【熱冷めぬ間に】 規定外の道
ガンガン上げていきます。
本日2話目です。
その1撃は命を消し飛ばす、旋風。
触れるだけで薙ぎ倒し、ともし火を掻き消す。
その1撃は命を吹き消す、疾風。
一切の無駄を省き効率のみで構成され、ともし火を打ち消す。
どちらにしろ1撃が必殺。
荒々しき獣の宴。
これを誰が、じゃれていると解釈できるだろうか。
その光景を目の前にして、ビィーナは一瞬で凍りついた。
(なにしてんの)
打ち出された拳が大木を倒壊させて、轟音を轟かせる。
その隙間を縫うように、引き絞られた突きも避けられ、その先にあった大木も又、飛び火により倒壊していく。
互いに読みを超えたられ、次なる手段を講じる為に疾駆する。
滑らかに木々の間を駆け、己に有利になりそうな位置を検索しながら走る。
殺し合い。
それにしては互いに殺気の欠片すら纏っていない。
あるのは純粋にこの闘いを満喫している喜びのみ。
だが、喩え殺気を纏っていない拳でも、それは必殺。
そして当の本人はそのことを心得ている以上、これは殺し合いに他ならない。
明後日に大会を控え、訓練は休み。
疲労がピークに達しているシルーセルを気遣ってのことだろう。
久しぶりの休暇からか、ビィーナはゆっくりと目を覚ますと誰も居なかった。
「起こしてくれても」と文句を垂れつつ、朝食を自棄食いしてから皆を探しの為に散歩を開始した。
全身に消去を纏い、現実から隔離した状態で散歩としゃれ込む。
血の影響だろうか、昔と違い、この消去の概念が自分の意志で働くようになりつつある。
未だ手足のようにとはいかないが、自身を覆うことぐらいは朝飯前。
元々は、これが普通だったのだ。
意識しないでも、それぐらいはどうにでもなる。
これを自分以外、武器などに及ぼすとなると、それは一苦労だった。
まぁ、これは練習中。
気侭な散歩。
確かティアも今日は休みだと聞かされていた。
でも彼の事だから、最後の最後まで足掻くだろうなとか考えつつ、いつもの訓練所を除いた矢先の話だ。
ビィーナの耳に届く、異様な音。
破壊音に次ぐ破壊音。
裂帛の気合。
そして辺りを包む熱気。
胸騒ぎが押し寄せ、ティアの姿を探してビィーナは奥へと足を進めていく。
そこにあったのは、爆弾でも落とされたような大穴と、その前方をあらゆるものが薙ぎ倒された瓦礫の海だった。
音は止んでいない。
つまり、この破壊は未だ終わりを告げていないことを示している。
ビィーナは厭な気分だけが募っていく。
取り返しの付かない事が起ころうとしているような予感がした。
予感に操られるように、音源に向かって疾走する。
そして飛び込んできた光景は、2匹の獣の死闘だった。
訳がわからなかった。
どうしてこの2人が殺し合いを演じているのかを。
性質の悪い悪夢、一切の手加減が感じられない。
1つの気の緩みが確実に死へと導いてくれるという、まさに死闘だった。
そして圧倒的にティアが劣勢で展開されていた。
上半身の衣服は剥ぎ取られ、急所が丸見えに成ってしまっている。
擦り傷、裂傷、打撲が剥き出しの上半身に刻まれていく。
今し方、テリトの手刀が紙一重でティアの首の皮を切り裂いていく。
多彩に変幻していくテリトの動きに、ティアは防戦一方だった。
このままなら、いつ致命傷を受けてもおかしくない。
そんな状態だった。
(ティアが殺される)
それを認識した瞬間、ビィーナは袖に仕込んでいた筒を素早く握り締め、振動を発動させていた。
筒は変貌し、刀へと姿を変えた。
そしてビィーナの躰は戦場へと飛び込もうとする。
(っ!)
咄嗟に躰を捻り、横から迫る斬撃から逃れる。
鋭い。
その鋭さは自分の最速に見劣りしない程に洗練された1撃だった。
他に気を取られていて、この1撃を躱せたのは運が良かった。
避けた勢いで体制を戦闘状態に持っていき、地を蹴る反動で刀を返す。
鉄の刃は影となり、襲撃者へと斬撃を見舞う。
だが、渾身の攻撃を敵は事も無げに、追撃してくる。
ギッンっ!
火花が散り、両者の貌を照らす。
「カ、カイル!?」
「手出し無用願いますよ、ビィーナ」
カイルは足を利用して鍔ぜりあいの状態に持っていく。
剣に関しては自信があるビィーナが、簡単にカイルの思惑に誘導、操作されていた。
カイルは位置がビィーナと戦場に壁になる。
(上手いっ!)
そして微妙な抜きを行い、そこから派生する隙を利用してビィーナを押し返した。
「どういうつもり、カイルっ!」
「手出し無用と言っているのですよ、ビィーナ」
カイルは相も変わらずの無表情で淡々と告げてくる。
「退きなさいよっ!
止めないと、ティアがっ!」
だからどうしたと言わんばかりに、カイルは沈黙でビィーナを見下ろしている。
「それで」
「見殺しにする気っ!」
「見殺しとは、手を加えなければ結末が決定していること。
可笑しなことをいう、貴女は」
カイルの発言は一々癇に障る。
ビィーナは歯軋りしそうな程顎に力を入れ、長身の男を睨む。
「この闘いが始まって2時間。
あのような状況は私が知る限り、167回。
あれは茶飯事ですよ、この闘いにおいては。
それに」
「………」
「貴女はこの闘いを止めるというのですか?
そのティアが望んだものを」
「ティアがっ!?」
「私は警護役ですよ。
この闘いに介入しようとするものを排除する為の。
今朝方、ティアに頼まれましてね。
如何なる者だろうと、妨害を許さないとの言付かったので」
「……どうして」
ビィーナの構えが崩れ、刀が下りる。
「本人曰く、勝てないからだそうですよ。
訓練とは即ち、本番の備えての予行。
ならば、あくまで本番とは違う空気が流れているのは必然。
ならば、本番前に、本番に成れておけば良い。
それだけですよ」
「でも、これは殺し合いだよ!」
「だから本番だと言っているではないですか。
だからこそ、これまでに刻み込まれた蓄積が用途に振り分けられ、経験に昇華する。
ある意味で、テリト先生はティアにとって最高の経験材料だ。
この1ヶ月半共にし、そして同じ技術を有する。
ならば、流れから読める筈。
それが生き延びる術となり、その時間が経験へとして刻まれていく。
極上の達人との経験は他を追随を及ばせず、ティアにとっては御しやすい。
まぁ、それも死の紙一重のデッドラインなのですが」
片手に握っていた剣を地面に突き立て、カイルはビィーナから警戒心を解く。
「私なら神経が持たないでしょうね。
こんな薄皮一枚の闘いなど、2時間も続ければ緊張と抑圧の連続で精神が参ってしまい、ミスを犯す」
それはビィーナも同感だった。
それ程に瞬間瞬間に死が内包された闘い。
1秒とて気の緩みを許されぬ状況で2時間も経てば、疲労困憊でグッタリしているだろう。
一合の手合いすら高等な技術と駆け引きが含まれており、ビィーナですらテリトの猛攻を10合防げれば上出来だろと計算する。
そんな舌を巻くような猛攻をティアは文字通り身を削りながら、生き延びていた。
「これでも急速に経験を積み重ねている。
初めは1合が必殺になっていましたが、今では3合まで繋げなければ必殺にならない。
テリト先生の崩しを確実に見切りだしてきている。
ティアの集中力に感嘆します。
あれだけの時間、そして正確さは見たことがない。
テリト先生が繰り出す一、それだけでも何万通り。
弐になれば、その総数は億。
参ならば、最早数として現すのすら難しい。
僅か2時間で、その参すら攻略しかけている」
互いの攻撃が空を切る回数が増えている。
同時に放たれ、躱すタイミングすらない筈の攻撃を回避し、その先を見据えた攻撃を連続で放つ。
それが2人には当たり前で行われていた。
(…キレイ)
横からする解説を受けながら、いつの間にかビィーナはその闘いに魅入られてしまっていた。
流動的な動き。
機能美ともいうべき、一切の無駄を省いた攻防。
だが、その活動は躍動的で野性的。
踏み込めない。
自分からこの輪の中に踏み込み、壊すことなど出来ない。
それは芸術家が芸術品を壊せないのに似ている。
戦場で、生死の境目で生き抜いて来た者だからこそ、この命を賭している者達の美しさを壊すことは出来なかった。
そして、この勝敗がどちらかの死でしか流せないことに気が付いてしまう。
「ぁ……」
ビィーナは口を開こうとして、声にするのを失敗する。
(…どうしてこんな不器用な手段に)
ビィーナの奥歯がギリッと鳴る。
止められない悔しさが沁み出し、それを吐き出さない為に噛み締める事で耐えていた。
「気が付いたようですね。
この闘いは確実に遺恨を残す。
ティアとて、この方法が1つの結末に繋がっているとわかっていた筈です」
(カクゴの上なんだ)
そこでカイルは破顔して、期待を込めた発言をする。
「だが、私の知るティア 榊なる人物は、そんな甘ちゃん遠吠え、戯言を吐く人間ですからね。
私たちが敷いたレールなど歩くとは想えない。
そう想いませんか、ビィーナ」
「えっ!?」
意外な発言に、ビィーナはカイルの相変わらず無愛想な顔を見る。
そこに自分が描いている結末と違うゴールを希望している、チームメイトとしてのカイルがいた。
何故かそれを見ると嬉しいのと、ムッとするものビィーナの胸に湧き上がってくる。
その感情がなんなのかわからないビィーナは、モヤモヤとする感性を抱えたまま、暫くその闘いに目を奪われてみる。
死に物狂いで足掻くティアを見て、その凄惨なる様に焦燥感を覚えてくる。
「…カイル、あたし」
「行って来たらどうですか?
此処は私の管轄ですから、貴女が気にすることはない。
すべきことがあるなら、足掻けばいい。
それが私たちのチームのモットウですからね」
「…うん」
ビィーナはカイルに護衛を任せると、自分のすべきことを確認する為に、後ろ髪を引かれながらもこの場から去っていくのだった。




