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付与魔法使いは迷宮へ  作者: 灯絵 優
付与魔法使いと海底神殿
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第十六話

 迷宮二十一階層。

 洞窟かと思えば壁はなく、ヒカリゴケが空中に散っている。

 『水中ゴーグル』をつけてなお、暗く見えにくい。

「僕から離れないで。……なんだここ。まるで井戸みたいに真っ直ぐ下に続いてる。なのに、あちこちに黒門が乱立してる。入ったら逆に迷いそうだ」

 大量にひそむモンスターの壁にうげっとなるシャリオスに先導されながら、そのまま潜っていく。

「この光、なんでしょう……手が痺れます」

 それも、触れれば痺れる雷属性を帯びた光りだ。この階層、光っているのは痺れ罠とモンスターの光りだけ。モンスターの光りは、当然感電する。

「――待った!」

 静止したときには遅い。

 痺れた手を押さえるミルの背後から、モンスターが迫っていた。



 感電したシャリオスはバリバリになった髪をなでつけ、薄めたポーションを飲んでいる。頬の火傷がすっと消えた。

「状況を聞くに、深海のようです。どう攻略いたしましょう」

「水中に雷って、一番嫌な組み合わせですよね」

 同じく感電したミルが涙目でポーションを飲む。チリチリに膨らんだ毛が元に戻った。

「状態異常系のポーション、本当に使うことになるとは……事前に用意した軽減用の魔導具がなければ死んでた」

 一瞬止んだ攻撃の隙を突き、何とかモンスターを倒した二人は、『魔法の部屋(マギア・オーダ)』の中へ滑り込んだのだ。

 シャリオスは自分の不注意さを反省し、全員に謝った。一度引くべきだったのだ。食料を手に入れたことで、気持ちが緩んでいたかもしれない。

「ユグド迷宮に比べれば、難易度は下がってます。階層主(アートレータ)が出たのも二回だけで、不死鳥に比べれば、危なげなく対応できましたし」

 瀕死の重傷者も出ず、攻略は順調そのもの。

 油断するなと言うのに無理がある。だが、そこを引き締められてこそ一流の冒険者だ。

「まあ、海軍がアレじゃ難易度なんざわかりゃしねぇってことで。とりあえず飯食いましょう」

 後半はスールに向けて、すっかり綺麗になったサシュラが口を挟む。

「くじらの竜田揚げを所望します」

「お刺身もつけよう」

「凍らせないと寄生虫がこえぇ。焼き肉がいい」

「……どうして私を見るのでしょうか。汁物がいいです」

「キュフ? クルギュク」

 男共は肉が食べたい様子である。最近は魚介類ばかりだったので、余計に食べたいのだろう。そしてアルブムは「カチコチに凍らせる?」と聞いてきたので頷く。無事お刺身が食卓に乗りそうだ。

 道具の準備を任せ、ミルは取り出したお肉を切って大鍋三つに水を注ぐ。

 ドーマのレシピを引っ張り出し、アルブムに抑えてもらいながら一生懸命具材を投入。シャリオスが使いたがった圧力鍋という魔導具のせいでビーフシチューが増え、パンが増え、最終的に竜田揚げにカツがプラスされてしまった。

 ほかほかの食事をたらふく食べると、お腹から暖かくなり、うとうとしてしまう。

「シソと一緒に揚げたのに、塩を合わせたのが美味しかった」

「味噌ダレもよかったぞ」

「塩かな」

「タレだな」

「塩」

「タレ」

「わたくしは、ドレッシングタイプのさっぱりソースが合うと思います」

「爺……痛って!?」

「失礼な事言うからだよ。塩が一番だけど」

 さりげなく喧嘩をしている。

 ミルはどれでもいいので、黙って食後のお茶を飲んでいる。ちなみに鍋三つ分の鯨汁は全部シャリオスの腹へ消えた。

「今度は串焼きにしようよ。ベーコン作るのもいいな」

 夢が広がるレシピである。

「そうだ、シャリオスさん。帰ったらハンバ――」

「手伝うよ!」

「挽肉は大変なので、帰ったらに――」

「実はここに挽肉器が」

 素早く立ち上がったシャリオスが、なぜか持っていた挽肉器を捧げるように渡す。

 魔導具だった。

「ビーフシチュー余ったよね。煮込みハンバーグ作ろう! これから海底洞窟の地図描くから、夕飯でいいかな」

「待て、俺が手伝うから描いてろ。飯が遅くなる」

「わたくしも腕力には自信があります」

「わかった、二人とも頼んだよ」

 ソースで喧嘩していたのも忘れた、見事な連携である。

 油もたくさん採れたので、揚げ物もしたいという話で締めくくられた。

「ところでなのですが、扉の前にモンスターがいたらどうしましょう」

「そうだね……隙間から暗黒魔法を放つのはどう? 跡形もなく燃えるし」

「ふむ、確実ならば、そういたしましょう」

 ちらりとスールが目をやった先。

 白目を剥きかけるミルがいた。

 地図を描き終えたシャリオスは煮込みハンバーグを食べて満足そうに腹をすり、ひなたぼっこをする猫のように目を細めた。


 あの後、別室に呼ばれたミルは「何か悩み事はありませんか?」と聖職者らしい落ち着いた口調で尋ねられた。暗黒魔法が苦手なことをシャリオスが知ったら傷つくかもしれないので、もちろんスールにも内緒だ。

 全身から変な汗が出たので冷や冷やしたが、スールは考え込むような仕草をしたあと「何かありましたら、遠慮なくおっしゃってください」とだけ言ったので、露見した可能性は考えないことにしている。きっと大丈夫だ。明るい可能性を信じたい。

「効き目が切れる前に飲んでね。三本消費したら休憩場所を探そう」

 暗黒魔法で扉の前のモンスターが消えた後、シャリオスが言う。

 レベルはそれほど高くなく、階層主(アートレータ)がいても六十を超えないのではというのは、シャリオスの予想だ。

 ポーションのおかげで麻痺が軽減され、状態異常耐性のアクセサリーを二つ追加する事で、感電を回避している。

「常駐するだけで消耗品の浪費が酷いな。出るモンスターは全部上層で出てきた種類に雷系統の魔法持ってるだけっぽいし。……違うのは朱真珠貝(ゾッセマハ)朱棘風船(ゾッセハリボン)か」

「信じられないほど階層が広いです」

 既に見つけた黒門は十。

 番号をつけた魔石を黒門に放り込み、穴の出先やモンスターの種類を調べた。

 基本的に罠系モンスターが多く、周囲を回っているラブカのようなモンスター以外活発ではない。再配置型が多いというのが判っているところだ。

 黒門をいくつ見つけても階層が変わるわけでも階層主(アートレータ)が出るわけでもない。海流もゆったりしている。

 既に十日の時間が流れている。

 氷皮鯨(グラキエースキート)の肉がなければ帰還を考える頃合いだ。

「もう少し探したら大休止を取ろう」

 連日の調査に精神的な疲労も溜まっていた。



「この朱真珠貝(ゾッセマハ)、食すと攻撃力が上がるようです。カップの耳がとれました」

 ついでに中身が零れて白い服にシミが広がる。

 すぐに拭いたので事なきを得たが、それよりもスールの言葉だ。制御できない腕力にツッコむ以上に、重要な事がある。

「攻撃力が上がる? そんな食べ物があるのですか?」

「まるでユグドの魚みたいだね」

 そう言えばあったな、と思い出すミル。

「回復と魔力と速さと体力……攻撃力が上がるものはなかったですよね」

「そだね。これは高く売れるんじゃないかな。よかった、お金の心配はなくなりそう。……最近お金の心配ばかりしてる気がする」

「猊下、もしかして朱棘風船(ゾッセハリボン)もそうじゃないっすかね。この迷宮、ポーションの材料が上層で出てましたし」

 調べたところ、確かに上がった。

「つまり私に攻撃力が備わるということでは!?」

「いや、売ろうよ。薬で上げ続けるわけにもいかないし、もう別のポーション飲んでるし、トイレ近くなっちゃうよ」

「光合成魔法の威力が上がりますし、トイレは我慢できます!」

 渋い顔のシャリオスに必死に頼み込むと「お願い、僕がいるときに使わないで……焦げるから」と、辛そうに顔を反らされる。

 戦力であるシャリオスが使い物にならなくなっては本末転倒。

 できるなら付与魔法使いを脱却したいが、夢のまた夢となった。


 諦めたが、悲しくて就寝時になっても眠れない。

 そんな気配を悟ってか、シャリオス話しかけてくる。

「ごめんね……怒ってる?」

「いいんです。前衛の行動阻害をするわけにはいきませんし」

「……そっちで寝ていい?」

「どうしました?」

 涙目になっていたミルは慌てて顔を擦った。

 布団の影からシャリオスが這い出てきたので、端にズレる。本当なら旦那様としか同衾してはいけないのだが、何度も潜り込んで来るので諦めている。世間的には冒険中なので、きっと大丈夫なはず。

「寒くて」

「冷たいっ! お風呂に入ってきたほうがいいですよ」

「暖まったら行くから待って」

「それでは意味がないのでは……仕方ないですね」

 ベッドボードへ手を伸ばすと、素早く押さえられる。藻掻いてもすっぽりと腕の中に入ってしまったので身動きがとれない。

「シャリオスさん、離してください」

「隙間が空くから動かないで! 寒い!」

「ですから、暖かくするためにスイッチを押したいのですが」

「もしかして魔導具? スイッチってあれ?」

「そこの赤いムギュッ」

 寒いという割に俊敏な動きで手を伸ばしたシャリオスに押しつぶされた。

 赤いボタンが点滅すると、マットがぽかぽかと暖かくなってくる。

「これもお父さんが作ったの?」

「……いえ、叔父さんです。マットに色々仕込んでくれました」

「僕も欲しい! いくらで売ってるの?」

「ごめんなさい。あと九十年くらい経たないと販売できないのです。今は耐久テスト中なので……」

「おいおい、長すぎじゃねーか?」

 思わずと言った風に、うたた寝しながら聞いていたサシュラが呆れたように言う。ミルは目をそらす。

「ははっ」

「隠し事の顔してる。ね、何かあったの?」

 横から注がれる視線が熱すぎて、ミルは観念しながら話し出す。

「特許問題で他領に難癖をつけられて、出かけたきり帰ってきませんでした」

「……。殺された?」

 労るように頭を撫でられる。ミルは苦笑した。

「判りません。遺体も見つかりませんでしたし、隠れているのかも」

 もともと“百年使っても壊れない”を謳い文句に、事実耐久テストもクリアしていた。特許問題の相手は、使い捨ての類似商品を売ってた。棲み分けはできていると考えていたが、それでも目障りだったのだろう。

「聞いた話では、無事に問題ないことを証明できたそうです。でも、帰り道に襲われて……叔父さんが乗っていた馬車と血痕が見つかりました。襲ってきた人の死体もあって、たぶん返り討ちにしたのだと思います。その後の行方が全く判らないまま何年も経ちました」

 襲ってきたのがただの山賊だったのか判らないが、そういう事になった。どこかの貴族から圧力がかかった形跡があると、父親が難しい顔でぼやいていたのを覚えている。

「出かける前に、帰ってこなければ百年経つまで販売しないよう言われたので、そうしています。突然失踪するような人ではありませんでしたし。小さい頃の話なので、あまり覚えてないのですが」

「そうだったんだ……」

「融通が利かなくてごめんなさい。でも父は、今も叔父さんの家を管理して待っているのです。……私からお願いする事はできません」

 軽く背中を叩きながら、シャリオスは暖かくなった布団に目を細める。

「ううん、無理に聞いてごめん。ここで寝るから大丈夫だよ」

「はい。……えっ。あ、ハイ?」

「ぬくい。よく眠れそう」

 ひなたぼっこをする猫のように目を細めたシャリオス。

 スヤピという寝息が聞こえてきた。

「えっ、お風呂! シャリオスさん、お風呂入らないのですか。……寝てます」

 しかし疑問が残る。

(ここで寝る……寒いときはずっとってことかしら)

 そんなまさかと思いながら目を瞑るが、その後「攻略終わるまででいいから」とシャリオスが引っ越してきて、アルブムは大喜び。ミルはシャリオスが使っていた場所に寝転がることに――つまり、自分のベッドから追い出された。

 長女じゃなければ怒っていたとは、本人談である。

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