大学生とおすすめの紅茶
「秋人ぉー」
「んー、なにー?」
うちのパティシエが僕を呼ぶ。僕は村山秋人。カフェ村山のマスターだ。
「今日のパフェなんだけど……」
パティシエは山下翼。中学からの同級生だ。高校の時からうちでバイトしていて、そのまま就職してしまった。僕としては気を使わなくて済むから楽なんだけど。
つい先日まで改装中で、リニューアルオープンしたばかりだ。どうしてもカフェテラスをつけたくて、実行に移してしまった。でも後悔はしていない。
「じゃあ、今日のパフェよろしくね!」
「おうよ」
オープン30分前だ。掃除の最終チェックをしていると、扉を叩く音がする。
「すいませーん、まだ開店時間前……」
扉を開けて注意しようと思ったんだ。でも、出来なかった。だって、高校生くらいの男の子が泣きそうな顔で僕のことを見てたから。
「……あの……、ここ……どこですか……?」
「わ、わかった。とりあえず入って、ね?」
僕は男の子をカウンター席に案内した。
男の子は背が高かった。短い髪がプリンヘアーになっている。
耳にピアス穴が三つも空いてるし……不良なのかな……?
「……で、あ、あの……ここって、どこなんですか……?」
男の子は申し訳なさそうに僕に訪ねてくる。
「どこって……??どういうこと?迷子?その年で?」
「……迷子……なんですよね……?俺……認めたくないけど……」
「だれかとはぐれたの?」
「いや、フツーに家に帰ろうと思っただけです。……いや?違う……。ちょっと通学路開拓をしてたんです……普段通らない道行ったから……だから迷子です…… 」
「そうか。じゃあ、ここで少し休んでから帰るといいよ」
「どうやって……?」
「あー……そうだよね。じゃなきゃこんなに困らないか。君、名前は?」
「ニルスです。ニルス・ラティア……」
「ニルス君か」
あれ、外国の人だったのか。
「ニルス君、いくつ?」
「18です。大学の帰り道に迷いました」
「大学生か。留学してきたの?」
「留学?いいえ、違います。俺、普通に地元の大学通ってます」
おや……?話が噛み合わなくなってきたぞ?
「通学は……徒歩だよね?」
「はい。……あの、なにかおかしいですか……?」
この辺に大学はない。ここから一番近い大学に通うには電車に乗らないといけない。
「……ちょっと待っててもらっていい?」
「あ、はい……」
どうしよう!助けて翼!!
僕は調理場に入る。
「ん?秋人どうしたよ?さっきだれか来たよな?ほっといていいのか?」
「……ぜんっぜん話が噛み合わないんだ……」
「んんん?」
「日本語通じるのに日本人名じゃないし、大学の帰りに道に迷ったそうなんだけど……」
ん?帰り?今は?
「翼……今何時……?」
「今?9時45分だ」
「……ごめん、ちょっと戻る」
「ん?お、おう」
「ニルス君!時間の確認できるもの持ってる?」
「時間?あ、はい懐中時計が……あれ、止まってる」
ニルス君の懐中時計は6時5分前で止まっている。
「学校を出たのは何時?」
「えーと……5時20分くらいです」
「……うん、ありがとう」
「???」
ありがとうと言ったものの状況の整理は全くできない。
眉間をもみもみしながら考える。
タイムスリップでもしてきたのか?でも、とっても今風だ。懐中時計を使いこなす大学生はなかなかいないけど……
「よし!とりあえずこうしててもなにも始まらないな!ニルス君、コーヒーと紅茶どっちがすき?」
「えっ?あっ、紅茶が好きです」
「ごめんね、カフェなのに何も出さないなんてね?」
「いえ、だって俺、注文してない……」
「いいよいいよ、迷って不安だっただろう?サービスしてあげる」
「そ、そんな!悪いです!」
「気にしないで、ね?」
僕はこの前仕入れたおすすめの紅茶をニルス君にいれる。
「はい、どうぞ」
「ありがとうございます」
開店時間になったので看板を出す。と、まこまことハイネ君が来ていた。
「あきぽんやっほー」
「ヤッホー」
まこまこは翼の妹で本名は真ちゃん、ハイネ君は……信じがたいことに山下家の飼い猫だ。……人の姿してるけど。
「まこまこ、ハイネ君、いらっしゃいませ」
二人を席に案内する。
「あれ?もうお客さんいたんだね?」
「ああ、うん。迷ったらしくて泣きそうだったから」
「泣いてないです」
ニルス君がカットインしてきた。
「……?」
ニルス君が気になるのかハイネ君が彼をじっと見つめている。
「……な、なんですか……?」
ハイネ君がニルス君に近づく。クンクンと匂いを嗅ぎ始めた。
「ハイネ!知らない人に失礼でしょ!」
「……お兄さん、この世界の人じゃないね」
「へっ!?」
ニルス君は驚く。ていうか、ねえ、それってドウイウコト???
「あ、あの、あのあのあの……どどどど、どういう意味ですかそれは」
ニルス君の動揺が僕にも伝わってくる。っていうか、なにそれ!?ねえ、早く説明して!!
「お兄さん違う匂いがする。どうやってここ来たの?」
「お、俺は迷って……」
「迷ったのか。じゃあどこかに入り口があるはずだよ。間違って通っちゃっただけじゃないかな?」
「間違えて通った……あっ!」
「心当たりがあるんだね!じゃあいこっか!」
ハイネ君はニルス君を引っ張ってどこかに行ってしまった。
「ハイネ君……説明して……」
「ねえ、あきぽん……どういうこと?」
「……分かんない」
僕は再度眉間をもみもみした……。
しばらくしてふたりは戻ってきた。
「お前すごいなー!まず猫なことにびっくりしたわー!」
「君の世界では変身できないみたいだね。俺もビックリしたー!」
なんだかすごく打ち解けている……。
「おかえり、ニルス君、ハイネ君」
「あきぽんただいまー。ニルス君の世界行ってきたよ」
「すいません、お騒がせしました。お金もちゃんと持ってきたので、紅茶代……」
「いいって。でも、帰れて良かったね。安心したよ」
「いろいろとありがとうございました。門限があるのでそろそろ帰ります」
「うん、気を付けてね」
「……紅茶、美味しかったです。また、来ます。今度は家族をつれて」
「家族か……いいね。連れてきてよ。それでうち自慢のパティシエのスイーツ食べてくれると嬉しいな」
「……はい!楽しみにしてます!」
「うん、ご家族によろしくね」
最後にニルス君はペコリとお辞儀をして帰っていった。
「ねえ、ハイネ。結局あの人なんだったの?」
そう。僕もまこまこも状況がわからない。
「ニルス君は違う世界の人で、間違えて俺たちの世界に来ちゃったんだ。すごく分かりにくい通路があって、普段は通れるようなところじゃないけど、何かの拍子で通れちゃったみたい。俺たちも行けるよ?ニルス君の世界」
「いや、いいよ……」
「そう?」
この日出会った不思議なお客様。
彼をきっかけに、きっとまた、不思議な出会いがありそうな気がする。