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蒼刻の彼方に  作者: ドグウサン
2章 突破する者達
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【価値観のあり方】 氣

「っ!」


ティアに1撃を返した腕が、傷みを発していた。


(流し切れなかった。

…エネルギーの流出が早すぎるのよね、あの男は。

想わず、奥の手まで使ってしまったわね)


凛は痛む右腕を押さえ込む。


「凛」

「あら、厭な処を見られたわね。

折角、上々な展開になって気分が良いのに、水は注さないものよカイル」

「軽口は結構です。

見せて下さい」


渋々右手を差し出し、それをカイルは念入りに確認していく。


「まだまだ実用としては、完成に至ってないわね。

テリト先生なら、上手にこなせるんでしょうけど」

「ティアの1撃を転換できただけでも、相当なものですよ。

8割は完成を見ていると考えて差し支えないでしょうね。

指向を腕の中で変換させて、衝撃として放つ。

自分の攻撃をそのまま受けているようなもの。

合気と合氣の複合も近いですよ、凛」

「そう、カイルの保障なら間違いないわね」


カイルは腕の状態を念入りに調べ上げ、凛にとって大した被害がないことを確認する。


「今日の処は、無茶は控えて下さいよ。

原型が無いとは言え、未だ、可動しているものまで壊す意味はありませんからね」

「どうしたの、カイル?

珍しく感情的じゃない」


淡々と語っているように見えるが、カイルという男の本質を知っている凛には、その声に遣り切れない含みがあることを覚えた。

それを見抜かれたカイルは、嘆息を付いて、押し殺していた感情の蛇口を少しだけ捻り、吐露する。


「危惧を覚えますよ、凛の生き方をみていると。

後少しで良い、私たちに頼ってはくれませんか?」


切なる願い。

普段ならとてもではないが云えない願い。

これを凛は嫌い、侮辱と感じるとカイルは知っているからだ。

凛が歩んできた辛酸なる道。

それを考慮すれば、それも頷ける。

それでも友人として、心寄せる者として、云わずに入られなかった。

凛にしては大したことの無い、この腕の状態。

他の者ならのた打ち回る程の激痛で顔を歪めているだろう。

それが凛の程度なのだ。

傷みに鈍感なのでもなく、真っ向から傷みを受け止める。

そうして自分を確認しているのだ。

カイルはどうしてこんな台詞を、今更口にしたのだろうと疑問する。


(多分、私も感化されているのでしょうね。

だから、どこかで期待したのかもしれない。

受け入れてくれると)


カイルにはそんな甘い考えがあった。

結果は見えていても。

案の定、凛は険しい顔つきに変貌し、無言の圧力を掛けてくる。

掴まれている腕を振り払い、落胆を全身から滲み出させていた。


「カイル、どういう意味でその台詞を吐いたの?

事と次第によっては許さないわよ」

「凛こそ、私に意味を問いますか?」

「そう……、思い上がらないで」


凛は突き放すように、カイルに背を向ける。


「私の経緯を知っている貴方から、そんな台詞を聞くとは想わなかったわ。

…私は誰も必要としていない。

そんな甘えは必要ない」


辛辣で心苦しい台詞が凛から吐かれる。


「これまでも1人、これからもよ。

見込み違いだったみたいね、カイル。

貴方なら、そこら辺を考慮してくれると、踏み込まないと想っていたのに。

残念だわ」


そしてカイルを置き去りにして、凛はこの場から去っていく。

その背に、カイルは言葉をぶつける。


「だからこそ、私は何度でもこの台詞を繰り返しますよ。

貴女は、もう皆の中に根付いてしまっているんですから。

それを消すようなこと、誰も望まない」


振り返らない凛。

だが、カイルに後悔は無かった。


(こうしなければ、先に進めませんからね。

しかし、なんて無力なんでしょうか、私の言葉は。

せめて、ティアの一部くらい凛の心に届けば)


嫉ましい。

カイルはこれ程、他人に嫉妬したことはない。

どんなに望もうとも、自分には演じきれない役柄。

届かない想いに、カイルはそれを痛感させられていた。


(いよいよ必要になってきましたか、鞘となる者の存在が。

こっちもこっちで切羽詰ってきましたね。

全ては1人の少年に連なる。

ここまで乱しておいて、簡単には死なせませんよ、ティア)


カイルは自分が演じるべき役柄に没頭するで、この苦渋に囚われないようにする。

それが恩に報い、繋がると確信しているからだ。


(望んでいた。

だが、今となってはこれ程辛い選択しだったとは。

それでもキッチリと演じてみせましょう。

逸脱した脇役としてね)


静まり返った廊下で1人、カイルは決意を新たにする。

いつの間にか目的順位が入れ替わってしまった現状に、カイルは苦笑するのだった。




氣。

それは古来より在りし、科学的で説明のつかない現像の1つ。

メカニズムが不明ながら実在する現象について表現する言葉。

空間を隔てた人体相互の間で、何らかの効果や情報が伝達されるという現象。

筋肉運動は、神経からの刺激を受けて放出されたカルシウムイオンの結合によって開始される。

体内の免疫反応なども、そうした反応を引き起こす役割を持った蛋白質の結合によってコントロールされる。

それらは構造によって決定され、特定の状態でイオン化される。

神経を介した命令の伝達も電気信号。

心身は適切な、電磁的な状態変化を伴って活動する。

当然、人体相互の間では電磁誘導が発生し、共鳴する。

肉体とは、理想的な反響体であり、発生体と言えた。

波紋、電気、振動、光、それらの様々な変化を促し、的確で、迅速に全身へと伝える、完成されたシステム。

それ故に、伝達方法の多重さが災いし、不完全でもある。

その不完全さが、氣とも言えた。

複合とも言い換えれる。

普段認識している常識的な状態から、氣を武術や健康状態のコントロールに生かせるまでに身につける過程では、体内でいろいろな変化が起こる。

神経繊維の長さや密度が増加し発達してゆき、免疫機能が高まったり、ホルモンの分泌がダイナミックかつ適切になったりもする。

それは意志と、発達した神経系の活発かつ繊細な働きが、密接に関連して働く。

氣の境地が高まると、体内の諸機能が本来あるべき状態(最適な健康状態)へ向かい、内臓や内分泌器官が適切に働き始め、神経はそのための指令を強く発する状態なっていく。

つまり、信号が的確で、より強く変化していくのだ。

氣とは本来人が持つべき、意志伝達信号なのかもしれない。

神経というバイパスが適した信号として、電気という形をとっているが、それに囚われなければ、蛋白質分子機械の集合体である肉体は、もっと別の方法で、共鳴、伝達を果たす事で出来ると推測される。

その結晶が、凛の切断された左腕をも動かす、別バイパスを編生した新体。

そして電気信号の換わりに、その速度を超える伝達方法、共鳴複合(氣)が採用されている。

囚われない伝達方法は、その場に何かがあるだけで、共鳴させられる。

気体、液体、固体、形の枠組みを超え、伝達が許される。

有機質、無機質のどの状態にも影響を及ぼせる事になる。

ましてや、人という理想反響体なら、その影響は相当なものだろう。

武で氣を使用すれば、筋肉を通り越し器官そのものにダメージを及ぼせたり、大気を伝い、離れた敵にも攻撃が出来ると考えられる。

結論を述べれば、氣とは理想反響発生体(躰)から発せられる意志共鳴波長に他ならない。




砕かれた腕をそのままに、ティアはレポートを食い入るように読み漁っていた。

記述にティアは、言葉が出なかった。

何処か現実味が薄い事柄なのに、科学的にアプローチされた氣という概念。

凛が実技により検証データは膨大で、過程と見解が様々に書き込まれている。

いつしかティアはその資料に没頭していた。

情報管理送還装置(ライブラ)で肉体をスキャンし、氣が及ぼす肉体の影響や、未知数の結果が事細かに手記されている。

未知数を炙り出す為に、新たな視点を儲けて実験を繰り返す思惟なる日々。


(………)


手記は苦渋なる闘い。

動かぬ左腕を抱えながら、血塗られた鉾(ミストルティン)と言う過酷な環境を生きる。

何の障害も抱えていなかったティアですら、この環境は身の毛も弥立つような日々だった。

膨大な資料。

それをティアは情報管理送還装置(ライブラ)のよる読み取りもせずに、ひたすらに読み続けて刻んでいった。

資料は日記のような形式と、私的見解との2点で構成されていた。

日記はこのような始まりで、書き連ねられていた。


{蒙昧だろうか。

否、このまま片腕を損失したままでは、何れ行き詰ると思考すべきだろう。

ならば、可能性に賭け、今は枷を嵌めて無様に生きよう。

これは良い戒めになる。

カイルという協力者を得て有頂天になっていた迂闊な私への戒めになるだろう。

カイルが居なければ、あの地点で逝っていただろう。

尊厳を守ろうとして、逃げに周るとは。

私は安心してしまったのだろうか。

誇り高き死なんて無意味。

今更誇りにしがみ付こうとしているなんてお笑いだ。

だが、それでいい。

そうでなければ、又意味もないのだ。

()である意味が。

枷を戒めにし、油断なく生きよう。

2度と辛酸なる想いを噛み締めない為に}


これから先、2度と弱音を吐露した文章は記載されていない。

これが最初で最後の本音だったのだろう。

正確には覚悟と戒めの為に、ワザと手記したのだろう。


(……馬鹿が)


ティアはドイツもコイツと愚痴りたくなる。

1人抱え、押し潰されそうになっている者たちの巣窟だとティアは内心吐き気がした。

シルーセル、ビィーナ、凛。


(不器用にしか生きられない生き物なのかな、人って)


凛が自分に行動に対する責務を1人で背負うことを強いている、その生き方ことが証明だった。

弱音を持っていなければ、凛は誇り高いだけの完璧に近い人間で通っていただろう。


(カイルも辛かっただろうな。

関係に甘えを差し挟むことを禁忌にしていたんだ。

見守るしか許さなかった凛。

…お前が強いだけ人間だったら)


そしてカイルも、辛い日々に耐えてきたことがティアにはわかった。

毎日進歩を遂げていく研究内容。

過酷な環境で、この手記の内容を実現してきたのなら、鋼鉄の意志がなければ不可能だと思えた。

だが、凛にも確実に弱さがあった。

それ故に、この日々は確実に凛の心と体を蝕んでいる。

日記の内容は淡々と行われたなことだけが明記され、それは次第にエスカレートしていく。


(なっ、なんなんだよ、これっ!)


想わず口元を押さえ、衝動を堪える。

これは人体実験だった。

自分という被験者を客観的に、物としてぞんざいに扱っていく。


{新たに構築したバイパスが、断たれた神経バイパスの肩代わりを果たす事に成功。

その過程で、私は1つの可能性を考慮した。

それは}


蒼白な顔面を厭な汗が伝い、その紙面に滲みを造る。


{今日は指を折ることにする。

軟体動物のように支えを無くした指。

あらぬ方向に曲げ、そして伝達をしてみる。

流石に補助を失った指はまともに可動せず、想う様にはいかない。

外装の筋肉に柔軟性を持たせ、脂肪分を減らす。

これにより電気信号の部分を多めにして共鳴を単純化。

指という捉えを超えた可動方を見出してみる}


日記は苛烈を極めていく。

指を折る。

この言葉は始まりに過ぎなかった。

肉体という可能性を何処までも追求していく様は、サディストであり、マゾヒストであった。

凛の性格から傷みというものから逃げ出さずに、この実験は積み重ねられている。

拷問と見紛うばかりの内容は淡泊な表記させていた。

ティアは下の腹から震えを込上げてきていた。

この内容を実行している者の性格を考えれば、一片の戯すらなく、真実だけが銘記されているのがわかるからだ。


(カイル、お前はこれを見てたんだな、ずっと)


正気の沙汰ではない内容。

それを目の当たりにしながら、止める事を抑止された者は、どれ程苦しみに悶えたことだろうか。


(ましてや、好意を持つものなら)


そしてここまでの自分を追い詰め、鍛え上げていく凛の内情をそこはかとなくティアは理解できた。


(馬鹿だ、こいつ。

頼らないんじゃなく、頼れないんだよな。

目的の先が、未来に繋がっていないことを知っているが故に)


捨て身だと。

人のことを駒と言いつつ、誰にも何も期待をしていない。

辿り着くまでの、経路を確保する為だけだと。

凛に仲間なんていないと識らされた。


(………)


一字一句残らずに読み終えた時、ティアの中で1つの決意が構築される。


()ざけやがってっ!)


これは悲痛なる叫びが刻まれたものだと、ティアは想った。

だからこそ、許せないものがあった。


(1年半だ。

こんなものが1年半も続けられたんだ。

…否定してやる。

アイツらの歩んだものがチンケで、値しないものだと。

人は助けが必要な弱い生き物で、それを認めなければ、先なんてない。

なら、未来(ビジョン)を創ってやる。

アイツらの生き方を否定して、支えてやる。

その為には)


「残り1ヶ月半、これで」


ティアは思案する。

この1ヵ月半で証明出来なければ、自分の言葉は矮小なものに成り下がる。

命を賭してでも、遣り遂げなければ成らない。


(俺は弱さを否定しない。

だから、その分誰よりも強くなってみせる。

その為には)


ティアは思考を固め、実行に移すべく、ある人物を俟つ。

此処で俟っていれば、その人物は現われる。

それまでは凛に与えられたダメージを回復するのに専念する。

廊下に人の気配が生まれる。

気配はこの部屋を迷い無く目指し、そして扉を開く。


「俟ってましたよ、テリト先生」


それを訊いた入室者は、露骨に厭そうな貌をしていた。

氣を分析すると、こんな感じになるかなと妄想しながら書いた話です。

氣とか、だいぶファンタジーな感じに近づいてきた感じです。

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