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蒼刻の彼方に  作者: ドグウサン
2章 突破する者達
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【閑話】 本当の想い

(お見事です、秘書さん。

ゼロも迂闊ですね。

羅元(らげん)覚醒を封じる為に施した結界が仇になり、気付くのが遅れましたわね)


男が1度だけ、此方を一瞥した。

それだけだった。

この事象が計画的に行われた事だけを悟り、傍観を決め込んだのだ。


(このままにしておくのですか。

これだから逃げに及んでしまった人間は厭なんですわ)


私はもう1人の臆病者を追って疾走した。

追いつくのは簡単だった。

それでは意味が無い。

逃げるだけ逃がし、その上で結論させるのが今回の目的だった。


(第1、甘いんですわ。

無償なる愛(アガペイ)なんてモノを求める地点で、恋愛なんて成立しない。

エゴもぶつけられない者が、浸るべきじゃないんですわ)


押し殺してきた想いが波紋を起こし、連鎖させていく。


(…フッ、どんなに言い繕っても、これは所詮は復讐なんでしょうね、女2人の。

それが分かってないゼロにも酬いて貰いますわ)


ティーナは家にも戻らず、体力の続く限り逃げていた。

足を止めなければ追いつかれない、そんな脅迫概念が彼女を突き動かしているのだろう。

何処までも遠くへと。

私はそんな哀れな後姿を黙認しながら、延々と追っかけっこを展開した。

怒と哀の感情が入り混じる。

そのまま永遠にもがけばいいとせせら笑う自分と、直ぐにでも抱きしめて慰めてやりたい矛盾した自分が鬩ぎあっている。

だから、私はどちらもしなかった。

当初の目的通りに、逃げ道が塞がるまで耐える事を選んだ。

暫くしてティーナは木に凭れ掛かり、嗚咽を洩らすことでその逃避を終焉させた。

私はその背中に複雑な心境で眺めていた。

刻がどれ程たっただろうか?

引っ切り無し嗚咽するティーナに私は収まりの付かない高ぶった感情をぶつけていた。


「泣いたら解決しますか。

泣くしか出来ないんですか。

どうして逃げたんですか」


激情が突き動かし、初めて親友を罵倒していた。

普段聞かない私の冷淡な声音に、ティーナはボロボロに泣いて腫れた眼で、こっちを向いた。


「逃げちゃいけなかった。

理由を問い質し、責めなければならない。

その立場にいる人間の筈です。

なのに逃げた。

逃げちゃいけない、戦わなければならなかったのに」


そんなのは分かっていた。

ティーナが逃げることなんて。

それでも何処かで期待していた。

2人の絆が強固で、それでいて綻んでいないことを。

でも月日が下した結果は、私の期待を予想通りに裏切った。


「本当に好きなんですか?」


その1言にティーナ過剰に反応した。


「好きだよっ!」

「ティーナが好きになったのは誰なんですか?

あの虚ろな笑顔を振り撒く人形ですか?

それとも厭世な想いを抱えながらも生き続けて来た、脆く儚いちっぽけな男の事ですか?」

「っ、どうしてそれをメイちゃんが知ってるの!」


ティーナが持っていたであろう優越感を奪い去り、裸にする。

自分が如何にぬるま湯に浸かり、そこで安息を呆けていたかを思い知らせてやる。


「知っていますよ。

ティーナよりずっと、視てきましたから」


そこで激情に駆られていたティーナが私の気持ちに気付く。

その裏切りに満ちた感情に。


「…メイちゃん、まさか」

「そのまさかですわ。

年月から言えば、私の方が長いですわ。

私は他の誰でもなく、レイが好きですわ。

…いいえ、愛してると断言ですますわ」

「っ!」


腫れた眼がきつく吊り上り、私を睨みつける。

そして、平手打ちが飛んでくる。

私はこれを甘んじて受け、代わり平手打ちを見舞う。

パァッ!

快音が響き、互いの頬に紅葉色の彩をつける。

私がティーナの手を上げた事など1度もない。

平手打ちを受け、怯えた顔をするティーナ。

その表情が私の心を軋ませる。

再び逃げようとするティーナの両腕掴み、ティーナが先程まで凭れ掛かっていた木に叩きつけるように押さえ込む。


「全て知っていて、ティーナだけを見つめた。

あの人がティーナに何か求めましたか?

唯、与えるだけ。

何もぶつけない。

それが現状ですわ」

「わからないよ!

メイちゃんが何を言いたいか、全然わからないよ!」


喚き散らすティーナに額をぶつけ、瞳を逸らせないようにしてしまう。


「あの人が成そうとしてるのは、ティーナを守る事だけ。

本当の意味で人一人守るというのは、世界中を相手に立ち回るということ。

それをあの人は実行しようとしてる。

唯、与えるだけの愛!

そんなのふざけてる!」


自分の中にこれ程の激情が潜んでいたなんて知らなかった。

だから、制御できない。

詰り、罵り、嘲りたい。

私は逃げ出したこの少女に何もかもぶつけてしまいたかった。

でも、それは許されない事。

そんな事をすれば、この少女は壊れてしまう。

そんな事できない。

何故なら、私はあの人と同じか、それ以上にティーナの事が愛しいのだ。

10年来の親友。

そんなちゃちな物差しで計れる程、私とティーナ、そしてあの人の間にあるものは綺麗でも浅くもない。

ドロドロと濁り、凍結と称せる滞った悠久なる絆。

それが3人を結んでいる。


「ママゴトがしたいの!

腫れ物を触るように扱われ、それが愛なの!

違う!

もっと貪欲に求め合い、醜く奪い合う!

無償の愛(アガペイ)なんて相手を蔑ろにした、蔑みだわ!

そんな立場にいるんだよ、ティーナ!

悔しくないの!」


どんどん声が翳んでいく。

溢れ出したのは想いだだけじゃない。

目元いっぱいに溜まった潤いが滴り、薄化粧を剥ぎ取っていく。

声の振るえは酷さを増していく。

私は黙り込み、喉で嗚咽を殺した。

長い、何時間とも想える長い沈黙。

実際は1分もしてないかもしれない。

でも、2人の間には積み重ねてきた分だけの溝が生まれてしまったと感じた。

最早、拘束しておく力は失せ、逆に私が項垂れていた。


「…悔しい」


ぽつりと静寂を打ち破ったのは少女の1言。


「私よりレイさんの事を知ってるメイも、レイさんに触れていたあの女の人も、私に何も求めてくれないレイさんも」


そこで1拍おいて、叫んでいた。


「ナニより、それに甘んじて、満足していた自分が悔しい!」


応えてくれた。

それが嬉しくて、私は我慢していた嗚咽が堰を切った。

癇癪を起こした子供のように泣きじゃくった。

そんな私をオズオズとティーナが抱きしめてくれた。

そして胸に詰っていたものを吐き出していく。


「怖かった!

触れたら壊れて、元通りにならなくて、それを引きずって生活するかもって!

だから、今のままでいいって!」


ティーナの恐れをどんどんと口にしていく。

酷烈に吐露していく。


「私のどこが良かったのかわからなくて、どうしてって!

私なんかって、いつも、だから踏み出せなくてっ!」


その告白に私は何も言わず、全て吐き出すまで嗚咽を殺して、聞き続ける。


「わからないことばっかりで、自分のも自信が持てなくて、だから関係だけでもって…」


綻びが、雁字搦めの心を解いて行く。


「そんな事ない。

だから、言っちゃだめですわ、私なんかって。

私の自慢の親友なんですから」


私は震える腕をティーナに絡めていた。


「どうして?

メイちゃんの気持ちも気が付かないで、踏みにじっていたんだよ、私。

どうして、そんなに優しくしてくれるの?」


ティーナが楽しそうにあの人の話をする度、棘は増していった。

それと同時に、嬉しさがこみ上げて来た。

だって、これで2人の長い闇が終えられると思えたから。

未だ、ティーナは知らなくていい。

今を確りと受け止め、進めれば。

だから、ハッキリと告げておかないといけない。


「私はティーナの事を愛しています。

だから、2人に(・・・)幸せになって欲しいんですわ」


これは千古からの願い。

そして、変わらぬ私の想い。

ずっと私の心を占める、2人から貰った救いと慟哭。

それが消えぬ限り、私は2人の為に尽くすのだろう。

嗚咽が消えるまで抱き合った2人。

照れくさく、ブサイクになった貌を見合わせて互いに微笑した。


「教えて欲しいの。

レイさんの事、それと…」

「私とレイの関係ですか?」

「う、うん」

「1言なら親友ですわ。

絶対恋人になれない、そんな関係」

「どうして?」

「言った筈ですわ。

レイはティーナしか見てないと。

それは決定事項で、変えられない事。

だから、半分くらいは心を許して貰えても、奥底に踏み込めない。

踏み込めるのはティーナだけですわ」

「どうして、私が?」

「それは自分で答えを見つけてくださいな。

そうでなければならないの。

1つ言えるのは、私とレイを繋いでいるのはティーナということ。

だから、安心してもいいですわよ。

そしてあの女の人も又、恋人に成り得ない立場にいますわ」

「っ、なら、どうして、その」

「キスですか?

そうですね、簡潔に答えるなら、肉体関係ですわね」

「肉体関係っ!」

「レイはティーナに何も求めなかった。

だからといって、劣情を抱えていない訳ではありませんわ。

捌け口ですわね」


見も蓋も無い台詞だと想う。

それを聞いたティーナが怒りを顕にした。


「ナニそれっ!」

「まぁ、割り切った関係ですから」

「そんな訳ないっ!

あの女の人の顔は、そんなじゃなかったっ!」


ティーナにはわかるとは想っていた。

何故なら、あの顔はティーナがレイに向けているモノを同じ。

いつも浮かべ、鏡で見ているモノだから感づいたのだろう。


「正解ですわ。

割り切っているのはレイ1人だけ。

だから、これは復讐なんですわ」

「復讐」

「そう、復讐。

袖にされた2人の女の。

それなのに当の本人達は、オママゴトで何も展開しない。

自分を押し殺して、繕う毎日。

身を引いた者が傍からその様子に腹を立てない訳ありませんわ」

「…レイさんはどうしてそんな事を」

「事情は私の口から言えませんわ。

言えるのは、レイは焦がれ、飢えているのですわ、ぬくもりに。

本来なら、ティーナが与えるべきものですわ。

でも、レイは全てから守ると決めた。

それがこの結果ですわ」

「………」

「事実を知って、幻滅しましたか?」

「したよ。

浮気してた上に、本当の事隠してたんだもん。

でも、ちょっと安心した。

レイさんも普通に悩みを抱えた人間なんだって。

それでも私はレイさんが好きなんだって。

この気持ちに嘘はないよ」

「なら、行きますわよ。

こんなに良い女を袖にし、可愛い恋人を泣かせた罪人の顔を引っ叩きに」

「えっ、えっ、えっ!」

「しゃらくせぇ!、ですわ。

グダグダ言ってっと、引き摺り回してまうぞ!、ですわ」


ティーナは一瞬逡巡したが、決意に満ちた光を瞳に宿した。


「そうだね。

このままじゃ許せない!

澄ました顔に私たちと同じ紅葉をはらないと!」

「その意気ですわ!」


私は少し戸惑いながら、ティーナの手を取る。

そんな私の怯えた行動を肯定してくれるように、ティーナは弱々しく握っていた手を強く結んでくれた。




不思議だった。

この話を持ちかけてきたのは、不気味なくらいに綺麗な少女だった。

どこか卓越した雰囲気を纏い、現実から一線を引いていた。

そう、この感じはこの男にどこか似ていた。

存在しながら、異物として世界から隔絶したような雰囲気を纏っていた。

内容は、この男の泣き顔を見たくないかということだった。

随分と接してきたので、この男の泣き所が何かを心得ていた。

1人の少女。

それがこの男を繋ぎ止めている鎖。

平然とした仮面の下に隠した、悲痛な想いを抱えた男が保つ自我。


「追いかけなくていいの?」


何もかもを悟った男は、逃げ出していく少女の後姿から視線を外し、無言のまま踵を返す。

初めは違和感を覚えた。

泣き所だと想っていた少女が逃げ出すシーンを目の当たりにしたら、流石にこの男も動揺を抱くと。

だが、そんな素振りも見せず、そのまま帰路へとつく。

男に私は再び声をかける。


「泣いてるかもしれないわよ」

「黙ってろ」


その1言で、男がどれ程の激動する思いを殺しているのかを知った。

そう、私はこれが見たかった。

いつも高い位置から観察しているような印象を与える男が、同じ線に降りてくるのを。

それは予想していたのと違い、せつなさだけを澱重ねた。

そして知ってしまった。

私がこの男を依存していたことと、割り切れない感情を抱いていたことに。

どうして簡単にこの提案の乗ったのか、自分でも不思議だったのだ。

その理由が浮き彫りにされていく。

提案を持ちかけてきた少女は言った。


『これは復讐にならないわ、貴女では。

お遊び感覚なら、後悔しますわ。

それでも構わないかしら?』


見透かされたような瞳が私を射抜いた。


(そう、これでは自分の刃で自分を切り裂いてるようなものだわ)


後悔だけが胸を責め喘ぐ。

1つはこの男を同格に貶めたこと。

そしてもう1つは、男には彼女しかない事を痛烈に思い知らされた。

どれだけ肌を合わせても、満たされなかった。

私を満たしてくれるであろう部品は、彼女にしか向けられていない事に。

男を同格に貶めた事が災いした。

浮世離れした感じで接していれば、こんな想いに駆られることは無かったのに。

人を呪わば穴2つ。

この格言通り、私の復讐は私の元へと帰ってきた。

私には離れ行く背中を見つめる事しか出来なかった。

そう、今し方この男がしたように。




(これで良かったのかもしれない。

元々、姿すら現すつもりは無かった。

それが己の弱さ故に、こんな状況を招いてしまったんだ)


昏い店内で、男は静かに思考していた。


(もう1度消してしまうか、あの時のように。

そうすれば、終局を迎えるまで静謐の中で人生を歩むことができる。

少なくとも、俺が介入するよりは)


脳裡に張り付いて離れない。

怯えた少女の貌が。


(こんなにも心乱れるのかっ!)


どんなに忘れようとしてもリフレインし、感情の波が揺さぶる。

ならば消してしまえばいい。

だが、それはメイとの約束を違えることになる。


(これが狙いか。

メイ、お前が俺に課そうとしてるのは、煉獄へと通ずる道かもしれないんだぞ。

それなのにどうして)


「簡単ですわ。

エンディングがグッドなら文句は飛びませんわ」


心情を読んだかのような返答が、入り口からしてくる。

そしてカラーンと来店音の鈴がなり、二人の影が闇に加わる。


(そうか同化か。

又してもやられるとは)


気配を感じなかった。

そして現われた2人に、俺は貌を引き攣らせる。


「レイさん」


そこには眼を充血させ、腫らしたティーナが立っていた。


「ティーナ、どうして」


動揺が奔り、虚ろな声が器から発せられる。

魂の抜けた人形が人に戻るまで、それ程時間は掛からなかった。

パンッ!

小気味の良い音が店内を包み、それが齎した傷みが俺を現実に立たせる。


「これは心配ばかりかけて、私の親友を悩ませた分です」


パンッ!

さっきと逆の頬に快音がする。


「これは知らずに傷ついている、あの女の人の分です。

そして」


ティーナの成すままにされていた。

それは受けるべき罰。

最も傷つけたのは者の分が未だ下っていない。


「そして、これが私の分です」


覚悟した。

どんな侮蔑を受けようとも、それは自業自得なのだ。

今更逃げる気もない。

だが予想に反して、ティーナは叩いた頬を両手で包むと、グッと貌を引っ張る。

不意打ちだった。

震える小さな唇が俺の口を塞いでいた。

闇の中、真っ赤に染まった唇が、早次で要求を突きつけてくる。


「これは私のモノです!

2度と誰にもあげませんっ!」


眼を白黒させる。


「この約束は永久です。

そして解約無し…です」


消えてしまいそうな声だけど、ハッキリとそう告げられた。


「あのぉ~、ティーナ」

「返事して下さい」


対応に困り窺うと、困り果てた声が要求してくる。

これで背一杯そうだと。

それを複雑な表情で見つめるメイが追い討ちをかけてくる。


「千切れた想いに駆られ迷走するのは許しませんわ。

私が聞きたいのは、今。

その覚悟が無いなら、壊して行って下さい。

何もかも」


メイは1度眼を閉じ、それからゆっくりと呼吸を吐き出しながら能力を解放させていく。


(本気なんだな)


培ったものの変換。

思念がメイを取り巻く。


(利口な者程、本能で愚行が率直にでるのかもしれない。

この結果だけは返られないとなれば、答えは1つだけか。

…メイ、そぐえないかもしれない。

言い訳とか用意しないで回答をだすなら…。

それが限られた望みなら)


俺は素直な気持ちを言葉にした。

考えるのではく、自然に口に付く本音を。


「傍にいて欲しい」


その1点のみ。

ぬくもりを求め、懐かしい感触を包み込む。

俺はティーナを抱きしめていた。

それを隅で確認したメイは、来店ベルを鳴らし出て行く。


(問題は山積(さんせき)だ。

でも、この時があるなら俺は愚直でもいい)


それが過去と酷似し、同じ結果を招こうとも。

今を噛み締め、今度は自分から唇を重ねる。

契約の証として。

恋愛部分を書いていると、恥ずかしい気持ちになるのは私だけではなないと信じてます。

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