【刹那の蓄積】 共鳴と反響体
バイパスなんて言葉で、どうしても直線的な線を想像していた。
だが、実際は円だった。
円というよりは波紋、波紋というよりは螺旋に近い。
そして、繋ぐのではなく、共鳴だった。
驚いたのは、氣というものだ。
テリトの中で活性化した細胞が共鳴し合い、それぞれが波紋を描いていく。
それが共鳴していき、螺旋に化けていく。
工程は3段階に分かれていた。
初めは1つの細胞が氣という波紋を起こし、それに共鳴した細胞が同じ運動を始める。
それらは瞬く間に数を増やし、全体に侵食する。
それから2段階目へと移行する。
同共鳴している細胞達は、その波紋をぶつけ合い、増幅していく。
音の増幅に似た現象が躰に中で起こっていた。
3段階目は、外れた波紋の糸が連なり、螺旋へと変換されていくのだ。
これにより、共鳴という弱い繋がりでなく、合致したと言える。
細胞の共鳴から成り立っている氣ならば、神経バイパスを経由しなくても、伝達が可能だということが頷けた。
氣の発生は肉体の活性化。
それに伴い、肉体から膨大なエネルギーが放出されていく。
共鳴方法の上手い熟練者でなければ、あっという間に体中のエネルギーを使い果たしてしまうだろう。
凛とテリトの差は、この共鳴方法の熟練度に他ならない。
呼吸するのと同等にまで高めなければ、凛のように常に意志伝達を行う事はできない。
テリトが送る氣が自分の中で作用し、肉体が活性化している。
同調させ、共鳴を起こさせているのだ。
常日頃から情報管理送還装置を肉体に掛け、細胞の一片までも把握を試みているティアには、その作用が明確に理解できた。
そしてテリトがどうやって共鳴を派生させているのかも。
※
(こんなことが、…これは息吹だ。
細胞の1つ1つが発している、呼吸だ)
ティアはこれと同じものを木々から感じたことがある。
あれは、ビィーナに気配の消し方を教わった時だ。
気配を殺し、場所から剥奪された存在に成り代わるのではなく、気配を同調させて周りに溶け込むようにする。
それを実行した際に覚えた、木々の息吹。
自分の中にそれと同じ世界が広がっている事に驚いた。
(これはあの時と同じなんだ。
眼を背けて直視しなかっただけで、こいつらは初めから生を主張していたんだ)
ティアは自分の内部に広大な世界の広がりを見た。
それは解放しろと急き、共鳴した部分から一気に全体を制圧した。
全身が活性化して、それは1つにリズムを刻む。
そのリズムは心音だった。
命のリズムに則り、細胞達が大合奏を奏でている。
(こやつ、波長を合わせたとでもいうのか!?
氣を把握している者なら兎も角、初心者がそんな高等な事をしたとでもいうのか!?)
氣を送り込んでいたテリトは、いつの間にか自分の氣の波長に同調しているティアの躰に驚愕を隠せないでいた。
明らかに段階を跳んでいる。
剣を初めて握る人間が、大木を斬り裂く離れ業を行った位に。
(拙いっ、共鳴が増幅されておるっ!)
反射が増幅を呼び、肉体を包んでいる共鳴が異様な高まりを見せている。
このままでは肉体がエネルギーを使い果たし、朽ち果ててしまう。
ティア本人はトリップしたように、トランス状態に陥っていた。
テリトは焦り、氣をストップするが、ティアに肉体を覆っている共鳴は留まる気配がない。
それどころかより高まりを引き上げていくばかりだった。
(一か八か、意識を断つしか)
共鳴の大本である意識を断つことで、停止をかけようとする。
だがその前に、急に共鳴が高まりを止め鎮静化していく。
早鐘のように鳴り響いていた共鳴が、今は呼吸のレベルに落ち着いていく。
「ど、どうなっておるのじゃ」
先程から範疇を超えた事態ばかりが到来して、テリトは戸惑いだけが募っていく。
そんなテリトを他所に、ティアはじっと己の右手を凝視し、その指を握り締めていく。
「成程、これが氣か」
ぎこちなく握りこまれた指。
拳になって右手に、ティアは大きな安堵の溜息を吐く。
「お、お主、一体なにを」
「伝達をしたんですよ。
大きな共鳴は意外に簡単だったけど、繊細なものに変えると、まだこの程度。
道は険しそうだな」
プルプルと震える指を何度も開閉させてみせる。
稀に誤り、指が危うい方向に曲がりそうに成る。
だが、それも幾度か繰り返している内に回数を減らし、スムーズに代わっていく。
「何者なのじゃ、お主」
どこかで質問された台詞が、再びティアに投げかけられる。
「前にも言ったでしょうが。
唯の孤児だって」
驚くべき才。
凛がこの領域まで達するのに、2ヶ月という苦難の道のりを歩んできたというのに、この男は僅か一間で完了させてしまったのだ。
いくら方法を識っているとはいえ、それを躰に馴染ますにはそれなりの修練が必要になる。
それなのにティアはそれらをすっ飛ばして、名人クラスのレベルに達したのだ。
氣に詳しいテリトだけに、その異様さが目に付いた。
(こんなことが有り得るのか…。
其れとも、これが本来なのか)
凛が常々に訴えているもの、人の可能性。
それを潰しているのは、人間の既成概念だと。
元々はもっと高次元に展開できる能力を、倫理という線で閉ざしてしまったと。
(なら、この男は人間の可能性を体現しているだけなのか!?
ワシらが修練で勝ち得たものを、当たり前のように成しえる事こそが、本来の人の定石なのか!?)
これまで積み上げてきた常識が根本から覆されるような衝撃だった。
才能という、事前に用意されているもので決定付けられたような、屈辱も又混在していた。
だが、凛が提示する俯瞰なる視点なら、それは誰にでも可能な領域だと。
否、それこそが才なのだろう。
誰にでもと言いつつも、視点の誤差は必ずあるものだ。
高い理想だけを追い求め、足元が疎かになるもの。
同じ光景を見ながらも、違う見解に達する。
そう、見るという行為1つでさえ、才が関わってくる。
積み重ねてきた概念など塵芥にも満たない、恐ろしく高度な視点と視野、そして概念がこの男には備わっているのではと、疑いたくも成る。
それ程にテリトにとって、この事実は衝撃的だった。
(人を超えし、本来の人類か。
凛よ、この男にとってこの賭けは、ワシらが計算しているよりも絶望的な確率ではないのかもしれぬな)
テリトはティアとの関係を持つということが、常識で捉えていては駄目なのかもしれないと認識を改める。
(ならば、見合った修練を課してやろう。
お主が望む位まで、誰よりも速く駆け抜けさせてやろう)
「氣を程度に抑え、全体に行き渡らせよ。
お主の場合、持続しなければ動きに制限ができてしまう。
良いな、神経が人という設計図に則り初めから繋がっているように、氣という信号で当たり前ように繋がっていると認識せよ。
それが依存されれば、己と呼吸と同等にまで、自然に収まる筈じゃ。
大きな力は要らぬ。
錬り込み、在中するバイパスを完成させよ。
寝ても覚めても、常に駆け巡る波長を模索せよ。
期限は明日までじゃ」
テリトは自分でも無茶な制限だと思いつつ、課題を出す。
その提示された宿題にティアは疑いもなく頷いて、了承した。
それは可能だと自分でもわかっているからだろう。
(…もし、ワシの推理が正しいなら、ティアは完成させられる筈じゃ)
テリトの推理通り、実現されていた。
これにより、テリトはティアの本当の真価を確信したのだった。
※
寝る間も惜しんで、ティアはひたすらに氣を体内に巡らす。
テリトが飲ませた仙丸が効果を示しているのか、適度な疲労感は募っていくものの、まるで底知らずのように細胞が活性化していた。
共鳴により増長しようとする氣のコントロールにより緻密に繊細に換えていく。
それが作用している体内を情報管理送還装置でスキャンし、より明確に理解を深めていく。
期限まで律動する。
次第に共鳴が自然なものに換わっていった。
え、チート、そ、そんなバカな!
いや、違う、これまでの経験がね、そう生かされているんですよ!
…そろそろ言い訳の限界が来ているようです。




