第 Ⅰ 話 始まりは唐突に Ⅲ
はぁ? こんなに降るなんて聞いてないんですけど。
授業が終わり帰ろうと廊下へ出ると、空はどんより真っ黒だった。
ゴロゴロと雷の音がする。雨の音も凄まじい。
数学の教師、無駄に声でかいからなぁ……。そりゃ気付かない訳だ。
傘は持ってないし、傘に入れてくれる友達なんて居る訳もない。仕方無い、暫く空き教室で待ってるか。
適当に空いてる教室に入った私は、何故かそのまま寝てしまった。
「はっ!? えっ!?」
間抜けな声を上げながら飛び起きると、外はもう真っ暗だった。
慌てて壁に掛けてある時計を見ると、六時を回っていた。
あっぶな、最終下校時刻ギリギリじゃん! 早く帰らなきゃ。
教室の電気を消して廊下に出ると、相変わらず雨は降っていたけど、大分小降りになっていた。これなら走って帰れそうだ。
「……ん?」
何となく脚が攣っているような気がするけど、気のせいか?
まあいいや。取り敢えず帰ろ。
『彼奴を殺したのはお前だろ? 何故裏切った!』
刑事ドラマを垂れ流しながら宿題をしていると、また雨が強くなってきた。風の音がテレビに負けないくらいの大音量で聞こえてくる。
あーあ。明日学校休みになんないかな。
ドンッ!!
「!?」
何かが窓ガラスにぶち当たる音がした。
「な、なに!?」
驚いて音がした方を見ると、
「え、マジで?」
カーテンの隙間から、崩れた屋根瓦が積み重なっているのが見えた。段ボールのような物がガラスにべったりとくっ付いている。
え、え、え? これちょっとヤバくない? 何処かの家の屋根が壊れるくらい台風ヤバいの?
雨が地面を叩き付ける音は尋常じゃない。風も吹き止まないし、時折稲妻も走る。
これ、避難した方がいいパターン?
「ま、まあ、大丈夫だよね。もう寝よ」
嵐の夜を一人の家で過ごすなんてしたくない。風の音で眠れないかもしれないけど、起きてても煩いだけだし。
私の身に大した被害は出ない、と自分に言い聞かせながら、私は電気とテレビを消して、宿題を食卓に広げたまま自分の部屋に入っていった。
布団に潜り込む。なかなか眠れない。
布団を頭まで被りながら、ごろりと寝返りを打つ。
昔、母親が言っていた。
父親がまだ一緒に暮らしていた頃。その日は、今日みたいな酷い嵐だった。まだ幼稚園児だった私は、仕事で帰りの遅い父親を心配して、「お父さんが死んじゃうよ〜」って泣き喚いてたんだって。それで、何事も無く帰ってきた父親に飛び付いたんだとか。
今じゃ考えられないな、あんな人に触るなんて。
勝手に私と母親を捨てて、勝手に出て行ったあの人を、私は許せない。
今、どうしてるんだろう。何して生きてるんだろう。誰を愛して生きているんだろう。
きっと私達の事なんて忘れて、――
急な睡魔に襲われ、私は眠りに就いた。
ガラガラガラガラ!
凄まじい音で私は目を覚ました。
一階から、何かが崩れるような音がした!
掛け布団を跳ね除けて、駆け足で一階に降りる。
「え…………」
カーテンを開けて外を見てみると、そこは荒れ狂っていた。
屋根瓦も、どっかの店の看板も、木の枝も、葉っぱも、誰かが捨てたお菓子のゴミも。ゴミ箱をひっくり返したみたいに、ぐちゃぐちゃに混ざり合っていた。
「これ、ヤバいじゃん……」
非常事態だ。早く避難しなくちゃ!
でも、こんな状態じゃ、外に出るのは逆に危険なんじゃ?
いや、でもここで夜が開けるのを待っていたら、家ごと吹き飛ばされるんじゃないか?
「無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理……」
恐怖感が襲ってきて、私は逃げようと決心した。
今は風はそこまで強くない。避難所に指定されている近所の小学校に避難するなら今しかない!
よし、逃げよう。
外に出られる格好なのを確認し、スマホとモバイルバッテリーを握り締め、ドアへ向かう。
が、そこで事件は起こる。
「は? 開かない……」
鍵を開けてドアを押し開けようとするけど、ビクともしない!
「は? は? はぁ?」
何度もガチャガチャと押し引きするけど、開いてくれない。
やっぱり逃げないべきなのか? どうすればいいんだよ!
ドアを思いっ切り蹴り飛ばす。刹那脚に猛烈な痛みが走る。
「いっつ!」
痛い。
「はぁ……」
玄関の前で蹲る。
ああ、私今日死ぬんだ。家の屋根が剥がれ落ちて、それに潰されて死ぬんだ。もしくは屋根がどっかに飛んでって、中身が剥き出しになった家の中で死ぬんだ。
あれ、何か暑くなってきた。まだ夏じゃないのに……。
頭もぼーっとする。何でだろう、眠いからかな?
バン! ドアに硬いものが当たる音がする。
廊下に寝転びながら、不規則に鳴る衝突音をBGMに、私の意識はほぼ夢の中に移っていた。
「待たせたな! 松野蓮華!」
その時、ドアが開け放たれた。