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付与魔法使いは迷宮へ  作者: 灯絵 優
付与魔法使いと約束のオルゴール
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第二話

 ファインアーツ迷宮、第一層――だと思われる階層に一行は踏み入る。

 断定できないのは階層がまるごと移動するからだ。

 全十八階層しかない迷宮だが階段は常に動き、モンスターがどこから出てくるかわからない。罠や仕掛けが多く、足場が悪いのもあって初心者には向かない迷宮だ。風魔法など飛べる魔法があれば楽になるのだが、ネジ巻きについて調べる必要があるため障壁は使わない。

「全体をじっくり見ていこう」

「天井など手の届かないところは私が担当します」

「気をつけてね。ここのモンスターは弱いから大丈夫かもしれないけど……変な仕掛け踏みそうだし」

「簡単に見つかるわけありませんよ」

「だといいよね」

 生暖かい目で見られる。

 白い石でできた階段は常に動いているので、近づいて来た別の階段に飛び乗って移動する。風魔法で飛んでいく冒険者もいれば、大荷物を背負い帰還する姿も見る。障壁を使っている様子はない。

「透明になっているのかと思ってました。カマキリに似ていますね」

 カマキリの形をしたそれは、見かけ通り鋼鉄カマキリという。体が白く、階段に紛れて見えた。

透蛇(クラルテ・アダラ)やメメバのようなモンスターは希です。多くはこのように景色に紛れるタイプですよ」

 そういって蹴ると、ツルリと落ちていく。

「下に行ったらモンスター落ちてきそう」

「おや。言われてみればそうですね」

 慌てて障壁を全員の頭上に移動する。隙有りとばかりに襲いかかる鋼鉄カマキリを障壁で包む。少し考えて首をねじると、木が割れるような音を立てて取れた。

「全身が石でできてるのですね」

「ねじった形に固まってない? もしかしたら死んだ時に石材になるんじゃないかな」

「宝石は出たか?」

 買い取り金額は安いが、時々落とす宝石で十分利益が出るらしい。冒険者達はそれを狙い、運がいいと遊んで暮らせるのだそうだ。

「ゴーレムに似てるね」

「おい、あの階段に飛び移った方がいいんじゃねぇか。この階段、そろそろ終わるぞ」

「地図だと続いてる。たぶんガラスか、背景に紛れるようなデザインなんだと思う。近くに乗り移った途端モンスターが湧く階段があるみたいだから、様子見しながら慎重に行きたい」

「おう」

 落下物もあるが危険な迷宮だ。

 注意深く進んでいたとき、視界に何か映った気がしてミルは振り返った。

 それが不味かった。

 頭上から落ちてくるモンスターにアルブムが警告を出し、障壁で弾く。階段の裏側にへばりついていた別のモンスターがスルリとミルの足を引っかけ転ばせた。後頭部に痛みが走ると同時に、何かを潰した感触。

 鋼鉄カマキリだった。問題は、飛び散った内容物が凝固して固まったこと。頭が張り付きびくともしない。

 起き上がれない。

「キュオオオ!」

 罠を仕掛けたモンスターにアルブムがブレスを吹きかけ、シャリオスが首を跳ねた。

「え」

 ミルの周囲の階段が凹みだし、隙間から大鉈が飛び出す。

 罠だ。大鉈が首に振り下ろされる瞬間――小さな破裂音が響いた。

「ここは迷宮だ」

 囁くような声音だった。

 女性が一人、別の階段から飛び乗ってくる。蜂蜜色の髪と目に、桜色の唇。年頃は二十歳頃。垂れた兎耳から兎人族だとわかる。影を背負ったような伏し目がちな視線で、どこか生気がない。そのせいか人形のような作り物めいた美しさだった。

 彼女は黒装束に羽織を肩に引っかけ、警戒する一行を気にもとめず、ミルの頭に何かを垂らす。すると石が割れ、崩れ去った。

「鋼鉄カマキリは死ぬと硬化する。見逃さず殺すことだ」

「ありがとうございました」

 助け起こされて礼を言うと首を振る。

「ここは迷宮だ。転がるときも礼を言うときも気を抜くべき場所ではない」

「すみません……」

「助けてくれたんだよね。ありがとう」

「いや」

 にこりとも笑わず、仏頂面で首を振ると指をさす。

「余計なまねをしたようだ」

 彼女が大鉈の腹を指先で撫でると、細かな罅が入り砕け散る。破片はミルの障壁が弾いた。とっさに滑らせ全身を防御していたのだ。

「もしかして、シャリオスさん?」

「必要なかったみたいだけど」

 深く感謝している横で、彼女は付け根辺りに細長い道具を突きつける。先は筒状になっていた。みたこともない道具に内心首をかしげる。

「ここだ。押せば罠の解錠ができる」

 目をこらせばほんの少し色が変わった場所がある。大鉈が現れた亀裂の内部だ。

 囁くように告げた彼女は、腰ベルトに道具を差し込むと背を向けた。

「黒門を五つ抜けろ。ここは十六階層だ」

「……もう少し上かと思ってた。礼はどうすればいい?」

「いらん」

 歩き出していた彼女は落ちてくるモンスターを手甲で殴り殺す。

 その背に、スールが言葉をかけた。

「失礼ですが、名をお聞きしても」

「ビー。(くら)懇請(こんせい)の導きがあれば、また会おう」

 消えていく背中を見送ったあと、ぽつりとシャリオスが呟く。

「なんか格好いい」

「涼しげな美人さんでしたね」

「持っていた武器は何だったんだろ。初めて見た!」

「銃でしょう。おそらくライフルと呼ばれる種類かと。古代文明、機械が発達したさなかに生み出された武器の一種で、エルフの矢より早くゴーレムを打ち抜いた逸話がございます」

「それ凄いの?」

「わたくしの矢より速ければ。最も優れている面は、引き金を引けば子供でも卓越した技能者を殺せることでしょう。魔法が扱えない者が手にしていたとか。矢の代わりになる弾が特殊なので、扱う者を初めて見ました」

 そんな不思議な武器がドロップするのだろうか。リストにはなかったので、他の迷宮かもしれない。

「腕もよかったですね。聖下の足を引っかけたモンスターも、彼女が打ち抜きましたし。死骸は落ちていきましたが」

「重ね重ね恩人です。……お礼は本当にいらなかったのでしょうか」

「もう行っちゃったし、気をつけて進もう」

 魔導具じゃないと知ったシャリオスの興味が急速にしぼむ。

 一行は気をつけつつ下の階を目指す。



 迷宮を登った先、出口から離れた隠し通路に侵入すれば、待ち人が胡座をかいて待っていた。

「どこに行ってたのさ、お転婆め。七秒の遅刻だ。僕ぁ待ちくたびれちまったよ」

「該当者に接触した」

「おっと、ここに来てたのか。そりゃぁ重畳」

 やる気なく手を振っていた男の手が止まった。

「偶然だ」

「けども? けどもけども彼らを調べるんだろ?」

「場合によっては」

 影になって表情は見えないが、薄笑いを浮かべているのだろう。

「珍しいね、君が興味を持つなんて」

「貴公もだろう」

 そのとおり、と大袈裟な身振りで手を振って男は大きく息を吐く。

 まるで日向で微睡む猫のように目を細めた。

「まあいい。僕ら二人の意見が一致したってことは、それだけ陽だまりの匂いが濃いってことさ。いつだって暖かな光は望みを引き寄せる」

 弓なりの口からゲタゲタと耳障りな声が漏れる。指で押さえても止まらない。

「失礼、けど止まらないんだ。君にもわかるだろう」

「いや」

「冷たいねぇ、同じねぐらの同胞じゃないか」

「同一ではない」

 そうだったね、と男はため息を吐く。

 悲しんでいるようで楽しんでいることをビーは知っていた。

「僕らは狼。哀れな狼。肥えた羊を食い殺す、管理されない復讐者。なぁ、あの話を聞いたろ? 【遊び頃(タドミー)】を滅ぼす冒険者の話。ケヒヒッ! 死なない人形を殺せるなら、僕達にも方法を教えてもらいたいな」

「目視だけで二百八体」

「何が?」

「消した人形の数」

素晴らしい(エシャンティック)……!」

 もはや興奮を抑えきれず、彼は狂ったように回りだした。

 異様な様子にピクリとも表情を変えず、彼女は続ける。

「おそらく、光魔法の使い手だ」

「燦然と輝く太陽ならば、おぞましい人形共を屠れるというわけか? あの哀れな手紙の主達も僕らも報われるというわけだッ!」

「決まりではない」

「かまわないさ」

 哄笑は密閉された壁に反響し、幾重にも重なって聞こえる。

 大きな口を開けた狼が、獲物を食い殺そうと牙を剥く。



 シャリオスは絶命するモンスターに告げた。

「冥き懇請の導きがあれば、また会おう。……どうだった?」

「本物は、もっとスッってしてました」

「難しい」

 半目のサシュラはため息を吐く。

「頼むから本人の前でやるなよ。煽ってると思われるからな」

「わかってる。ちょっとやってみたかっただけだから」

 言われたとおり見つけた黒門を抜け一階層とおぼしき場所に降りた面々は、テントを張れる広い場所に移動していた。時折、緩やかに動く階段から侵入してくるモンスターを倒しているが、その強さは先ほどと比べものにならない。ミルが杖で頭を叩いただけで死ぬ。

 寝てるときに囓られても大丈夫そうなので、小休止をとっていた。

 他の冒険者も目視できる距離で休憩をとっていることから、リトルスポットに近い場所なのかもしれない。

「それにしても、この迷宮は小さな穴がいっぱいあるのですね。ドロップしたネジ巻きをはめると仕掛けが出ますし」

 試しに一つ、足下の穴に鍵を差し込むと隠し扉が開く。中にはマットをぐるぐるに巻いたようなモンスターが入っていた。石ころがしと呼ばれるモンスターで、ミルを転ばせたのもこれだ。階段の裏に張り付き、冒険者の足を引っかける知能犯である。

 杖先で叩くと軽い音がして、石ころがしが絶命する。ミルでも倒せるか弱い存在だ。

「あ。隠し扉のモンスターは倒すとドロップ確定のはずなんだけど……でなかったね。いつ見ても不思議」

「すみません、知らなくて」

「聖下が倒すとドロップが出ないのですか?」

「全く無いと言うことじゃないと思うのですが……」

 言い訳がましく弁明すると、慰めるように肩を叩かれる。

 けして前衛を任せたくない冒険者とはミルのことだ。

 同じようにドロップした鍵を差し込んで石ころがしを倒したシャリオスは、きちんとドロップアイテムを手にした。

(どうして出ないのかしら)

 永遠の謎にしたくない話だ。生活のためにもいつか解明したい。

「他のことで補えるんだから大丈夫だよ。それよりネジ巻きと似た装飾を見つけた。調べてみよう」

「お、やっと手がかりか」

 右手の端、階段から最も遠い場所を指さす。

 ただ迷宮の中を虱潰しに探すというのも大変だ。

「特に穴はないね」

 壁を撫でたり叩くものの、溝一つない。

 とすれば外れだろうか。

「いえ、どうも継ぎ目がおかしいように見えます」

「継ぎ目?」

 眺めていたスールが「ええ」と小さく頷く。

 顎に当てていた手を壁につけ何かを探るように滑らせた。

「どう?」

「これは……どこか動きます。タイルに溝の感触が。スライド式のパズルでしょうか」

 他は石に彫刻を施しているので怪しい。

「よし、任せた!」

「私ですか!?」

「謎解き得意だったよね」

 いつからそうなったのだろう。

 疑問符を浮かべながら障壁に乗ったミルは、ゆっくりと模様を眺め回す。

「確かに変ですね。他の場所は左右対称の模様ですし。サシュラさんの手前が変です」

「お? ここか」

 目星を付けたタイルを横に動かすと、あっけなく扉が開かれた。

 人一人がやっと進めるほどの狭い通路は暗く、ランプを掲げても奥まで見えなかった。

「この道、地図にないのは確かだよ」

 シャリオスを筆頭に進んでいく。

「彫刻がないね」

「ふむ。別人が施したように見えます。石の切り口が荒く……魔法でしょうか」

「人口の道を迷宮に? どれくらい前か僕には検討もつかないや。空気も埃っぽくないし、最近作ったのかな。地図に載ってない理由は知らないけど」

「どこか外へ通ずる穴があるのであれば、少々不味いですね。迷宮からモンスターが溢れる場合もございますし」

「そうしたらギルドに報告しよう」

「何もなければしないのですか?」

 意外に思って聞くと「【遊び頃(タドミー)】に関わってたりしたら、他の人が危ないし」と返される。

「行き止まりだ」

 通路の奥には小さな空間が広がった。天上は通路より高いが、削った痕が残っている。壁際には削った石の塊が積んであった。モンスターの気配はない。

「どういう用途で作られたのでしょうか……。他に隠し通路などは見当たりませんし」

「こっち来て! 穴を見つけた」

「入りそうですね」

 指し示された場所にネジ巻きを入れて何度か回すと、金属が噛み合う小さな音が聞こえる。

「なんだ? 何も起きねぇな」

「入り口と似た仕掛けもなさそうです。はて」

 軽く叩いてみても駄目だったのだが、金属音がした以上、何かある。

 ミルはネジ巻きを抜いて中を覗いてみた。

 真っ暗で何も見えない。

「他におかしいところは見当たらない」

「時間経過か、時刻でしょうか。一晩泊まってみましょう。明日何かわかるやもしれません。聖下、見張りを頼みます。我々は野営の用意を」

「うへぇ」

 嫌そうなサシュラがため息を吐く。

「アルブム、邪魔にならないよう下がっていましょうか」

「キュ」

 何しろ狭い。

 四人でも両手を広げるとぶつかってしまいそうな場所だ。

 そしてミルが三歩下がったとき背中に壁が当たり――

「へぶっ!?」

 横回転した隠し扉に顔面を打ち抜かれ、後方に飛んだ。

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