男性とデジタルガジェット
客足もまばらになりつつある午後七時。今日は匠が仕事帰りに寄ると連絡があった。もうそろそろ来る時間だと思うんだけど、まだ来る気配はない。
「翼、匠から連絡来た?」
「いや? 遅いよな。あいつの会社、定時6時だろ? どこか寄り道してんのかな」
翼はポケットからスマホを取りだし、通知を確認してすぐにしまった。僕のところにも通知は来ていない。
「うーん、ちょっと心配になってきたから軽く外見てくるね。店よろしく」
「おう」
店を出た瞬間。
「いってぇ~!!」
盛大に転んでいる茶髪の男性と、尻餅をついている僕たちが待っていた人物がいた。
「えっ? な、なに? この状況?」
僕がおろおろしていると、茶髪の男性はすぐにムクリと起き上がった。
「いたた……いやあ、ごめんね。よそ見してたらぶつかっちゃったんだ。すごく面白くてさ、いろいろ」
彼は服をパタパタと払いながら立ち上がる。ベージュっぽい色の制服?を着ている。でも学生っぽくはない。
「はっ!」
突然匠が持っていた紙袋をごそごそしだした。家電量販店の袋、ということは……
「もしかして中身落としちゃいけなそうなものだった?」
男性はしゃがんで匠の様子をのぞいている。
「……あんた、謝罪のひとつもねえのかよ」
あ、匠怒ってる……。
「あれ、怒らせちゃったみたいだね。それは謝る。ごめんなさい。でも、僕の話も聞いてもらえない?」
「……なんだよ」
「あ、あの、匠もあなたもこんなとこじゃなんだからお店来なよ。待ってたんだから」
その場で一悶着起こしてしまいそうな2人に声を掛けて、僕はひとつため息をついた。
僕はひとつ気づいてしまったことがある。それは、茶髪の彼が別の世界の人なんじゃないかってことだ。
「匠と……もう一人誰だ?」
「店の前で匠と衝突してた人なんだけど……たぶん別の世界の人だと思う」
「え? なんで?」
「だって、耳……」
そう。彼は耳がとんがっている。過去に見た耳のとんがってる人はみんな別の世界の人だった。
「なるほど……、で、匠が怒ってる理由は?」
「ぶつかったときの態度もそうだと思うんだけど……それだけじゃないような気がする」
「ふーん……」
他のお客さんは帰ったみたいで、いるのは匠と彼の2人だけだ。
匠は箱の中身の状態を確認して、無事だったことにほっとしているみたいだ。袋から出した中身はスマートウォッチだ。
「それはなに? 液晶のついた時計かな?」
「あんたに教える義理はない」
「ごめんて。本当に興味深くてさ。ねえ、君。僕たぶん君とちがう世界に住んでるんだと思うんだけど、どう思う?」
「は? なに言ってんだ。ふざけてるのか?」
おおっと? あの人自分の状況理解しているのでは?
「秋人……マジだったじゃんか……」
「でも、はじめてだよね。自分で別の世界に来てるって気づく人……」
「そうだな……」
僕らがカウンターの中でヒソヒソ話しているのが気になったらしい。匠は立ち上がってこっちに向かってきた。
「なあ、どう言うことなんだよ? あいつ頭おかしいんじゃないのか? ちがう世界ってなんだよ?」
「いや……そのままの意味だと思う……」
僕たち三人はテーブル席にいる彼を一緒に見る。
「へー、文字は読めるのか。不思議だなぁ。明らかに見たことない文字だと思うんだけど。物価は……そうだな。こっちの方が高いっぽいな。ふむふむ」
彼はメニューを眺めながら自分の住んでいる世界と僕らの住む世界を比較しているようだ。
「すみませーん」
呼ばれた! 注文だろうか。
「はいー! ただいまお伺いします!」
僕は彼の席に向かう。どうしようか。僕は事情がわかっている人間だから、説明を求められればできるけど……
「えーと、まずはホットコーヒーを。……あと、このモンブランってなんです?」
「こちらは栗のケーキですね」
「くり?」
なるほど、彼の世界には栗はないのか。
「木の実ですよ。いがにつつまれた身を割ってその中身を食べます」
説明していると、彼はめっちゃ僕の方を見てくる。……すごい見てる。……だんだん恥ずかしくなってきた……。
「……あなた、慣れてますね。もしかして、僕みたいなヒト、初めてじゃないですね?」
「あなたみたいな人、とは?」
「またまたぁ、気付いてるでしょ? 僕がちがう世界の住人だってこと」
……気付かれてるなぁ。と思っていると、匠も口出ししてきた。
「秋人お前! 気付いてたのか? こいつが頭がおかしい訳じゃないのか!?」
うう……めんどくさいことになってる。翼助けて!
「俺もわかってたぞ? あの人が別の世界の人だってこと」
「翼まで!?」
匠のことは翼に任せよう。問題は僕と彼だ。
「あのめがねの子、失礼だね~」
彼はそういいつつも笑っている。
「あっ、そうそう注文。ホットコーヒーと、モンブランで」
「はい、かしこまりました」
「ねえねえ店員さん、君は別の世界に行ったことある?」
気付けば彼は敬語で話すことをやめている。
「いいえ、ないです」
「そっか~……じゃあ、僕はどう帰るべきなのか……」
やっぱり帰り方はわからないのか……
「財布は……あるな。お金は……都合のいいシステムなんだな……店員さん」
「はい、なんでしょうか」
「僕のお財布の中身、この世界でどのくらいのことができる額が入っているのか教えてくれないかな?」
彼のお財布の中身はこちらの世界の通貨になっているみたいだ。
「えーと……そうですねぇ……」
お財布の中身は結構入っている。
「宿とかには泊まれるかな?」
「ええ、安ければ4泊くらいはできそうです」
「そっか、なら大丈夫だね。ありがとう」
カウンターに戻って僕はドリンクの準備をはじめる。匠は未だに彼の座る席に戻っていない。……そろそろ席に戻ればいいのに。
「匠、注文しろよ。早く。さあ早く」
翼にメニューをグリグリ押し付けられている匠。それを受け取ってパラパラめくっている。
「しょうがねえな……」
「しょうがねえな……じゃねえわ。たまに遊びに来たと思ったら冷やかしとか勘弁だし」
「……わかったよ。抹茶ラテとザッハトルテで」
「うむ。よろしい」
「……えらそうだな」
匠はしぶしぶ彼のいる席に戻っていく。テーブルの上に置いたままにしてあったスマートウォッチを回収するつもりなんだろうな。
「ねえ君、タクミっていうのかい?」
「うえっ!? な、なに急に!?」
彼は席に戻った匠に突然声を掛けた。
「タクミ、僕は君の持ってるその時計がすごく気になってるんだ。その液晶で時間以外に何が見えるのかな?」
「え……? えっと……電子マネーの残高とか、天気とか、心拍数とか……」
「心拍数! いいねぇ! これを開発した人は誰?」
「知らねえよ!」
「じゃあどこで手に入れた? その袋の店?」
「ああそうだけど……」
「つれていって欲しいんだ! タクミ、頼めないかな!?」
「今からじゃ閉店に間に合わねえよ。無理だ」
「そっか……じゃあ明日は?」
「明日は……」
明日は土曜日だ。匠はカレンダー通りなはずだから、休みのはず。
「……休み、だ」
2人の様子を見ていたのはもちろん僕だけじゃない。翼はお盆の上にモンブランとザッハトルテをのせた状態で僕の隣に並んだ。
「あいつ、なんで本当のこと言っちゃうんだろうな。嘘つけばいいのに」
僕も翼の持つお盆にコーヒーと抹茶ラテを乗せる。
「でもさ、翼でもたぶんああ言うでしょ?」
「間違いなく言っちゃうな。俺らってそうやつらばっかりなんだよ」
「ははは、僕もそうだし」
「じゃ、運んでくる。ついでにあの兄ちゃんに帰りかたの説明もしてくるよ」
「うん、よろしく」
翼は2人が注文した品をテーブルに持っていく。
「お待たせしましたー。コーヒーと、モンブランです」
「ありがとう。へー、実物はこんな感じか」
「はい、抹茶ラテとザッハトルテな」
「え、ちょ、翼ここに置くな!」
「何でだよ。お前の席はここだ」
「そんなに僕が気にくわない?まあそうだろうね、ははは」
……あの人、すごい余裕あるな。なんでだろう。
「タクミ、君はたぶん僕が怖いんだ。この世界の住人じゃない僕の得体が知れないんだろ?」
「怖い? んなわけねえだろ。そもそも俺、お前が言ってること、信じてねえから。突然そんなこと言われてハイそうですかって信じられるのか? 翼は? 信じてるのか?」
「うん、信じてるけど」
翼の返答に匠がずっこけている。
「えっ? なんで? さっきから思ってたけど、どうしてそんな簡単に信じちゃうわけ?」
「だって、みたことあるし。別の世界の人。聞いて驚け? 俺、ドラゴンみたことあるんだからな」
スッゴいどや顔だ~! まあ僕もみたことあるけど~!
「ここ、ドラゴンも来てるのか。へえ~……あっ、このケーキおいしい」
ドラゴンに驚かない……ってことはあの人はドラゴンのいる世界に住んでるのかな。
「ありがとうございます! 中のスポンジにも栗練り込んでるんですよ」
「練り込んであるのかー。帰ったら食堂でつくってもらお。あ、それ以前に栗がないのか」
スプーンをくわえたまま、彼は何やら考えはじめている。
「あっ、そうそう。俺の家族が帰り方知ってるので、宿とかは探さなくていいと思いますよ」
「ん? えっ? そうなの? でも僕明日タクミとそれ買いにいこうと思ってるからどちらにせよ一晩はこの世界にとどまってないと」
彼はそう言って匠のスマートウォッチを指差した。
「それ確定なのか。俺は行くとは一言も言ってないんだけど」
「だって休みなんでしょ? わからないんだから付き合ってよ」
うーん、買いに行くって言ってるけど、お金足りるかな……。値段次第ではあのお財布の中身じゃ足りないのでは……?
「匠、スマートウォッチっていくらするの?」
「え? 正規で買ったら三万くらいから、かな」
……うん、足りないな!
「お客さん、お財布の中身じゃ足りないです……残念ながら……」
「えっ、ええ~! そんな……」
「そもそもスマホに連動させなきゃ使えないんだからあんたが持ってたところで使えないじゃん」
がっくりと肩を落とす彼に追い討ちをかける匠。
「あっ!? ねえ、えーとツバサ! 僕、一度帰りたいんだけど! 大丈夫かな!?」
「たぶん平気だと思いますけど、スマホはどうするんですか? 連動しないとって言ってるし」
「あっ、そっか……スマホってなんなの?」
「これです」
そう言って翼は自分のスマホを取り出した。
「あれ? 端末じゃん! この世界にもあるのか」
彼もポケットから何か取り出す。確かにスマホと同じような形をしている。
「電源は入るけどエラーで動かないな……」
同じようなタッチパネルになっていて、画面には何やら文字が書かれているみたいだが、ここからだと見えない。
「あっ……もしかして……! すまーとうぉっちって小さいすまほ、みたいなものなのか!」
「そうなのか?」
「まあ原理的にはそうだろうな」
「なんだ! じゃあ買わなくても平気じゃん!」
がっくりと肩を落としていたのが嘘のように目をキラッキラにして自分の端末を見ている。
「あとはこれをどうに小型化するか、だな……体調モニター……あっ体調モニター」
どうしたんだろう?急に袖をめくりはじめたぞ?
「これの応用すればいいのか……!」
彼の手首には透明なバンドがはまっている。
「なんです? それ」
「これは僕が開発した体力と霊力を数値化するモニターなんだけど……この世界は霊力の概念がないのかな? ここもエラーになっちゃってる。体力の表示は見えるから故障してると訳じゃないだろうし」
「へえ! あんた開発者なのか?」
「ううん、医者」
匠が食いついたと思ったんだけど、速攻で否定されて行き場を無くしてる……。
「そ、そんなもんまで開発できる医者がいるかよ!?」
「いるんだなぁ。好きなことばっかりしてたらこんなものも作れちゃった。だからねタクミ、僕は元の世界に帰ったらすまーとうぉっち作るからね。今僕がつけてる体調モニターも組み込んで、君の言っていた、天気とか、でんしまねー?はちょっとよく分からないけど、他にもいろいろ、そうだな……魔力も見られれば地上でも商売できるかもな……うん。楽しそうだ」
彼はにこにこしながら、自分のスマホのようなものをしまう。
「……お、俺はあんたを電器屋に連れていかなくて良くなったってことか……?」
「あ、うん。タクミありがとう。すごくインスピレーションが湧いたよ」
匠がすごく安心している……。でもふと思い出した。匠は何のためにうちに来たんだ?
「あっ閉店時間だ。とりあえず看板だけしまってくるね」
ごたごたしているうちに閉店時間になってしまった。ウェルカムボードを裏返し、看板を店のなかにしまう。
戻ると翼はカウンターの内側に戻って電話をかけていた。
「よし、で、匠なんで来たの?」
「え? 自慢しに来た」
自慢……スマートウォッチのか。
「なんだけどさー、変なやつに絡まれてさー、なんなんだよ」
「それって僕のことかな? ははは、不可抗力ってやつさ」
彼はコーヒーカップを持ち上げつつ、匠に言う。
「まあでも貴重な体験はできたでしょ? うち、他の世界のお客さんごくたまに来るんだよ」
「通りでお前ら全然驚かねえと思ったよ……突然別世界の人間です! とか言われたら普通はビビるもんな……」
「ん? 僕人間じゃないよ?」
……ここに来て爆弾発言をしてくる彼。確かにドラゴン来たことあるって言ったとき驚いてなかったし、本人が人間でない可能性だってありうる。
「人間じゃなかったらなんなんだよ……?」
「2人が会ったことあるっていってたドラゴンだよ。まあ、同じ種族ではないと思うけど。前に来たドラゴンは何色だった?」
「確か赤いのと青いのでしたね」
「じゃあやっぱり同じ種族じゃないね。僕はドラゴン化したら茶色いもの」
色によって何か違うものがあるのだろうか。……属性とかかな。
「色によって何が違うんだ?」
気になっていたことを聞いてくれる匠。さすがだ。
「能力の違いだよ。赤いのは火、青いのは水、みたいな。茶色い僕は土。まあ、この世界は霊力の概念が無いみたいだから実演はできないけどね」
「へえ~。ファンタジーな力で能力使ってるわけなんだな」
匠と一緒に納得していると翼が戻ってきた。ハイネくん、来られるかな。
「もうちょっとしたら来ると思うぞ。またビビって店の中入ってこないかもしれないけど」
「あ、そっか。ドラゴン怖いっていってたもんね」
僕と翼の会話にもちろん匠は着いてこられていない。だって、ハイネくんのことも僕たちは話していないから。
「誰か来るのか?」
「ああ、別の世界の人を元の世界に返すプロフェッショナルだ。そっか、匠あっちの姿みたことないのか」
「あっちの姿?」
なーんて、話しているうちに、ハイネくんがやって来た。ドアをゆっくり慎重に開けている。やっぱりビビっちゃってるっぽい。
「こんばんはー……」
「ん? あれ? なんか、人間じゃない気配する」
彼がハイネくんの気配をいち早く察知している。
「あれ? たくみんがいる。どうしたの? 珍しいね!」
「へっ? 俺、あなたと会ったことありましたっけ!?」
まあ、そうなるよね。
「あっ、ごめん。いつものノリで話しかけちゃった」
「帰れないお客さんいるから、そっち優先な。匠には戻ってきてから説明すればいいよ」
「うん、わかった」
ハイネくんは翼の言葉に頷いて、彼の方を見た。
「今回もバサバサしてないな……ヒト形態だ……」
「君もね。何か別のいきものでしょ?」
「うん。まあとにかく、こっちに来たときの状況教えてくれる?」
「散歩中だったんだ。普段と違うルート歩いてたら迷い込んじゃってたみたい」
「ふむふむ。オーソドックスなパターンだね。すぐに帰れるよ」
「ほー、じゃあもう帰れちゃうわけだ。あっ、会計しなきゃ」
彼は立ち上がってお財布を取り出す。律儀だな。
「セットで750円です」
「んー、さすがにお金はどれが何だかわかんないな」
確か彼のお財布には小銭がほとんど入っていなかった。
「じゃあ……お札を一枚ください。おつりをお渡ししますので」
「おさつおさつ……紙のやつだよね。何種類かあるけど……」
「青っぽい緑っぽいやつをください」
「お。これかな。はい」
彼から千円札を預かり、お釣りの250円を返す。
「はい、千円お預かりしましたので250円のお返しです」
「おお~小銭もまた違った趣き……!」
みんな50円玉に感動するんだよな……。
「あっ、じゃあそろそろ帰るね。タクミ、いろいろインスピレーションをありがとう! 店員さん、ツバサ、ごちそうさまでした!」
「いえいえ、またお待ちしてます」
彼はハイネくんに案内されて帰っていった。
「はあ……、災難だったぜ……」
匠はため息をついて自分の抹茶ラテをチビチビ飲み始めた。
匠は一番はじめにぶつかっているからそう思うのは仕方ないとして、僕たちは意外とこの状況を楽しんでいたりする。
彼の世界でスマートウォッチがどんな感じで実現するのか気になるな。
好奇心旺盛な、別の世界のお客さま。今度来る機会があれば、彼の世界のスマートウォッチをお披露目してくれるといいな。