが廃れて久しく、街の者は既に依頼達成のため動いております。しかし、一向に解決される気配がありません」

 もしかしなくてもスタンピードの話だ。

 呪いを抑えきれなくなったということは、踊り子がいないと言う事か。

 問えば番人は首を振り、青薔薇を指す。

「青の印は舞。所望されてるのは、ただの踊り子ではない。とびきり上手い、当代一の踊り子を舞台へ立たせ慰めたまえよ。さすれば呪いは静まるだろう」

「時間はどれくらい残ってる?」

「わずかだ」

 『魅入られし薔薇』の脇にある古びた椅子に座った番人は、それきり口をつぐむ。

 彼らがいる場所がステージが一番よく見える場所だと気付いた。

 一行は困惑しながらも、宿へ戻ることとなった。

「スール、僕らをここへ来させた理由が他にあるんじゃないか」

 もそもそとパンをかじっていたシャリオスが半目で聞く。スールは「はて」ととぼけた。

「心当たりがございませんが」

「まったく! 僕らを利用しようとするなら、君達との旅はここまでだけれど」

「そんなつもりはございませんよ。ただ、この時期に来るとなると依頼をされるのではとは思っておりました。しかし、ここまで怖がるとは……」

「心証が悪くなって後で泣いても知らないからな」

 チラリと見やった先。

 虚ろな目をするミルが、チマチマとパンを囓っている。

 本日のメニューはオイル漬けのチーズとパン。味付け卵。街の不穏な空気に行き交い商人が少なくなり、保存食が目立つメニューとなっている。

「街に入ってへっぴり腰になり、馬車移動中に言語崩壊を起こす。宿に入るまでに精根尽き果て、今にも廃人になりそうだ」

「皇国ではどうなさっていたのでしょう」

「僕らは平気だけど、他のはダメみたいなんだ」

 ちょっと嬉しそうな顔をするシャリオス。

 それまで黙っていたサシュラはため息を吐きながら、パンにチーズと卵を挟んで、ミルの口にねじ込んだ。黙って咀嚼し始める。

「猊下、これじゃ使い物になりませんよ。帰りましょう」

 しばしの沈黙後、顔をそらす姿に青筋が浮かぶ。

「おい待て、アンタまさかッ!」

「申し訳なく思います。他の未攻略迷宮への許可の代わりに領地問題に貢献することを提案されております。あまり断っては心証が……私情でない事は誓って本当ですが、今回は我慢していただきたく」

 特殊なルートで許可を得たが、そんな話は聞いてない。シャリオスが怪訝そうに顔を歪めるのも尤もだが、ハーバルラ海底迷宮の情報はヨズルカ王国にも当然入った。

 そもそもストラーナはユグド領で暮らしている。眼帯が必要なくなったことは、既にアルラーティア公爵家はもちろん、王家も耳に入れていた。

 それを踏まえ、今度は王家からのごり押しが来たと言うわけだ。

「……僕達はもしかして、思ってる以上に不味い状況なのかな」

「これを告げた場合の心的負担を考え、黙っておりました。申し訳なく思います」

 今度はシャリオスが胃を押さえはじめてしまう。

「悪気がないどころか気を遣ってくれてたのに、疑ってごめん……でも、これ余計クるから」

「次は事前に相談いたします」

 相談されても断れないことはわかっていたので、事実上連絡になるのだが。

 シャリオスは遠い目をする。

「僕らはどこに向かってるんだろ」

「もしもの時は、教会を頼っていただければと」

「僕出禁なのに……」

 ミルはその後も復活しなかったので留守番に。今までにない反応にアルブムは大きくなり、腹の下に匿っている。

 優しさを感じつつ、シャリオス達は当代一の踊り子がどういうものかわからないため、訪ね歩くことになった。


 すっかり日も暮れた頃、宿に帰った一行は人だかりに嫌な予感がした。

「あ、お客さん! やっと帰ってきた」

 女将がふわふわと浮きながら近づいてくる。四年前に死んでからも夫婦で切り盛りしているらしく、その辺の大らかさというか幽霊の発生率が高くて閉口したものだ。あの暗い空洞が原因だろうが、調査も危険で行われていない。

「何かありましたか?」

「なにかもなにも! あんたらの部屋でずっと泣き声がしてる――のは珍しくないんだけど、もうずっと止まらないんだよ。中にも入れないし、どうなってんだい」

「『あなただけの部屋(ルームキー)』のせいだ。ちょっと通して!」

 近づけば、明らかにミルの泣き声がする。アルブムの吠え声も。

 血相かいたシャリオスが部屋の扉を開けると、窓に張り付いてた誰かと目が合った。

「何だこいつ!」

 影で締め上げながら、ベッドで蓑虫状態になっているミルに駆け寄る。布団から怖くて出られず泣き続けていたようだ。

「しっかりして。僕が来たよ。ほら、こっちおいで」

「お労しい……聖水が欲しいのでしたら浸してさし上げましょう」

 怒り心頭のスールに、簀巻状態で吊されていた幽霊が悲鳴を上げる。

「違う違う違う違う! 悪気はなかったんだよオレっちは、ただお嬢ちゃんが狙われて危ないって教えに来ただけなんだ、ホントなんだヨォ! 止めて神官様ァ! 聖水瓶の蓋開けないで!?」

「ジャリッゴビャヒッヒェッヴエ゛エ゛エ゛!!」

「今まさに言語を失うほど怖がってるのに無罪になるとでも」

「だって尋ねただけで泣くなんて思わねーもんよ!? あっやめて、ホントマジでホント!!」

「聖下は怖がりでいらっしゃるので、これは仕方のないのです」

「お前ら待て、落ち着こうや。とりあえず俺が話し聞くから、二人は別室で落ち着かせてきてくれ。泡吹いてんぞ!」

 何かの病気みたいに震えている。

「うわ、大変だ!」

「聖下ー!」

「昇天しちゃううぅ~!!」

 聖水片手に不審者へにじり寄っていたスールは、慌ててシャリオスの後を追った。

 姿が見えないのを確認し、サシュラは半目で聞く。シャリオスの拘束は未だ有効で、簀巻きになっている。どこにでもいそうな中年男性の幽霊だ。

「お前さぁ、なにしたんだ。あのビビり方は尋常じゃなかったぞ」

「それがさっぱりでして、旦那ァ」

「まずは自己紹介だな」

 転がった聖水瓶を持ち上げる。

「俺の得意技は、生き物を解体することだ。適当な事言うと酷い目にあうぜ」

「あひんっ、神兵とは思えない特技すてき……。ああうそうそ嘘! 言います言います」

 槍先に聖水を垂らすと、その幽霊は身もだえながら話し始めた。

 なんでもミルに目を付けた他の幽霊が、今夜驚かせて楽しもうと話していたらしい。それを耳にしたこの中年幽霊は、逆に奴らをハメてやろうと尋ねてきたと言う。

「なんで助けてくれんだ?」

 恐怖に顔を歪めていた幽霊が粘着質な笑みを浮かべる。

「オレっちはガキを泣かせる奴をハメるのが、臓腑がよじれて脳汁出るほど好きなんだ! だって死んでも止められなかったもん!」

「生前から頭おかしかったのか。……気の毒に」

「ナチュラルに酷い!? でもオレっちいい奴だろ?」

「自分のためだろ。アホか。……まあいい。策があるなら聞こうじゃねぇか。あのままだと、嬢ちゃんの頭のほうがおかしくなりそうだしなぁ……はあ」

 隣の部屋からは、未だに胸が痛くなるような泣き声が聞こえてくる。

「……。オレっち、脅かして悪かったと思ってるよ。本当だよ。泣き止ませようと思って頭をこんな感じに回したりしたんだけど、スベり倒しちゃって」

「恐ェよ!?」

 髪を振り乱しながら風車のように顔を回した中年幽霊は「そ、そんな。子供達は笑ってくれたのに」とショックを受けたが、これなら首が一回転したほうがマシだ。

「この街でウケても他では通じないと思った方がいい。悪いこと言わねぇからやめとけ」

「そうだったのか……。謝ったほうがいいかな、死んだりしない?」

「気持ちは伝えとくが、二度と近づかないでくれ。死ぬから。話戻そうぜ。もう一組の迷惑な奴の話な」

 しょんぼりした中年幽霊だったが、一転してうきうきと話し始めたのでサシュラは呆れた。



 過呼吸を起こして死にそうになったミルだが、本当の原因は壁にびっしりと浮き出した顔がじっと見てきたせいだと、後でわかった。

 中年幽霊の仲間だったようで、彼は平謝りした。

「作戦決行まであと二十分。各自配置についたよ。……サシュラ、『魔法の部屋(マギア・オーダ)』に戻っていいかな。出てくるとき必死でしがみついてきて、剥がすの可哀想だったんだ」

 ミルは「外は危険ですよ」や「変な人がいっぱいいました!」とシャリオスを気遣ってのことだったが通じていない。

「おう。あとはやっとくから」

「なぜ聖水の刑に処してはいけないのでしょうか。幽霊は全員殺すべきでは? わたくしはこのような危険地帯に聖下を連れてきた責任を取らねばなりません」

「この過激派もなんとかしとくから行け」

「ごめん」

 一言謝ったシャリオスは自室へ爪先を向ける。

 上司が過激派になってしまったことに頭を痛めながら、サシュラはクローゼットの中に潜伏する。


 作戦は上手く行った。

 ミルに扮した中年幽霊が驚いたふりをし、その拍子に壁に立てかけてあった斧が落ちて首が取れる。

 自分のした悪戯で死んだと思った幽霊は甲高い悲鳴をあげながらすすり泣き、ネタばらしされた後は怒りながらも安心しながら昇天した。

 翌朝、ツヤッツヤな中年幽霊が「いやほんと、ここ六百年で一番笑ったわ! おかげで仲間も殆ど昇天しちまったよ。オレっちも昇天しそうだけど! ありがとな!」と、なぜかお礼を言われた。

 しかし後遺症は酷く、ミルは『魔法の部屋(マギア・オーダ)』から出てこなくなった。

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