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美少女の私があいつを絶対攻略して見せる!

作者: 二三八

「きゃっ!」


 私がこんなに声を出すなんていつぶりだろう。

 落ちていくことが分かる浮遊感に恐怖を覚え、私はぎゅっと目を瞑り恐怖から反射的に目を背ける。


 私は今、階段から落ちている。丁度階段の手前で躓いてしまったからだ。

 このまま落ちてしまったら私はどうなのかな? ただの怪我じゃ済まないよね。

 自分の危機が迫った時、人は体感速度が遅くなるというが、それは本当のことみたい。私はそんなことを考える余裕があった。いや、余裕はないんだけど。


 もうすぐで落ちきってしまう。そんなことがなんとなく分かってしまった。私はこのまま落ちてしまうんだ……。


「危ねッ!」


 しかし、私は固い床の感触も、酷い痛みも味わうことはなかった。

 私に待っていたのは、誰かの声と受け止められたという事実だった。


 私は恐る恐る固く閉じていた目を開ける。

 目の前には男の人の顔がどアップで入ってきた。私の態勢と彼の顔の近さからみるに、今私はお姫様抱っこをされているに違いない。

 お姫様抱っこされるとこんなに顔が近くに見えるんだ。


「大丈夫か? 立てるか?」

「ええ、大丈夫よ」


 彼は私のことをそっと降ろしてくれる。そして僅かな静寂が訪れる。

 そうよね、私を助けたんだから口が閉じてしまっても仕方ないわね。しょうがない、私を助けたお礼をしてあげるわ。


「こ、怖かった……助けてくれて……ありがとう」


 私はぽつりぽつりと口元に緩く握った手を添えて言い、更に恐怖のせいで涙目になったうるうるの目を演じ、上目遣いをする。

 はい、これ落ちました。落ちました〜。どう? 可愛い美少女にこんなポーズ、表情、声を目の前にして声にもならないわよね。十分すぎるほどのお礼よね。ありがたく受け取りなさい。


「そうかそうか、無事でよかった。でも、階段から落ちてくるとかホントびびったわ」


 そうよねそうよね……あれ? おかしいな、声が出てる……。それにもっと慌てふためいたり落ち着かせたりしないの?

 私は彼の表情を見るが、驚いてはいるものの慌てている様子は伺えない。


「急いでたのか知らないが、階段と階段付近は落ち着いて、注意して歩けよ。まぁ、無事でよかったぁ。それじゃあ」


「え、ええ……」


 彼は直ぐそこの廊下を曲がり、私は彼の背中をただただ眺めるだけしかなかった。


 私は今の現状を把握、理解することが困難だった。

 どうしてそんなに清々しく別れられるの? この私があそこまでしてあげたのに。

 どうして彼は私に落ちていないの? やせ我慢、には見えなかったし、どちらかと言ったら興味がなかった感じだった……。


 私の体を第一に心配してくれていたのは口振りから分かった。でも、でも……!


「どうしてこの私が仕草と涙目と上目遣いの全てを使っても、あいつは私に落ちていないのよ!!!」


 そんな私の心の中から湧き出た叫び声が誰もいない廊下に虚しく木霊した。



 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜



 私の名前は佐紀優花(さきゆうか)。つい最近高校二年生になったばかりの今をときめく女子高生。


 自分で言うのはなんだけど、私は自他共に認める『美少女』というやつなの。

 決して言い過ぎとかではないの。これは明確な事実によって裏付けられている。


 小学校の時には男子全員を虜にしていた自覚はあったし、中学の時は大半の男子(学年問わず)に告白されたこともあったわ。まぁ、当然私と釣り合う人なんていなかったから全員振ったんだけど。


 でも、そういう人って周りの女子から僻みとか妬み、嫉妬を買うんじゃないかって思った人もいるんじゃないかな。

 でも私はそんなことはなかった。なぜって? それはね、私が可愛いことを全ての女子が分かっていたから。


 つまり何が言いたいかって言うと、私は全員が認める美少女ってこと!


 それは高校に来てからも変わらなかった。

 入った直ぐに校内一のイケメンでモテてた先輩から告白された。もちろん振った。

 理由なんて特にない。それまでもそうしてたから。


 それからも私に惚れた可哀想な男どもが群がってきた。

 だから、私は全ての男子は私に惚れるものだと思った。今までがそうだったから。


 だ・か・ら! 私は今回の件について納得できない!

 私が、この美少女である私にあんな仕草をさせておきながら、惚れることも、顔を赤らめることも、慌てふためくこともなかった! それが無性に腹が立つの!


 私は拳を握り決意する。


「ええ、あっちがその気なら私もやってやる。絶対に惚れさせてやる! ……ところであいつ誰だろ?」


 だが、それ以前の問題のようだった。



 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜



 新学年が始まってからもうすぐ一ヶ月が経とうとしている。

 少し前までは爽やかな春風が吹き、優しい光が気持ちよかった。しかし、もう五月になり桜は新緑を生やし、快適な暖かさが逃げていくのを肌で感じていた。


 そう、もうすぐ春が終わる。でも、それだけじゃなかった。

 この快適な環境が逃げた理由、そう昨日のあの出来事。私は今どうやってあいつを落とすかを考え、心を燃やしている。そのせいか少し体温が高い気がする。快適でないわけだわ。


「とりあえず、まずはあいつを見つけないと何も始まらない。適当にクラスを回って見つけ出さなきゃ」


 私の通う高校は四つのクラスに分かれて一つの学年が構成されている。二年生は1組と2組は一階にあり、3組と4組は二階にある。だから、階層が分かれてしまうと自然にそこの人と知り合う機会が少なくなってしまう。


 ちなみに私は2組。2組にいないことは分かってるし、多分1組にもあんなやつ見たことない。だとしたら上の階の3組か4組ってことになる。


「そして、考えてきたプランの見直し!」


 私が昨日帰ってきてから考えたプランの見直しをする。

 まず、彼に会う。それで少し恥じらいを見せながら「昨日助けてもらったお礼が出来ていないので、その、今日一緒にお昼ご飯を食べませんか……? そ、そこでちゃんとお礼をしたいです」的なことを上目遣いでやたらあざとく言ってやる! それで後はなんやかんや話してたら好きになってました、となる。

 完璧な作戦ね。これで落ちなかったら相手は生物上なんらかの異常問題をきたしていると考えていいよね。いいね。


 そんなこんなで私は学校に着いた。

 いつも通り学校に着いた生徒の視線を集める。


「ああ佐紀さん、今日も可愛い」

「当たり前だろ! 誰のこと見ていってんだ」

「俺告ろっかな〜、なんつって」

「お前冗談でもやめとけよ……死ぬぞ」

「これだけ視線を集めながらあの堂々出した態度。正直かっこいい」

「い、今こっち向いてくれた! 私今日最高の日になるわ!」

「今日の髪型のカールの巻き方は昨日に比べてやや強いですね。歩幅も少し大きい」

「ハァハァ……踏まれてぇ……」


 いい、これよこれ! これこそがあるべき姿! ちょっと最後の一人はやばい気がするけど、まぁ別にいいか。


 騒がしくなった学内を歩き、私は教室に入る。

 教室内でも私のことで騒がしくなる。でも、誰も私の周りに近寄ろうとはしてこない。

 美少女は周りに人が寄ってきて騒がれるけど、近づきがたくて友達と言える存在がいない。よくある物語の定番よね。

 そう、私もその物語の美少女と同じ……。


「優香おはよう」

「ユウちゃんおはよう!」


 じゃないんだよね〜! 私は誰に対しても冷たく接して変な通り名が通ることはない。

 そうじゃなきゃ、多くの男を虜にできるわけなんてないからね。常に冷徹だったらそもそも告られてないと思うし。


「ユウちゃんどうしたの? なんでそんなににやけてるの?」


 おっと私としたことが、顔に出ちゃったみたい。


「なんでもないわ、おはよう。七瀬さん、舞さん」


 私は二人に少し遅れて挨拶を返す。


「今変な顔してたよね」

「ええー、どんな顔だった?」

「うんとね、ウーパールーパーみたいな顔だった」

「ごめん、ちょっと分からない」

「そういえばウーパールーパーの唐揚げってあるんだよ。ちょっと食べて見たいよね」

「私を見てヨダレを垂らさないで!」


 私を見てなぜか食欲を増進させている彼女は(まい)さくら。

 身長は結構低くて口元には可愛らしい八重歯が出ている。小動物みたい、というのが一番適切な表現かもしれない。

 それより、私をウーパールーパーで表現してくるなんて、これでウーパールーパーは高次元の存在に昇格したってことね。


「さくらはいつも通りね。流石にもう慣れたけれど」

「ええ? どういう意味?」

「いつも通り変だってことよ」


 少し笑みを浮かべながらそう口にする彼女の名前は七瀬琴音(ななせことね)

 その黒く艶やかなロングヘヤと引き締まったスタイルが特徴的。


 そう、いつも通り。私がこうやって彼女達と会話を交わすのはいつものこと。この時間はすごく楽しい。

 でも、今日の私には楽しさが心を撫でるだけで入ってこない。

 なぜなら、私には今日やらなきゃいけないことがあるから。そして、それを絶対に成功させなければならない。首を長くして待ってなさい!


「なんか今日のユウちゃん燃えてるねぇ」

「そうね、何かあったのかしら?」

「ユウちゃんもうすぐ予鈴がなるから座っといたほうがいいよ?」

「私に止まってる時間なんてないの。人にはやらなきゃいけない時があるから」

「ごめん、意味わかんない」

「さくらが移ったようね」

「私が移るって何!?」


 と、その時予鈴が鳴る。私たちはそこで話を切り上げ各々自分の席に座った。

 今日もまた、今日が始まる。いつもと違う今日が始まる。



 特に何事もなく時間は過ぎ、現在は昼休み。私は今二階にいる。

 早くあいつに会って私の可愛さに屈服させてあげるんだから。そのことばっかり考えてたから途中授業の板書ができなかった。後で七瀬さんに見せてもらおう。

 そんなことよりもあいつはいるかな。私は手前にある3組から見てみる。

 私が教室の中に入ると、教室内が騒めきだした。まあ当然の反応よね。そもそも、私自身他のクラスに自分から顔を出すことなんてほとんどないから、この事象事態がレアケース。せいぜい拝んでおくのね。


 私はクラス全体を見渡し、昨日のあいつがいないか確かめる。

 顔はぱっとしない感じだったし、もしかしたら他の人に埋もれてしまう可能性が捨てがたかったから、私は入念に見落としのないように探す。しかし、このクラスにはいないようだ。

 私がそうして、扉付近でクラス内を見つめていたら話しかけてきた。


「佐紀さんどうしたの?」

「ちょっと人探しをしてたんだけど……いないっぽい」

「名前とか分かる?」

「それも分からないの。ごめんね、こんな邪魔なところで立ち尽くしてて」

「ううん、大丈夫だよ。そっか、人探しできてたんだ。見つかるといいね!」

「うん、ありがとう」


 私はそう言って3組の教室から出る。

 3組にいないとなると次は4組か。

 私は隣にある4組の教室に向けて歩き出す。前から結構な人数がやってくる。そろそろ購買に言った人たちが帰ってくるころで、その時間と被ってしまったのだろう。

 彼らは私が歩いていると道を開けてくれた。いつものことだから私は特に気にせずあけられた道を歩く。しかし、どうにも道を開けてくれる人だけではないらしい。


「佐紀さん」


 目の前には男子が立っている。


「どうしたの?」

「もしよかったら、俺と昼食を一緒に食べてくれないか?」

「ごめんなさい、ちょっと用事があるので今日は無理です」


 私と一緒にご飯食べれるなんて高級料理店で食事ができる以上のことだってことこいつは分かっているのかしら?


「今日は、か」


 いつまでも、だよ。


「これは失礼、では次回を楽しみにしておきます」

「そ、それはどうも」


 そう言って彼は立ち去っていく。

 営業スマイルよ、笑顔を取り繕うのよ。あんな自分の身分も分かってないやつにかまってる暇はないのに。もう、ホントに4組にいるでしょうね!

 廊下にはほとんど人がいなくなった。多分みんな教室内でご飯を食べているのだろう。


 私が一歩踏み出そうとした時、前から一人の男子が歩いてきてすれ違う。

 それにしても、さっきの奴はほんとなんだったの。むかつく。私を自分と同列に扱わないでもらいたいわ。まあ過ぎた話ということにして切り替えて探しましょう! いざ4組へ。


 ……………………

 …………

 ……!?



「ちょっと待った!!」

「うおえ!?」


 私は急いで後ろを振り返り、すれ違っていた男子を呼び止める。びっくりしたのか男子は腑抜けた声を出す。


「な、なに?」

「何じゃないわよ! 何自分は何もないですよ感で歩いてんの! 見過ごすところだったじゃない! せっかく誰かが来たって表現を入れてあげたのに!」

「表現を入れてあげたってなんだ!? それより、俺を呼び止めた理由なんですか?」


 そう、だめよ私。見つけたからには早々に計画を実行しなければ。そして、確実にこいつを落として見せる!


「あの、昨日は危ないところを助けてくれてありがとうございました。そ、それで、そのお礼がしたくて。今から一緒にご飯食べませんか?」


 私は恥じらう乙女を演じる。顔を少し赤らめ、相手と視線を合わせたり外したりする。どちらも恥じらいを演出するためのものだ。そして、最後に目線を合わせ、


「だめ、ですか……?」


 上目遣いで懇願する。声音も可愛らしく繕い、最大限の効果が期待できる間を作り、最後の一言を言う。

 完璧に演じきった。そう確信を持てたほどの出来だった。これでこいつは私の可愛さに陥落して。


「えっと、人違いじゃないですかね」

「……………………………………え?」


 彼は頭を掻きながらさらっと口に出す。

 人違い……? あ、人違いが聞違いか。


「いえ、昨日階段からこけたのを助けてくれたじゃないですか」

「そんなこと俺してないですよ?」

「ええ!!? 嘘よ!」

「嘘じゃないです」


 だって昨日あんなにどアップで見たんだから忘れることも、ましてや間違えることもないわ! どうなってるのよ。もしかして昨日のことも覚えてられないような知性なの。それはもう猿以下だわ、いや猿と比べてら猿がかわいそうになるくらいのレベル。え、あなた人間?

 だけど、それだったら私の魅力が分からないのは納得がいく。私の可愛さが理解できてないんだきっと。そうじゃないとおかしい。でも、わたしの魅力が分からないなんてそれはそれでかわいそうね。人生の約10割は損してることになるからね。


 私がそうやって考えているとき、彼は口を開く。


「……あの、俺そろそろ行っていいですか? 昼飯食べたいんですけど」


 彼は手に袋を持っている。おそらく購買で買ってきたパンや何かを買ってきているんだろう。


「本当に覚えてないのね?」

「全く覚えがないですね」

「そう……」


 これ以上食いとどめておく必要はないかもしれない。絶対にありえない話だけど彼は昨日私を助けたことを覚えていない。もちろんうそを言っている可能性も否定できないけど、そもそも嘘をつく理由もメリットもない。

 あーあ、私が考えた計画も台無しよ……計画……!?


「ちょっと待って! あなた何も感じないの!」

「今度は何?」

「知らないのはいいとして、このまま知ったふりをしてたら私と食事できてたのよ!」

「いや、もう先約があったから」

「あったとしてもよ。あれを聞いて何も感じなかったの!」

「というと、最初誘ってくれた時のこと?」

「そうよ!」


 あれだけ可愛く言ったのにも関わらず、こいつは先約を優先した。それはおかしい。私と食事するなんてすべての男子が頭を地中に埋めて、いや体を埋めてでもして願う儚い夢なのよ。それをこいつは蹴った。

 彼は頬を人差し指で数回掻く。何か言いずらそうな、そんな微妙な表情を浮かべていた。


「……ほんとのことを言ってもいいのかな?」

「当然よ。さあほんとのことを言いなさい」


 ほんとは私と食事したいんでしょ。私は優しいからチャンスを恵んであげる


「じゃあ。えーとですね、ものすごくあざといなあ、と感じました。印象はよくなかったです」

「えっ?」

「それに、いろいろと取り繕ってるのも気になりました。正直リアルでこんなことやる人がいるんだなと少し引きました。やめたほうがいいですよああいうの、取り繕ってもいいことないと思いますので」


 私その言葉を聞いていて、少しずつ目の前の彼に目を向けられなくなった。

 この人は私が演じていたことを分かったんだ。そしてそれを否定された。私は今までそれを使って生きてきたのに、それを否定された。

 そして何より、彼はまた私に魅了されていなかった。私の演技を見破ったのは千歩譲って許せた。しかし、それを抜きにしても私の可愛さに何も感じていないことに、心底腹が立った。


 数秒間の静寂が私たちの間に現れる。近くの教室からは他の生徒たちの声が漏れているはずなのに、私にはそれが聞こえなかった。まるでここの空間だけ、私の周りにだけ障壁があるみたいに。


「そ、そう。ごめんなさい邪魔しちゃって。それじゃあ」


 私はそう言って彼の前から立ち去る。

 早歩きをしながら私は俯いて、嘘ではない涙を瞳にため込む。

 悔しいんだ、私は。今の今まで私に落とせなかった男子はいなかった。それなのにあいつは私に落とせなかった。それは無性に腹が立って、この上なく悔しい。

 私は後ろを振り向きたかったけどやめた。どうせあいつはいない。私の可愛さが通じなかったんだから、私の後ろ姿を眺めているはずもない。

 負けた、完全に敗北、惨敗だわ。こんな気持ち初めて……。


 私が完全敗北した後、教室に戻りそのまま何も食べずに昼休みが終わった。

 その後の授業も頭に入ってこなく上の空だった。舞さんや七瀬さんが事情を聴いてくれたり、多くのクラスメイト(男子)が話しかけてきた。正直今男子に話しかけられることが一番つらいので全部無視した。


 そうして時間は進み、放課後となった。

 多少の時間があったことで私は少し気を取り戻した。だけど、これからどうしたらいいのかが分からなくなった。そんな時、七瀬さんが話しかけてくれた。


「どうやら少し落ち着いたみたいですね」

「ええ、そうみたい。ごめんね心配かけて」

「全くですよ。昼休みに勝手にどっかに行ったと思ったら、帰ってくるなり心ここにあらず。心配するなってほうが無理よ」

「ほんとごめんね」

「じゃあ帰りましょう」

「……うん」


 私と七瀬さんは学校を出て帰路に就く。舞さんは部活に所属してるからいつも帰るときは一緒じゃない。少し彼女のどこかズレた話が聞きたいなと思ってしまった。

 私はこれからどうしたらいいか分からない。相談したいけど、『私の可愛さが通じなかったんだけどどうしたらいい』って言っているようなものだから、相談する内容ではない気がする。相談しても戯言だと思われてしまいそう。


 だから私はそれとなく聞いてみる。


「七瀬さんはもし決めてたことができなかったらどうする?」


 私の突然の質問に七瀬さんは少し不思議そうな顔を浮かべる。

 これは遠くて近い質問。私の計画はあいつに木端微塵に叩き潰された。根本的な問題はそこにある。取り繕ってでも、嘘をついてもあいつを落とせなかったことに今の私の問題が潜んでいる。


「それは目標を達成できなかった、って受け取ればいい?」

「うん、それでいい」


 七瀬さんは顎に手を当て考える。その様子を私は横から眺める。

 日が落ちてきてからの気温は五月といえど少し寒い。私は歩いてて少しずれた制服を正す。

 少しの間だけ思考をしていた七瀬さんは顎から手をはなし私に顔を向ける。


「そうね、目標を立てるってことは自分にはできるって思ったことなんでしょ? 自分にできないことをやろうとすること、自分の力量も分かってないのに暗中模索でやることも、どちらも目標とは呼べない。それは自分が勝手に思い描いた夢。あなたはどっちなの?」

「いや、私の話じゃないんだけどな」


 七瀬さんの迫力に押されてしまったのかはたまた別の理由か、咄嗟に出た言葉は嘘だった。


「そう、まあどっちでもいいわ、私に聞いてるんだものね……。私なら、諦めない」


 そう言い切った彼女の瞳が、瞳の奥にある何かが私に訴えかけているように感じた。


「できると思って始めたのなら、それが目標なら私は絶対に諦めない。諦めたら自分がそれ以下の実力しか持ってないって認めてしまうことと同じだから。自分で決めた実力を出せずに終わるなんて、自分に対して恥じよ。だから私は諦めない」

「……」


『自分で決めた実力を出せずに終わるなんて、自分に対して恥じよ』私はこの部分にすごく感銘を受けた。

 そう、要は私は認めてしまいかけていたんだ。自分がその程度の人間であると。

 私は美少女と言われて生きてきた。だから私は自分が美少女であると錯覚していたの?


 違う、違うでしょ。私は自他ともに認める完全美少女。それは揺らぐことのない真実なの。


 一度負けたくらいで自分を見失ってどうするのよ佐紀優花! 負けたことよりそれのほうが悔しくて恥じるべきことだわ。


「ありがとう……」

「助言はしたわよ。後はあな、いいえその人が決めることね。それじゃあ私はここで」

「じゃあね」


 私は七瀬さんの後ろ姿を眺めていた。彼女には感謝をしなくてはならない。大切なことに気が付かせてくれたから。


 日が沈みかけている。夜になろうとしている空は、最後の最後に美しく輝こうと茜色に染まっている。だけど、これからは月が綺麗に仄かに照らしてくれるのだ。光は消えずに絶えず私のことを照らしてくれる。

 これからやることなんてただ一つ。私は必ずあいつを落としてみせる!


 帰り道、一人新たな決意を胸にした。



 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜



 まず整理しよう。私のことをあんな風に言えるなんてただの男じゃない。それに私の可愛さマックスの演技に落ちてなかった。普通の男なら言語が喋れなくなるレベルのはずなのに。それも、昨日も同じ顔の奴もそうだった。これから推測される答えは、どちらも同一人物だってこと。

 でも、それならなおさら嘘をついている意図が分からない。あの状況下で嘘をつく理由がないもの。もし先約があったとしても「昨日は大丈夫だったか?」ぐらいは声をかけてもいいはず。もしかしたらあいつには人の心というものがないのかもしれない。


 なりより問題なのは、あいつが私に全く興味がないってこと。演技にも騙されなければ私の可愛さにも興味を示さない、というか無関心。

 とにかく、明日あいつに嘘を言ったその真意とを聞き出して、少しづつ落としていく準備を整えないと。


 今度は自分を見失わない。これは私が自他共に認める美少女であることを証明するための戦いよ。だから、


「待ってなさい。絶対にあなたを攻略して見せるわ!」



 翌日。


 私はいつも通り登校する。昨日より少し涼しい風が私の肌を撫でる。

 昨日のように気合は入っていない。だってあいつのは私の魅力は通じないのだから急いでも無駄。今日はとりあえず昨日嘘をついていたことを問いただすことと、名前を聞き出すことを目標としている。まあこのくらいなら楽勝よね。


 そうやって私が今日やることの確認をしていると後ろから声が聞こえてきた。


「あ、もしかして君は」


 声は七瀬さんでも舞さんでもない。そもそも女性の声ではなく男性の声だ。

 誰よ、こんな日に限って迷惑な男ね。

 私は声の方を振り向く。


「確か、階段から落ちてきた人だよな?」


 そこには、一昨日私を助けてくれた人、そして昨日私のことを否定した人と同じ人が立っていた。

 私は呆然と立ち尽くした。


 どうして今日は話しかけてくるの?

 どうして私を助けたことを覚えているの?

 忘れたんじゃなかったの?

 じゃあどうして昨日嘘をついたの?

 嘘をついてたのにどうして今日は話しかけてくるの?

 どうして……。


 駆け巡るいろんな疑問が私の脳内を支配していた。そのせいで私は相手の問いに対して返事をすることも、何か行動をとることもできず、ただただ立ち尽くしていた。


「おーい、聞こえてるかー」

「え、あ、うん……」


 彼の言葉で私は疑問の渦から帰ってくることができた。とりあえず何か喋らないと。


「……大丈夫、だよ」

「そうか、よかった。まあ気を付けて歩けよ」


 そう言って彼は小走りで私の前を行った。そこで私は無意識に口から言葉が出てきた。


「名前は!」

「え?」

「あなたの名前は何?」

「湯川俊だ。それじゃあ、俺急いでるから」


 彼はそう言って走り去っていった。

 昨日は私のことを助けたことを知らないと嘘を言っておきながら、今日はそのことについて話しかけてきた。意味が分からない。嘘をつく必要があったから嘘をついたのに、今日は嘘をつかなかった。どういうことなのよ。


 まあ、とにかくポジティブに考えよう。今日のミッションであるあいつの名前が聞けたことは収穫といっていいと思う。でも、それを消滅させるほどの謎が現れた。


「ま、結局は変わらないんでけどね。私のやることはただ一つ、あいつを、いや湯川俊を落とすことよ」


 それに今日の課題はもう一つあるんだからその時に全てを吐かせたらいいんだものね。

 そう思い、私は気を取り戻した。


 それ以降、特にいつもと変わったことはなく学校についた。いつもうるさいわね。私が可愛いなんて当たり前なんだから声に出さなくてもいいのに。いや勝手に声が出ちゃうってるのね。かわいそうに。

 と、いつも通りの登校を終える。すると七瀬さんと舞さん、二人が挨拶をしてきた。


「おはよう。今日のユウちゃんは昨日と違うね。今日のほうが落ち着いてていい感じだよ」

「そうかな?」

「うん、昨日がウーパールーパーで今日がカタツムリみたい」

「それは今日のほうが酷いなってるよね!?」

「何を言うか、カタツムリは美味しんだぞ」

「そういうことじゃないよね。いつも私のことを見て食欲をそそらないでくれる。いつか本当に食べられそうなんだけど」

「見てる分には眼福だから、私は構わないわよ。やりなさい」

「とめてよ!?」


 いつもより……いやいつもより少し激しいやり取りが繰り広げられ、予鈴という救いの鐘が鳴った。



 昼休みがやってきた。私は昨日と同じく2階に上がる。

 あいつは3組にいると分かっているから昨日のように急ぐ必要はない。その代わり、昨日は感じていなかった緊張を感じていた。


 3組の教室に入ると、昨日と今日連続で来たこともあって一気に騒がしくなった。

 私はそれを無視して湯川俊を探す。教室には購買に買いに言っている人が多いのかそれほど人はいなかった。

 だから、私はすぐに見つけることができた。


 私はゆっくりと湯川俊に近づく。どうやら誰かと一緒に話しているようだ。全く暢気なものね、今から私に全てを吐かされるとも知らず、に……?

 あれ、もう一人の男子を私は見たことがある。


「ちょっといい?」


 私が湯川俊に声をかけるとクラス内が一気に騒めき始める。

 しかし、私はそんな声が一切耳に入ってこなかった。入ってくる情報は私が目にしている事実だけ。だけど、これが本当ならすべての辻褄が合ってしまう。合ってしまうと同時に、とんでもないことになってしまう。


「あー、君は昨日の」

「え、なにこいつのこと知ってんの?」

「いや、そういうことか。なるほど通りで辻褄が合ってないはずだ」

「は? 何言って」

「あなたたち、もしかして……?」


 私が消え入りそうな声を絞って出すと湯川俊が立ち上がる。

 そして同じ顔の二人が顔を合わせ打ち合わせのようなものを終え頷きあう。


「紹介だけしといいたほうがいいかな。俺は今朝言った通り湯川俊だ。そんでこっちが」

湯川健(ゆかわ たける)です。よろしくお願いします、佐紀優花、さん?」


 同じ苗字、同じ顔、同じ学年。導き出される答えはそう、彼らは『双子』であるということ。


 一昨日、私を助けてくれて私の可愛さに何も感じなかった奴。

 昨日、私を助けたことを知らないと言って、私の可愛さに魅了されず、私を否定した奴。

 そして、今日話しかけてきた奴。


 事象の辻褄が合わずに私は嘘をついていると結論づけたけど、そうじゃなかった。


 私は一日おきでで顔が同じ人間にあっていたのである。


 ようやく謎が解けた。

 ということは、つまり……!


「攻略人数が二人に増えた!!??」


 そんな私の驚嘆の声が教室内に響いた。


最後の言葉が書きたかったのです。

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