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1話 スクロールは儲からない


 マジックアイテムのなかでも、スクロール(簡易魔法書)系は儲からない。


 そんな現実を見せつけられるかの如く俺は今、金銭という名の形で思い知らされていた。

 そもそも今の世の中、個人経営だけではマジックアイテムを売り捌くのには限界がある。そのため俺のような人間は冒険者ギルドと連携している商工会へ自前のマジックアイテムを委託するしかない。そうすれば月に一度だが、売上げの七割を受けとることができるのだ。

 つまり今日わざわざ体力なしの俺がギルドに来たのは、依頼をこなす訳でも頼む訳でもなく、生活の基盤となる給料を受けとるためである。

 俺は博打を打った訳でもないし、産廃を作っては押し付ける趣味を持つ変人でもない。

 至って真面目にスクロールを作成しては、こうして間接的に売り捌く商人の一人だ。

 なのに。

 それなのに。


「……銀貨三枚と銅貨八枚、ですか?」


「ええっと、その」


 どうやらあまりの金額に、受付嬢も苦笑しか浮かべられてない様子だった。

 俺はそもそも笑みすら浮かべられなかった。

 駆け出し時代を終えた冒険者が宿を取り、生活用品を買い足して、街で飲み食いをする。そんな当たり前な一日を過ごすのに銀貨一枚程度かかるとすれば、一月で稼ぐのに必要な銭は銀貨三十枚だと子供でも分かるだろう。

 例え冒険者じゃなくとも小さな家持ちのこじんまりとした一人暮らしなら、一日で銅貨六から七枚はかかることだ。それでも単純計算で一ヶ月に最低でも銀貨十八枚は稼がなくてはならない。

 それを考えてしまうと悲しくなる。


「……あの、お気持ちはお察ししますが、そろそろ次の方をお呼びしなければなりませんので」


 遠回しに、困るから帰れ、と言い渡される。

 これが今回だけではなく毎度のことなので、慣れてる職員はさっぱりとした態度を取るのだが、それをしない辺りこの受付嬢は新人なのだろう。

 確かに常習犯とはいえ、新人の前であまりの少額に呆然と立ち尽くしてしまっては、何だか非情に申し訳なくなる。

 俺は軽く謝罪をし、早く金銭を受け取って立ち去ろうと思い荷袋を取り出した。

 ただ立ち直れたとは言っていない。

 毎度のことなので分かってはいるのだが、今回は特に酷い。

 もう一度視線を受付テーブルへと向けた。

 そこには変わることなく悪夢を見せつけるように置かれた明細書と、それを証明する僅かな銭。


 銀貨三枚と銅貨八枚。

 

 中々にこの現実には目が当てられない。

 そして忘れてほしくはないが、これは俺が自作のスクロールを委託して稼いだ一ヶ月分の給料だ。

 もう一度言う。

 一ヶ月分の給料だ。


「はあ……」


 とぼとぼとした足取りでギルドを立ち去った俺は、外へ出ると同時に溜め込んでた憂鬱さを溜め息として吐き出した。

 すると近くに居た顔馴染みの冒険者が話しかけてくる。昼間から飲んできたのかえらく上機嫌な態度でだ。


「よおマリウス、その顔を見る限り今回も売れなかったようだな。早いとこ本職をポーション作成に乗り換えたらどうだ?」


「嫌だね、ポーション系は大手の商工会がやってれば良い。それで経済は回る」


「はっ、そう言うお前にはいつ経済が回ってくるんだろうな」


「別に良いだろ。俺はスクロールが好きで工房やってんだよ」


「けどよ、結局それだけで食えてないからポーションも少し作ってんだろ。そっちでギリギリ食い繋いでるなら、もうポーション屋じゃねえか」


 返せる言葉が見付からない。

 肩をすくめて黙っていると、酒臭い大口でゲラゲラと笑われた。

 馬鹿にされるのは気分が悪いが、実際コイツの言う通りだ。

 銀貨四枚にも満たない金銭で生活ができる訳もなく。仕方がないと妥協しては安価な回復ポーションを作成しているのは事実だし、そちらの売上げの方が遥かに良いのもまた事実。

 ポーション系は作成に知識と技術が要されるが、安定した効果と大量生産が可能なことから安価な値段でも売られている。つまり一般的な庶民も客層に入ることから、稼ぐには手っ取り早いのだ。

 ただそれでも俺はポーション作成を本職にしようとは思わない。

 俺はスクロールに魅せられてしまったのだから、恐らく割に合わないとしても年老いるまで作成し続けるのだろう。

 冒険者には分からないかもしれないが、マジックアイテムの工房をやってる人間は稼ぐというより好きでやってるのが殆んどだ。

 だがしかし、人は金がなければ生きていけない。


「じゃあなマリウス。次は売れるのを作るんだぞ」


 ガハハと下品な笑い声にチッと舌を鳴らす。

 自作のマジックアイテムが売れなかったことは、世間に認められなかったのと同様でもある。

 だからこそ俺は、酒乱の冒険者が遠くに去っていくのを尻目に呟いた。


「……わかってるよ。次こそは売れてやる」


 他の誰かに聞かせることもなく、一人虚空に吠えるように、そう自分へと言い聞かせた。



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