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蒼刻の彼方に  作者: ドグウサン
1章 胎動する者達
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【現状と認識】 訓練の幕開け

【現状と認識】


午前6時。

俺の時計が指す時間は、集合時間の6時を僅かながらオーバーしていた。

それなのに、プレハブ前には俺以外誰も居ないのは何故だろうか?

可能性を思案してみる。

罠の可能性。

チーム内で一番成績の悪く、役に立たない俺を消す。

卑屈な考えが脳裏を過ぎるが、やるならば昨日の内に消されていただろう。

時間の変更。

なら、俺に連絡が寄越さない理由が見つからない。

場所の変更。

以下同文。

こんなことなら、早めに早朝のランニングを切り上げたのは失敗だったかもしれない。

俺には他の誰よりも時間が惜しいというのに…。


「あ~、もう来てたんだ、ティアくん」


朗らかで、賑やかな声が響いてくる。

手を振りながらビィーナがのんびりと歩んでくる。

その後ろに、眠そうなシルーセルが連れられていた。


「聞いてよ、ティアくん。

セッカクあたしがいっしょにいてあげたのに、怯えてあんまり眠れなかったんだって。

シュウゲキに怯えてるなんて、センサイだよね」


警戒心の欠片も見せず、そして悪びれず、ビィーナはいきなり近況を語りだす。

内容関しては、完全に的外れだろう。

シルーセルが恐れたのは襲撃の類ではなく、ビィーナ本人を警戒してのことだろう。

この2人は、遅刻した事を気にも留めず世間話を始めていた。


「繊細って。

1人なら、オレはこんな風になってねぇんだよ。」

「…なんで?」


本当に理解していないのか、ビィーナは小首を傾げた。


「…繊細で良いわ」


諦めたように空を仰ぎ見るシルーセル。


「…仲、いいなお前ら」


その言葉に続くように、俺もポツリと呟きを漏らしていた。


「シルーセルくんがサビしがり屋だから、あたしが相手してあげてるだけだよ」

「…逆だろうが」

「漫才でも始めているのかしら?」


そこに大遅刻犯が堂々と現われる。

それに付き従うカイルの姿も…。

4人の態度に堪らなくなり、言及を図る。


「おい、遅れ来て最初の一言がそれか」


俺は憤っていた。

遅れてきて謝らないことに対してではなく、ルーズに時間を守らなかったことに対してだ。

ここでは少しの気の緩みが死に繋がる。

故に、この4人の態度は目に余るものがあった。


「…未だ6時5分前よ」


凛は訝しげな顔を作り、腕に嵌められている腕時計をこちらに見えるように翳す。

そこには確かに、5時55分を示す文字盤があった。

俺は急ぎ、自分の時計を確認する。

6時25分とあった。


「あ、この時計30分も早いよ」


気配一つさせず横から覗き込んでいるビィーナが、恥ずかしい俺のミスを暴露した。


「…で、誰が遅れて来たと」

「…す、みませ…ん」


冷たい視線が突き刺さり、しどろもどろに謝罪を述べるしか出来なかった。

俺の謝罪でこの件を終えると、凛は全員を見渡す。


「揃っているみたいね」

「こんな朝っぱらから、何をさせる気だ」

「早朝ランニング、健康的にね」


俺は内心でげんなりした。

今朝も軽くではあるが、ランニングを終えてきたばかりだったからだ。

そんな俺を余所に、凛は話を続ける。


「これからは各チームで、訓練構成から管理までこなしていかなければならない。

教えを乞える時期は終わりを告げたわ」

「で、体力づくりか…」

「そう。

何を行うにしても、体力があるに越したことはないわ。

戦場で足を止めるということが、死に直結しているのは言うまでもないわね。

だからこそ、ランニングを行うわ」


言葉に含みを感じ、俺はそれを口にしていた。


「…その物言いだと、普通のランニングって訳じゃなさそうだな」

「あら、感が良いのね。

今日から行われるランニングは、緊張感とスリリングに満ちたものよ」


普通ランニング付随しないような単語が2つ。

俺の耳がおかしくなっていなければ聞えてきた。


「先ずは、プレハブの脇に準備しておいた荷物を背負って頂戴」


凛が指す方向に、皆が振り向く。

そこには5つリュックサックが用意されており、観察すれば自重で地面が僅かに沈んでいるのが伺えた。


「総重量50キロ。

武器、弾薬、非常食、救護セット等を詰め込めば、これぐらいになるわね」

「これを背負ってランニングか。

歩行じゃなくて…」


シルーセルの顔が引き攣っていく。


「距離は、このプレハブの裏にある山、頂上まで概ね15キロ弱の道のり。

制限時間は1時間」

「…ハードだな」


この地点でシルーセルは厳しそうな表情を浮かべ、ランニングの内容が説明され終わったと勘違いしていた。

まだ、凛から聞かされた単語が明かされていない。


「…まだスリリングの意味を聞いてない」


俺は戦々恐々としながら、単語の意味を尋ねた。


「あら、気が付いてくれて嬉しいわ」


本当に嬉しそうに微笑みやがった。

先程のシルーセル宜しく、俺の顔も引き攣ってきた。


「このランニングがスリリングな点、それはハント式だってことよ」

「…ハント式?」


ランニングに似つかわしくない言葉が又出てくる。


「ビィーナ、これを」


凛が、ビィーナに向かい何かを投げ渡す。

それを受け取ってビィーナはしげしげとそれを翳し見る。


「銃?」


それは血塗られた鉾(ミストルティン)が採用している、セルトナイズと呼ばれる16連式自動拳銃だった。

反動が少なく連続で発砲出来る優れもので、ロングマガジンではないのに充填できる弾も多目と利点が多い。

問題は連続発射に耐えられるように砲身が頑強に造られている為、2キロと重めになっている点ぐらいだ。


「ペイント弾が17発撃てるようにしてあるわ」


1発は、もう装填されている。

そうすることで1発だけ多めに撃てる、ここでは常識的なことだ。


「ルールは至って簡単。

私たち獲物は、ハンターの凶弾を避けながら頂上に置いてある薬莢を取って完走するだけ」


足を止めれば、確実に撃たれる。

成る程、先程の説明はこれを言う為のものだったらしい。


「ハンターには10分間、先行して貰うわ。

その間に罠をしかけるなり、狙撃ポイントを探すなり好きにすれば良いわ。

ハンターに課せられた目標は殲滅。

全員仕留める事が出来れば、ハンターの勝利」

「人数がいる分、獲物(ランナー)の方が有利じゃないのか?」


俺は素朴な疑問を口にした。


「その為の先行時間よ。

ランナーとハンター目的が違う。

そこにも()があるでしょう」

「ナルホド。

ハンターは頂上まで走る必要がないもんね。

それなら何とかなるかも」


ビィーナの説明で目的の違いに納得する。


「時間内に完走出来なかった場合は?」

「勿論、ハントされたと見なすわ。

そうそう、ハントされた者、ハントし損ねたハンターには罰を用意しているわ」

「…罰って」

「ハントされれば、本来、天に召されるわね。

それを罰で済まそうというのだから、それなりのものを用意させて貰うつもりよ。

これで緊張感が追加されたわね。

後、ハントされても最後まで完走は義務よ。

ハントされた上に時間をオーバーしようものなら、…生きていることを後悔させてあげるわ」


目を細め、凛が全員を見回す。

その冷たい視線が、死すら生ぬるい、本当の地獄に会わせると告げていた


「説明はこんなところね。

質問は?」

「どうしてこんなランニングを企画した?」


疑問に思った。

ランニング他、別の訓練を用意すれば良いのに、走る行為にこのようなシステムを組み込むことに違和感を覚えていた。

俺には、凛の意図が見えていない。


「意味のある訓練、これが1つ。

私の意図を知りたければ、目的を考慮しながら訓練に励むのね。

体験して、意味を見出す。

知識だけ詰め込んだ者は、役にはたたないわ。

知恵を磨きなさい。

この行為には意味がある。

その答えは与えられるのではなく、各々に見つけて欲しいものね」

「…経験してみろ、ってことか」

「でも、何の見解も無しにでは時間の浪費ね。

ヒントだけ与えておくわ。

これは認識の訓練よ」

「認識?」

「そう。

答え合わせは終わった後にしましょう。

各自で考えておきなさい」


俺との会話を切り、凛はビィーナに合図を送る。

それに頷き、ビィーナはサックを担ぐ。


「うへぇ~、重いなこれ」

「今が6時33分。

40分から開始しましょう。

それとティア」


俺は一人が呼ばれたことに、緊張が走った。


「時計、合わせておきなさい。

それとも私たちより30分速く完走してくれるのかしら?」

「……」


俺は恨めしそうに、自分の腕時計を睨みつける。

30分先行しているオンボロ腕時計を、いそいそと巻き戻すのだった。

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