【価値観のあり方】 示された道
昨日、遅くまで仕事が長引いたのと、寝オチで投稿できませんでした。
だから、本日は4話投稿予定です。
先ず1話目です。
あの事件は多くの犠牲者を出したが、それについて血塗られた鉾はビィーナに責任問題を突きつけることは無かった。
最強を自負する血塗られた鉾が、1人の襲撃者に惨殺されたとは公表できる訳もなく、それは改竄され、真実から蓋をすることで結末を見た。
それどころか、その襲撃者を1人で退治したビィーナの評価は上がっていた。
執行者の次に継ぐ実力者である教員12名ですら勝てなかった相手だ。
責任を押し付け黙殺するより、その能力を買っておく方が得と考えたのだろう。
拠って、襲撃者がニアス トイアムトである事実、そして血塗られた鉾の名に傷をつけない為に、この襲撃は闇の葬られることとなる。
街には演習と無理な説明を通し、荒れた街や通りの修繕等は速やかに行われたのだった。
ティアが目を覚ましたのは、事件から2日後のことだった。
酷い出血が祟ったのか、昏睡状態が続いていたのだ。
それは現実という牙がティアの首に噛み付く瞬間でもあった。
欠片の反応も見せない利き指たち。
ティアは自分の右腕が死んだ事を突き付けられた。
そして抉られた脇腹の部分に、足へと連なる神経があったが為、思うように利き足も可動しない。
ティアは利き手と足を同時に失ったのだった。
※
保健室の一角。
アルコールの匂い立ち込める部屋の中で、ティアは一人、絶望と向き合っていた。
苛立ちが募る。
何度も何度も、それこそ何兆も繰り返してきたかもしてない伝達を行うが、ピクリとも動かない。
半開したままの指は、此方の意図に反応を見せてくれない。
(動け、動け、動けよっ!)
どんなに指示を与えたところで、伝達系統の失われた器官に届かない。
(畜生、畜生、畜生っ!)
言う事を利かない手をベッドの柵に叩きつけようとして、外に生まれた違和感に気が付き、その行為を自制する。
高ぶる気持ちを抑えるため、深呼吸をしてから、外で入るのに戸惑っている気配に呼びかける。
「ビィーナ、どうした?」
勤めて朗らかに、気負いの無い声で呼びかける。
怯えた気配が扉越しに窺え、小動物みたいにおどおどとした態度でビィーナが入室してきた。
「…ティア」
ビィーナは憔悴しきった顔を覗かせ、恐る恐るベッド脇までやって来る。
「寝てないのか、……済まない、眠れないんだな」
眼に下のくまを見て取ったティアは、問いかけてみる。
その質問が不躾だったと後悔するのに、幾秒も掛からなかった。
鼓舞する言葉も浮かばない。
互いに沈黙し、重い空気だけが立ち込めていく。
口に出していいものかと逡巡していたが、このまま尾を引くのも嫌だったので、とりあえずはティアは同情でもなく、慰めでもない、共感だけを口にする。
「初めてだったんだからな。
無神経で悪い。
苦しいよな」
「…ち……」
何か言おうとして詰るビィーナ。
視線は下を向き、ティアの視線から逃れるようにしている。
「ましてや、肉親だ。
俺なんかとは比較にならないよな。
それを強制させてしまったんだ、俺が。
どんなに謝罪しても無駄だって知ってるし、償えないことも知ってる。
それでも謝らせてくれ、済まない」
ティアは土下座でもしたい気分だったが、片足が利かない状態なので、その場で深々と頭を下げる。
それを訊いたビィーナは爆発したように、激情を顕にしてくる。
「どうしてあたしを責めないのっ!
あたしのせいでティアはっ!
それなのに、謝ってばかりで、どうして!」
ビィーナには苦痛だった。
兄を手にかけた事実。
そして自分を救う為に利き手と足を失ったティア。
その事実だけが重く圧し掛かり、千切れそうだった。
それなのに当の本人は、被害者は責める立場に居ながら、謝罪ばかりしてくる。
「悪いのはあたしなのにっ!
諦めが悪くて、ワガママで、そのせいで傷つけて、それなのにティアはあたしを責めないで…」
「…同じなんだろうな」
「………」
同じと言われ、意味がわからなかったビィーナは伏せていた顔を上げてティアを見る。
「俺も同じなんだ。
諦めが悪くて、我儘で、その所為で傷つける。
だから俺は、俺が悪いと、ビィーナのように思ったんだ。
謝って自分の重荷を軽くしようと卑屈な手段を講じる、卑怯者なんだ、俺は。
そんな俺に、お前が苦しむことはないんだ」
ティアは右手を差し出そうとして、咄嗟に左手にする。
そして毎日のように泣いているのであろう、涙の後を消すように優しく頬を摩る。
「割り切れるものじゃないなら、無理してくれ。
俺の為でもいいから、無理してでも笑ってくれ。
少しでも俺に対して罪悪感があるなら、笑って、俺を安心させてくれ。
もう大丈夫だって。
この状況で、無茶難題だと想う。
だからこそ、償いになる。
だから、ビィーナのままで笑ってくれ」
もう仮面を付けないで、無理強いしてくれと懇願するティア。
ビィーナはそれが出来なかったから、仮面を被り、現実から目を逸らしてきた。
でも、それでは償いにならない。
ビィーナはぎこちなく硬直している顔で笑顔を構築してみる。
不自然で、不器用な笑い。
それを見て、ティアは嬉しそうに笑った。
それがビィーナの頑なさを1つ氷解させていく。
「よしっ、そのままだ。
お前はビィーナだ、それで良い。
…辛くなったら、俺に吐露してくれれば良い。
だから、皆の前ではそれでいろ、なぁ」
ティアは小さな子をあやすように、ビィーナの頭を撫でてやる。
ビィーナはその行為に身を任せ、暫く浸る。
兄がよく遣ってくれた行為。
思い出が痛いが、それでも嬉しさが込上げてくる。
ビィーナのぎこちなさが抜けた笑顔で、その行為を受けるのだった。
※
不安定なビィーナはその気配に気が付く事は無かった。
ビィーナが去った後、ティアはその気配に噴気を含んだ声で口を開く。
「出歯亀か、趣味が悪いぞ、凛」
ビィーナ程ではないにしろ、見事なまでの気配を偽装していた凛は、その呼びかけに答えて、姿を現す。
「未だ本調子には程遠いわね。
私の気配に気が付かないなんて。
テリト先生すら見抜けるビィーナなら、難なく察せられる筈なのにね」
「下らないいちゃもんを付けに来たなら、迷惑だ。
出て行け」
ティアの様子と発言を聞いて、凛は微笑を浮かべる。
明らかに、此方を逆撫でするような馬鹿にした微笑だ。
「余裕の欠片もないわね。
腕おろか、足すら動かすのが儘ならないことが、堪えているようね。
お優しいティア殿は」
「何が言いたい」
「そのままよ。
余裕が無い癖に、人ばかり気を使って鬱積してればザマないわね。
無様ね。
慢心した結果よね、これも」
否定を口にしようとして、凛はそれを遮る。
「してなかったとは言わせないわよ。
自分の力を過信しなければ、敵の力を見誤ることも無かった。
そして腕を差し出すこともなかった筈。
又も、観察と考察を忘れ、自分の身体能力だけに頼った作戦に出た結果。
2度目の愚行。
これを慢心と言わずに、なんというのかしらね。
ビィーナもビィーナだわ。
この程度で躓くなんて、この先駒としてどれ程役に立つかわからないわね」
自分の事ならいざ知らず、苦しんでいるビィーナに対して吐いた暴言に、ティアは歯軋りをして、凛を睨みつける。
そんなティアを、凛は冷淡な睥睨で一瞥する。
「挺身して大事な駒を守ってくれたことには感謝してあげるわ。
脱落者には勿体無い言葉かもしれないけど、礼を述べてあげる」
(動けっ!)
ティアに中で切れるモノがあった。
追い詰められ、そして侮辱され、そして最後にビィーナを、人を駒扱いした暴言にティアの鬱積が頂点に達し、防波堤が崩壊した。
「凛っ、テメェ!」
反応の鈍い筈の利き足が疾風のように可動し、床に立つ。
その勢いで放たれる必殺の左拳。
苛烈に大気を切り裂き、不敵な笑みを浮かべた凛の顔面に跳ぶ。
それを正面から掌で受け止める凛。
ティアの1撃は、それこそ何十トンともいう衝撃を備えた顰蹙ものの1撃。
対戦車砲にも匹敵する威力を秘めている。
それを人が正面から受け止めるなど自殺行為もいいところだ。
それなのに凛は迷う事無く、真っ向から1撃を受け止める。
破壊に特化した鉄槌を。
(なんだっ!)
まるで綿を叩いたように、感触が薄い。
バシッと拳と掌が打ち合う音はしたが、軽く触れ合っているような感触だけがある。
「返すわ」
次の瞬間、途方も無い衝撃がティアの左腕に奔り、骨が粉砕されていく。
指から肘に掛けての骨が残らず複雑骨折していく。
自分の1撃がそのまま還ってきたようだった。
余りの衝撃に躰が壁まで吹き飛び、叩きつけられる。
轟音がその威力の程を語っていた。
「くっ、はぁ!」
ティアは背中を打ち付けると同時に、血反吐が撒き散らす。
全身がバラバラにされたかのような衝撃。
ティアは壁を伝い床に落ちると、打ち付けられた壁が鉄鎚で破壊されたような後を残し、崩れ去っていく。
「頑丈さにほとほと呆れるわね。
これ程の1撃を受けて生きていられるなんて」
凛の掌から湯気が立ち上っている。
「いじけるだけのなら、私が引導を渡してあげるわ。
その程度で悲観して、絶望に浸るならね」
「こ、こ・のていど、だと。おま・えに・わかる・も・のか」
絶え絶えに紡がれる言葉。
ダメージは深刻までともいかないが、肉体がまともに作動しない程には大きく、身動き1つとれない。
そんなティアを他所に、凛は自分の上着を取り払い、衣服を脱いでいく。
「なっ、な・にしてんだ・よ」
無視をして、凛は肌を顕にした。
「っ!」
サラシを撒いた胸の部分だけを残して、上半身裸になった凛。
そこには無数の傷という傷の群。
縫い傷だけでも20を軽く超え、跡の残っている裂傷で全身を満たしていた。
傷の白い肌を浅黒く染めていた。
そしてティアを驚かせたのは、左肩に入っている醜い傷。
それは完全に肩を両断した痕だった。
「想像は付くでしょ」
そっとその左肩の傷を触れながら、凛は話しかけてくる。
「この傷はね、腕を断たれたものをくっ付けた痕よ。
しかも独自にやったものだから、変に引っ付いてしまったわね」
確かに歪な結合部分。
少しだけ肩が下がっており、右と左のバランスがとても悪かった。
絶句してしまっているティアに、凛は話を続ける。
「これでも、私にはわからないかしら。
寧ろ、貴方の方がマシね。
繋がっているんですから」
ティアはどう答えたらいいのかわからない。
悲惨な傷痕に目だけが釘付けにされ、魅了されていた。
傷という傷が、凛という女の歩んできた過酷なる人生の縮図だった。
「こんな状態だから、勿論腕なんて動かないわ。
この腕は飾り」
そう告げると、凛はその左腕で脱いだ服を持ち上げ、衣服を装着していく。
「操作しなければ、只のガラクタ。
それが私の左腕。
貴方よりも、悲観的じゃないかしらこれは。
良い、絶望っていうのは、遣ることを残していない者のすることよ。
これを見ても未だ浸りたいなら、今直ぐに首を刎ねてあげるわ。
私の恥と一緒にね」
恥と言い切り、それを晒してまで道を示して見せた凛。
(この女、ほんとに可愛げのないな)
「ぐっ、うぅぅぅ!」
ティアは唸り声をあげ、壁に手をつきながら起き上がる。
最早、その目には悲壮な光は宿っていない。
(この女の前で、これ以上の醜態を晒してたまるかよっ!)
それを確認した凛は、ティアに向かい紙の束を投げ渡す。
「伝達できれば、人の体は動くわ。
その方法を私なりに見解し、結果を収録してあるわ。
あげるわ、それ。
それと闘技大会、メンバー変更はしないわよ。
肝に銘じておきなさい」
「見たら燃やしておきないよ」と注文を入れた後、凛は保健室から立ち去っていく。
凛が居なくなると、ティアは無理が祟った躰から力が抜け、再び床に転がってしまう。
ヒンヤリした床が心地いい。
(先の先まで読まれてやがる。
…ふっ)
「くっ、ふっはははははははっ!」
自分の笑いで全身が痛むが、ティアはそれすら気にならない。
(遣ってやるよ。
期待に応えてやるよ、お前が掛けてくれた分くらいは、返してやる)
動かなくなった右手を翳し、そして誓う。
(口の悪い女神にな)




