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付与魔法使いは迷宮へ  作者: 灯絵 優
付与魔法使いと海底神殿
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第十四話

「口の中が変な感じする。なんだろ」

「歯磨きしてみますか?」

「……シャコシャコ。あれ、サシュラどうしたの? 顔が石像みたいになってる」

「そこは触れずに頼む」

 歯磨きで違和感を払拭し、伸びをすると周囲を見回す。

 仮眠のおかげで頭がスッキリしていた。

 今から再び十一下層へ向かうのだ。

「……いないみたいだ。念のため姿を消してもらっていい?」

「わかりました」

 そっと黒門をくぐったシャリオスの後を追う。海軍とサハギンが衝突していた場所は崩れたまま、何かいる形跡もない。

「崩れた壁もそのままだ。再配置ではなさそうだ」

「もともとあった建物だからでしょうか。不思議ですね」

 呟きながら注意深く奥へ進んでいく。

「止まって」

 前方から足音。三つ叉槍を前衛の三匹が空を掻くように上下させ、後方の二匹が壁を突いている。ミル達を警戒しているのだ。

「学習してる」

 統率された動きに、シャリオスは攻略法を考える。

 十二階層へ続く黒門の位置や階層の状況が不明だが、上層は五階層ごとに環境変化が起こっていた。海底神殿も十五階層が目安になると想定する。

「やりたくはないけど、虱潰しにモンスターの種類や行動、再配置される場所があるか探そう」

 学習するモンスター相手に何度も挑むのは自殺行為だ。相手は回数を重ねる度に賢しらになっていく。そしてサハギンの規模も判っていないのだ。

「これが冒険者に解放された迷宮なら情報が集まってたけど……。僕らは一からやるしかない」

「大丈夫です。ウズル迷宮もそうでした」

「あそこは閉じ込められても生き残れるような環境だったから、ちょっと違うけれどね。でもやることは一緒か。地図を作ろう」

 ミルは障壁を動かし、サハギン達の三つ叉が届かない頭上を通り過ぎる。

「GYOGYO!?」

 水流の動きを感じた一体が天上まで泳ぐが、その頃には遙か後方へ去っていた。

「……勘がいいですね」

「動けば水の中の生き物は気付くと。なかなかに厄介ですね。我々は陸上生物ですから、地の利はあちらにありますし」

「海流が判れば楽なんだけど……よし、止まって。さっきのサハギン達を見に行こう」

「いいのですか?」

「異変を感じて寝床に戻るかもしれない。おおよその方角だけでも知りたいし、あっちは僕らが姿を隠せることを知ってる。なら、統率してるのが階層主(アートレータ)だと思う。見ておきたい」

 サハギンは同じ場所で周囲を警戒していた。その後ろをゆっくりと付ける。鉢合わせた場所まで来ると、サハギン達はしばらくじっとしていた。

「見張り?」

「かもしれません」

「動きましたよ」

 元来た道を戻り始めた。ゆっくりと進んでいく先には、海底神殿を我が物顔で闊歩するサハギン達の群れがあった。小さな個体もちらほら見える。おそらく幼体だ。

 再配置型ではなく、海底神殿内で繁殖しているのだろう。硬い岩や鉱石を拾って積み上げた横で、三つ叉槍を削り出すサハギンの姿があった。

 目視できるだけで、千は超えている。この階層は完全にサハギンの支配下に置かれていた。

「まずい。奥の台座を見て」

 シャリオスの指さした先には倒れた精霊の像に座る、ひときわ大きな個体があった。階層主(アートレータ)だ。その背後に黒門があった。

「十二階層へ続く物でしょうか?」

「わからない。周辺を探索しないと」

「これだけ数が多ければ、海流が動いた程度で気付かれないのでは? 巡回兵を追うのが先決かと」

「今は避けたい。考えなしにツッコんでもいいことない気がするし。……ところで姿を消す魔法って、派手に動いても大丈夫?」

「人数が多いと味方同士でも見えなくなる瞬間が出ると思います。あと、かなり神経を使うので、他の魔法の精度が落ちます」

「わかった。地図が完成するまで戦闘を避けよう。サハギンは組織だって動いてるし」

 一匹やられただけでも山狩りのごとく動きそうだ。今は対策を練って索敵をしているのではとシャリオスは考える。これは軍隊を相手取ると考えたほうがよさそうだ。

 迷宮をいくつも制覇したシャリオスだが、この規模は初めてだ。そもそも組織だって動くモンスターが珍しい。

「ここは堅く行く。だめかな?」

「私はかまいません」

「聖下がそう仰るならば、わたくしも異論ございません」

「俺はなんでもいいぜ。ここから生きて帰れるならな」

 ちらりと見やった先のミルが、ぱちぱちと瞬く。

「どうかしましたか?」

「今回はどういう風に戦おうかなって。あの障壁から槍を生やすの、どうだった?」

「魔力の消費が大きいです。あと水の中だと血が混じるので障壁がどこにあるのか判ってしまいますし、サハギン達の防具もかなり堅くて、青ポーションの消費が激しいと思います」

 ここでミルの攻撃力の無さが災いする。別の適性がある魔法使いなら話が違ってきただろう。

「わかった、ここぞというときにしよっか。じゃあ出発!」

 頷いたシャリオスは号令をかけた。



「喧嘩してますね」

「してるね。あ、死んだ」

 珊瑚の影から見張っていた一行は呟く。

 階層主(アートレータ)の背後にある黒門以外に見つけたのは二つ。どちらも階層が隔絶しているわけではなく、別の場所へ繋がっているだけだった。十二階層、十三階層分の門が見つかったのは間違いない。

 姿を隠しながらの探索は戦闘が少なく、当然実入りも少ない。

 サハギン達と抗戦するのを避けた結果、透蛇(クラルテ・アダラ)やなまこやエビに似たモンスターを相手にすることが多かった。両方とも食べられるのだが、前者は毒を持っているため、回収するだけで食べていない。見た目が気持ち悪いのでミルはほっとしたが、スールは「珍味で美味しいと評判です」と後で食べたい旨を主張している。

(エルフって食いしん坊なのかしら……)

 顔見知りのエルフを思い浮かべている中、目の前で争っていたサハギン達は仲間の死体から装備を剥ぎ取り、頭からバリバリと食べ始める。

「……サハギンって共食いするんだ」

「わたくしも初めて見ました。聞いたことすらありません」

 なぜかチラリと視線をよこし、誇らしそうに親指を立てたシャリオス。

 ミルには意味がわからなかった。

 サハギン達が普段どういう行動をしているかわからないが、物知りスールが知らないと言うなら変則的な行動なのだろう。学習型なので何かの指示があってやっているのかもしれないが。

 装備を剥ぎ取ったサハギン達は自分達のボロボロな装備と入れ替え、耳障りな声で鳴く。

「何言ってるか判る?」

「なにやら計画がどうのこうのと……ええと、武器を一新して何かに挑むみたいです。私達の事でしょうか」

「仲間を殺して食べてるのが気になる。これで二十七件目だし、違う気がする」

「だな。大方階層主(アートレータ)に下剋上でもするんじゃねぇの? んで、食ったのは敵陣営だからとか」

「そんなことってある?」

「ふむ。……聞いたことがありません。しかしながら、共食いもそうです。我々の知らない風習がサハギンにはあるのかもしれませんね。我々を逃がしたせいで階層主(アートレータ)の支配力が落ちたのかもしれません。迷宮とは謎めいて面白いところです」

「なんだか政治的ですね……」

「てことは、僕らは戦わずにサハギンを減らせるかもしれないってことか」

 獲物を腹に収めたサハギン達が場を後にする。

 よく調べてみると、階層主(アートレータ)に従うサハギンと、別の階層に集まっているサハギンの勢力があった。後者は若い個体が多く、階層主(アートレータ)に及ばないまでも体が大きい個体が一匹いて、それが統率しているようだった。

 世代交代かわからないが、下剋上説が濃厚になっていく。

「ということで、僕らは奴らがぶつかって数が減るのを待とうと思う。でもずっとは待てないから、仲違いさせたり両者が同じ数になるように仕込もう」

「どうすんだ?」

「若い方は数がまだ少ないから、そっちに階層主(アートレータ)についてるサハギンが行くよう仕向ける。具体的には階層主(アートレータ)側のサハギンを僕らが何匹か倒して、サハギン達の恐怖を煽る」

「……。これって犯罪になりませんか?」

「立派な戦略なのでご安心ください」

 思わず聖職者に問いかける。

 戦争を誘発させる悪い奴だが、遅かれ速かれぶつかる事になる。若い個体は「なぜあんな弱っちい外敵を逃がしたままにしておく。親分は腰抜け!」と思っているようだし、階層主(アートレータ)は「若造が適当な事を抜かしおって、単細胞め」という感じだ。階層主(アートレータ)の側近達は顔や体に傷がある歴戦の戦士めいた風格があるので、どう考えても若輩者に勝ち目も人望もない。

 だが、ふたたび見えない敵が現れたらどうだ。親分は決断を迫られるだろう。

 それが大規模な索敵ならば隠れてやり過ごし、敵の忍耐力を削る。いつまでも見つからない脅威。ここぞとばかりに若造はつけ込むだろう。何の成果も上がってない親分にはもう付いていけない、とかなんとか。

 守りを固めるならば、それはそれでいい。若造は同じように腰抜けとでも言うだろう。

「失敗しても、若い方が同類を食べてるところを目撃させればいいんじゃないかな」

 ちなみにサハギン達の内情はミルがなんとなく翻訳したので、正確ではない。それでいいとシャリオスは言うが。

 どちらの案も失敗した場合でも、時間がかかるだけで不利益はない。若い方が内部で同胞を葬っていることはいずれ気付かれ、そこを襲撃してもいい。

 とにかく知恵の回るモンスターに、正面から挑まないのが大切なのだ。


 日に日にサハギンの数が減っているのを階層主(アートレータ)が気付いたのは三日後だった。若い方についたのは二十匹ほどで、圧倒的に不利なままである。

「僕らが殺してると思ってるね。何匹かはそうだけど……階層主(アートレータ)は編成人数を増やした。若い方は何て言ってるの?」

「親分は腰抜けだぜ! 俺なら大量投入して探し出すのになにやってんだー、みたいなことを言ってる気がします」

「なんでわかんだ。俺の常識が崩壊するわ」

「崩壊するのはあちらでしょう」

 仲間を殺されたサハギン達は凶暴になるか、群れを離れて逃げ出す個体も出てきた。中小様々なコミュニティーができて、階層主(アートレータ)の中心勢力は未だ多いものの、離反者が止まらない。

「サハギンは社会性がありますね……」

「こういうのは嫌い?」

 遅かれ速かれこうなっていただろう事は判るが、ミルは曖昧に頷く。

「冒険は大変です」

「こんなこと滅多にないけどね」

 話し合う一行の目の前で、階層主(アートレータ)が王座とも言うべき場所から立ち上がる。水中の中でさえ通る咆吼。

 とうとう内戦が始まったのだ。


 若い個体は総じて速く、水中であっても飛ぶ鳥のように体を操る。対して階層主(アートレータ)は体も大きく遅い。だが、海軍とやりあってきた手腕は狡猾そのもの。まるで先読みのように回り込んで狼藉者をたたき伏せる。

 どうみても反逆者が劣勢だ。

 そこで姿を消したシャリオスとサシュラがこっそり階層主(アートレータ)に近づいて攻撃する。

 突如、何も無いところから刺された階層主(アートレータ)は混乱し、三つ叉槍を大振りに振りかざす。敵味方構わず、巨大な槍の餌食となり、血飛沫が海水に混じり煙幕となった。

「うぐぐ」

 遠くで魔法の調整をしていたミルは頭から蒸気が出そうなほど頑張って魔法を振るっている。呪文も無く、ただただ感覚と重ねた訓練によって研鑽された魔法は、それゆえ難易度も高い。

 変な声を上げ始めている。

 アルブムはぺろりと頬を舐めて慰めた。

「もう少しです、聖下。お気を確かに」

 スールも励ましながら周囲を窺い、敵が来ないよう注意している。

 やがて渦を巻くように海水が回り断末魔が聞こえてくる。

 それは頭を突かれた階層主(アートレータ)のものであり、頭から二つにされた狼藉者の若旦那でもあった。

 双方胸を貫かれ絶命する。

「大分減ったな」

「残党狩りを始めよう。気付かれたし」

 こちらを指さすサハギンが、一斉に襲いかかってくる。血の動きで判ってしまったようだ。

 魔法を解いたミルはすぐに障壁を動かし、押し寄せるサハギン達を牽制する。

 統率者を失ってもなお攻勢に入るのは、モンスターとしての闘争本能か。はたまた後方にいる同族のためか。

「おうおう、やっこさんがたかなり怒ってんな」

階層主(アートレータ)がいなくなってから、動きがイマイチだ、ねっと!」

 近づいて来た一匹の顎を蹴り飛ばし、背後の一匹の右首から左脇腹までを切り飛ばす。水中というバランスが取りずらい場所ながら、シャリオスは最小限の動きで屠っていく。その足下を支えるのはミルの障壁だ。

「……そろそろいいんじゃねぇか。やっこさんら逃げちまったみたいだし」

 死屍累々。足下の死骸から槍を引き抜いたサシュラは血なまぐささに顔を顰めている。

「いや、ここで一匹残らず殺しておかないと」

 モンスター相手に種の保存や保護と言った概念はない。ましてや学習するタイプ。ここで改善点を探されて返り討ちにあっては本末転倒。

 やっとサボれると思っていたサシュラはげんなりする。こういう場合、シャリオスは誰が何と言おうが徹底的だ。それがミルがパーティリーダーにならず、シャリオスが自ら立候補した理由なのだが。

「我々は迷宮知識に乏しくあります。言うとおりにいたしましょう」

「へいへい。あー、割に合わねーよ。こちとら神兵なのに、クソ重労働」

「ま! お下品ですよ。うんちとおっしゃい」

「うんち重労働あざまーす!」

 よしよしと頭を撫でられそうになってスッと避けるサシュラ。

 こちらの主従も気心が知れて気安い様子だ。枢機卿と神兵という隔たりも緊張感もない。

「一体一体はそれほど強くないから大丈夫。それより、逃げないうちに行こ? ミルちゃんは見つけたら掴まえて引っ張ってくる係」

「任されました」

 神妙に頷いたのを合図に、障壁を動かす。

 残党狩りに数日費やし、とうとう地図を埋め切ったシャリオス達はサハギン達の死骸をマジックバッグに詰め、王座の後ろ、黒門へ侵入した。

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