第 Ⅰ 話 始まりは唐突に IV
「……は?」
他人ん家のドアを勝手に開ける謎の人物の登場により、意識は完全にこっちの世界に引き戻された。
「…………は?」
二度目。
ビュオオオオと吹き荒れる風に長髪を揺らしながら、その人物は漫画に出てきそうな救世主のように仁王立ちしていた。
「大丈夫か?」
土足で勝手にドカドカ入り込んでくる。いやいやいやいや。何何何何? 他人の家なんですけど???
「あ、あんた誰?」
何処かで見た事あるような気もするけど……。
いや、仮に知り合いだったとしても、こんな無遠慮で非常識な人なんて御免だわ。今すぐ関係を断ちたい……いや、関係を断つより前に、関係を断つ程の繋がりがある人は居ないんですけども。
「え? 私を覚えてないのか? 毎朝挨拶してるのに……」
いやいや、不貞腐れても……ん?
「あっ、お前!」
コイツ、まさか、あの毎日話し掛けてくるウザイ先輩……!?
腕を組みながら、「やっと思い出したか」と得意げにほくそ笑む先輩。
待って待って、ツッコミが追い付かないんですけど?
「あなた女だったんですか? 何で私の家知ってるんですか? と言うか勝手に入ってこないでくれません? ホント意味分からないんですけど……」
私の脳はショート寸前だ。何この状況。何この人。何この密度の濃い数分は。
「よく男に見えると言われるが……。紙と制服で気付かなかったのか? まさか女装趣味のイケメンとか思ってないだろうな」
「いやそんなの微塵も思ってませんけど」
「ならいい」
そんな本気で安心されても……。
ああ、でも何でこの人が女の人だと気付かなかったのかが分かった。いつも大人数に囲まれていて、長い髪の毛も、制服のスカートも見えなかったからだ。そう考えると、この人はかなり凄いんじゃないか。
私も、あんな綺麗な髪だったら――
「もたもたしてる暇は無い、早く小学校へ行くぞ、松野蓮華」
「その松野蓮華って言うのやめてもらえません?」
「癖だ。ほら、モタモタするな!」
先輩が私の体をひょいっと持ち上げる。
え、私ってそんなに軽くないのに……。
「はぁ!? もう意味分かんない……」
本来ならこの先輩を殴ってただろうけど、睡魔には勝てなかった。
「松野蓮華、か。お前はどんな武器を持っているんだ……」
何か呟いていたような気がするけど、その言葉の意味は頭に入ってこなかった。
――
『おねえちゃん!』
『おねえちゃん、僕どうなるのかな?』
『おねえちゃんは、僕がこの先どうなるのか知ってる?』
『おねえちゃん、僕もう……』
「あっ!?」
不愉快な感覚に、私は目を覚ました。
周りを見回すと、そこは教室だった。
あ、夢か……。私、学校で寝ちゃってたんだ。
早く帰らなきゃ! 今何時?
って、このやり取りさっきもやったような……。
「せんぱーい、ミカンちゃん目ェ覚ましたみたいですよー」
「はっ!?」
突如視界に潜り込んできたのは、パサパサに傷んだ金髪だった。所謂プリンってやつ? 根元の方は焦げ茶色だった。
「よっ。ぐっすり眠ってたな!」
その顔はニカッと笑う。あ、銀歯が見える。あと、アイプチってやつ? 瞼が不自然にくっ付いている。
「ずっと見てたんですか?」
まさかと思って恐る恐る訊いてみると、
「そうだぜ!」
またもやニカッと笑われた。いやいや、そんな素直に答えられても……。
「やっと目覚めたか。ほら、花霧、起きろ」
「んにゃんにゃ……」
うわっ、あの先輩だ。
そしてその隣で机に突っ伏しているのは、ふわふわロングヘアの小柄な女子生徒。
「……って、この状況は一体何なんですか?」
教室に、しかも恐らく小学校の教室に、私と、ウザイ先輩と、プリン頭と、ゆるふわ少女。
何ですか? 何が始まるんですか?
「まあそうだな、早めに説明した方が良いだろう……」
先輩は後ろ歩きで戸に近付き、後ろ手で鍵を閉める。
「は? 何で鍵閉めるんですか?」
「それはね〜、話を聞いてからのお楽しみだよん」
プリン頭が、戸のカーテンを閉める。
「そうだ、お前にはきちんと話しておかないといけない事があるからな」
カーテンも全ての鍵も閉められた教室の中の四人。
ウザイ先輩とプリン頭の、微笑んでいるのかそうじゃないのか分からない程微かに釣り上がった口の両端と、伏し目がちな目。異様な雰囲気を察する。これから何を聞かされるのか。ごくりと唾を飲み込む。
「お前には、アナログ部に入部してもらう。」
…………は?