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付与魔法使いは迷宮へ  作者: 灯絵 優
付与魔法使いと約束のオルゴール
116/154

第一話

 抗うならば西の塔。

 欺瞞に詐称、我欲にまみれた羊が狼の目を醒まさせる。

 狼の遠吠えを耳にしたならば、願いは叶うだろう。

 羊は気を付けろ。

 我ら管理されない復讐者。


+++


 ネジが回る。

 歯車が動く。

 ファインアーツ迷宮は迷路であり、内包する街もまた、迷宮が露出していると勘違いするほど複雑怪奇。

 大通りから裏道まで白い石畳が続き不思議なカラクリを並べる店や、迷宮産の彫刻から人形までを所狭しと並べる店も全て石造り。これは迷宮から産出されるものの一つが石だからだ。統一された外観は圧巻で、まるで別世界へ迷い込んだよう。

「迷った」

「ギルドにたどり着きたいです……。建物は大きいし、街の外観は大体同じで見分けがつかないですし」

「キュー」

 歩いてすらいないアルブムが、ミルの肩でぐったりするくらいには迷っている。

 芸術的だがどこも同じように見え、建物で視界が塞がれ方向感覚も狂う。

「見られてますね」

「僕らが迷ってるのがわかるんだと思う」

 横目で見れば「銅貨三枚で希望の場所へご案内」と看板を掲げる住人が。観光客から新米の冒険者まで客がいるのだろう。道案内が産業になるほどなら看板を立ててほしいと切実に思う。

 乱立する塔を見上げると、ますます億劫になる。螺旋状の階段が付いているが、手すりなどなく落ちたらぺしゃんこだ。

「高いところに登ってくる。これ以上迷うならお店に入って聞こう」

「道案内の人にお願いしないのですか?」

「あれ詐欺だよ。忘れたの?」

「覚えてます……」

 浮浪児に道案内を頼んだら大回りさせられたのは、苦い思い出だ。

 とぷんと影に潜ったシャリオスがいなくなる。

 スールとサシュラの二人組は用事があると言うので、ヨズルカ王国に入国した時点で一旦別れた。用事が済み次第合流するとのことだが、今回の迷宮は攻略されている。落ち合う時間には速いが、先に用事を済ませたい。

 綺麗に切り出された石階段の上に座ったミルは、指先でなぞる。

(まるでロマーナさんと出会った階層のように精密だわ。今どうなさってるのかしら……)

 失われた古代文明の痕が残った場所で出会った女の子は、その後どうしているだろうか。

 ミルは降りてきたシャリオスがギルドの場所を見つけ、ようやくたどり着くことができた。

 一つの依頼を出す。

 ハーバルラ海底迷宮でみつけたネジ巻きについての情報だ。



 滅ぼした生命体――仮称モンスターが出現しない状況が発生。

 ロマーナ含め治安維持を担当は機能回復に努め、敵対者を牢獄へ。

 治安は回復傾向へ。戦力約二十%損害。

 資源不足による戦闘用素体の修復不可。

 街の原状回復に必要な物資の不足を確認。

 これより、部品の製造及び未稼働のアンドロイド投入による支援体制の構築を開始。

 協力者の選出。

 過去データ参照により、危険性の少ない冒険者達から情報提供を。

 一部隊を上層へ派遣。経路は情報提供者10HYU-0015号参照。

 未発生より730.001H JUST。一月で仮称モンスターの再発生を確認。経路不明。

 過去データ参照により個体種一致。

「地上班F052より入電。統治者との接触に成功。犯罪者引き渡し及び行方不明者捜索の件。引き渡し完了済。資金調達完了。これより依頼品の輸送を開始します」

 ロマーナは点検と修復によって復活した素体と、電子回路のアップデートによって上がった演算式で、滑らかな動きを再現できるようになった。

 長い間放置されたバグも修正済みで、ユグド領内の活動で、支障が起きないのはこのおかげだ。

「申請。最下層個体破壊による治安維持の継続」

『継続撃破は住民の資産に著しいダメージを蓄積する。非推奨』

 頭の中に返答が来る。

「ロマーナは街の安全を守るサポートシステムです。ロマーナは住民の安全を守ることをプログラムされ、そのように運用されています」

『非推奨。最下層への手出しは協定により禁止されている』

「住民の資産形成の変更を申請」

『非推奨』

「住民の生活保護を申請」

『非推奨。我々は住民の意思を阻害してはならない。我々は住民の生活を守るサポートシステムです。肉体と精神の健全性を両立することが最上オーダーです』

「了承。帰還します」

「あーっと、お忙しいとこすんませんが、ちょっと窺いたい事がありましてデスネ」

 気弱そうな丸眼鏡の男が声をかける。

「ロマーナは街の安全ガイドです。お客様は案内をご希望ですか?」

「案内……? いえ、その、ウズル迷宮を最初に攻略された冒険者さんについてお聞きしたいなぁと」

「申し訳ありません。個人情報の取扱規程に反します」

 立ち止まったロマーナは簡潔に答える。

「え、あっいえ!? そう言うのじゃなくて、人柄を聞きたいんです。駄目ならせめて、悪いことしてないかだけでも教えていただけませんか。危険じゃないか判ると助かるのですが……」

「ロマーナや街に被害を及ぼした事はありません。犯罪者登録もありません」

「それだけ聞ければ安心です。ありがとうございました」

 男は礼を言うと走って見えなくなる。

 ロマーナは普通の生命体ではない。だからなぜ初対面の男が特定の人物について聞いてきたか、などの疑問が湧かない。

 今の彼女にとって調達した物資を持ち帰還すること以外重要な要件はない。

 だから路地裏に入り込んだ男が顔に貼り付けていた偽装マスクを剥ぎ取ったことにも関心がなく、偽造していたことに気付いても指摘すらしないのだが。

「素行善良。レベルは中堅。依頼達成率は百。登録してから目覚ましい成長を遂げ、迷宮に十年封じられた魔剣の後継者を救出。のちに迷宮完全攻略。ドルイドの失われた目を戻す。ゲヘヘ、こりゃたまりませんなぁ、まるで英雄譚のようじゃありませんかぁ」

 彼女がそう言うものであることは男にとって幸いであり、嗅ぎ回られる相手にとっては不幸だった。

「踊るのは我々か人形か、はたまた第三者か。胸熱の展開だぜ。嗚呼……いい時代がきた!」

 たがが外れたように笑い出す。

 破落戸に姿を変えた男が闇の中へ消えた。



 寒気に震え、素早く振り返る。

「どうしたの?」

「なんだか、とてもねちっこい蛇のようなものに目を付けられた気がしました。う、なんだか首元が涼しい気が……」

「相手は変態じゃないかな……具体的すぎる」

 同じように素早く周囲を見回したシャリオスは、自分の前にミルを引っ張ると両肩を掴まえる。滅多にないことだが、吸血鬼でも殺しにくい生命体がいるとも限らない。とくに【遊び頃(タドミー)】はどこにでもひそんでいる。

 動揺したミルだが、宿に着く頃には治まっていた。

 ギルドから持ちかえった資料を広げると、部屋で待っていたスールが立ち上がる。

「依頼結果はどのように」

「おおよそスールが言ったとおり、ファインアーツ迷宮の装飾と同じだった。ただ、ネジ巻きが必要なドロップ品のどれとも形があわなかったって」

 買い取り交渉がいくつか舞い込んだが断っている。

「別の迷宮から同じ装飾のネジ巻き……なにか謂れがあるかもしれないからファインアーツ迷宮とハーバルラ海底迷宮を調べてみるつもり」

「ふむ、でしたら関係があるのは幽霊船ファンタズマ・サフィーナのほうでしょう。商船とにらみましたが、おそらく古代文明に関連しております」

「理由は?」

「室内の装飾がそのような感じでした。もう一度調べればはっきりしたことが判るかと」

 迷宮自体が浮上した異例の場所となっている。もう一度潜るには時間を置かなければ無理だろうことは、ミルにもわかる。

 それに、全てが同じとは限らないのだ。

 目下調査中の迷宮の事を思えば悩ましい。何をすればいいか見当も付かない。

「わかった。時期を見て潜れそうなら再挑戦しよう。幸い四十階層もなかったし」

「今なら一月もあれば終わるでしょうか」

「そうだね。道具は揃ってるし。――今は幽霊船ファンタズマ・サフィーナが関係してると仮定して今回の迷宮と比べてみよう。手伝ってくれる?」

「では、わたくし共は歴史的な経緯を調べましょう。大昔の資料は文字も異なっていますので、適任です」

「お願い。ミルちゃんはこっちの資料を読んで。気になった場所を教えてほしい」

「わかりました」

 それはファインアーツ迷宮の地図だった。

 入り組んだ階段が連なる迷路の道をひたすら進む。動く階段やトラップ。擬態したモンスターと様々だ。


 調べた結果、公開資料と同等の情報しか得られなかった。

 そうそうに打ち切って迷宮へ足を運んだ一行は、入り口で立ち止まる。

そんな中、新聞社が号外を配っている。

「号外! 号外だよ!」

 白い岩をくりぬいたような丸い入り口の前で、少年が新聞を配っている。

「西の狼がでたよ! 今度は城下のとある伯爵家が舞台! 買った買ったぁ!」

 難しい顔をするスールが呟く。

「西の狼……西の塔の話でしょうか」

「なんすかそれ」

「義賊と呼ばれる集団です。耳にしたのは五十年ほど前でしょうか。現れた場所に必ず同じ書き置きをするそうです。模倣犯がでるといけませんから公開されていませんが、文章は全て一緒とのことです」

「塔を見張ってれば捕まりそうだけど」

「いくつか噂になる場所はありますが、残念な事に西の塔の場所はわかっていないのです。依頼主が示した場所もバラバラなようで、目的が果たされてから狼が動いたと知るのです」

 なんでも無人の塔があり、そこへ手紙を投函できれば願いが叶うという。

 例えば盗まれた祖父の高価な形見、家族を不当に殺した貴族への報復、不正の告発。狼に無視されたと教会へ告発する者もいるが、叶う者もいる。

 それは表舞台に出る事のない、調べようもない復讐劇ばかりだった。

「窃盗には窃盗を、殺人には殺人を。同等の罪を鏡映しに返す。それが西の狼と呼ばれる集団です。目的はわかりませんが、注意するに越したことはありません。彼らは彼らの秩序を掲げているのですから」

「存在を否定なさらないのですね」

 ミルからしたら盗みも殺人も犯罪だ。

 だがスールは言及しないどころか認めている節がある。

「神官は政治家ではありませんので、彼らに問題があると言うならば、国や領主が沙汰を下すのが通りでしょう。思想も罪の重さも時代によって変わるのですから。我々が関わるのはシューリアメティルで関わった者が中心です」

 それ以外は政に関わらないのだそうだ。これはスールの考えなので、中には懇意にする者もいるようだが。

「もしかして私の手伝いをしてくださっているのも?」

「ええ」

 短い返事を聞きながら入り口に踏み入れる。

 背後の新聞屋が号外を売る声に紛れ、後半は届かなかった。

「それだけではありませんが」

 迷宮攻略で気を取られ、忘れていた。

 教会には気をつけるよう言われていたことを。

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