第六話
攻め込まれたフラトーラ王国と、それを滅ぼしたダラディム王国。
王族の最後の一人が事切れたとき、古の魔法が解かれた。
古の魔法の名は「罪無くば裁かず」と言い、森を荒らさなければ全てを受け入れるものだった。そして新たな支配者であるダラディム王国を、森は認めなかった。
長雨の中、全てが静かに沈みだしたのだ。
国を失ったフラトーラ王国民の多くは新しい地へ去り、奪えるはずの資源や土地が目の前から消失し、ダラディム王国もまた非常に辛い状況となる。
王家は戦士に約束した報酬を払えず、民からの求心力も失った。国力の低下と共にダラディム王国は滅亡する。
ストラーナはメデイルと共に逃げた。
本人に逃げる意志はなかったし、自分はどこにいても森と共に死ぬのだと思っていた。だが不思議な事に、森が沈んでもストラーナは死ななかった。
そして長い時を生きることになり、人らしさを取り戻していった。
けれどストラーナはドルイドのままだった。
メデイルと別れのときが来た。彼は龍族だったから他の者よりも長く生きたが、ドルイドを超えるほどではない。
メデイルは最後に自分の遺体を故郷に埋めるように頼む。それがこの場所、トーラ王国と名前を変えた国である。
教会が管理する墓地の一つに、メデイルは多くの仲間と共に眠っている。
「今はもう、あのときのように選択肢が浮かぶことはありません。私が個として確立したからでしょう」
ストラーナは話し終えると「少しは、役に立ったといいけれど」と言う。どうやらファニーを助けたことに恩を感じて、話してくれたようだ。
「ずっとずっと、あの方が気になっていたの。すこぉしだけ、メデイルに似ていたから。攻略の、参考になれば、いいのだけれど……」
「あー! お師匠様、こんな所にいた!」
快活な声に視線をやると、虎耳の少年が走っている。
「お、なんだお客さんだ。今はポーションの原液持ってないんだ……」
「いえ、大丈夫ですよ」
「ふーん?」
墓参りを終えたストラーナは、ユックと手を繋ぐ。
とても平和で暖かな光景だった。
「しばらく、滞在するつもり……よ。また、会いましょう」
「はい。さようなら」
「さよならー!」
ユックとも少し話して別れたミルは、そのまま街を見回って、素敵な店を発見する。
「呪物制作体験教室。他人を不幸にしたり記憶を消しちゃう危険な物はありません……き、記憶を消しちゃう!?」
「ギュブ!?」
+
話を聞いたシャリオスは神妙な表情で聞き返す。
「そんな事があったなんて知らなかった。「罪無くば裁かず」だっけ? 古の魔法ってことは禁術に似てたりするのかな。『誘惑の手』の情報を得られるといいんだけど……他に何か嫌なことでも聞いた?」
「いえ、特には……」
横で聞いていたサシュラは素早くスールに耳打ちする。
「ハニワみたいな顔してますけど、大丈夫なんすか?」
「判りませんが、見ていると痛ましい気持ちになります」
二人がこそこそしている横で、シャリオスは冷や汗を流しながらミルの肩を揺する。のっそりとした動作でシャリオスを見上げている目が、どこか虚ろだ。まるでこの世に絶望しましたと言わんばかりの表情である。
「ええと、じゃあ観光中に何かあった?」
「……」
「あったんだ。ね、どうしたの? 僕が相談に乗れるやつだといいんだけど」
「……実は観光していたときに、素敵な呪物制作体験教室を見つけたのですが」
「うん。……うん!?」
シャリオスは耳を疑うが、聞き間違いではない。
もじもじしたミルがぽつぽつと喋り始める。
「上手く作れなかったのです」
「なんか安心した。……でもなんで呪物!?」
呪術とは怨念魔法の別名である。その名の通り魔力に怨念を乗せて発動させる陰鬱な魔法だ。原理はよくわかっていない。危険性もあるが、学会で「なんでうちの分野だけ騒ぐの!? 攻撃魔法と何が違うの!?」と紛糾したので、一般使用規制は特にない。
俯いたミルが話すのを聞いていた一同は、怪しい雲行きに顔を見合わせる。
シャリオスはハラハラと続きを待つ。まさか暗黒魔法の記憶を消すため、魔法開発にまで手を出していたと知らないので、混乱していた。
(記憶が飛ぶ呪物を作りたかったのに……)
ナイフや石など任意の物に呪いをかけたのだが、思うとおりの物が作れなかったのだ。記憶を消す物もあると知って、喜びすぎたのが駄目だったのだろうか。
「それで、どんな物ができたの?」
「アルブムが遊んでるフライパンがそうです。触れたものがツルツルになります」
「だから床滑って遊んでたんだ」
楽しそうに「キュフフ」と鳴いているアルブムは、ご満悦な様子で部屋の中を回っていた。しばらくすると止まってフライパンに駆け足で近づくと、足を付けてもう一度ツルツルと滑り始める。
「これはいいですね、触れた場所がツルツルになりました」
「凄い、剥き卵みたいになってる!」
「人の顔で試すなー!」
頬をつつかれたサシュラが憤慨する。
「素晴らしいお品物ですが、これは呪物ではありませんね」
「そうなんだ……どこが落ち込み要素だったの?」
「何度やっても、同じ物しかできませんでした……」
「呪物作るのむいてないんだね。でも悪い事じゃないから元気出して。フライパン以外のは? 持ってるの?」
「キュフッ、キュフ!」
「お店の人が交換してほしいと言うので取り替えました。フライパンは物がなかったので、持って帰ってきました」
記憶を消す呪物は入手方法が不明。尋ねても教えてくれなかった。
他に、誰にも知られないように入手するにはどうすればいいだろうか。
ミルは悩む。
(でも、魔法開発より現実的なはずだわ!)
と最終的に決意すると「あ、ハニワ治った」とシャリオスが呟く。
上の空なミルは気付かず、力強く拳を握る。
「とりあえず頑張ります!」
「呪術は止めた方がいいと思うけどな……。まあいっか」
「キュッフー!!」
アルブムがクルクルと回っている。
「明日の予定ですが、店が判りましたので買い出しに行きませんか?」
「賛成。皆もそれでいい?」
「私はかまいません」
「なら晩ご飯食べて寝よっか」
夕食が始まるまで、興奮したアルブムがくるくる回り続けていた。気に入ったようなのであげると、ちぎれんばかりに尻尾をふりながら宝物入れに収納する。
「キュー! キュフフフ! クルッ! キュルクル!」
とても楽しそうだったので、別の物ができたらあげようと思った。