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付与魔法使いは迷宮へ  作者: 灯絵 優
付与魔法使いと海底神殿
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第十九話

 冒険はいつも予定通りに行かない。

 神の采配か偶然か、兎にも角にもミルにとって初めての状況だ。

 分散して戦うハメになったのも、階層主(アートレータ)が一つの階層に集められて逃げられないのも。特に苦手な幽霊と一緒に冒険する日が来ようとは。

 身震いしながらも魂喰らい(シャドミール)の触手を避け、戻ったミルは歓迎される。

「本当に、生前の姿のままですね」

 小さく呟くスールは自己紹介もそこそこに、魂喰らい(シャドミール)の元へ向かいたいと告げる。

「ここから先は貴方達にかかっている。どうか我々の仲間達を解放してほしい。それから……我々がどうなろうとも、先へ進んでいただきたい」

「言われずとも。神の領域に手を伸ばした不届き者を許す神官など、この世にいますまい」

「スールさん?」

「向かいましょう。聖下の歩く道が光りとなりましょう」

 なにやら小難しい言い回しをしているが、攻略は望むところである。

 水グミを口の中に入れ、くるりと杖を回す。

 魂喰らい(シャドミール)がいるのは船長室。大量の触手や食った魂を操り、鉄壁の防御を揃えているという。

 突き破るチャンスは一度だけだ。全滅すれば、それこそ浄化魔法を連発して逃げるしかない。ミルには攻撃力のある魔法が使えず、一人での攻略は無理なのだ。スールは聖属性以外は得意ではないと言うし、物理は効かない。

「最悪、シャリオスさんのところまで釣っていきます。釣りは得意ですから!」

 扉を開けると魂喰らい(シャドミール)の触手が気付く。

 光障壁で防ぎながら、突撃が始まった。


「急げ、操られてる者に構うな、どうせ蘇る!」

「右、罠で待ち構えてます。浄化魔法を!」

「<浄化(ソーンメス・ルクス)>!」

「前方、敵が詰まって行けません!」

「浄化魔法を!」

「<浄化(ソーンメス・ルクス)>!」

「後方、追いついて来ました!」

「浄化魔法を!」

「<浄化(ソーンメス・ルクス)>! あの、私の魔力も無尽蔵ではなく、乱発は困るのですが!」

「スマン、だが懐に入らねば如何ともしがたい!」

 浄化魔法乱発装置になっているミルは、それでも仲間の幽霊達を巻き込まないよう注意を払わなければならない。制御が難しく、手足をこそげ取ってしまった者も出た。大変な状況である。

「入り組んで面倒です。もし、壁を取りますので、船長室の方角を指示してください」

「なぁ!?」

 言うが早いか、粘土のように壁を引きちぎり始めるスール。恐ろしい握力、馬鹿力である。

 敵が増えれば横壁を千切っては投げ、別の道へ。行き先にひしめいていれば千切った床をひっくり返して封じての繰り返し。

 迷路の壁を破壊する禁じ手を使っている気分になる。

「神官は、あんなに凶暴だったのか」

 戦くドラクロに実は枢機卿ですとも言えず、静かに浄化魔法を放つ。呪文を唱えている間は何も言わずに済む。

 いくつ目かもわからない壁を引きちぎったとき、スールが振り返る。

「見つけました」

「いたぞ、魂喰らい(シャドミール)だ!」

「殺せ!」

 殺気立った海兵達が脇目も振らず殺到する。敵に強襲された魂喰らい(シャドミール)は四方に伸ばした触手を瞬時に縮め、大量の戦力を集結させた。

「『森の核』は何処ですか!」

「心臓の真横です!」

 近づけない。

 襲いかかってくる敵を切っても切っても復活する。触手を切ってもすぐに生え、海兵達が飲み込まれ始めた。

 どうすればいいかなど決まっている。

 ミルは障壁で横壁を貫き唱えた。

「<大いなる光よ。我が魂は誇り。我が声に果ては無く。この体が盾ならば、我が運命に勝利は要らず――」

 気付いたスールが、更に広げ船の側面に巨大な穴を作った。幽霊船ファンタズマ・サフィーナが傷みに藻掻くかのように船体を揺らした。

「――黄金の鐘よ鳴れ。その音は(ルーメン)>!」

 体に光が走り、魔方陣が描かれた。魔力が光りの糸となり、魂喰らい(シャドミール)を拘束する。

「<音声増加(コールアップ)>、<音声増加(コールアップ)>、<音声増加(コールアップ)>――シャリオスさぁああん!!」

 鼓膜を破るほどの声量が波を揺らすのと同時。耳から血を流したスールが、暴れる幽霊船ファンタズマ・サフィーナから飛び出し、竜骨を叩き折る。まさかと思う間もなく、船体が悲鳴を上げて止まり、底の抜けたバケツのように崩れ始めた。幽霊船ファンタズマ・サフィーナが絶命したのだ。

 船体が一瞬止まった、刹那。

 【遊び頃(タドミー)】に顔を向けたままだったシャリオスの目が横にずれ、確かに視線が交差する。【遊び頃(タドミー)】が気付き、回り込む――が、既に闇の支配者は眼前に顕現していた。

 浅く息を吐くように唇を薄く開け、組むように交差した腕を左右に伸ばす。長さがそれぞれ違う剣が光の線のように見えたときには、魂喰らい(シャドミール)は二十個に切り刻まれていた。

 特上級魔法が解ける。

 絶命の証だ。

「『森の核』の確保を!!」

 アーソンが叫び、ミルは揺蕩う『森の核』を両手で包む。『森の核』は木の枝のような形をしているが、エメラルド色の宝石のような枝に飴細工のようなキラキラした葉が茂っている。

「とりあえず切ったけど、さっきの何? なんかベタベタするんだけど」

 嫌そうに粘液を払ったシャリオスは、ふと足下を見る。

「あ、やっと倒せた」

「うはは……。ああ……くらく、暗くなっていく」

 首だけになった【遊び頃(タドミー)】が、切り口から黒い魔力を零し、解け始めていた。シャリオスが影から影へ飛ぶ刹那に切った傷が再生しない。この【遊び頃(タドミー)】も魂喰らい(シャドミール)の影響を受けていたのだろう。

「いやだ。死にたくない……くらいうみのそこで、ひとり。おれはかえらないと、いけないのに――」

「どうか眠ってください。大丈夫、皆さんと一緒ですよ」

「……ぁぁ」

 吐息を零し、【遊び頃(タドミー)】は滅びた。

 魂喰らい(シャドミール)が滅びたことで魚類王(レ・サハギン)の数も減り始めていた。既に壊滅し、討伐は秒読みだ。手助けの必要はないだろう。

「これをどうしたら――」

 ぼんやりと光っている『森の核』を手に振り返ったミルは、言葉を失う。

 幽霊達が薄く消え始めていた。

「ありがとうございました。これで、心置きなく逝けます」

 万感の思いを込めたようにアーソンは言うと、片足を引き胸に手を当て頭を下げた。何百年も続いた闘いに終止符が打たれたのだ。

 頭を上げた騎士は、疲れ果てたように微笑む。

「その『森の核』は、あなた様のものです」

「でも、これはフラトーラ王国のものですよね」

「違います。森はドルイドのもの。我々はドルイドを守れない役立たずでした」

「そんなことありません! ストラーナさんは生きていらっしゃるし、メデイルという龍族が連れ出して……今は魔法薬店をして暮らしています」

「ドルイドが生きている……? ふふ、はははっ。そうか、メデイルは成したのか。森からあの麗しきドルイドを切り離した。守ったのか……我々は役立たずではなかった」

 目を見張っていたアーソンが、涙をこぼしながら笑い出す。

 幽霊船ファンタズマ・サフィーナが沈んでいく。階層の底には、同じように朽ちた船が積み上がっていた。

「ああ、今日はいい旅立ちの日になった」

 魚類王(レ・サハギン)の最後の一匹を串刺しにし、サシュラが雄叫びを上げる。やけくそ神兵が立派に勤めを果たした――瞬間。

 青い光が複雑な模様を描きながら出現する。それは階層全体に広がるほど巨大だった。

「不味い、転送陣だ!」

「二人をこちらに引き寄せていただけますか」

 敗れた鼓膜を回復魔法で治したスールが、竜骨を投げ捨てながら近づいてくる。

 影を通してサシュラとアルブムを引っ張ったシャリオスは逃げ道を探すが、逃げ道が見つからない。

「お前さんら、世話になったな」

「世話ついでに何とかならないかな。どこ飛ばされるかわからないし」

「大丈夫だ。あれは上に繋がってるだけだ」

 ドラクロが肩を竦めて言う。囚われていた幽霊達がたった今目を覚ましたかのように瞬き、かと思えば次々と転送陣へ飛び込んでいく。

「ま、お前さんらにゃちょいと危険かもな。先に行くぜ」

「ちょ、待った!」

 そして消えかけのドラクロも飛び込んでいく。

 たった四人と一匹になった一行。

 頭上に広がる転送陣が下がってきた。

 時間がない。

「ちょっと危険ってどういうことだ? まったく、自分がオバケだからって適当に――うわぁ!?」

 凄まじい轟音と共に、足の裏が押し上げられる。膝を突くほどの揺れは浮上時特有のものに似ており、面々は青ざめた。

「もしかして床が浮上してんじゃねーか!? いや階層か?」

「迷宮やもしれませんね」

「凄く不味いッ! 全員『魔法の部屋(マギア・オーダ)』へ退避!」

「大丈夫なのですか!?」

「破壊されたら、全員で僕の影の中に入る。絶対に手を離さないで」

「おや、竜骨がドロップアイテムに――」

「そんなもんいいからー!」

 拾うために反対側へ歩き出したスールを掴む。額には青筋がくっきりと浮かんでいた。

 しかたないな、とばかりに小さなドロップアイテムをくわえたアルブムが、俊敏な動作でスールの背中を押す。

 扉を閉じた途端、凄まじい悲鳴が聞こえてきた。

「なにこれ、サハギンかな」

絡長腕(オクトギン)のような気もいたしますね」

「他のモンスターも混じってんだろ。……怖くて開けらんねぇな」

 壊れそうなドアを皆で押さえる。

 サハギンも何もかも、急浮上で大変なことになっているようだ。

「シャリオスさん、さっきの転送陣というのは何でしょうか。攻略すると出てきたりするのでしょうか」

「トラップもそうだけど、隔離空間だとたまに。でも飛び先が適当でとんでもない話も聞くよ。一番酷いのは岩の中かな。突然足が生えてきて驚いたら、中にプレスされた冒険者の遺体があったって」

「ひい。……じゃあ、迷宮が上昇するのも珍しくないのですね」

「ううん。史上初だと思う」

 思わず物知りスールを見上げると、彼も頷く。

「長く生きておりますが、聞いたことがありません」

「あ。今たぶん転送陣通った。おかしいな……どういう上昇の仕方してるんだろ」

「開けないでくださいね」

 しかし岩の中に入った感じはしないと言われ、ほっとする。

 揺れは何日も続き、だんだんと緊張感が薄れた一行は、カードゲームをしたりハンバーグのための肉種を作ったり、スールに教わりながら毒翻魚(モールイャート)の毒抜きをするため、樽に切った肉と塩、ハーブ類を入れたりと、意外に楽しく過ごした。

「……これはもうコレをするしかないよね?」

「まさか迷宮でコレの封印を開くことになるとは思ってませんでした。……ゴクリ」

 わざとらしくチラ見されたスールは「そちらは何ですか?」と聞いてあげた。

 二人は大喜びで持っていた大きめの黒い箱を開く。

「魔導具の『人生色々すごろく』! 一番最初にゴールした人が勝ちなんだけど、百五十周しても条件クリアできないから辿り着けなくて。知恵を貸してくれない? 八十三人の家族がゴールを待ってるんだ」

「私は二百五十人です……」

「どういうすごろくなんだ?」

 大きめの紙に印刷されたマップ。駒は張り付いたように動かず、サイコロを振ると自動で進んでいく。二人は家を買ったのだが、ミルの家は明らかにボロボロで貧乏そう。人形の数も多い。対してシャリオスはお城だった。

「サイコロを振って出た目の数だけ進むんだけど、止まったマスの指示で結婚したり子供ができたり、モンスターと戦ったり。魔導具だから不正ができない仕様。ちなみに僕は未婚! なんだか判らないけど、毎回結婚マスの相手が犯罪者で成立しない」

「私は結婚しました! 相手は旅人だったのですが、浮気癖が酷くて愛人の子を百八十人養っています……」

「離婚しろよ」

 とたん、二人は暗い顔をする。

「相手がごねて成功しないんだ。僕も協力してるんだけど、全然だめで」

「シャリオスさんには八十人も引き取ってもらいました……」

「三人は別口で養ってる子飼いの勢力なんだ」

「……どういうすごろくなんだ?」

 もう一度同じ質問をしたサシュラは真顔だった。

「ふむ、仕様書を拝読しました。おそらく離婚協議の事前準備が足りなかったのでは? こう言ったものは教会の得意とする場であります。一度、わたくしの言うとおりやらせていただいてもよろしいでしょうか。必ずや勝利へ導きます」

 すっと枢機卿が片手を上げて宣誓する。

「たのもしい!」

「よろしくお願いします! 夫には本当に困っていて……」

「すごろくの話だよな」

 二人はしっかりとマスを進め、時折スールの言うとおりに選択肢を選び、とうとう離婚することができた。

「まさか教会に四回も駆け込むことになるなんて……離婚って大変なんだね」

「裁判のときにメモしていた記録が役に立ちました。本当に、本当にありがとうございました!」

 結果はシャリオスが先にゴールして負けてしまったのだが、増え続ける愛人の子がいなくなり、ミルは涙をにじませるほど喜んでいた。

「……やけに現実的だったっすね」

 裁判のリアルさに、若干言葉を失い気味のサシュラ。

「こちら、どうやら酷い配偶者に出会ったときの対処法を学ばせるすごろくのようでしたので、専門の知識者がいないとクリアしづらい仕様だったようです。無事に終わり、ようございました」

「制作者、碌な人生送ってねーだろ。……俺も気をつけよう」

 痛ましそうな顔で、安らかな生活を送れるよう胸を拳で叩く。祈りのポーズだ。

 神兵なので御利益がありそうだ。


 そして次の日。

「……揺れが収まった気がする」

 扉に耳を付けていたシャリオスが言い、そっと扉を開く。

「なるほど、そういうわけでしたか」

「どういうこと?」

 扉は地上に出ていた。少なくとも青い空が偽物でなければの話だが、遠くに見覚えのある建物や海岸があるので、間違いないだろう。

 完全攻略された迷宮は、かつての王国の姿がそうであったように陸地となっていた。

 海底に沈んでいた迷宮への入り口が地上に露出しており、沈んでいた海底森林も、王国跡地もあった。

「ハーバルラ海底迷宮は、ダラディム王を嫌った『森の核』が生み出したもの。気に入った者が現れたので、元に戻したのでしょう」

「つまり、この土地はミルちゃんのものってこと?」

「待ってください! 森はドルイドのものなので、ストラーナさんのものではないでしょうか。もしかしたらストラーナさんが生きてると判って、機嫌を直したのかもしれないですし!」

 突然土地がもらえても、元々迷宮だった場所だ。しかも国一つ分の広さ。持て余すだけならまだしも、争いに巻き込まれる予感しかしない。

「確かめる方法ってある? 下手するとまた沈みそうだよ? トーラ王国的にはそのほうがいいかもだけど」

「ひい。で、でも待ってください。まずは、そう! ご本人に聞いてみましょう! 『森の核』がやったことなら、何かしら意思疎通ができるかもしれませんし!」

「おい大丈夫か? 目がぐるぐるしてんぞ……」

 マジックバッグから『森の核』を取り出したミルは、どうやって聞けばいいのか考える。

 とりあえず失礼のないようにと思いつつ地面に刺す。

「ええと、ストラーナさんを持ち主にしたいのでしたら、私の反対側に倒れ――倒れましたね」

「風もなかった」

「念のため場所を改めて聞いてみてはいかがでしょう」

 岩陰や綺麗に平らにした地面で試すが、全てミルと反対側に倒れた。地面に刺す者を変えてみても一緒だった。

「ふう、これでストラーナさんに送れば解決ですね! 手紙を書くので、もう少しお待ちいただければと!」

「普通に喋りかけんのな」

 半目のサシュラはツッコミ疲れたような顔をしているが、ミルも必死である。

 再びマジックバッグに『森の核』を収納した一行は、大騒ぎになっているであろうトーラ王国へ向かう。これから説明をしなければならないと思うと、足取りは重かった。



「儲かってしまいました」

「しちゃったね」

 投資金額どころか、増して一生遊べる金額が振り込まれた二人は、借りた家の庭で放心していた。今日は雲一つない晴天なので、ズリエル雲を探すこともできない。曇っていても探す気力があったかは不明だが。

「まさか、完全攻略すると幽霊と会えるなんて」

「ひえ……」

「あ、チキン肌になってる。ごめんね」

 まくった袖を直したシャリオスは平謝りする。

 迷宮は不思議だ。

 完全攻略するとウズル迷宮は二ヶ月モンスターが出現しなくなり、リトス迷宮は採掘場から出る鉱石が倍に増えたりする。

 そしてここ、ハーバルラ海底迷宮では、迷宮内で死んだ魂が解放され、一日だけ自由行動ができると言う事だった。

 一行が『魔法の部屋(マギア・オーダ)』の中に隠れている間、死んだ海兵達がこぞって里帰りし、人々は喜びと恐怖で悲鳴を上げた。そして十二時の鐘と共に、彼らは消えたのである。

 上層に戻った一行を待ち受けていた海兵達は、口々に礼を言い、中将は「海で散った者達が一日だけ帰ってきた。ありがとう」と憑き物が落ちたように微笑んだ。

 ミルに突っかかってきたあの少女も「付与魔法使いもなかなかなのね。見直したわ」と泣きながらお礼を言いに来た。

 母親は痩せこけていたが、もう大丈夫だろう。


 なんと、ハーバルラ海底迷宮はフラトーラ王国が浮上したにもかかわらず、そのまま残った。もちろん中の構造は変わっているが、モンスターの分布はほぼ同じ。

 普通ならば怖がるだろう。

 なにしろ完全攻略されるまで、迷宮内で死ぬと魂が囚われるのだ。

 だが持ち帰った情報で、国王の目の色が変わった。

 朱真珠貝(ゾッセマハ)朱棘風船(ゾッセハリボン)など、珍しいモンスターが出るならば、もはやトーラ王国の財政に怖い物なし。ちょっぴり【遊び頃(タドミー)】の心配はあるが、それはそれである。

 不要になるかと思われた地図も、フラトーラ王国の地図として使用できる。いわく付きの土地管理は慎重にしなければと王は考えているようだ。もろもろの情報代でぼろもうけである。

 今回の出来事は世界初の事例となり、研究者がこぞって訪れるようになった。

 現在、一般冒険者の立ち入りを許可して探索しているので、はっきりしたことは後で判るだろう。完全攻略後の現象が変わっているかどうかも。

「迷宮は謎だよね。どうやってできるんだろ」

「もともとフラトーラ王国にあったのかもしれませんね」

 『森の核』の件もスールが上手く言ったようで、今回は五割の譲渡がなくなり契約書も別途作られた。

 これで誰にはばかることなく『森の核』はストラーナのものだ。

「ところで幽霊船ファンタズマ・サフィーナからドロップしたネジ巻き、ファインアーツ迷宮の装飾に似てたって本当?」

「スールさんが間違いないと仰ってました。行ったことありますか?」

「全然。最下層まで攻略されてるのは知ってる。一回調べたし」

 なぜ似たものが出たのかわからないが、ハーバルラ海底迷宮は【遊び頃(タドミー)】が出たのもあり、ただの偶然とは思えない。そもそも【遊び頃(タドミー)】がいた理由すら検討が付かない。

「もしかしたら魂喰らい(シャドミール)を人形使いに仕立て上げようとしてたのかな。僕らが知っている特徴と類似点が多かったし……。もしもこの迷宮に来るのがずっと後だったら、攻略難易度は上がってたと思う」

 全三十四階層の迷宮難易度はそれほど高くない。しかし同じ階層に大量の階層主(アートレータ)がいればどうか。

「迷宮構造は判らないけど、注意した方がいいのは確かだよね。鬼灯の刺し印は人形使いに通じてるらしいから、僕らの情報だって嗅ぎ回れるだろうし」

 確実に目を付けている。

 今回、聖剣を持っていることを人形使いは知った。

 このままでは終わらないとシャリオスは確信している。

「このネジ巻き、別ルートの鍵かもね。三種のもの悲しモンスターの時みたいにギミックとか、隠し扉とか」

「……百万回耐久レースはちょっと」

 ミルは死んだ魚のような目をそらす。

 辛い思い出だ。

「ですが、一度確かめたいです。私達には手がかりがありませんし」

「ならヨズルカ王国へ戻ろう」

 次の行き先はファインアーツ迷宮へと決まった。



 ヨズルカ王国、ユグド領。

 政変でざわついていた空気が収まり、人々は明るい顔で歩いている。ユグド領は国内でも五本の指に入るほど、恵まれた領地となっていた。

 ストラーナは先日訪れた珍客を思い出し、目を細める。

 知らない者達ばかりだったが、元フラトーラ王国の者達がストラーナに会いたかったのだとやってきた。

 メデイルはと問われ、いないと返した。

 当然だ。彼はすでに還ったのだ。

 ストラーナは「あなた達も、もう、逝きなさい」と別れを告げた。そして「生まれ変わったら、また、会いましょう」と。

「ドルイドのものが、ドルイドの元へ、帰ってきた……不思議ね。昔のように、辛いと、思わないの。ねえ、メデイル。あなたは、連れ出したことを謝っていた。けれど、感謝していたのよ」

 そう言って、涎を垂らしながら眠るユックの頭を撫でる。

「当時、自分で何をしていたのか、わからなかったけれど……今は助けられてよかったと、思っているの。貴方のおかげよ、メデイル……もう辛くないの。ありがとう」

 微笑むストラーナの顔にもはや眼帯は無い。

 空洞だった場所に緑色の目が戻っていた。

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