【刹那の蓄積】 隠された実力
ユニーク数1000到達!
皆さん、お読み頂きありがとうございます!
次の目標100話到達まで、頑張ります!(現在77話)
スローモーション。
この世界の刻が、妙に遅く感じる。
感覚が鋭さを増し、一行動がこれまでより少しずつ速度を上げ、それが連動して、加速されていた。
(さて、俺のちゃちな罠に引っかかってくれる、可愛げある奴はいないしなぁ。
正攻法で責めるのが一番なんだろうな、この場合)
血塗られた鉾が採用しているセルトナイズと呼ばれる、16連式の銃を片手に思案する。
セルトナイズは反動が少なく連続で発砲出来る優れもので、充填できる弾も多目と利点が多い。
問題は連続発射に耐えられるように砲身が頑強に造られている為、1.95キロと重めになっている。
だが、血塗られた鉾の猛者にとっては大した重さでは無い為に正式採用されている代物だった。
ティアは感覚を強め、走りの痕跡を探す。
この訓練は、ランニングなどとお優しい名称の付けられたハンティング訓練。
本人たちがギリギリで走り抜けられる時間内で、ハンターの目を盗むか排除して、狩られずにゴールすることが走者の勝利条件となっていた。
反対にハンターは全員を狩ることができればいい。
スリリングに満ちた、前代未聞のランニング。
常に襲撃に備えて、張り詰めた空気を纏う走者を相手に、裏をかき、ハントせねばならない。
(裏をかける程、俺に戦略があるでもないしな。
相手は最強の情報収集能力者、知識の王、戦場の熟知者、そして逸脱者だ。
裏をかくどころか、反対に嵌められかねない。
なら、逆もが戦略となるかな)
策無し。
これがティアが最も高確率で全員を仕留められる策とも言えた。
これまでの経験上、どうしても小手先の技巧であたると、それは反転して、襲い掛かってくるように仕向けられてきた。
技巧の差が大きすぎるのだ。
つまり、策無し程、裏手をかかれない方法はないのだ。
ティアは痕跡を追い、疾走する。
(ヤバッ、動きが良すぎる!)
想像を超えた勢いで始動する躰。
連動された先に蹴り出された速度は自分の想像よりも、2割増しで動いた。
(落ち着いて修正をかけろ。
認識を再構築し直せ)
その動きに合わせ、次々に認識を改めていく。
元々思考に追いつかない躰だったのでそれ程苦無く、認識が書き換えられていく。
それを確認する為に樹にぶつかるかもしれない、ギリギリのラインで疾走をしていく。
操作の誤りも点在し、何度か肌が樹皮を翳め、皮が擦り剥けていく。
だが、言ってしまえばその程度だった。
ギリギリの緊張感の元に行っていく修正。
間違えば、乗ったスピードで樹に激突し、行動不能に陥れる。
その緊張感が、より早く修正を完成させていく。
そして認識の再構築が完了する頃には、第1号の獲物の後ろ姿を捉えた。
※
(嘘だろっ!
もう、追いついかれたのかっ!)
正直、疑っていた。
神経が潰されて、昨日まで歩く事すれ儘成らなかったティア。
それが前よりも絶好調な能力を発揮して、追い立ててきているのだ。
(神経パルスに換わる、伝達パルス。
半信半疑だったが、こうもアッサリと追いつかれたら、疑う余地もねぇな)
シルーセルは空間に意識を接続して、事象戦略盤を発動させ、その様子を脳裡に投影する。
(まだ、昇りの7割地点だぞ。
このままじゃ、ハントされなかったとしても、間に合わなくなるな)
冷静に状況を分析して、シルーセルは眼前を走る3人にサッと視線を奔らせる。
(不利だな、予想以上に)
こうも圧倒的な身体能力の差を見せ付けられては、個人で対抗する術がないと判断を下す。
シルーセルは打破する為に策略を練り、司令官としての口調に変えてから、声を発する。
「後方1.23の距離にハンター確認。
散開し、攪乱せよ!」
その命令に、3人の背に驚愕の気配が発せられる。
無理もないとシルーセルは想った。
今回はテリトの指示でハンターよりも10分も先行して走っているにも関わらず、こうも簡単に追いつかれたのだ。
悪夢だろうなと、苦笑しながらシルーセルはそれぞれの能力に合った的確に道を選出していく。
「凛、北東、ポイント14から山頂を目指せ!
カイル、北西、ポイント25から、ビィーナはそのまま1.34距離駆け、そこから北北東にズレながら走り、東、ポイント49から昇れ!
健闘を祈る!」
その命令に誰も逆らわなかった。
シルーセルが指示を出すということは、このままなら全滅もありえると計算したからだ。
シルーセルの持つ情報収集ツールとそれを基盤とした判断力は、誰よりも的確な指示を下していると言える。
だからこそ、誰もがその指示に従う。
(誰も疑わないとは。
信頼されているのか、それとも罠だとしても、それ以外に道がないと判断したのか。
まぁ、悪き気はしないんだが)
シルーセルの心情とは裏腹に、3人はもっとリアルに状況を判断していた。
シルーセルが齎す情報と指示を思惟し、それが正しいか自分達の中にある情報を元に吟味してから動いていた。
他の2人の行動がどう展開されて、攪乱に繋がるのかを考慮した上で、自分達に与えられた道の的確さを感嘆していた。
(確かにこれならば、時間内に走り抜けられるわね)
そんな心情など露知らず、シルーセルは己の体力の無さから選出しなければならなかった、直進を疾駆していく。
事象戦略盤が送りつけてくる情報が、シルーセルを戦慄で満たす。
(動きのランクが違う!
これが神経が1度切れた人間の動きかよ!
それにまさか、この波長と視認は)
事象戦略盤がシルーセルの見せる、ティアの身体を包み込む黄土色の靄。
大気に漏れ出した黄土色の霧は、霧散して消えていく。
この光景はテリトがティアの肉体を繋いだ時に見せた、あの氣と呼ばれた特殊なエネルギー体だとシルーセルは先日仕入れた情報と照らし合わせて確認する。
(拙いっ!
唯でさえ身体能力に差があったのに、前の1.46倍の反射速度誇ってやがるっ!
…追いつかれるのは時間の問題か)
シルーセルは自分の能力を最大限に使い、勝つ方法を見出そうとする。
事象戦略盤で地形と現状の情報を掻き集め、検討する。
他の3人は指示通りの方角に転換して、シルーセルの元から去っていく。
シルーセルは腰からコンバットナイフを引き抜き、前方の木々に飛び上がる。
枯葉が躰を擦り、大きな物音をさせ、ティアに自分の居場所を知らせた。
それを気にも留めず、シルーセルは森林の幹を蹴り、そのまま上を目指していく。
その間に、右手に備えているコンバットナイフで枝に切れ目を入れていく。
(時間を稼げるかっ!)
罠を創作しているリミットは殆ど無い。
だから自分という囮を立てるしかないとシルーセルは音をわざとさせて、足場の確りした枝を選び、上へと登り詰めていく。
事象戦略盤が敵の到来を告げた。
真下だ。
(速過ぎるっ!)
銃声が鳴り響き、下からペイント弾が飛来してくる。
だが、シルーセルの位置に辿り着くまでには幾つもの枝や葉が障害物として点在しており、自分ですら難しい射撃位置に身を置いていた。
予想通りに弾は枝に妨害されて、シルーセルを染めることなく、先端に仕込まれた紅いペイントを撒き散らしながら、落下していく。
(ここまでの最短距離の枝には切れ目を入れといたから、ここには簡単に登って来れないはず)
その予想を撥ね退け、ティアは昇るという項目から外れた行動をとる。
バキッ!
快音が響き、シルーセルの身を置く場所が揺らぐ。
(常識で計るべきじゃなかったっ!)
太い幹にティアの拳がめり込んでいた。
その衝撃がシルーセルを揺らしている。
その振動からシルーセルは乗っている樹の芯に亀裂が入った事を理解した。
ティアが素早く腕を引き抜くと、予想通りに樹が傾き始めた。
シルーセルは猿を彷彿とさせる身のこなしで、隣の樹に飛び移る。
その間に銃弾が2発ほど近距離を横切る。
ティアとシルーセルの間に、目が眩みそうな朱の色彩が邪魔している。
秋の風物詩が、シルーセルの命を繋いでいた。
(まともに遣りあうには、力に差がありすぎる。
俺に勝機があるなら、地の利を生かし、弾を尽きさせる事だけ。
その後は形振り構わずに全力疾走すれば間に合うと信じたい)
だが、シルーセルの予想は過小だった。
肉眼に頼った射撃ならば、シルーセルに勝ち目はあった。
だが、今にティアが頼りにしている感覚は、その規格を超えた位置に存在した。
(木々の呼吸。
波長が伝わってくる)
森全体から埋め尽くす程のパルスが生まれていた。
それは全包囲網を網羅し、ティアに原子の鼓動を教えてくれる。
それは呼吸するものの位置を全て把握できると同義だった。
転がっている石、葉の揺れ、それを導く大気の流れ。
共鳴、生きている証がティアに流れを感じさせる。
ティアは、この現象を素直に受け入れ新たな力として受けいれた。
ティアは知らない。
ティアが行っているものが、氣の達人でも万人に1人しか辿り着けない領域に達している事を。
外氣功。
テリトや凛が使用しているのは、体内のパルス複合共鳴、つまり内側から生じる、内氣功。
だが、ティアは他の共鳴を受け入れ、それを乗せて反応を増幅させていた。
その為、肉体活性化させて生み出すよりも小エネルギーで氣を行使しているのだ。
テリトが遣う氣と比べ、その疲労度は3分の1にも満たないだろう。
外氣功に至る特典として、生命の息吹を感じることがティアに勝機を見出させる。
(頼む、伝えてくれっ!)
それは理論と言う程煮詰めたものではなく、所謂感だった。
外部から共鳴を受け入れる事ができるなら、逆も可能なのではと。
イメージする。
自分の腕の中から波紋を生み出し、そして螺旋へと変えていく。
掌を樹皮に当て、そこへ螺旋を紡ぐイメージを叩き込む。
螺旋と強力な伝達に姿を変えた共鳴は、大樹の内部を円、波紋、螺旋と昇華させてティアの意図を実現させる。
シルーセルが跳び移り、ティアの様相を確認しようとした矢先、目の前に樹皮が爆発した。
咄嗟に顔を庇ったが、その為にバランスを失い、枝から足が外れてしまう。
(なにがっ!)
反射でしか反応出来なかったシルーセルは完全に体制を崩し、なんとか落ちる寸前で枝の1つを掴み転落を免れる。
その背後に衝撃が広がり、衣服を気持ち悪い液体が濡らす。
ティアが行ったのは、遠当てと呼ばれる技術の応用だった。
本来は大気を伝い、手に触れていないものを氣で攻撃する技なのだが、それを樹に置き換え、伝達したのだ。
樹皮は氣に当てられ、活性化して、爆発へと転じる。
こうしてシルーセルはヘルソーマの一気飲みの権利という、不名誉を得たのだった。
※
折り返し地点まで襲撃はなかった。
カイルは折ろ返しの証拠としての空薬莢を素早く拾い上げる。
4つ用意されていた薬莢は2つ程無くなっており、自分が3番手だと告げていた。
このチーム内で2番目に体力があるカイルは、一番遠回りの道を選ばされていた。
その為に他の2人と比べて、遅れが生じていた。
(最後の1人はシルーセルですかね。
遠くで大気の振るえがありましたから、襲撃されたと考えて間違いないでしょう)
カイルは此処まで距離を稼げたのは運がいいと、苦笑を浮かべる。
影が木々の間をすり抜けながら、こちらへと疾走してくる者を肉眼で捉えた。
(シルーセルの情報に偽り無しですか。
こっちも無理して走ったつもりなのですが、簡単に追いつかれましたね)
カイルは眉を顰めて、眉間に皺が寄る。
ティアが自分と同じ道を辿って、この場に現われた。
(離れ過ぎですよ、ティア)
短縮して真っ直ぐ折り返し地点を目指して、追いつかれたなら納得したのだが、同じ距離を差が有りながら縮められた事。
そしてこちらは全力を尽くして、差を広げようとしたにも関わらずの結果でだ。
余りの身体能力の差に驚愕よりも、カイルは呆れを覚えた。
(さて、シルーセルがどれ程消費させてくれたかが、問題になってきますね。
不確定な情報を当てにしても仕方ありません。
あの速度から逃げる術がない以上、ランニングを放棄するしかありませんね)
徒手空拳。
カイルは折り返し地点の大木を背に、掌を突き出す形で構えを取る。
(刮目に値する成果をあげた相手に、過去のデータなど1つも当て嵌まらない。
これは初戦と言えますね)
ティアは真正面から迎え撃とうとするカイルを目撃すると、1度停止し銃をしまうと緩みない足取りでカイルの正面まで歩んでくる。
「勝った事ないんだよな、カイルには1度も」
「ボケましたか?
対戦成績は五分五分だった筈ですが」
「そう、計算した癖に。
カイル、お前は凛よりも使えるだろ、無手。
そしてビィーナよりも剣も」
「…面白いですね、それ」
「実践では凛やビィーナの方が上だろうけどな。
正直、正面からの対戦なら、アンタ以上の人間はいない」
「過大評価ですね、それは。
ですが、もしそれが事実なら、どうしたいんですか?」
「知りたい。
アンタの本気ってヤツを。
これまで手加減された上に、成績まで調整されていた人間の言葉じゃないが、本気で対戦してみたい」
ティアはゆっくりと芯を落とし、ドッシリと構える。
「…手加減ですか。
ティア、それは6ヶ月前からの話です。
貴方が急成長を遂げたように、私にも分岐点というものがあった。
それだけです。
多分、チーム内の誰よりも強いですよ、今の私は」
その言葉が虚勢ではなく、真実だけを口にしていた。
カイルはランニングの付加として背負っていた重りのリュックを下ろす。
ティアの既望に応えるように、全身から力みを無くし棒立ちになる。
これが本来のカイルの戦闘スタイルだと直感的に感じ取る。
これまで対峙してきた誰よりも重圧的なプレッシャーがティアに襲い掛かってくる。
(イメージ破棄。
戦闘モードに移項、…正常終了)
カイルは全身を解すように軽く跳躍を繰り返す。
その様を見ていると、獰猛な野獣が鎖から解き放たれる瞬間を考察している気分になってくる。
「ティア、不意打ちは好きではありませんので言っておきますよ。
これまでは全身に付加をかけて、肉体の能力を落としていました。
それを解除した今、これまでの動きのイメージを破棄し、相対する事をお薦めします」
ティアは強烈なプレッシャーの吹き荒れる最中、乾いていく喉に僅かしか湧き上がらない唾を飲み込んで、緩和を図る。
ほんの少しだけ喉が潤い、それを機にプレッシャーの束縛から逃れて、硬直していた躰を微動させて初手の対応に遅れない状態を造りだすのだった。
(隙がまるでない。
迂闊に手が出せねぇ)
ティアの背筋に戦慄だけが駆け抜けていく。
厭な汗が頬を伝い、顎先で溜まり、滴る。
何度目かの雫が落ちる中、緊張感だけが存在する戦場で、カイルは平然としている。
余裕を醸し出し、カイルの能力が一枚二枚も上手である印象を与える。
実際の処は、ティアのその見方は被害妄想、はたまたカイルの計略でもあった。
カイルの余裕など微塵も無かった。
それを意志で押し込め、相手よりも高みに居るように見せることで、敵の精神的負担を肥大化させる。
能力では同格でも駆け引きの部分で、カイルが遥か上をいっていた。
正確にはティアに駆け引き等、高等なことが出来ないというのが正しい。
カイルは完全にランニングを捨て、この戦いに集中することにした。
これにより、自分の甘えも逃げも消す。
言い訳などつまらないものを口にすることがないように。
技という側面から見れば、カイルが上回っている。
その点においては、カイルは自信があった。
だが、カイルが警戒しているのは、技とは相反する位置にあるものだった。
そして、その面はティアが最も得意とする、否、本人すら自覚していないもので、カイルとテリト以外気が付いていないものだった。
(刹那の蓄積。
そう称するべきなのでしょうか。
だからこそ、一間、一間が成長の糧になる。
それが、瞬時に吸収してこなすアレスよりも、この男を恐れた理由)
確かに1つ、1つを思案する力は必要だ。
だが、それだけでは割り出せない戦況といのものも確かにある。
凛は脳開発の恩恵に目が行き過ぎて、ティアという人間の本質を失念してしまっていたのだ。
(凛、貴女は間違えた。
この男の育て方を。
いや、あれで良かったのかもしれない。
そうでなければ、この真摯な瞳は失われていたかもしれない。
貴女の誇り高き意志が、この天をも突く真芯なる樹を伸ばした。
ある意味では、1番正しい道へと導いたのかもしれない)
失念しているのは自分かもしれないと、カイルは静かに思考する。
環境が人を急激に成長させる。
だが、それは外面で、内面は脆く儚い、少年だということをだ。
凛が課してきた訓練は、自分から自然に自覚を促す。
自立が確立していくのだ。
そしてティアという信念を持った人間に、鎧を纏わせた。
それは自分が受けた恩でもあり、シルーセルのも当て嵌まる事だ。
ビィーナは剥奪されていた感情を取り戻したばかりなので、その恩恵で鎧を纏うまでに至っていない。
この切羽詰った環境で遠回りをしたのは、無駄ではなかった。
凛にその意図があったかは不明だが、その気高さの一片は皆に受け継がれたと言ってもいいだろう。
(そして、ティアの本質を見抜いた男が師となった今、成長速度は此方の計りを凌駕するだろう)
カイルが識る、ティアの本質。
その根底とは。
互いに緊迫感に混じり、胸に込上げてくる喜悦に、貌が引き攣りながらも笑いの形に変化していく。
(そうだ、この闘いは自分の力を識る為。
だが、それ以上に)
(己の位置を確認するまたと無いチャンス。
ですが、そんな事より)
((欲するっ!!!!))
高ぶりが限界に達したように、ティアもカイルも同時に動き出す。
神速なる両者に踏み込みに大地は抉れ、その反動で繰り出される互いの1撃が交差する。
ティアの喉元を穿とうと、鋭利な刃物に尊称ない手刀が大気を切り裂く。
カイルの胸元を貫こうと、銃弾のような拳が大気を潰していく。
互いに殺しを覚悟した1撃。
その結果が導くのは死のみ。
「やれやれ、戦気に踊らされよってからに」
刃物の手刀がやんわりと人差し指と親指で白羽取りされ、弾丸の拳を綿に撃ちつけたような物足りない感触だけを残して掌で受け止められる。
「…先生」
「テリト先生」
2人はテリトの介入を察することが出来なかった。
それ故に興を削がれ、互いに纏っていた高揚感が失せていた。
「とりあえずは仲間同士。
それが相打ち等詰らぬ終幕をしてどうする。
意地の張り合いも、大概にせい」
テリトは若人の動向に嘆息混じりに、何を考えているやらとウンザリしていた。
カイルにとって、先程の交戦は試しだった。
覚悟の総量で勝っていると、どこか優越を見出したかったのかもしれない。
奥底に燻る冥き衝動に突き動かされるように、引けない自分が居た。
だが、それは大局を見誤った、矮小な感情に他ならないとテリトに指摘された気がした。
「済みません。」
「……」
素直に謝るティア。
そしてそれを実行できないカイルは、自分が惨めに想えた。
憤り、澱のように深淵が底上げされてくる気分だった。
手の届かない位置にいるティアに羨望と嫉妬が募っていく。
だが、それと同時に望みを打ち消しかけた自分の軽はずみな行動にも、情けなさすら覚える。
(予想以上に不器用な人間だったんですね、私は)
「さて、どうするかのう?
仕切り直しするか、それともお預けにするか、お主らが決めよ」
スッとティアとカイルの攻撃を押し返して、少し離れた場所に腰をかけるテリト。
「血気盛んとは、羨ましい限りじゃ」
「…年寄りの僻みですね」
「爺臭」
テリトの達観した台詞に、カチンと来た2人は容赦に無い言葉をプレゼントする。
「どうせ爺じゃよ、ワシは」
不貞腐れように頬杖を付きながら、観戦することにする。
「やる気らしいな。
なら、一間だけじゃぞ。
それ以上はどちらにしろ、間に合わんからな」
テリトは2人の間にある気配を察し、条件をつける。
それを沈黙で了承し、互いに構えを取り直す。
ティアは腰を落とし、最速の1撃を放つ為の構え。
それに対してカイルは、本来のスタイルである後の先をとる直立不動の構えをとる。
(ほぉ~、理に適っておる上に、堂に入っておるわい。
こやつは個の全てにおいて完成を見ておるな。
それ故に発展途上か。
面白いのう)
カイルの構えを見、テリトは感嘆する。
(凛の戦闘理論を元に創り上げた、後方陣。
打ち破れますか?)
テリトはこの地点で勝敗を察していた。
(まだ、勝ち目は無いか。
身を持って味わうのも、勉強になるじゃろうて)
ティアの目も眩むような神速の突きが、カイルへと吸い込まれていく。
そして、それが軌道上に撃たされている事に気が付いた時には、手遅れだった。
拳は虚空を穿ち、その勢いを天空へと逸らされる。
ティアの1撃はカイルの肩スレスレを通過していた。
カイルはそれを軽く肩でいなし、その延長上にある掌で顔面を掴むと、受身も取れない状態で地面に叩きつけた。
カイルの動体視力が、後頭部を打ちつけられた白目を向くティアを、瞬間まで明確に捉えていた。
「見事じゃな。
だが、辛勝じゃったな」
「えぇ。
恐るべき神速。
心胆を寒からしめる気分でした」
カイルの冷たい汗がビッシリと額を覆っている。
引かぬ想い。
それを乗せた、直立なる拳は見た目以上に大きく、脅威を覚えた。
「ワシらとは違う独自の伝達方。
…食わせ者じゃな、お主」
「っ!!」
「気が付かぬと想うか?
ワシはこれでも身体構造を熟知した医者の端くれじゃぞ。
まぁ、お主にしか出来ぬから、その理論は。
じゃから、関係の無い話じゃ」
「…謙遜を。
貴方程、偉大な医者を私は知りませんよ」
カイルは世辞と皮肉を交えた言葉を述べる。
「この年になってから、世の広さを垣間見るわい。
この異端どもが」
「褒め言葉として受け取っておきますよ」
カイルは気絶したティアを背負い、そして下ろしたカバンを拾う。
「間に合わないでしょうが、下ってみます。
ペナルティーを払わせたらこの荷物、お届けしますよ」
「頼む」
短い遣り取りを終え、カイルは荷物を背負って山道を降りていく。
(あれ程の激情を見せながら、心を許しているのだな。
背を貸すなどと)
テリトは微笑ましいと、カイルの後姿を見送る。
例え気を失っていても、無防備な背中を貸すということはそれだけ信じている証拠である。
敵であり、味方というあやふやな揺らぎ。
それでも信じるに値する男だからこそ相対したのだと、その行動が物語っていた。
全力で対峙した為か、鬱積していた感情が大分晴れていた。
カイルはふと、懐かしい出来事を脳裡に蘇らせていた。
(…正反対ぐらいに違うのに、似ているとは。
もしかしたら凛、役不足なのは貴女かもしれない)
意図とは違い、本能のままに受け止め、それを実行してしまう。
澄んでいる訳でもなく、汚れも穢れも混じり、混沌としている。
それでも変わらぬ瞳の彩から、皆惹かれているのかもしれない。
(強固なる芯。
それは世界を知ったとしても、変わる事がないのだろうか。
苦渋なる選択と絶望なる現実。
道化役を演じ続けるしか、真実を知るものには残されていない。
それでも貴方は、その瞳を汚すことなくいられるのでしょうか)
己で封じ込めてきた想いに翻弄されるほどに、個に走ってしまった自責の念が表情を曇らせる。
個の為に犠牲になった、掛け替えのなかった者に詫びる言葉も繕えず、己がどれ程温く、甘やかされていたかを痛感させられる。
山道を降るカイルの貌には、拭えない悲しみだけが刻まれていた。
という訳で、全然スポットの中っていない男、カイルの見せ場です。
いつかちゃんとした見せ場を作りたいものです。




