第四話
方々から情報を募り、時には専門書を取り寄せて必要な物を精査する。すぐに準備できない物もあり、時間が必要となった。
水の中を移動するためには潜水艦、水中で息をするための道具が必要だが、海軍の協力は既に断っている。
「どうかしましたか?」
「いや……さっきから誰かついてきてない?」
「えっ!?」
怖々と鏡を取り出して後ろを確認するが、特定の誰かは見つけられなかった。
しかし、油断は禁物なのである。
本日は依頼探しと実家からの連絡確認のためギルドへ向かっていたが、場合によっては引き返そう。
「シャリオスさん、やはりお面を被った方がいいです。その、安全のために……」
「安全?」
「……。追っかけみたいなのが、再発生するかもしれませんし」
「被った」
残像が見えるほど素早くお面を被ったシャリオスにほっとする。念のため、人通りの多い所はそうするよう伝えると、小刻みに頷いてくれた。
(被害者がほぼいないなんて不思議だわ。……綺麗な物がたくさんあると紛れるのね)
などと感心しつつも警戒は緩めない。
始まった祭りは、聞いたとおりに凄かった。人でごった返した通りは観光客が多く、家族連れもいる。そんな中をシャリオスの後に続いて行く。日差しは高く、ジリジリと肌が焼けて汗が滲む。
あまりの暑さに、二人は喉の渇きを覚えていた。
「ギルド遠い……暑いせいかな」
「お体の方は平気ですか?」
「うん、『鎮めの輪』がいい仕事してる! 暑いのは防げないけど、溶けないだけで感動ものだよ。サンレガシ家から連絡来てるといいな……でも凄いのも見たいから急かすのもアレだしっ」
「あの、我が家は受注したものはきちんと作るのですが、独創性を入れたりしなくてですね」
「そうなんだ」
残念そうな顔をされたが、注文品を勝手に改造したりしないのである。そこは老舗なのであった。
到着したギルドは走り回る人で溢れていた。
日陰に入っただけでずいぶんと涼しい。依頼用の掲示板が消えた端から追加されていくのを横目に、案内カウンターを目指す。
数日前とは違い、かなり気合いの入ったお姉様方がさりげなくこちらに意識を向けてくるのに手遅れ感を感じる。もちろん意識はシャリオスに全集中だ。
空いている場所に滑り込むと、小さくガッツポーズを決めたので、ミルは必死で気配を殺し、アルブムを必要以上に撫でさする作業に入った。
「荷物が届いております」
「やった! ありがとうございました!」
大きな口を開けて喜んだシャリオスは、木箱を受け取るとミルをその上にひょいとのせてしまう。そのまま立ち上がったかと思えば、足下の影に潜り、一気に帰宅した。
「え」
突然の事に全身の産毛が立ったような心地で固まったミルを床に下ろし、シャリオスは玄関先で荷物を開封し出す。
まるで子供のようだ。
「おかえりなさいまし。おや、届きましたか」
「ただいま戻りました。そうみたいです。サシュラさんはお出かけですか?」
「お茶をする女人を調達するため、街へ繰り出しました」
「そ、そうですか……」
思えば軽薄そうな男性なので、ナンパに出かけても不思議じゃないが、反応に困ることを普通に言うので戸惑ってしまう。
冷や汗を流している隣でシャリオスがにこにこと釘打ちされた箱を開け、中から上等な紙箱を取り出す。黒い艶のある紙の上に赤い印があった。サンレガシ家の紋章だ。
「この木みたいな紋章、『鎮めの輪』に付いてるやつだよね。家紋?」
「よく気付きましたね。生命の樹をモチーフにしています」
偽造防止のために品物につけている。印は専用の薬液を使って定着させているため、鑑定しなければわからない。見た目も透明なので外装で確認もできなくなっていた。
目元を赤く染めたシャリオスが話すところによると、なんと『鑑定水晶』を買ってしまったらしい。中古品で安かったと言うが相当な値段だろう。そもそもどこから買ったというのか。
ふとスールと目が合い、彼が小さく頷く。
妙に仲良くなっていると思えばそういう事か。
出所がわかってしまった。
「それより中身見ようよ! ほとんど揃ってるんじゃないかな」
わくわく顔のシャリオスは蓋を開ける。綺麗に並べられた水晶と青い鍵が一つ。それから『魔法の部屋』に似たミニチュアなドアが一つ。
同封された手紙を読むと、他の品物は後になるので先に仕上がった物から送ったと言う話だった。
「水中用の魔導具は種類が多いみたいで、在庫を先に送ったみたいです。迷宮構造やモンスターの種類がわからないと選別が難しくて、物によっては材料調達で更に時間がかかるとか」
腐食系の魔法を使ってくるモンスターや、水圧もあるが、どの程度の期間潜るのかわからないと空気の問題も出るという。あまり寒い場所に長時間いると病気にもなるので、体温調節用の魔導具も必要だ。なにしろ、陸と海では勝手が違うのだから。
「言われてみればそうだね。……この鍵は何?」
「『魔法の部屋』の拡張品のようです。鍵穴に指すと反応するみたいですよ。水晶は水圧の調整用らしいです」
「出して出して!」
もともと火や水の中、空の上でも設置できる『魔法の部屋』だが、深く潜ると水圧が問題になってくる。拡張用魔導具を使えばさらなる安全対策に繋がるだろう。
銀の扉を取り出すと、シャリオスは早速鍵を差し込む。
砂糖が溶けるように消えた。
ドアを開け、中へ入る。
「何が変わったのかわからない……けど、これで水圧が大丈夫になったんだよね?」
「おそらくは」
「水晶はどうすればいいの?」
「部屋の中に入れるみたいです。私のベッドの下に引き出しがありますから、そこにしましょう」
「眺めてからでもいいかな」
訴えかけられるように見られてしまう。
「部屋から出さなければ大丈夫だと思いますので……」
ぱっと明るい顔をしたシャリオスは、別の魔導具を指し示すと首をかしげる。そんな姿も絵になるので、お得だなとミルは思った。
「じゃあ最後はこの扉だね」
「『魔法の部屋』と同じ物です。中に施設がありますよ」
「わかった!」
「貼り付けると固定されるので、壁側でお願いしますっ」
その場で開けそうなシャリオスを止めて、奥の空いている壁に貼る。すると、ミニチュアだった扉が二メルトほどに伸びる。黄色い声を上げるシャリオスはミルが扉を開けて中へ誘い込むと、目を輝かせて周囲を窺った。
「春みたいに暖かいね。外にいるみたいだ。どうなってるの?」
「海の底は寒いだろうからと、兄上が作ってくださったみたいです。擬似的な太陽と空も魔導具で作ってるみたいですね。お洗濯物干すと乾くと思います」
中は二十メルトほどの庭になっていた。
「ここにお風呂用品を持ってきてもいいですか?」
「じゃあ、僕は防水シートだすよ。使ってない大きいのあるし。……でも、これは凄い独創性じゃないのかな?」
「それほどでもありませんが、えへへへ」
しかし家族を褒められると嬉しくなってしまう。ぽかぽかとした陽気も相まって頬を緩めていると、後ろについてきていたスールも感心した声を上げる。
「なんとまぁ……素晴らしいお品物です」
「だよね。ここにお風呂置いていいかな?」
「構いませんよ。物干し竿はこちらで手配しましょう。使っていない棒きれがたくさんありますので」
このとき二人は、古木から削り出した霊験あらたかな槍を地面に刺して使うことになるとは思っていなかった。
「入浴中か判別できる札も必要ですね」
というスールは、そのまま出ていってしまう。
「今日は依頼を受けるの止めて、休みにしない?」
「見たいのですね。じゃあ、その辺を回ってきます」
照れ顔のシャリオスを置いて、ミルは街へ繰り出すことにした。
半分も見ていないのもあるが、海を眺めたかったのだ。
海岸は相変わらず観光客でごった返していた。
沈んだ王国の様子が見られるのは一年に一度、この期間のみ。順番を待って見学したミルは、人がいない海岸の端で休もうと思ったのだが、そこで思いも寄らない人と再会した。
「ストラーナさん?」
「あら、お久しぶりね」
独特のゆったりとした口調で返したストラーナは、この暑さにもかかわらず、埋もれるような黒いローブ姿のままだった。
右目の眼帯を指先でなぞると、緑色の目が真っ直ぐ海を見る。長い髪が海風に遊ばれて銀糸のように流れた。
「ここへは、観光かしら……美しい場所、ですからね」
「実はハーバルラ海底迷宮の攻略に来たのです」
「そう、なの……? でも、ここの迷宮には、入れないのよ」
「許可をいただいたので……」
いきさつを話すと、ストラーナは「そう」と考え込むように返事をする。弟子のユックの姿が見えず周囲を見回すと、貝を掘って食べていたアルブムが顔を上げる。耳の後ろを掻いてあげていると、ストラーナは考えるのを止めて座り込む。
「この土地が、攻め滅ぼされたことは、知っていて? フラトーラと言う、国が、あったのよ。故郷だったわ」
「え」
「国には大きな森が、あったのよ。……わたくしが、ドルイドとして暮らしていた、場所。もう、沈んでしまった」
沈んだ王国の名前はフラトーラ。
最後の王族が事切れたとき、古の魔法が解かれ大地の全てが沈んだのだ。
「わたくしを、森から連れ去った騎士の名は、メデイル。……メデイルは、フラトーラ王国の、最後の騎士だった」
ドルイドは森に招かれ、森と共に生き守護する者。ほんの少し尖った耳も、彼女が人族ではない証拠。
ストラーナは自覚がないドルイドだった。