大罪を背負った騎士~償いは永遠に~
空き時間に書いてみました。人気があれば、連載してみたいと思います。
そこは暗かった。只々、暗い。
明かりといえば、天井付近にある鉄格子から降り注ぐ月の光くらいだが、この底知れない暗い場所まではその光も届かない。
考えれば、ここは牢獄の中なのだから当然かもしれない。罪人を照らす光などこの世のどこにもありはしない。
男の身に付けている騎士服は、返り血でところどころが汚れていた。
もう力を入れる気力もないが、手足を動かそうとすれば重い枷に繋がれた鎖がジャラジャラとした音を響かせる。それはまるで自分への戒めのように聞こえた。
もはや頭の中は空っぽだが、人間の本能なのだろうか、耳に聞こえる微かな足音を捉え、自分は救われるのではないかという馬鹿な考えが脳裏を過った。
微かだった足音が徐々に大きくなっていく。どうやら、この牢を目指していると考えてよさそうだ。
やがて、牢の正面にある錆びついた鉄製の扉がゆっくりと開かれていく。
扉の隙間から橙色の暖かな明かりが漏れてくるが、すぐにその明かりがここに来るための燭台の明かりであることに気付いた。ここに来るまでの階段は明かりがなかったことを今更になって思い出す。
目は久々の明かりに中々慣れないが、この牢に入ってきた足音が複数であることは分かった。
「お前たちはは外で待っていろ」
女性の声が聞こえた。その声は何度も聞いたもので、聞き間違えるはずもない。
「しかし――」
「命令だ」
有無を言わせぬ声音に気圧されたのか複数だった足音が遠ざかり、残ったのはこちらに近づく一つの足音と燭台の明かりのみ。
近づいてくる足音が止まる頃には目が明かりに慣れていた。
「何を喋れば良いのか、何も言葉が見つからない……」
再度、女性の声が響く。
「…………」
鎖に繋がれた者を見つめ、彼女はつっかえながらも懸命に話しかける。しかし、言葉が見つからないのは双方とも同じようで、無言だった。
彼女に目を向けると、目に溢れんばかりの涙を溜めていた。美かった赤髪も今ではもう手が届かないことを知る。
「クレイス、お前が騎士団長に就任したときのことを覚えているか?」
彼女にクレイスと呼ばれた男、クレイス・ガラットは何も答えない。
「お前は私にこう言った『この国を民をずっと守っていきたい』と……あれは……嘘だったのか?」
嘘であるはずがない、そう言いたかった。若くして武に秀で、剣闘大会では優勝にまで上り詰めた。そして、得たのは騎士団長という国における最高の騎士の称号だ。
それもこれも、民を守り国を守るためだった。
だが、今となっては全てが遅い。
男はやっと口を開いた。
「もう、遅いのですよ……ユエル様。私の願いは民と国の平和です。これに嘘偽りはありません。ですが……」
ユエルは身にまとったドレスをなびかせるほどの速さで、腰に差してあるレイピアを抜き男に突きつけた。
「ですが……なんだ! お前のしたことは国家への反逆――いや、国と民への反逆だ。私の父を……王を殺したのだから!」
王を殺した。
改めて聞くと、騎士団長がとんでもないことをしたと思う。だが、後悔などしない。自分の信じる道を選んだのだ。
「ユエル様の好きなようにして下さい。私は明日にでも処刑されるのが関の山でしょう。今ここで私を殺しても咎める者はいません」
クレイスは毅然とした態度で、王女――ユエル・ゼフィラを見つめる。
突きつけられたレイピアは、クレイスの首筋に当てられたままだ。しかし、ただそれだけだ。それ以上は何もできない。
ユエルはレイピアを握った手を力なく下げ、レイピアを壁に放った。
壁に当たり、落ちたレイピアがカラカラという音をたてる。
「もう……疲れた。国が他国の襲撃を幾度となく受け、民は疲弊していく。挙句、父はお前に殺される。なんだ、これ……正に地獄だな。もういっそのこと、何もかもを手放して逃げてしまいたい。もう姫なんて御免だ、ただの街娘で良い……」
叶わない望みをただ口にしていくユエル。
クレイスはそれにどう接すればいいのかよく分からない。だが、ユエルには多数の困難が待ち受けていることだけは分かる。
「ここで無言か……国を立て直すんだぞ? すごいだろ? 父にもお前にもできないことだ。それを……一人でやるんだぞ?」
無理をさせている。まだ若いユエルにそんなことが出来るはずがない。
「ユエル様ならできますよ……きっと」
だが、クレイスにはこんなことしか言えない。すぐに自分はいなくなるのだから。
「適当だなぁ、お前」
「はい、本当に……すみません」
「本当にできると思ってるか?」
二度目の問だった。もうユエルも分かっている。そんなことは不可能だということに。
それ故の二度目の問なのだ。
「やってみなくちゃ分かりません……というところですね」
「嘘だろ?」
「…………」
「嘘か」
クレイスの嘘など、ユエルにはお見通しのようだ。
「やはり、無理……か。すぐに無能な王女だと蔑まれ、殺されるのが目に浮かぶようだ」
ユエルが無能だなどとクレイスは思わない。しかし、この国の情勢はユエル一人ではどうにもならないことは理解していた。
国を覆う深森には、他国の兵が多数潜伏している。近隣の村は焼かれ、多数の死者が出たほどだ。
「どうせ死ぬなら、こんなのもいいな」
何を思ったのかユエルは腰に手を伸ばした。手に取ったのはいくつもの鍵。
クレイスはユエルのしようとしていることにすぐに気づいた。
「やめろ! 俺を助けて何になる、今この場で切り捨てられるかもしれないんだぞ!」
いつの間にか、口調から丁寧さが抜けていた。彼女への普段通りの接し方になってしまう。
「そのほうがお前らしくて……私は好きだ」
ユエルは全く聞く耳を持ってくれない。すぐに牢の鍵穴に鍵を差し込み、ガチャリと扉を開いた。
「何が好きだ……お前の父を殺したのは俺だぞ。そんな奴を助けてどうするんだよ!」
彼女の行動が理解できなかった。自分を救うことにメリットなどまったくない。
出鱈目な彼女の行動に思わず怒鳴った。
しかし、なんてことなくユエルは牢の中に入ってきた。
「そんな怖い顔するなよ。目の前には絶世の美女だぞ。なら、お前のやることは一つだ」
などと、馬鹿なことを言い出す。
「やること? 生憎ですが絶世の美女さん、私の体はこんな状態なので何もできません。お引き取り下さい」
体に付いた枷をジャラジャラと鳴らし、今の状態を知らせる。できれば、ここからすぐに立ち去って欲しかった。
「なら、これでいいだろ?」
だが、彼の言葉に意味はなく、両手でガッチリと抱きしめてきた。
割りと荒い性格の彼女だが、不思議と甘い香りがする。
「……何で……こんな奴……」
クレイスは顔を歪めて、呟いた。
もう諦めていたのに、生きることをやめようとしたのに、そうさせてはくれない女性が一人いるらしい。
そんなことに今気付いた。
「私はお前がなんの理由もなく父を殺したとは思っていない。だが、父を殺した騎士様は、なんの償いもなく死んでいいのか?」
「だから、死んでつぐな――」
「それは誰に対しての償いだ? 神様か?」
誰に償うと言われても、人を殺したのだから、自分の死を持ってして償う。それが、騎士である自分の償い方だ。であれば、やはり神に対しての償いということになるだろう。
「あぁ、神――ぐほぉ!!」
そう言おうとしたクレイスだが、身を起こしたユエルに白い拳で鳩尾をおもいっきり殴られた。
「おっと、手が滑った」
「……滑る余地などなかっただろ。ていうか、急所はないだろ!」
目の前の『手が滑ったさん』に痛みに耐えながらも抗議した。殴られた箇所は急所であり、相手がいくら女性とはいえ結構な痛みだった。
「黙れ。それで、神様に償うのか?」
「だから、そう言って――やめろ、手を握るな」
これ以上殴られては、顔の至る所が腫れ上がることを危惧したクレイスは降参した。
とはいえ、もう気づいているのだ。正解に。
そして、おそらく正解と思われる言葉を――口にした。
「お前に……ユエル・ゼフィラに償うよ」
ふふっと、ユエルの顔が楽しそうな表情を浮かべる。
「あぁ、償ってくれ。お前の一生を懸けて。私が許すそのときまで――」
それが、クレイス・ガラットの『大罪』への償いだった。
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