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蒼刻の彼方に  作者: ドグウサン
2章 突破する者達
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【熱冷めぬ間に】 兆候

今宵の空には丸く光を反射し、月が世界を照らしていた。

満月。

僅かな月明かり下で、少女は鉄の塊を見つめていた。

鉄塊と称したしまう程に変貌してしまった刀。

いたる箇所が刃毀れし、無事な部分は鍔の部分だけだった。

柄の部分でさえ圧倒的な握力で握りこまれた所為か、凹み、そして血がこびり付いていた。

数日前に繰り広げた剣撃戦。

その壮絶な打ち合いにより、この刀は死んでいた。

元来刀は折れないように造られている。

芯になる部分に柔らかい鉄を使用し、周りに硬い鉄を使用する。

拠って刃毀れすることはあれど、柔軟性を誇る芯の部分は折れることはないのだ。

だが、その芯すら亀裂が生じており、最早、刀として使用すれば折れるしか道は残されていなかった。

後ろの建物からドアの開く気配がする。

全身から鬱を放つ少年が、寝惚け眼で建物から出てくる。


「ふあぁぁ~、んっ、どうした、珍しく外で警備してんだな」


普段は建物の中で警備している少女。

いつ夜襲があっても不思議のないこの血塗られた鉾(ミストルティン)

少しの油断が死に繋がるので、毎夜交替で警備につくことになっていた。

他の者よりも気配を察する能力に長けている少女は、殆どを建物内で過ごすことが多い。

今日に限っては外にいた。


「シルくん、おはようだね。

朝日まで4時間近くあるのに」

「…俺はどれくらい気を失ってた」

「リンにノされて、それから意識を取り戻したのが2時間後。

そこにおじいちゃんのマッサージにいより4時間コントウ。

6時間の休憩後に復活って感じかな」

「説明されると、碌な展開に身をおいてないな。

…それは?」


少女が握っている鉄塊を気がつき、シルーセルは思わず尋ねてしまう。

一瞬隠そうとするが、逡巡後、少女は何か決意したように語り始める。


「これはね、兄さんがくれたたった1つの贈り物。

そして兄さんの命を奪った忌まわしき物。

皮肉だよね」

「それって、先週の」

「うん。

みんなには迷惑かけちゃったね、ほんと」

「俺は別に……、何も出来なかった」


無力感。

あの時、シルーセルはあれ程無力である自分が恥ずかしいと想ったことはなかった。

カリオストでのミッション以来、どこかで満足して自分を過大評価していた。

そのツケがこの遣る瀬無さなのだろう。

肉親の命を奪う破目に陥った少女。

それを忖度できる程、大人でない自分にも無力さを感じていた。


(俺は所詮なんだ。

力も心も)


「シルくん、頼みがあるの」

「ん、強制労働と金以外なら相談に乗るぞ」

「それって、ホトんどダメってことじゃ」

「そうとも言う」

「ダメダメだね」


少女の顔に、ほんの少し余裕が生まれた。

その様子にシルーセルはホッと安堵する。


「どっちの項目にも当てハまらないから安心して。

そこで見てて、あたしの決意を」


少女はそう告げると、そのボロボロの刀に手刀を落とす。

キッンッ!

甲高い音をさせ、手刀の落ちた部分から刃が2つに分断される。


「なっ!」


先程形見と聞かされたばかりのものを叩き壊した少女に、シルーセルは驚愕の声をあげていた。

刃毀れで鋸のようになっていた為に手刀は肉が削げ、赤い水滴がボタボタと零れさせた。

分断されて地に突き刺さった刃に先端に降り注ぐ。


「…どうして、大切なものじゃ」


自分が勘違いしているのかもしれないと想い、シルーセルは掠れる声音を振り絞りながら詰問する。


「大切だよ。

物としての価値なら、あたしの中で1番の物。

でも、これは縛りなんだ」

「縛り?」

「そう、だから断たなきゃいけないの。

あたしが者を知り、それを大事だと想えるようになった証として。

だから、あたしの血を持ってして、この縛りを断つ。

もう、引きずっている場合じゃないから。

これで(しがらみ)じゃなくて、思い出とするんだ」


そう言いながら、少女は滂沱していた。

か細い小枝のような印象を持っていた先刻の少女はもう居なかった。

そこに居るのは、自分の足で現実(いま)を生きる、ビィーナという一個人、人格であるとシルーセルは悟った。


(想ったよりも強いじゃないか)


人に見せるということ。

それは逃げないという決意表明でもあった。


「仲、良かったのか、兄さんとは」

「うん、兄さんだけがあたしを見てくれていた。

だから、あたしも兄さんしか見てなかったんだ。

それがどれだけ世界から外れることでも。

それしか方法を知らなかった。

兄さんは優しい人だったから、そんなあたしを許容しちゃったんだ」

「思い出にできるか?」


1つ1つ決別を促すように、シルーセルは質問していく。


「思い出だよ、もう。

あたしは遣ることがあるから、前に進まないといけないから、立ち止まるのは終わり」

「そうか」


(皆、進んでいるんだな)


ビィーナは刃の残骸を拾い上げ、そしてそこへ歪みを生じさせる。

そうすると振動が鉄屑を包み込む。

(ゲート)が一つ、振動(ペルガモ)

振動を司るこの(ゲート)から発せられる、鉄の崩壊振動係数に当てられ、残骸は塵へと還って行く。


「バイバイ、兄さん」


ビィーナの掌から塵と化した群が零れ、地上に混じっていく。


「ありがとね、見ててくれて」

「別に」


(少し前までとは別人だな。

今では見るしかさせてくれないなんてな)


「これからどうするんだ?

唯一の武器を還して」

「言ったよね。

進むって」


涙の跡を拭いながら、ビィーナはごそごそと四角い箱を何個も取り出す。


「これは?」


シルーセルは、この四角い箱を見たことも無かった。

とても武器の類には見えない。

武器と言われ、想像出来るのは爆弾ぐらいなものだった。


自在武(フリーウェポン)

聞いた事ない?」

「…ふりーうぇぽん、って、あの自在武(フリーウェポン)か!?」

「どの自在武(フリーウェポン)か知らないけど、多分その自在武(フリーウェポン)だよ」

振動(ペルガモ)の振動系エネルギーを使い、形状記憶を利用した武器。

振動係数により割り振りされた型に形状を変える。

どの形体でも振動を伝えることも出来、破壊係数の振動を敵に送り込むこともできる。

振動(ペルガモ)遣いにとって最高峰とも言える、血塗られた鉾(ミストルティン)の科学力で生成された武器だった。


「幾つあんだよ」

「5個程交換してきた。

1000ポイントくらい使ったかな」


アッサリととんでもない台詞を吐くビィーナ。

シルーセルはアングリと開いた口が塞がらなかった。


「せっ、1000だって!

おまっ」

「落ち着いてよ、シルくん」

「だって、1000だぞ、1000っ!」


桁外れのポイントを有しているのは周知だったが、そのポイントは何の躊躇なく使ったビィーナ。

他の第2学年(ランデベヴェ)が聞いたら、卒倒しそうな話だ。


「使わないものに意味なんてないよ。

あたしが必要だと想ったから交換してきた。

本当は10個ぐらい交換しようとしたんだけど、在庫がこれだけしかなかったし、ポイントが足りなくて」

「3個で1000ってことは、1個200か…。

これ1個が、俺の命と同格」


自分の残ポイントと比較して、悲しい現実を直視してしまった気になって、シルーセルは落ち込んでしまう。


「後、どれぐらい残ってるんだ」

「500ってところかな」


(…徹底的に俺を鬱に陥らす気か。

ここまで差があると、鼻血も出ないぞ)


「で、どうするんだよ、こんなに」


シルーセルは1つ摘まんで観察してみる。

見た目だけなら、何の変哲もない黒いブロック。

これが自分と等価値だと想うと遣る瀬無くなる。


「自在だよ。

使い方は多種多様。

まぁ、しばらくは点検がてら変形振動係数を覚えていくよ。

問題はそれからだね」

「…どうして、今以上に強さを求めようとしているんだ。

どうして前へ進もうとしてるんだ」


疑問だった。

ハッキリ言ってビィーナはチーム内と言わず、血塗られた鉾(ミストルティン)内でも有数の実力者といっても過言ではない。

最早、卒業は決まっているようなものだ。

それなのに尚の力を求め、そしてそれを糧に進もうとしている。

シルーセルにはその理由がわからなかった。


「シルくんが、それを言うんだ。

変わらないよ、キミと」


自分の事は1番わからないんだねと言わんばかりに、ビィーナは言った。


「俺と同じだっていうのか」

「負けたくない」


ドキッ。

シルーセルの心音が一つ上にギアに入る。


「それが根っこだと想う。

もちろん能力なんて定義じゃなくて、ココの部分かな」


とビィーナは自分の胸に手を当てる。


「前までは粋がるだけの、ヤンチャな子供だと想ってた。

拘ったり、現実から視線が逸れてたりして危なっかしい面ばっかりだった。

でも、今では誰もがこの想いを抱いてるんじゃないのかな、ティアに」

「強さか。

確かにな。

凛とかカイルみたいに大局をみれる冷徹な強さじゃないから、誰もがアイツに惹かれていくのかもしれないな。

1言でいうなら、馬鹿だな」

「そうだね、バカだね。

そのバカがね、ガンバッちゃうんだよ。

誰に強制されることなく。

だから、並びたいと想うとガンバらないとダメなんだ」

「だな、並びたいよな。

せめてアイツが頼ってくれるぐらいには。

力も心も」


(コイツとこんなに話したのはいつぶりだろうな。

本音を聞いたのは初めてか。

変わったな、いや、変えられたんだ)


そこでやっとシルーセルは自分の中にあるズレを認識した。

似ているようでまるで似ていない、シルーセルとビィーナ。

それは異性の差でもあった。

そして変わらない者と変わった者の差でもあった。


(コイツはやっと持ったんだな。

最も求めて止まなかったものを。

…危ういな、正直この状況下では。

今はどちらかと言えば、目標を優先することができているが、いつか依存してしまうじゃないのか?)


「少しでいいんだ。

少しだけでも恩が返せれば、それで」


(飲み込まれちゃダメなんだ。

わざわざティアは自立を促してくれたのに、戻っちゃダメなんだ。

…だけど、あたしはバカで弱虫だから)


恩という言葉で本音を誤魔化している。

シルーセルの心配は的を射ていた。

だが、シルーセルが想定しているほど、ビィーナは蒙昧でもないのも確かだった。

幾分か夜の静寂と2人に沈黙が、静謐な夜を構築していた。


「そうか、なら、頑張れよ。

…それと1つだけ訂正だけしておく」

「訂正?」

「俺は只、アイツには負けたくないだけだ。

恩だの借りだの、そんな大層なもん積んじゃいない。

お前とは根本的に違う」


シルーセルは半分ぐらいから赤面するのを抑えられないでいた。

気が付けば、全体が見事な朱に染まっていく。


「ぷっ、あははははぁぁ!」

「だぁ~、笑うなっ!」

「だっ、だって、力みながら、そんなこと、は、はずかしいなら、言わなきゃいいのに、くっ、くくくくぅぅぅ」


止まらないのか、ビィーナは腹を抱え、声を殺しながらこの衝動に身を任す。

それにより、自分が下したこの今が正しかった証明であるかのように、笑い続けた。

最早、ここに仮面を付け、無味乾燥な日々を過ごしていた少女はいない。

笑い、泣き、怒ることのできる、ビィーナ トイアムトという人間が身を捩って笑っているのだった。




積み重なった仕事の山。

煩い助手を帰して身の安全を確保したテリトは、一息入れようと、急須の蓋を開き、網にお茶っ葉を落す。

そこに沸かしておいた熱いお湯を注ぐ。

お茶っ葉に封じ込められていた香りが解放され、湯気と共に立ち昇る。


「どうじゃ、お主も一杯やらんか?」

「これでも必至に隠しているつもりなのですが、どうして感づかれるのでしょうか?」

「お主は鋭過ぎる。

動物以外の生き物は、緩やかに身を任すものじゃ。

無機質であるか、場に身を同化させられぬ者以外は、気配は殺しきれないものじゃて。

まぁ、今回は場的に無機質であれじゃが、お主のは殺し過ぎてお主という質量分違和感が生まれる。

それが原因じゃな。

で、どうする?」


答えを述べ終えると、テリトは良い感じの匂いをさせる急須を、その違和感のする方に翳して尋ねる。


「頂きます。

少し話もしてみたかったですから」


部屋の隅から影が生まれる。

それは形となり、一人の男となる。

カイルだった。


「警備はどうした?」

「対象がここにいますので」


担いでいたティアをソッと臥所に横臥させる。


「昨日は一晩持ったのにな。

今度は簡単にへばったものじゃな」


湯飲みを2つ並べ、少しずつ、交互に注いでいく。

こうすることで同等のお茶の濃さで湯飲みを満たすことができる。

注ぎ終え、片方をカイルに渡す。

それをちゃっかりと椅子を確保してから受け取るカイル。


「有難う御座います」


先ず香りを嗅ぎ、それから口を付ける。

そして一言。


「安いですね」

「注いで貰って、文句を垂れるな」

「まぁ、冷えた躰には心地よいですから、許容しておきましょう」

「…2言多いわ。

で、話とは?」


カイルはテリトから視線を外し、ティアに持っていく。


「貴方ならティアのポテンシャルを理解して、それに見合った修練を課すと想っていました。

だが、どうにも私の予想とは違う形になっているので」

「ワシの方法ではティアの潜在能力を活かしきれていないと?」

「結論から言えば。

その結果が、これです」


くたびれ、憔悴しきって眠りこけているティア。


「ならば、お主ならどう指示する」

「遣り方は同じです。

1つの事を集中的に覚えさせ、次々と段階を踏ませていく。

それで基本を網羅させれば、幅のある固体が完成できる」

「幅のう。

お主と同じような土台を築くと言う訳じゃな」

「有体に言えば。

テリト先生の指示は、1つの修練としての範囲が広い。

テリト先生の移動方、歩方は、歩く概念よりも滑るというもの。

歩行よりも走行に似通っている。

人と捉えるよりもバイク、軽氣功の概念なら四輪車と変わりないと規格すべきです。

ヤジロベーなどと曖昧なものでなく、荷重移動の理論を説き、それに該当する訓練を課した方が」

「…硬いのう。

ハッキリ言って、それでは凛が取った方法より質の悪いものが完成してしまうぞ」

「!?

何故ですか?」

「お主、一から十までティアの予定を決めるつもりか?」

「今と何処が違うのです」

「天と地ぐらいかのう。

お主の方法では選択枠がないのじゃ。

ワシが何故曖昧な回答しか与えぬと想う。

確かに、その方が的確で1つのものを熟練させるのは早い。

じゃが、それでは柔軟性に欠けてしまう。

最悪のネックを生んでしまうのじゃ」

「…選択枠」

「ティアは知識薄じゃが、馬鹿ではない。

考える脳は持っておるし、発想も悪くない。

それはお主も知っておろう?」


上手く(ゲート)を使えないティアを指導した際、どちらかと言えば飲み込みの良い生徒だったとカイルは見解している。


「今回の場合を例に挙げるなら、1点集中する事がヤジロベーのそのまま繋がらないと直ぐに知る筈じゃろう。

そうすれば試行錯誤し、理想に近い形を模索しようとする。

寄り道は繰り返し、辿り着く。

己の発想にてな」

「それでは今までと変わらないではありませんか?」

「お主らは完成ばかりを見過ぎておる。

ワシらはほんの少しだけ先を指示し見せて遣れば良い。

後はコヤツが勝手に研鑽していく。

それこそ、ティアという男のポテンシャルをフルに発揮させる結果とはならぬか?」

「過程も力となる、ですか」

「左様じゃ。

その所為で、この有様なのは否めないがのう。

寄り道の代償、まぁ、その分はリターンはあるじゃろうて。

過程はコヤツの得意とする律動。

それ1つ1つが刻まれ、選択枠のある者になる筈じゃ」


(…どうやら目先を奪われて、かられていたのは私だったようですね)


テリトの思惑を聞き、カイルは自分が凛よりもティアの可能性を摘み取る方法を模索していたと思い知らされる。


「深いですね、年の功ですか」

「…どうして誉めるだけが出来ぬのかのう、お主は」

「僻みですから、これは」

「僻みか。

まぁ、そういうことにしておくか」


テリトは冷めてしまったお茶の表面を見る。

茶柱が緩やかな波紋を描きながら、立っていた。


(ほぉ、これは珍妙で先行きの良い。

この僥倖が、僥倖を呼べばよいが)


フッと表情を緩め、テリトは一気に長話で乾いた喉にお茶を流し込む。

安物のほろ苦い緑茶の味でさえ、甘美に思えてしまうのは満たされているからだろう。


(こんな茶を飲むのはいつぶりじゃろうな。

息をし、只居るだけでは決して味わえぬものか。

もう、ワシも動かされておるのじゃな)


テリトは薄い寝息を立てるティアの横顔に視線を移す。

引鉄の主は、それぞれが抱く想いを知らぬ内に背負い、我武者羅に生きていた。

羨ましく危険な生き様。

それは昏く迷走している者達の光明。

当の本人は露も知らぬまま。

は、話が進まん…。

少し、設定厨の虫がわいて、説明が最近多い気がします。

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