【熱冷めぬ間に】 理想と天動説
どんどん意味の分からないタイトルになっている気がしますが、内容には沿っています。
大丈夫、…と信じたいです。
歩く。
それは基本的な移動行為。
基本の中に奥義あり。
「色、艶、共に回復しておるな。
これで予定通りに次へと進める」
ティアは修練を行う山中に戻ってくる前に鏡を覗いてみたが、テリトに言う通りに全快に近い形で回復していた。
正直信じられない回復力だと、自分の躰を疑った程だ。
「さてと、下準備は終わったところで、奥義伝授といこうかのう。
といっても大層なものではない。
軽氣功をマスターした今、後はひたすらに歩き、身につけるだけじゃな」
「なんて大雑把な」
「と言いたいところじゃが、もう数点付属すべき技術がある。
正中線を知っておるか?」
「躰に中心、眉間、水月、股間、それを連ねる線の事ですよね」
「流石に急所ぐらいは知っておったか」
馬鹿にされている。
ティアは口答えの一つもして置きたかったが、時間がないのも事実なので、黙って話を進めることとする。
「最初に言ったな。
最高の移動方の定義」
「体制維持を前提に置いたものですよね」
「左様。
確かに走るよりは歩くの方が体制維持には向いておる。
じゃが、それだけでは万全ではあるまい」
「その為の全体に重さを分散する軽氣功なのでは」
「分散、それは平等という意味か。
それとも均等か?」
ティアは微妙な質問だと想った。
「均等かな」
「曖昧な返答しよってからに。
どちらも正解じゃて」
「…意地が悪いですよ」
「この質問の意図は、反面じゃ。
答えなど存在せんからな。
分散については均等でも平等でもなんとでもよい。
元々主の答え自体が間違っておる。
ワシが理想とするのは分散ではなく、点じゃ」
「………」
完全にティアの範疇を超えてしまった問い。
自分が出した質問に、答えが返ってくるなど露にも想っていないテリトは語り続ける。
「分散すれば、バランスが崩れることは無いように想えるが、逆じゃ。
分散しただけ点が出来、維持が難しくなる。
ヤジロベーを知っておるか?」
「はぁ、ユラユラ一点で揺れる人形の事ですよね」
「それが理想的じゃな。
己が芯を通し、一点で躰を支える。
どんなに横に傾こうとも、軸自体は崩れることなはない」
「…人の体はそのように出来ていないのでは」
「硬い脳を解せ。
馬鹿が更に馬鹿になるぞ」
酷い言われようだ。
ティアは少しめげそうになる。
「反面じゃと言っておいたじゃろうて。
分散が可能なれば、その逆も又然り。
硬氣功。
波紋を1点に集中させ留める。
作用させれば、肉は鋼鉄と化し、数多の攻撃を撥ね退ける鉄壁の盾となる。
そして応用として集中された重心は、ヤジロベーのように崩れぬ体制を生み出す」
ティアは唖然とした。
只歩くという行為に、此処までの高等技を用いた者はこの世にいまい。
「良いか。
移動とは其れほどまでに重要視すべき項目なのだ。
だからワシは惜しむことなく、持てる技術を注ぎ込んだ」
テリトの理論は正しい。
どんな状況下においても移動できるということは、相手より2手3手短縮して動けるということに他ならない。
重心が崩れないということは、常に最高の臨戦態勢であるということだ。
移動、攻撃と2項目に分かれることなく、1で全ての作業をこなせる。
それこそがテリトが長年の経験から創り上げた戦闘理論だった。
「崩れぬ方法として2つ挙げられる。
先程述べた、1点の力点を得ることでどんな体制でも可能にする方。
もう1つ、これは理想じゃな。
倒れない方法と言われて、理想とは何かわかるか?」
「倒れない理想ですか?
考えが及びませんが」
「天動説。
これが理想じゃ」
「天動説…、はぁい?」
「そこで盗み聞きしている者。
この話をどう想う」
話を振られ、今日の当直であるカイルが物陰から現われる。
「そうですね。
自分が中心であれば、倒れることはない。
もしあったとしても、それは自分ではなく、星が傾いたことになる」
「それは荒唐無稽過ぎじゃ」
「正論じゃな。
無論そんなことは不可能な話じゃ。
だから理想なのだがな。
だが、それを実現しようと画策した者がいるのも確かなのじゃがな」
「はぁ」
テリトが何を教えたくてこの話をしているのか、ティアにはわからない。
時間の無い今、無意味な話をテリトがするとも考え難かった。
「例え話じゃ。
もし天動説を可能とするなら、どうすれば良い」
「えっ!」
「………」
流石にカイルすら検討が付かないらしく、黙り込むしかなかった。
「世界はより大きな質量が放つ重力に引かれ、その周りを円形の軌道で廻ることで形作っている」
「自分を最大の質量にすれば良いとでも?」
自分でも何を口にしてるやらと想いつつ、カイルは述べる。
「可能か?」
「不可能ですよ。
精々ホッソリした体型からデブに転換するぐらいしか人には出来ません」
「ならば、天動説には程遠いな。
人に可能なのは天と地を分かち、弐分割するのが関の山じゃ」
「「???」」
逸脱した話に2人は先を見出せないでいた。
「言うておろう。
これは理想じゃ。
論より証拠。
百聞は一見にしかずじゃ」
テリトは肩幅に足を開き、そして呼吸を一定方向に変えていく。
体内から波紋が発生し、全身へと満たしていく。
そして波紋は螺旋となり、テリトの脳天と股間を貫いた。
ティアとカイルは摩訶不思議な現象を目撃した。
それは天と地を貫く一筋の光の身柱。
脳開発により引き上げられた観察光量により、可視になった氣。
それによりテリトが引き起こしている現象を目視した。
天と地を繋ぎ合わせる光の柱を。
「まぁ、ワシ程度ができるのはこの程度じゃな。
ワシが行っているのは繋ぐ、じゃが理想は断つ。
地、そして天をも断つ、光の身柱。
これこそが理想」
ティアもカイルも目も前の現象が、どれ程恐ろしいものかを理解できた。
テリトは天動説とまではいかなかったが、地を掌握したのだ。
今のテリトを倒すということは地球を転がすと同義だと。
絶対に崩れることのない体制、それを体現して見せたのだ。
「ふぅ、流石に堪えるのう。
莫迦な話じゃが、この遣り方もありということじゃ。
修練は課さんが、覚えておくだけでも良かろう。
まぁ、所詮は人の身。
大地を全体重にすれば、その放出点となる身など簡単に砕けてしまう。
お薦めはせぬな」
どうやら消耗が激しいらしく、光の柱の直ぐに消滅していた。
「天動説、理想。
そうか」
凛と共に氣の研究に着手していたカイルは、ある結論に達していた。
カイルはテリトが描いている理想に考えが至った。
「確かに。
私達が考えてきた小さな点からでは、そこへは辿り着けなかった。
そもそも、人の身でそこまで大反れたことを実現しようとは」
「誰も想うまい。
だからこそ理想。
馬鹿者が描いた夢物語の残骸。
それが、今の天と地を貫く柱じゃて」
「あのぅ~、話についていけないのですが?」
「…説明しても意味ないでしょう」
「そうじゃな。
急性過ぎたな、この話は」
「別に脳無しだから、わかる訳ないと言っている訳ではありませんよ」
カイルの微妙なフォローに、ティアは心が泣くのを感じた。
「追々とですよ。
貴方は次第に氣の特性を知っていくでしょう。
その終着点が、テリト先生の理想であり、人の領域を逸脱した場所なのです。
見つめていけば、自ずとその場所に立つ。
だから、今知る必要はないのです」
上手い事騙くらかされているような気がしたが、テリトもその意見に頷いているのを見て、ティアは渋々承諾する。
「そう言えば、カイルは氣は遣えないのか?」
凛と一緒に研鑽なる日々を送っていたなら、遣えてもおかしくはないとティアは質問していた。
「遣えません」
カイルはアッサリと否定した。
「その波長なるものが関知できないんですよ。
あれも一種の才能でしょう。
シルーセルの事象戦略盤。
これも個別に保有している関知能力の差かもしれませんね」
(凛とティア、シルーセル、ビィーナ。
感情と同じく、それぞれが違うものを察知して、そして感銘しながら生きている。
…全く面白いものですね)
「話は終いじゃ。
今日はヤジロベーになれ。
昨日と同じくそれ以外は認めぬ。
良いな」
「了解しました」
「カイル、警護を頼む。
ワシは仕事に戻らねばならぬ」
「今日もシルーセルが担ぎ込まれると想いますので、よろしくお願いします」
「…何を始めたのじゃ、アヤツ等は」
「負けたくないんでしょうね。
負けず嫌いの集団ですから」
「…まぁ良いわ」
テリトは昨日と同じようにティアを置き去りにして去っていく。
足音をさせず、気配を同調させて。
一陣の風だけが通り過ぎ、テリトの姿は失せていた。




