第二十一話 変わり始めた景色
「や、やったんだ……」
私は思わず脱力し、その場に尻餅をついた。
気が付くと、私は制服姿に戻っていた。変身が解除されたらしい。
「よ、よかった……」
後ろに目をやると、音無さんも同様に元の姿に戻っていた。
「す、すげーじゃん、若菜っち!」
「驚いたわね」
遠くで見ていた水江、真白が駆け寄ってくる。
「クッ……!」
悔しさで顔を歪ませるグーン。そのままゴンを睨みつける。
「グーン、いい加減分かれってんだぜ」
「何がだっ!」
「俺たちがこの世界に来たのは、カガヤケルを見直すためだぜ」
「……どういう意味だ?」
ゴンは私たちに視線を向けながら語り始めた。
「この世界に来るまでは、個性なんてものは不要だってのが俺たちの常識だったな?」
グーンは無言で頷く。
「しかし、この世界では違う。誰もが個性を欲しがっているんだぜ」
「……くだらん。だから何だ!」
「いい加減分からねえのか、ブラウンなんてものはこの世界に不要だってことが!」
ゴンは強い口調で言い放った。それに気圧されるようにグーンは沈黙する。
「……ありがとね、ゴン」
私は思わず感謝の言葉を述べた。
「急にどうしたんだぜ?」
ゴンはきょとんとした顔でこちらを見る。
「いや、ただね、あんたのおかげで、私も少しはマシになれるかも」
「なんのことやらだぜ」
伝わらなくてもいい。
ただ、全てはこいつがこの世界に来てくれたからだって思っただけ。
「認められるか!そんなもの!」
グーンは取り乱したまま、飛び去っていった。
あたりはすっかり暗くなっていた。
「おはよ!」
翌週の月曜日。
私が元気よく教室に入ると、例の二人が驚愕の表情で迎えた。
「ど、どーしたの、若菜っち?」
「どういう心境の変化かしら?」
私は極めて心外だと思った。
「あのねぇ、制服着てくるなって言ったのは、あんたらでしょうが!」
今日から心機一転、ようやく私服登校に切り替えたのだ。
「い、いやー、ちょっとビックリしちゃった。いーじゃん、似合ってるよ、マジで」
「ええ、ようやく魔法少女……いや、ファッション部のメンバーらしくなったわね」
……なんだか無理矢理フォローされてる気がするけど。
「まあ、私としても案外悪くないね」
これが正直な感想だ。
朝はちょっと気を張ってたけど、実際学校に来てみると何のことはない。いつも通りだ。ただ、心なしか肩の力が抜けている気がしないでもない。
「やっぱさー、これも若菜っちのカガヤケルの影響だったりして」
水江の一言に少しドキッとした。
「いやいや、そんな大それたもんじゃないってば」
「そうね、それはまだまだこれから、ってとこかしら」
真白がクスッと笑う。
一体何がこれからなんだか。
「ところで委員長、放課後に音無さんを呼んできてほしいのだけれど」
「え、真白があの子に何か用事でも?」
「いーから、いーから」
この二人の狙いが何なのかよく分からないが、とにかく放課後に彼女の教室を訪ねることになった。
そして放課後。
「連れてきたわよ」
「あ、皆さん。この前は、どうも……」
まったく、あいかわらずの人見知りだ。
もうこのメンバー相手ならだいぶ打ち解けたと思っていたのだけれど。
「では、さっそくだけど」
「ウェルカムー、魔法少女部へ!」
「え……?」
いやいや、ちょっとまて。
その話はゆっくり話し合ってからって言ったよね。
私が二人に忠告しようとすると、
「いーの!アタシらはメンバーが欲しいだけじゃないからさ!」
と、先制して阻止された。
それだけじゃないって何だよ。
「そうよ。学園祭は私がボーカルをやるから」
え?
「だから、演奏は任せたわよ、音無さん」
「ど、どういう意味でしょうか……?」
音無さんは当然のように茫然としている。無理もない。
なんだよそれは。意味がわかんない。
「だってあなた、もう軽音部と一緒に出場することはできないんでしょう」
真白の言葉に頷く音無さん。
「だからよ。あなたには一人で出場する度胸もなさそうだしね。安心してちょうだい、歌声には自信あるから。ボーカルは任せておいて」
「アタシらもサポートすっからさ!」
真白、水江……。
いいところあるじゃん。
「は、はい!ぜひ、お願いします」
「魔法少女部の方もよろしくね」
真白は軽くウインクして言った。
学園祭当日。
無事、真白と音無さんはその出番を終えた。
「いやー、マジで結構良かったよ!」
水江が興奮しているのも分かる出来だった。
「うん、こんなに短い期間でよくやったと思う」
私も素直に褒めてあげた。
「まあまあってとこかしらね」
「あの、ほんとに、スゴイです、真白さん!よかった……うまくいって」
音無さんは感極まって少し泣いていた。
「あなたもなかなかだったわよ」
「何恰好つけてんの、音楽の知識もないくせに」
そうツッコミつつも、真白にとっては精一杯の褒め言葉なのは分かっている。
「申し訳ないんですけど、校則で掛け持ちはできないので……」
「オッケーオッケー、仮入部ってことでいいよ!」
音無さんのとりあえずの入部が決まった。
すでに軽音部の部員なのだが、他にエクスコーデになれる人はいないのだ。
私としては、この二人のノリにずっと付き合わされるのは疲れるので、部員が増えるのは大歓迎だ。
「じゃあ改めて、よろしくね」
「こ、こちらこそ」
握手を交わした。
「で、どう?若菜っちは?」
「え?私?どうって何が?」
水江と真白はニヤニヤと笑っている。
「いいかげんに、付き合う気になった?って聞いているのよ。私たちのノリにね」
真白が私を指さして言った。
「何よそれ、今更」
全くあきれるばかりだ。
この二人の言う『付き合う』というのは自分たちと同じように馬鹿になれという意味だろう。
「そーそー、そうしてくれないと面白くないしねー」
確かに、彼女等に対する認識は変わった。そして、私もそれに影響されて……。
「もう、馴染んじゃったよ……」
「え?」
「よく聞こえないわ」
「だーかーらー、もうあんた等に影響受けすぎてんの!」
こんなことは本当は言いたくないのだが。なんか悔しいし。でも否定しようのない事実だ。
「ぷっ!」
「そう、委員長がね……ふふっ」
「ちょ、笑わないでよ」
さらに腹の立つ顔でニヤニヤと笑う二人。ああもう、だから言いたくなかったんだ。
「まだまだ、甘いわよ」
「これからもーっと染め上げてあげるつもりなんだからね!」
二人は、ビシッと謎のポーズをとる。
……。
今からでも、付き合い方を考えた方がいいかな……?
でも、これでいい。
彼女等と出会う前は、毎日がつまらなかった。
自分に嘘をついて生きることに、内心ではうんざりしていたんだ。
だから、私が本当に求めていた居場所はここなのかもしれない。
「あんたたちの色になんか染まんないわよ」
私は二人に精一杯敬意をこめて言った。
「今まで我慢してきた分、これからは思う存分、好き勝手にやるんだから!」
これからの事を考えると、胸の高鳴りを押さえられない。
今はただ、この馬鹿二人と、ささやかな非日常に感謝を。