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蒼刻の彼方に  作者: ドグウサン
2章 突破する者達
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【熱冷めぬ間に】 闘神たち

申し訳ございません。

昨日は朝5時から花見の場所取りで起きて、二次会込みで23時まで騒いでいた為、とても投稿する余裕がありませんでした。

投稿用の整理をしていたら、こんな時間まで掛かってしまいました。

では、3日分、6話投稿いきます。

ティアは無造作に立つ。

その構えは以前カイルがティアを撃退するのに見せた、()(せん)を打つ構え、後方陣(ごほうじん)に似ていた。


「莫迦な真似は止せ。

明後日に大会が控えておる身で、実戦などもってのほかじゃ」

「俺は自分の言葉を曲げる気はない。

俺が遣るのは、この学園の頂点に立つこと。

その予定が達成できなければ、この首落としてくれる約束ですよね、先生」


ティアは手刀を首に当て、トンと叩く。

そんなジェスチャーでおちゃらけて見せるが、その目には一片の迷いもない。


「試合って貰いますよ」

「止めておけ。

お主が考えているような結果にはならん。

ワシに遊びは出来ん。

ワシに出来るのは死合いだけじゃ」


凄惨なる時代を生き抜いてきたテリトにとって、戦いとは常に生きるか死ぬか。

だからこそ、戦いの最中は微塵も躊躇をしない。

手加減などせずに、迅速に的確に殺しを実行する。

過去、戦臣(せんしん)と恐れられた者の(さが)と言っても過言ではない。

紅く染まった手は、何度でも手を紅く染めることを逡巡しない。

自動的に、律動的に染めるだけ。

己の本質を知っているからこそ、この申し出を受ける訳にはいかない。

テリトの分析から、100の確率で目の前の生徒を死に至らしめると結論が出ていた。

洒落にもならない結果しか、選択枠にはないのだ。


「…恐いですね」


ティアは厭という程に、テリトの実力を目の当たりにしてきた。

言葉の通り、途方もない恐怖が心を蝕み、逃げ出したい衝動に駆られていく。

その証拠に肌は粟立ち、心成しか活性化し、赤みを帯びている筈の顔が白くなっていく。

それでも、ティアは足を前に出した。

脅え、立ち竦みそうになる度、足が自然と前へと推し進められていく。

顔は笑いが半壊した状態で凝固していた。

気が狂いそうな程、恐い。

完全に心がテリトに近づくのを拒否している。

…それなのに、躰は、刻まれたものが前へと推し進めていく。

躰だけが、ティアの本当の意志に直結し、反映していた。


「でも、駄目なんですよ。

恐怖よりも、俺の期待に応え続けてきた躰が、…の闘いを欲しているっ!」


テリトまでの距離は5メートル、それが一瞬で消えた錯覚を覚える。

歩方。

上下のブレもなく、足音もない。

摺り足だけで行われている為、一連の動きがスムーズ且つ、どこまでも速い。

加速がないのだ。

本来なら人がトップスピードまで達するのには、それなりに時間を有する。

だが、この歩方にはそういったプロセスが完全に度外視されている。

軽氣功による重量分散。

それにより加速といった段階がなくなったのだ。

走るのには、自分の体重を前に蹴り出し、その荷重を指向のエネルギーに乗せることで速さを拡大させていく。

だが、軽氣功で葉の上にも乗れる軽さになっているティアには、加速させていく材料がないのだ。

その代わり重さに左右されることのない、特殊な歩みが生まれる。

摺り足で進めた分だけの速度、それだけがスピードになる。

つまり、トップスピードに乗るまでの時間が限りなくゼロに近いのだ。

逆も同じだ。

前に足を出した速力が速度になる故、急停止も難なく行えるのだ。

停止から最速までの区間を完全に除外されている為、その動きは迅速の一言に尽きる。

距離を0にしたティアは拳を握りこみ、テリトの胸元目掛けて突き放つ。


「愚かな」


テリトの掌底も、自動的に放たれていた。

長年染み付いた殺しの動作だ。

テリトは支点をそのままにして、躰を独楽のように回転させて拳を避けると、同時に掌底をティアの胸に押し当てていた。

パッンッ!

衝撃がティアの躰を突き抜けた。

背中の方で衣服が衝撃で千切れ跳ぶのがわかる。

ティアは口から血の糸を引きながら、躰が5メートル後方に流れ、寂れた樹海に転がる。


「馬鹿者が。

死に急ぎ拠って」


無慚に転がるティアを悲しい顔で見詰めつつ、テリトは悔恨の念に囚われる。

だがそれを他所に、ティアは勢い良く後方に跳ね起き、胸元に手を当てつつ血を吐く。


「ぐっ、カハッ、……ハァ、ハァ、…しん、ぞうがと、まったぞ、チッ!」

「なぁっ!」


(莫迦な!

手応えは十分にあった筈じゃ!

ワシの氣は確かにコヤツの波長を撃ち崩し、心音を殺した筈。

手加減出来たとは言え、殺せる量の氣は叩き込んだ。

それがどうして…)


テリトが送り込んだ氣は確かにティアの心音を掻き消し、生命の波長を書き換えた。

波紋は波のように全身を包み込み、爆発点である心臓は荒波と化していたほどだ。


「先生、俺だって馬鹿じゃない。

貴方の戦闘理論を叩き込まれ、確実な方法を取捨選択すると踏んだ。

先生は絶対に心臓を打つと」


(成程、初めから知っていれば、対処出来るか。

己が波紋を肥大化させておき、ワシの一撃をある程度まで相殺しよったか)


ティアは口上を述べながら、身体の回復に全力を注ぐ。

書き換えられた波長を自分のリズムにリストアし、荒れ狂っている氣の群を粛清していく。


(危なねぇ。

もう少し波紋が小さければ、心臓が再起不能なまでに破壊されていた。

もっと慎重に研鑽していかないと、あっという間に奈落の底だ)


空気が敏感に、そして鋭利に張り詰めていく。


「足りないものを補う。

それは確かに重要な項目だ。

じゃが、それは命を賭してまですることか。

もっと別の方法を模索すべきではないのか?」

「先生が気が付かない訳がない。

そのあらゆる方法が、俺のコンセプトに該当しないと。

馬鹿は馬鹿なりに考えた結果だ。

凛やカイルのような計算し尽された戦い方は出来ない。

シルーセルやビィーナのような卓越した技能を持つ訳でもない。

俺には躰に覚えさせ、躰に刻むしかない。

先生に叩き込まれた技能の数々は、他の追随を許さない程に素晴しいものだ。

でも、俺はそれを生かす場面を知らない。

命を賭けた遣り取りでしか見出せない、生かすタイミングを。

圧倒的に経験が不足している」

「…その通りじゃ。

お主の技術は、ワシとさして変わらぬ位置にある。

じゃがそれを生かしきるだけの経験がないのも確かじゃ。

こればかりは安全な位置に居ては辿り着けぬ場所」

「だから、経験(危険)から引き離した」

「お主は十分に命を賭した。

それ以上は誰も望まぬて」


テリトが課してきた修練は生易しいものでは無かった。

それこそ何度も死の淵を彷徨った程に。


「ありがた迷惑ですね、それは」

「………」

「俺が行きたい場所は、そこだ。

決して此処じゃない。

アンタ(・・・)、何仏心出してんだ。

これは契約だ。

ちゃんと果たして貰うぞ。

その為に、俺と戦えテリトっ!」


ティアの中で、師弟関係が切れた。

ティアの中にあるテリトとの関係は、最早この関係を築く前に交わした約束だけ。


「止めよ。

先程みたいに手加減出来るとは限らぬのじゃぞ」

「それこそ望むところ」


完全に自分のリズムを取り戻したティアは、愉悦に歪んだ表情で答える。


(馬鹿者がっ!)


再びティアが地を滑る。

ティアの動きはあまりに自然に行われている。

走るなど意識した位置ではなく、歩くよりも当然のような、呼吸のようなあり方。

その領域はテリトすら辿り着いていない、もっと洗練された領域。

この僅か1ヶ月半で、ティアはテリトの途方も無い修練の積み重ね、超えてしまっていた。

だが、それは1人よがりの場。

1つ1つの技術はこのようにテリトの遜色ないほど。

だが、状況に応じて臨機応変にあらゆる技術を駆使できるテリトと比べれば、児戯に等しいと言えた。

それは経験に基づいた選択なんだ。

児戯を昇格させる為には、その技術を持つ者を真似ることが早道。

何よりテリトの戦闘スタイルに最も必要なものは経験だった。

その実例が展開されようとしていた。

テリトの本当の攻撃に先手は無い。

かといって後手も無いのだ。

常に敵と同時に派生し、全てがカウンター式に組まれている。

(せん)()()(せん)、もっと細かくすれば、まさに中と言える区間を斬り取り、己が空間とする。

澱のように積もった経験が敵を完全に予測しきる。

そこに思考を差し挟む余地はない。

攻撃が派生した瞬間に全てが決着しているのだ。

究極のカウンター攻撃。

それがテリトの戦闘スタイルだった。

ならば、攻撃を仕掛けなければ良いという訳でもない。

テリトの攻撃の殆どが虚実、フェイントの応酬なのだ。

どれが実かを迷っている間にも実弾を打ち込まれる。

フェイントに騙されて手を出せば、あっさりとテリトの領域に引きずり込まれて、生涯を終えることになる。

それも全て経験から成り立っている。

テリトの戦闘理論を受け継ぐには、呆れるほど戦場を体験しなければならないのだ。

テリトが無造作に掌底を突き出してくる。

それを先程テリトがみせた独楽のように躱し、テリトと背中合わせの状態になる。

そこでティアの全身毛穴が開き、恐ろしいまで警笛が脳内を占める。

罠に嵌まったのだと知る。

テリトの氣が螺旋となり、地と天を貫く。

そして地を揺るがす踏み込みが背後から聞こえる。


(拙いっ!)


こういった時に響く警笛は命に関わる、決定的な瞬間のみの訪れるものだ。

ティアは全身が促す行動を一刻も速く実行する為に、軽氣功から硬氣功に切り替え、重さを全身に蓄える。

枯葉の上にあった足が沈み、揺るがすこと適わぬ地に接触を完了する。

そこからは両足に歪みを生じさせ、活性化させて身体能力を引き上げてから脱兎の如く彼方目掛けて跳躍した。

地から身体が引き剥がされたのを確認後に、軽氣功に切り替え重さから解放されて空を舞う。

それでも警笛は鳴り止まない。

最大級の回避運動をこなしているのにも係わらず、絶対的な死の波は背後から押し寄せてくる。

ここまでは刻み込まれた事項を正確にこなしたに過ぎない。

だが、それでも警笛の止まない今、ティアは瞬間的な閃きが過ぎり、疑う事無く実行に移す。

面積を大幅に取り、体重を分散させる軽氣功。

それは指向にも同等に働くのではと。

岩をも砕く鉄拳も、拳という面積ではなく、全身を打ち付けるような面積で放たれれば、ビンタ程度のものに変わってしまう。

同じ指向力で、大幅な面積を取れば分散されて威力が軽減する。

ティアは咄嗟に軽氣功を後ろに展開した。

だが、それはいつもと反対向きにだ。

体重を分散するためには、自分という支点から広げる。

今回の場合は、攻撃が来るであろう空間に波紋を呼び起こし、そこから自分へ到達するまでの間に面積を広げて威力を分散させるのだ。

つまり、自分という物体以外のところにエネルギーを流してしまおうと発想したのだ。

テリトは天と地と接続することで、己が体重を地球と同格にして、それを横へと流す。

どんなにゆっくりと動く物体でも、その質量が半端でなければ、ほんの少しの指向を持たせるだけで恐ろしいまでの威力を持つ。

ましてや、それが地球そのものとするならば、生半可な破壊力ではない。

まともに喰らえば、この地上の何者も現存しておくことは不可能な程に。

テリトが保有する技の中でも、最高の威力を誇る(わざ)

天地相覇殺(てんちそうはさつ)

テリトが唯一殺しの文字を与えた、必殺の名を冠するもの。

問題点は、発動までに時間が掛かること。

そして躰の負担が半端ではないこと。

その為一か八かになる為、迂闊には行使できない。

このように敵の動きが先読み出来、誘い込むまでのタイムラグを(わざ)への発動時間に当てれば、一つ目の問題は解消される。

2つ目の問題は、軽氣功で重さそのものを軽減させることで、ある程度まで押さえ込む。

その重さは地球の2億分の1。

何千万トンというレベルの重さではない。

分散させているとは言え、そんな重さを一身に浴びればひとたまりも無い。

それを硬氣功でカバーし、再び軽氣功で分散する。

何重にも組み上げられた技術の果てに、この1撃が完成される。

そしてその指向を波紋と似ている氣に変換させて放つ。

死神の鎌など生優しい、凶悪で無慈悲な圧殺(プレス)

ティアは背後から迫る突風に、死を直感した。

最後の最後まで足掻く為に全身に代謝(スルミナ)を展開させ、肉体を強靭に柔軟な状態に持っていく。

そして審判の1撃が波紋となり、ティアに下る。

初めは、あまりの衝撃に皮を突き破り身が飛び出たのかと想った程だ。

次に全身の肉が圧縮されていくような感覚。

気流が巻き起こり、突風となる。

地上に撒き散らされていた落ち葉たちが逆らうことも出来ずに、直線的な突風に吹き飛ばされ千切れ行く。

ティアにもその影響は及ぶ。

軽氣功で木の葉のように漂っているにも係わらず、四肢がもげそうな指向力に煽られる。

その最中、ティアはあらゆるものから解放され、生き延びる為だけの作業を繰り返した。

傷みや、焦りなど微塵もその作業の妨げにならない。

ティアの持ち味である異常なまでの集中力が、この作業を可能としていた。

ある意味本能と言えるかも知れない。

(すべ)を知っているのだ。

ここで意識を失う傷みに翻弄されれば、確実なる死が待ち受けていると。

だからこそわき目も振らずに、生き延びる作業に没頭していたと言えよう。

何本目かの大木が薙ぎ倒されることで、爆心地からの突風が止んだ。

テリトは大量に吐き出した空気を回収するように、肺に目一杯に取り入れる。

そして軋む肉体を作動させて、自分が生み出した惨事へと視線を移し、暮れる。

足元には爆心である大穴があり、それより前方は嵐が通り過ぎたように、あらゆるものが薙ぎ倒されていた。


(愚か者はどっちじゃ。

どうして、こうも血塗られた方法しか取れぬのじゃ、ワシは)


手応えは無かった。

だが、近接していた状態から、この1撃を逃れる術はない。

喩え、凍結を司る凍結(テアテラ)で補強した盾であろうとも、駆逐する確信がある。

爆心地の手前に居たティアが生き延びられる訳がないのだ。


「さっ、きより、地獄を、み、ました、よ」

「なんじゃとっ!」


テリトもの絶対の自信。

それを覆す声がする。

声がした方向に視線を這わすが、ティアの姿は無く、残骸だけが転がっているのみ。


「潰れな、かった、か。

丈夫、な心、臓に、感謝だ、な」


残骸の一部が盛り上がり、陰が起き上がる。

衣服は元の面影すら窺えないほどボロボロに変貌しており、その裂けた箇所から赤黒い液体が滲んでいた。

だが、それだけだった。

あれだけに攻撃を喰らいながら、致命傷に至る傷が存在していない。


「ばか…な」


何度シュミレーションしても、ティアに絶対的な死が訪れる。

なのに、現実はどうだろうか。

心臓を打った攻撃とは比べ物にならない、最高の1撃。

そして是非でもないタイミングだった。

それにも関わらず仕留めるに至らなかったばかりか、致命傷すら与えられていないのだ。

テリトが驚きに身を止めている隙に、ティアは己の体を矯正し直す。

死や致命傷を逃れたからといって、意識が吹き飛びそうな衝撃が不協和音となって、体内で鳴り響いていた。

内臓が傷ついているのか、喉元を突き、へばりつくような液体が溢れる。

1度吐いてしまうと大分楽になり、重度な損傷でないことを認識する。

だが、行動不能な程のダメージが飽和状態で肉体を蝕んでいる。

幸いに、ティアの(ゲート)は新陳代謝を司る代謝(スルミナ)

それをフルに活用して、肉体を正常値まで戻していく。

だから、ティアは言葉を紡ぐことで時間を稼ごうとする。


「お主どうやって」


勝手にその疑問をテリトの口が発していた。

ティアの実力を心得、どんな不確定要素すら凌駕する最高で苦しみの無い1撃を見舞ったのだ。


「アンタが押し込んだ技能の応用だ。

別に驚く事じゃないだろう」

「それならば生き延びられる道理はない」


それだけは断言出来る。

テリトとて、あの状況でこの(わざ)を喰らえば、間違いなく天に召されていたであろう。

だからこそ、絶対の自信が持てるのだ。


「軽氣功を指向の迫る方向に展開させて、自分の躰に到達する前に面積を広げて分散させた。

別に難しいことをした訳じゃない」

「………」


テリトは言葉を失っていた。

ティアが述べた現象は在り得ないことだからだ。

理屈的には間違ったことではない。

だが、どう足掻いてもそれは出来ないのだ。

軽氣功とは、自分の面積を広げ分散させることで、一部に掛かる重さを軽減させる現象。

それは、氣という波紋は、肉体という蛇口からしか展開できないのだ。

そして氣の性質状、2つのことを同時に行えないのも否定要素になる。

万能の想える氣。

だが、意外にも融通が利かない。

特に展開が一方行にしか発せられないのが1番の難点だろう。

つまり、軽氣功と硬氣功と分け隔てられているのは、その所為なのだ。

広げるという行為、狭めるという行為。

氣とは放たれた矢なのだ。

広げる行為の途中で、狭めるという行為に転換できない。

放たれた氣は拡がるか狭まる、一通りの行動しかとれない。

そして発することができるのは己が肉体。

ならば必然的に、発信できる最大の面積は己の肉体の面積が限界。

ティアが行ったのが軽氣功というなら、それは2つの不可がある。

先ず、ティアの面積を超えた地点で終焉していること。

己が発している筈の氣が、己の面積を凌駕した位置から発せられていなければならない。

波紋を広げてから、狭めることが不能な氣の性質上、どうしても不可能になる。

もう1つの可能性、離れた地点に氣を発生させる。

これも不可能。

遠当てと呼ばれる類のものは、別に氣をその場に発現させている訳ではなく、大気に氣を奔らせ、その地点で事象を起こす。

つまり、氣を起こりには肉体が必要なのだ。

虚空に氣は生み出せない。

氣とは伝達に他ならないからだ。

もし、ティアが軽氣功でこれを凌いだのならば、ティアは肉体の前方に氣を発生させるものを模倣(トレース)する必要がある。


(コヤツ、まさかっ!)


ティアがほんの少しだけブレて見える。

まるでテリトの考えを肯定するかのように。


示現(ノルン)なのか」


(どうなっておるのじゃっ!

ビィーナおろか、コヤツまでは開眼しておるとでもいうのかっ!

皇なる者の身業ではないのか、これはっ!)


テリトは混乱を極めていた。

ティアはテリトがどうしてこんなにも時間をくれるのか疑問しつつも、この幸機に肉体回復を計る。


(残像だったのか。

否、影などに生命の呼吸など行えぬ。

発祥できるのは、あくまで理を持つもののみ。

ならばコヤツがしでかしたことは、発生の移転。

擬体の顕現だとでもいうのか)


今にも死にそうな青白き顔をしながら、必至に呼吸を整えながら回復を計っている者を観測する。


(…ふっ、そんな事はどうでも良いな)


テリトの中で、何かが収まりを失った。

最大の(わざ)を持ってしても仕留められない者。

その存在に疼きを覚えてしまったのだ。


(今重要なのは、この男が己を総動員させて、生き延びる術を見出しているということじゃ)


和紙1枚だけを隔てた位置に、死という絶対概念が迫っていた状況で、ティアは2度も生き延びた。

それは刹那の時であろうとも、深淵に刻まれた、揺ぎ無き経験として躰を突き動かすようになるだろう。

紙一重の瞬間は、なにものにも勝るものを受けた者に与える。

それは余りに淡く、儚い羨望。

凛がティアを特に評価していたのは、潜在的に位置にある危機回避能力。

それも特大の危険のみに反応し、命だけを守り通す。


(それがもし本当なら、これからの猛攻から生き延びられるならば、光明が生まれる)


「その満身創痍で、何処まで喰らい付けるかのう」


テリトの瞳に宿る彩が変わる。

これまでの不安定なものではなく、志しが1本に纏まった。

流れ出る躰。

しなやかで僅かな緩みから喉元を喰らい破る、大虎を彷彿とさせる。

野生の息吹が空間を満たす。

これこそ、命を生業としてきた者が纏う、戦気(せんき)と言えよう。

テリトは自ら先手を打つ。

ティアの胸元に掌底が滑り込む。

ティアとて警戒していなかった訳ではないが、それは当然のようにティアの防禦を掻い潜り、心臓を強打しに来た。

整っていない呼吸で無理やりのに硬氣功の発露させ、上体を逸らしてこれを躱す。

手首を落し、テリトの攻撃が刀に変化する。

微妙な間合いの異変。

その僅かが、ティアの反応を上回り、テリトの貫き手がティアのわき腹を削ぐ。

ティアは硬氣功で重心を固定している為、上体を逸らしてもバランスが崩れることは無かった。

だが、尚間合いを詰め、テリトは肉薄する距離まで来ていた。

テリトの足の爪先が奔り、足を刈る。


(なっ!)


硬氣功で一点に集中している体重を事も無げに払い除けたられていた。

瞬間、ティアの躰は反転し、テリトに無防備な状態を晒してしまう。

間髪入れずに、腰を落としたテリトから螺旋の鈍撃が撃ち出される。


(させるかっ!)


ティアは浮いた足をテリトに蹴り出した。

それは攻撃を目的としたものではなく、崩しを目的としたものだった。

テリトは必殺に1撃を放つ為に、僅かな溜めを造った。

その隙にティアは足の裏に軽氣功を纏い、それを全力で蹴り出した。

足の裏から拡がる波紋のお蔭で増した空気抵抗により、ティアは大気を蹴った。

大気は大うちわに煽られたように、テリトへと打ち寄せてくる。

その反動を利用し、ティアの躰が後ろに流れた。

卓越した身体能力が全力で蹴り出した大気。

それをまともに受けたテリトは蹈鞴を踏んでしまう。

その間が、ティアに起死の間を与える。

テリトが螺旋を打ち出した頃には、ティアは攻撃範囲から離脱を完了させていた。

空中。

さっきの要領で、足の裏に波紋を張り、大気を蹴る。

それで反転している躰を空中で立て直し、臨戦態勢で着地した。


(危ねぇ。

迂闊な行動ができないな、これは。

あらゆる行動が崩しと、誘いが含まれてる。

まさか初めから硬氣功させることが目的だったとは)


体重が1点に纏まったものならば、その点さえ刈れば、なんの苦もなく敵は崩れる。

崩れ、反撃不能な間への攻撃こそが、テリトの流れだったのだ。


(あの状況から、軽氣功で立て直すとは。

なんという、発想力じゃ)


まさか大気を蹴ることで、攻撃と体制の立て直しを計られるとはテリトには想像も出来なかった。

確かに面積さえ確保出来れば、大気でも身を動かすことは可能だ。

だが、それを教えてもいない独自の発想、そして閃きでティアは遣って退けた。


(闘いの流れを司る闘神か、この男っ!)

(申し子じゃな、闘神の)


2人とも目の前の男に畏怖を覚えながら、そして知らず貌に笑みが張り付いていた。


(もっとだっ!

アンタの全て、見せて貰うぞっ!)

(その機転で、どこまで付いて来れる)


底の識れぬ相手。

それが歓喜を呼び起こす。

テリトの中に沁み付いていた殺しが失せていた。

それが純粋な想いだったからだろう。

只、この男と戦っていたいという、そんな無邪気な想いだけが殺しを消し去っていた。

そしてティアも同じだった。

当初の目的は2人の頭の中からスッポリと抜け落ちていた。

陽光が2人の横顔を照らし、そして大地を駆ける。

この時を楽しむ為に。

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