子供たちとハロウィンイベント
今日は10月31日。ハロウィンの日だ。
僕は一週間ほど前から店内をハロウィン風にディスプレイしている。翼も、カボチャを使ったスイーツを考案して、学校帰りの女子高生に大人気だ。
「なあ、秋人ぉ」
「ん、なに?」
今日も開店の準備をしながら、翼と雑談する。
「今日はハロウィンだろ?」
「うん、そうだけど」
「子供会のイベントで小学生が地域を回りますってチラシ入ってたよな」
「ああ、うん、掲示板に貼ってあるよ」
「今日さ、それ用にプチシュー作ってるんだよ。暇なときでいいからさ、ラッピング手伝ってくんない?」
翼も何だかんだでハロウィンを楽しんでいる。子供たちが回り始めるのは午後3時頃からだからまだまだ時間はいっぱいある。
「うん、いいよ」
開店時間になったので、看板を外に出す。と、子供が三人、こっちをみていた。
「ん?」
「お兄ちゃん、ほら、はやくはやく」
「えー!僕じゃなきゃダメなの?」
「お兄ちゃんでしょ!」
「オニイチャンデショ!」
茶色い、ふわふわの髪の男の子、この子が一番背が高い。お兄ちゃんと呼ばれている。
ピンク色の髪の片言の男の子。背の高い男の子より10センチくらい小さい。
そして赤い髪の女の子。一番小さい。ピンク色の髪の男の子より20センチくらい小さいかな。
あっ、この感じ……久しぶりだけどたぶんあれだな?
「どうしたの?僕に何か用かな?」
「うひえっ!?あっあっ、あの……」
「うん、ゆっくりでいいよ」
「僕たち……、道に迷って……」
おっ、いつものパターン!これはハイネくん事案だな?
「うんうん」
「どこだか、教えてもらいたくて……」
「うん、わかった。うまく説明できるかわからないけど、とりあえずお店においで」
ドアを開けて3人に手招きする。すると、赤い髪の女の子が二人の男の子を押しながら入ってきた。
「お、お邪魔します……」
「オジャマシマス」
「どうぞ、好きな場所に座って?」
開店したばかりでまだお客さんは一人も来ていない。3人はカウンターを選んだんだけど、女の子は身長が足りなくて一人では座れなかった。
「……届かない……」
女の子はピョンピョンしているがどうやっても届かない。なので、僕が持ち上げて、椅子に座らせてあげた。
「お兄さんありがとう!!」
「いいえ」
この子かわいいな……小さい頃のまこまこ思い出す……。
「それで、道に迷ったって言ってたね?」
「ボウケンシテタ!マヨッタ……」
片言の男の子が元気に、そしてしょんぼりした様子で言う。
「冒険してたら帰れなくなっちゃったのかな」
「フィーネワルイコ……」
「フィーネのせいじゃないよ、僕たちだって夢中になっちゃったんだから」
「そうだよ!みんなで怒られよう!」
片言の男の子はフィーネって名前みたいだ。きっと年齢は女の子が一番小さいんだろうけど、フィーネくんの末っ子感がすごい。
「君たちってどういう関係なの?兄弟?」
「僕とルニはそうだけど、フィーネは違うよ。友だち」
なんと、大きい子と小さい子が兄妹だったのか。
「あんまり似てないね?髪の色も、目の色も違うでしょ?」
「僕は母さんの髪の色と父さんの目の色なんだ」
お兄ちゃんと呼ばれているこの子は茶色……いや、栗色って言うのかな。栗色の髪に深めの赤い瞳。暗い色だからパッと見だと赤だとは気づきにくい。
「ルニはお父さんの髪の色とお母さんの目の色なの!」
ルニちゃんは赤い髪に緑色の瞳。この子もお兄ちゃんほどではないけど深めの緑だ。
……僕が思うに、お父さんは普通の人間じゃないと思う。赤い髪に赤い目って……明らかにファンタジックじゃない?
「フィーネくんはお友だちなんだね」
「フィーネ、レオン、スキ」
「とっても仲良しなんだね」
「フィーネ、ルニ、スキ」
「うんうん、お友だち好きなんだね」
この3人が仮に別の世界の人だとすると、きっと親が心配するんじゃないだろうか。なるべく早めに返してあげないと。
と、思っていたら翼が調理場から出てきた。
「秋人ぉ、ラッピング手伝って……ってもうお客さんいたのか」
「ううん、違うよ」
翼はカウンターの向こうの三人の子供をみた。
「……どういうことだ?」
「ルニたち迷子だよ!」
「ずいぶん堂々とした迷子だな!そうだ、なんか食べるか?」
翼は僕にプチシューとラッピング袋を渡して子供たちに尋ねる。
「いいの!?」
「ああいいよ、なに食べたい?」
「そ、そんな!悪いよ!」
「ルニ、ワルイコ?」
「悪くなんか無いぞ?」
「でも僕たちお金持ってないよ……」
「そんなの気にするなって」
フィーネくんにレオンと呼ばれていたお兄ちゃんは不安げにしている。
「んー……じゃあお手伝いしてくれるか?」
「オテツダイ?」
「そう。今さっき持ってきてそこの兄ちゃんに渡したプチシューを袋詰めするお手伝いだ」
「ぷちしゅー?あのちっちゃい丸いやつ?」
「誰かにあげるの?」
「ああ、今日はハロウィンだからな、君らと同じくらいの子供たちが町を歩き回ってお菓子をもらいに来るんだ」
「お菓子がもらえるの!?いいな!ルニもやりたい!」
ルニちゃんは目をキラキラさせて翼を見た。でも、隣のフィーネ君が首を横に振っている。
「ルニ、オテツダイ。フィーネ、オナカスイタ」
「あ、そっか。フィネくんずっとお腹すいたって言ってたもんね!お手伝いしてご飯食べよう!」
ルニちゃんとフィーネ君はお手伝いモードになったみたいだ。でも、まだレオンくんが不安そうにしている。
「お兄さん、本当にいいの?」
「うん、いいよ。僕も一緒にやるからね、一緒にラッピングしようか」
僕が声をかけるとレオンくんは頷いた。
「じゃあ、二人は袋にプチシュー入れて、二人はかわいくラッピングしよう」
「オレンジ色のお兄さんは?」
ルニちゃんが翼の方を見ている。
「俺か?俺はプチシュー焼いてクリームを詰める係だ」
「お兄さんが作ってるの!すごーい!!」
「味見するか?」
「オナカスイタ!!!」
フィーネくん、本当にお腹すいてたんだな……。
「お前そんなにお腹すいてたのか?じゃあお手伝いしてもらう前にご飯食べるか?」
「フィーネ、オナカスイタ。ナニカタベル」
「よしよし、じゃあそこのプチシュー何個か味見しながら待ってろよ?あ、全部食べちゃダメだぞ」
翼はなにか作ってくるみたいだ。僕はこの子達にプチシューと飲み物を用意してあげよう。
「フィーネ、そんなにお腹すいてたの?」
「うん。オナカスイタ」
「オレンジ色のお兄さんはお料理係なんだね」
ルニちゃんは翼のことが気になってるみたいだ。
「うん、翼は若い頃から料理が得意だったんだ。特に甘いものが得意で」
「お兄さんは?なに係?」
「僕は飲み物係。はいどうぞ、オレンジジュース」
「ありがとう」
「アリガト」
「飲み物係?ジュース入れるだけ?」
プチシューを出しながらルニちゃんの質問に答える。
「ジュースだけじゃないよ。コーヒーや紅茶、お酒も出せちゃうよ」
「お酒は飲めないよぉ」
「お父さんやお母さんは飲まないの?」
「そういえば見たことないな、でも父さんコーヒー飲んでるの見たことある。ちょっともらったけど僕は苦くて好きじゃないなぁ」
確かにこのくらいの年代の子には苦いよね。
「ぷちしゅーオイシオイシ。じゅーすオイシオイシ」
フィーネくんは一人で自由にプチシュー食べてるし。
「美味しい?よかった、翼も喜ぶよ」
そういえば、何でフィーネくんは片言なんだろう。別の世界の子だとしても、ここまで言葉が片言なのははじめてだ。
「フィーネくん」
「ん?」
声を掛けたものの何を話そう。あ、よく見れば耳がちょっととんがってる。
「耳のかたちみんなとちょっと違うんだね」
「ミミ?ママイッショ。うーん、あ、レオンパパ!イッショ!」
僕の推測だとレオンくんとルニちゃんのお父さんは普通の人間じゃないと見てる。もしかしたらこの推測はあながち間違ってないのかも。
「そういえばルニたちは耳お母さんと一緒だよね?」
「そうだね。僕たち以外でハーフのヒトって見たことないからわかんないけど、母さんの見た目に近くなるのかな?」
「君たちハーフなの?フィーネくんも?」
「うん、僕たちはドラゴンと人間のハーフで、フィーネはエルフと人間のハーフだよ」
「……」
そうか、普通の人間じゃないとは思ってたけど、ドラゴンか……ドラゴン……。まさかこの前小さい状態とはいえ本物のドラゴン見たのに、次はハーフか……。
「おまたせー」
僕が一瞬ぼんやりしてる間に翼が戻ってきた。お盆の上にはオムライスが三つ乗っている。
「ほわー!!おいしそう!!!」
「オムライスだ!でも僕たちのおうちのとちょっと違う」
「オナカスイタ!!!タベル!イイ!?」
フィーネくんが目をキラキラさせている。
「はい、召し上がれ」
3人の前に翼がオムライスを置いていく。
いつものふわとろオムライスだけど、子供向けに少し小さめだ。
「お母さんのオムライスはこんなにとろーりしてないよね」
「うん、たまごがもっとかたく焼いてあるんだ」
「たまごのかたさは好みによるよな。君らの母さんはきっと固めが好きなんだろうな」
フィーネくんが一心不乱にオムライスを食べてる。
「あっ!」
ところが、声をあげてピタリと止まってしまった。なに?どうしたの?
「イタダキマス」
フィーネくんはそう言ってオムライスを食べるのを再開した。そうか、挨拶は大事だもんね。
「お前偉いなー!たくさん食え食え!デザートもなんか用意してやるよ!」
翼はフィーネくんの食べっぷりに上機嫌だ。
「いただきます」
「いただきまーす!」
レオンくんとルニちゃんもオムライスを食べ始めた。
「おいしー!ツバサお兄ちゃんおいしいよ!」
ルニちゃんは翼の名前を覚えてくれたみたいだ。
「そりゃよかった」
「このオムライス、僕たちの母さんでも作れるかな?」
「たまごはけっこうたくさん使うけど、コツさえつかめばできると思うぞ」
「翼、そう簡単に言うけどさ……」
改良を重ねてるとはいえ、翼はこのオムライスを長年作り続けてる。コツとか言ってるけどあれは馴れだ。
「……まあ、はじめはきれいな形にならないけど練習あるのみってことでな!母さんにはそう伝えとくといい」
「うん、ありがとうツバサお兄さん」
子供たち3人は翼のオムライスとデザートに出されたミニヨーグルトパフェをきれいに食べた。
「さて、お腹も一杯になったところで、袋詰めのお手伝いをしてもらおうか」
「はいっ!」
翼の言葉にルニちゃんが元気よく返事をする。
「じゃあ、隙あらば食いそうなお前は秋人と一緒にラッピングな」
「フィーネ、オナカイッパイ」
翼に指名されたフィーネくんは少し不服そうに唇を尖らせた。
「そんなこと言って、フィーネこの前僕が残しといたクッキー勝手に食べちゃったじゃないか」
「チガウ、オナカスイテタ」
フィーネくんは首をぷるぷる振っているがあんまり説得力は無さそうだ。
「あ!ルニもこの前フィネ君にアイス食べられちゃった!」
「ほら、証言もあるだろ。お前はラッピング係な」
「……ワカタ」
「兄妹は袋にいい感じにプチシューを詰める係な」
「うん、わかったよ」
レオンくんとルニちゃんは袋にプチシューを詰め始めた。
「3つくらいしか入らないね」
「いいんじゃないかな、僕たちと同じくらいの子達に配るんでしょ?あんまりたくさんだとご飯入らなくなっちゃうよ」
レオンくんはとてもお兄ちゃんだ。ルニちゃんは小柄だけど、そこまで年の差は離れてないのかも。
袋の中にプチシューが3つ、それが僕たちの方へパスされる。
「らっぴんぐ!!ドウスル?」
「まずは袋の口を折ってテープで止めようか。そのあとシールでデコレーションするんだ」
「でこれーしょん!」
僕が袋を閉じてデコレーションした詰め合わせを見て、フィーネくんは感動している。
「フィーネも!!」
「うん、一緒にやろうか」
フィーネくんはシールをペタペタと貼る。いや、むしろ貼りすぎ。
「まってまって、いっぱい貼りすぎだよ。そんなにたくさん貼ったら中身が見えなくなっちゃう」
「ハッ!ミエナイ!!」
夢中になってて気づかなかったのか。フィーネくんはたくさん貼ってしまったシールをはがして別の詰め合わせに貼り直した。
「ミエル?ぷちしゅー」
「うん、大丈夫。この調子でシール貼っていこうか」
レオンくんとルニちゃんでプチシューを袋詰めし、フィーネくんと僕でラッピングをしていく。かごの中いっぱいにかわいくデコレーションされたプチシューの詰め合わせができた。
「ぷちしゅー!イッパイ!」
「たくさんできたね!でも、こんなに配るの?」
「ここはハロウィン協力店だからな。子供たちたくさん来るぞ。足りないかもしれないくらいだ」
「何時ごろ来るの?」
「3時くらいから回り始めるって書いてあるから……うちに来るのは3時20分くらいかな」
今は12時半だ。あと3時間弱ある。
「……眠くなってきちゃった。お兄ちゃん……眠い……」
さっきからおとなしいと思っていたルニちゃんはショボショボした目でテーブルに突っ伏していた。
「慣れない場所だし、いろいろやってもらったから疲れちゃったかな?お昼寝でもする?」
「……する」
「えっ、でもいいの?」
「うん、裏は僕の家だし。レオンくんも、フィーネくんも、眠かったらお昼寝して良いよ」
「フィーネオキテル。ネナイ」
「僕も眠くないから大丈夫」
男の子二人は大丈夫みたいだ。
「眠くなって来ちゃったら遠慮せずに言ってね」
「うん、お兄さんありがとう!」
ルニちゃんはもう半分くらい寝てる。
「ルニちゃん、動ける?」
「んんー……お兄さんだっこ……」
ルニちゃんを抱き上げると翼と目があった。
「僕たちさ、このくらいの子供がいても変じゃない年齢なんだよね」
「それはいうな……!!俺だって彼女がほしくない訳じゃないんだ……!!」
「僕もだけどね」
ルニちゃんを仮眠室という名のほぼ翼の部屋に連れていく。
戻ってくると、翼と男の子二人が話していた。
「あ、アキトお兄さんおかえり。ルニはちゃんと寝た?」
「うん、ぐっすりだったよ」
実際のところ、ルニちゃんは僕がだっこした時点でほぼ寝ていた。
「ルニちゃんあんまり体強くないんだってよ」
「そうなんだ。それじゃあやっぱり疲れちゃったんだね」
そういえばハロウィンの準備で忘れてたけどこの子たちを家に返してあげないといけない。
「あ、そうだ翼。この子たちのおうち」
「おう、わかってる。わかってるんだけど、今日はハイネ出掛けてるんだ」
……困ったな。ハイネくんがどうやって他の世界の人たちを元の世界に返してあげてるのかわからないから、どうしようもない。
「うぅん……」
「まあ、なんとかなるだろ。そのうちハイネも帰ってくるだろうし」
「そっか、僕たちずっとここにいるわけに行かないもんね」
「ううん、どうしようか」
「今日はあんまり客来ないし、いいんじゃないか?あっそうだ。せっかくだしお前らも仮装したらどうだ?」
「カソウ?」
「どういうこと?」
この子たちの世界にハロウィンというイベントはない。だから、どういうものなのか知らないのは当たり前だ。
「子供たちがおばけや魔女になってお菓子をもらいにくるんだ。お菓子をくれないといたずらするぞー!ってね」
「オバケコワイ……」
「僕たちがおばけになるから怖くないんじゃない?」
「コワクナイ?」
とはいえ、仮装をするにも衣装がない。翼はどうするつもりなんだろう。
「あ、よしみか?」
気づけば翼は電話を掛けている。よしみ……河野さんか。あ、そういえば彼女はフォトスタジオで仕事をしていたはず。
「ヨシミ?」
「あれは電話?僕が知ってるのより小さい」
子供たち二人はそれぞれ別のことを考えてるみたいだ。レオンくんはそろそろ気づきそうな気がする。
「ねえねえアキトお兄さん、どうしてあの電話は小さいの?なんかね、あの電話、コラールさんの使ってる端末の小さいやつみたいに見える」
レオンくんが何を伝えたいのか、わかる範囲で理解を試みてみる。コラールさんはきっとこの子たちの知り合いだろう。電話――正確にはスマホだけど、あれの大きいパターンを知り合いのコラールさんが持ってるってことを言いたいのはわかった。
「あれはスマホだよ」
「すまほ?」
「うん、スマートフォン。知らないかな?」
「うーん、知らない」
「携帯電話だよ」
「ケータイ電話?」
おっと携帯電話もわからないか。この子たちの世界は携帯が普及していない。
「えーっとね、じゃあ僕が君たちがとってもビックリすることを教えてあげる」
「ビックリするの?僕たちが?」
「うん、道迷ったって言ってたでしょう?」
「うん、言ったよ」
「実はね、ここは君たちが住んでいる世界とは別の世界なんだ」
「ベツノセカイ?」
「天界とも地上とも違うの?」
「天界?うん、たぶん違うと思うよ」
……ん、あれ?なんかこんなようなこと前にも言ったような気がする。あのときはえーっと……あっ、ドラゴンいたな。小さかったけど。もしかしたら同じ世界から来たのかな。
「えっ、じゃあ僕たちどうやって帰ったらいいの?」
「いつもなら案内してくれる子がいるんだけど、今は出掛けちゃってるから、帰ってくるまで待ってもらうことにはなるけど、ちゃんと帰れるよ」
レオンくんは一瞬焦っていたみたいだけど、すぐにホッとしていた。
「まあ、僕が何を言いたいかっていうとね、違う世界だから、電話のかたちも違ってくるよって話かな」
「でも、ツバサお兄さんの電話の大きいバージョンは見たことあるよ。フィーネ今持ってる?」
「ナイ。カバンドッカイッタ」
「え」
フィーネくんはあんまり気にしない子なのかな……焦ってる様子はないし……
「よっしゃ話ついたぞ」
フィーネくんの鞄がない問題に直面しているうちに翼は電話を終わらせていた。
何やら楽しげに笑っている。
「よしみがいい感じのを見繕って貸してくれるってよ。楽しみだな!」
「お兄さんたちはやらないの?」
「俺らはお菓子を配る側だからな。それに仮装してお菓子をもらえるのは子供の特権だ。大人が仮装できるのは許可があるところだけだ」
「河野さん仕事中じゃないの?」
「よしみ頭の回転早いからな、なんかいい感じに言いくるめてくるんじゃない?」
「そっか」
とりあえず今はフィーネくんの鞄がない問題だ。探してこないと。
「翼、店見ててくれる?フィーネくん、鞄無くしちゃったらしくて探してくるよ」
「ん、わかった」
今日が暇で本当に良かった。
「どういう鞄なのか教えてくれる?」
「アオイロりゅっく」
今、フィーネくんはなにも背負っていない。
「どこかで下ろした?」
「フィーネリュック嫌いなんだ。だからすぐに下ろして、大体手で持ってるんだ」
「てことは気づいたときにはもう手に持ってなかったってことか」
なんで嫌いなのにリュック使ってるんだろう……不思議な子だ……。
「見つかるかわからないけど、探してくるね」
僕は外に出て店の回りを一周する。店の裏の路地に入ると、赤い髪の男の人が屈んでなにか拾っている。
立ち上がった男の人はとても背が高い。後ろを向いていて全体像は見えないが、さっき拾ったのは青い……
「あっ!そのリュック!!」
僕は思わず声を出してしまった。男の人は僕の声で振り向く。
「あっ、ムラヤマさん」
「えっ?」
男の人は僕の名前を知っている。だけど僕は彼とは初対面のはずだ。こんな赤い髪の人、お客さんでも来たことはない。
「ああそうか、そういうことか……」
男の人は顎に手を当てて考え込む。
「あっ、このリュック、息子の友達のものに似てるんですが、あなたもこれを探していたんですか?」
彼は僕に尋ねる。
「え、あ、ああ……いえ、鞄を無くしたとお客さんが言ってまして、その鞄と共通点があったもので」
「なるほど、そのお客さんはまだお店にいますか?」
「は、はい」
いろいろ聞かれているがそんなことよりもこの人がなんで僕の名前を知っているのかってことだ。こんな大きくて目立つ赤い髪の男の人、一度見たら忘れるはずがない。
「あの……どうして僕の名前を……?」
「ずいぶん前に俺はあなたにあったことがあるんですよ」
「へ?」
どういうことだ。ずいぶん前っていつぐらいの話だ。
「あなたの姿は変わっていないようですから、もしかしたら時間の流れが違うのかもしれないですが」
「はあ……」
時間の流れが違う。……ということは。
「あっ、もしかして」
この人も違う世界の人なのでは?
「別の世界の人ですか?」
「そうです」
でも、僕はやっぱりこの人に会ったことがない。別の世界から来た人のことはそう簡単に忘れるはずがない。
「えっ、でも、僕はあなたにお会いしたことはないですが……」
「それは当然です。俺が前にあなたに会ったときはこの姿ではなかったですから」
この姿ではない……?別の姿をしていた他の世界の人……
「いや、まさかそんなはずは……」
赤い髪に赤い目。色白でとても背が高い。髪はゆるめにパーマがかかっているのか、ふんわりしている。そして、耳が若干長くとがっている。
……そういえば、ちゃんと聞いた訳じゃないけどレオンくんとルニちゃんのお父さんはドラゴンなはずだ。そして赤い髪で赤い目なことは二人の話からなんとなく推測した。目の前にいるこの人は赤い髪で赤い目だ。耳もとがってる。人間じゃない。……まさか、この人はレオンくんとルニちゃんのお父さん……?
「あの、お子さんいますか……?二人」
「ええ、やっぱりあなたのところにいるんですね」
彼は予想していたのか、驚きもせずに頷いた。
「……別の姿って、もしかしてドラゴン……?」
「思い出してきました?」
思い出すもなにも、僕は忘れていない。ただ、この目の前の男の人と以前に会ったドラゴンが全く一致しない。
「……と、ところであなたはなぜここに……?」
この人がここにいる理由を聞いていなかった。この店の裏路地はほとんど通る人はいない。僕もゴミ出しの時に使うくらいだ。
「俺は子供たちを探してるんです。3人。でも、あなたのところにいるみたいですから安心です」
彼はにこりと笑う。
「……あの、本当に……?ドラゴンなんですか?」
「ええ、その節は親切にしていただいて」
……ほんとっぽい。
「ずいぶん前って……いつくらいの話なんですか?」
「子供が生まれる前なので10年以上前ですけど、あなたがすぐにムラヤマさんだってことはわかりましたよ」
僕がドラゴンに会ったのは約1年前だ。この人が本当にドラゴンだとしたら、名前は……
「ビオールさん……?」
「そうです!!やっぱり覚えてるんじゃないですか!」
いや、いやいやいや、ちょっと待って。他の世界の人が遊びに来ることも慣れたし、人の姿をしていないお客さんが来たときもあっさり順応できた。でも、今回は人の姿をしていないお客さんが人の姿をした状態でやって来てる。あり得ないことはないんだろう。でも、僕の脳が考えることに追い付いてない。
「……あの、大丈夫ですか?」
心配そうなビオールさんの声。店の表に車が止まる音が聞こえる。
「あれ?秋人、こんなとこでなにしてんの?」
河野さん……!!!
「あ、ムラヤマさんのお友達ですか。こんにちは」
「こんにちは。こんなところで何をしてるんです?」
僕たちは他の友達に別の世界の人が店に遊びに来ることを話していない。
……なんと説明すれば……。
「子供が迷子になってしまったので探していて。ムラヤマさんのお宅で保護されていると聞きましたので、一緒に行こうかと」
「あ、案内の途中だったんですね。じゃあ私も用あるんで、一緒にいきましょうか」
「あ、こ、河野さん!ありがとう……!」
「ん?何よ。私は翼に頼まれて衣装持ってきただけよ」
河野さんはある意味救いの神だ。なにも考えられなくなるほど混乱するってあるんだなぁ……。
「ただいま」
「おう、遅かったなリュック……」
「父さん!!!」
僕がビオールさんと河野さんを連れて店に戻ると、レオンくんが椅子からピョンと飛び降りてビオールさんに抱きついた。
翼は驚いた顔でその様子を見ている。
「なんだ……?リュック探しに行って父親見つけたのか……?」
「う、うん……そうみたい」
「アキトー、カバンー」
フィーネくんが僕の服引っ張った。
「あ、レオンくんのお父さんが持ってるよ」
「ん」
フィーネくんは目で見て確認できたのか。頷く。
「アキトお兄さん!どうして父さん連れてきてくれたの?」
父親との再会を済ませたレオンくんが僕に尋ねた。
「鞄探してたら会ったんだ」
「鞄、フィーネが落としていっただろう?それを拾ったときにね」
ビオールさんは僕の説明の補足をしてくれた。
「ところで、私もいること忘れないでほしいわね。私だって暇じゃないのよ」
「ああ、よしみ、ゴメンゴメン、それで、頼んだものは持ってきてくれたのか?」
「もちろんよ!でも、子供二人しかいないじゃない。女の子いるって言ってたでしょ?」
河野さんはハロウィン用の貸衣装を持ってきてくれていた。どんな感じになるんだろう。
「そういえば、ルニがいないですね。あの子はどこに?」
ビオールさんも気になっているみたいだ。様子を見てこようか。
「眠そうだったので、仮眠室で寝かせてあるんです。ちょっと様子見てきますね」
仮眠室に行くと、ルニちゃんはちょうど目が覚めたところだったみたいだ。モゾモゾ動いている。
「ルニちゃん?」
「んん……アキトお兄さん……いまなんじ……」
「2時半だよ」
「お菓子配るのまだ……?」
「もう少しかな。あ、そうそう。お父さんが迎えに来たよ」
「お父さん?」
ルニちゃんはパチリと目を開き、起き上がった。
「うん。探してくれてたみたいだよ」
「そうなんだ!じゃあお父さんに会いに行く!」
店に戻ると河野さんがレオンくんとフィーネくんの衣装の吟味をしていた。
「アキトお兄さん、あのお姉さん何してるの?」
「みんなにハロウィンに参加してもらおうと思って衣装を持ってきてくれたんだ。今はー……たぶん、二人の衣装を選んでるんだと思うよ」
「ルニもさんかしていいの!?」
ルニちゃんは目をキラキラさせて僕と河野さんを交互にみてる。
「もちろん!お姉さんに選んでもらうといいよ」
「ルニ、おはよう」
「お父さん!迎えに来てくれたんでしょ!」
ルニちゃんもレオンくんと同じようにビオールさんに飛び付いた。
「いつまで経っても戻ってこないから。心配したんだぞ?」
そういえばビオールさんは帰る方法がわかるんだろうか。
「よーし!あなたはこれで決まり!かわいいじゃないの!」
河野さんの声で衣装チェック班をみると、フィーネくんがミイラ男風衣装に身を包んでいた。
「ミエニクイ」
「仮装は我慢よ!はい次!」
包帯で片目が隠れていて確かに見えにくいって言うのもわかる。そしてレオンくんの頭には獣耳カチューシャがはまっていた。
「はい、あなたはこれ着て」
「首に鍵ついてるよ?」
「それはアクセントだから気にしないの」
「ズボンに尻尾ついてる!」
「手袋には肉球ついてるわよ」
たぶん狼男かなにかなんだろう。なんだかハロウィンぽくなってきた。
「……か、かわいい……」
小さな声が聞こえたので、声のした方を向くとビオールさんが顔を押さえて震えていた。あっ、この人親バカな人だ。
「ルニもカソーする!」
「いいわよ!あなたにはとっておきのがあるんだから!」
うきうきしているルニちゃんに河野さんはどんどん衣装を着せていく。
大きな帽子をかぶった魔法少女みたいな感じだ。
「わーーー!!かわいい!!ルニたちもこれでお菓子もらいに行けるね!」
「ミエニクイ」
「あっ!ダメだよフィーネ!とっちゃ!」
フィーネくんはどうしても視界が遮られるのが嫌みたいだ。
「もう少しだけ待って、写真とったら取っていいから」
河野さんは三脚を用意し始めた。でも、背景とか普通にうちの喫茶店だけど大丈夫なのかな。
「はいポーズとって!がおーって!あっ、お嬢ちゃんはいいの、きゅるんてしてて!」
「きゅるんて意味わかんねえな」
翼が河野さんの言葉を聞いて笑ってる。何だかんだで子供たちもちゃんとポーズ決めてくれてるし。惜しむらくはここがあまりハロウィン感のない喫茶店ってところか。
「はい!写真とれましたー!包帯は頭に巻いときましょう。あなたたちも町のハロウィン参加するつもりで衣装着たんでしょ?もう回ってくるんじゃないかしら?」
時計をみるともう3時15分だ。
店の外に出ると子供たちがもうすぐ近くに来ていた。なぜか一緒に覗きに来ていたビオールさんは首をかしげている。
「あっ、説明しないとですね。僕たちの世界では今日はハロウィンといって、子供たちがお化けや魔女などに仮装してお菓子をもらう日なんです。せっかくなので参加してもらおうかと」
「なるほど。それでこんなにかわいい格好をさせてくれたんですね」
「とった写真は加工してお渡ししますので。かわいいお子さんたちですね!撮りがいがありましたよ!」
「えっ、あっありがとうございます……!!」
「はろうぃん!オカシモライイクー!」
「よしっ、じゃあ行ってくるか!」
フィーネくんの声で翼が入り口のドアを開ける。
「僕たちも行っていいの?」
「もちろん!」
「お父さん!じゃあルニたち行ってくるから!」
『トリック・オア・トリート!』
3人の子供たちは近所の子供たちに合流してお菓子をもらいに町を練り歩く。
とても可愛らしい、別の世界のお客様。また遊びに来てくれるといいな。