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蒼刻の彼方に  作者: ドグウサン
2章 突破する者達
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【価値観のあり方】 示された道

昨日、遅くまで仕事が長引いたのと、寝オチで投稿できませんでした。

だから、本日は4話投稿予定です。

先ず1話目です。

あの事件は多くの犠牲者を出したが、それについて血塗られた鉾(ミストルティン)はビィーナに責任問題を突きつけることは無かった。

最強を自負する血塗られた鉾(ミストルティン)が、1人の襲撃者に惨殺されたとは公表できる訳もなく、それは改竄され、真実から蓋をすることで結末を見た。

それどころか、その襲撃者を1人で退治したビィーナの評価は上がっていた。

執行者(フォチャード)の次に継ぐ実力者である教員(パルチザン)12名ですら勝てなかった相手だ。

責任を押し付け黙殺するより、その能力を買っておく方が得と考えたのだろう。

拠って、襲撃者がニアス トイアムトである事実、そして血塗られた鉾(ミストルティン)の名に傷をつけない為に、この襲撃は闇の葬られることとなる。

街には演習と無理な説明を通し、荒れた街や通りの修繕等は速やかに行われたのだった。

ティアが目を覚ましたのは、事件から2日後のことだった。

酷い出血が祟ったのか、昏睡状態が続いていたのだ。

それは現実という牙がティアの首に噛み付く瞬間でもあった。

欠片の反応も見せない利き指たち。

ティアは自分の右腕が死んだ事を突き付けられた。

そして抉られた脇腹の部分に、足へと連なる神経があったが為、思うように利き足も可動しない。

ティアは利き手と足を同時に失ったのだった。




保健室の一角。

アルコールの匂い立ち込める部屋の中で、ティアは一人、絶望と向き合っていた。

苛立ちが募る。

何度も何度も、それこそ何兆も繰り返してきたかもしてない伝達を行うが、ピクリとも動かない。

半開したままの指は、此方の意図に反応を見せてくれない。


(動け、動け、動けよっ!)


どんなに指示を与えたところで、伝達系統の失われた器官に届かない。


(畜生、畜生、畜生っ!)


言う事を利かない手をベッドの柵に叩きつけようとして、外に生まれた違和感に気が付き、その行為を自制する。

高ぶる気持ちを抑えるため、深呼吸をしてから、外で入るのに戸惑っている気配に呼びかける。


「ビィーナ、どうした?」


勤めて朗らかに、気負いの無い声で呼びかける。

怯えた気配が扉越しに窺え、小動物みたいにおどおどとした態度でビィーナが入室してきた。


「…ティア」


ビィーナは憔悴しきった顔を覗かせ、恐る恐るベッド脇までやって来る。


「寝てないのか、……済まない、眠れないんだな」


眼に下のくまを見て取ったティアは、問いかけてみる。

その質問が不躾だったと後悔するのに、幾秒も掛からなかった。

鼓舞する言葉も浮かばない。

互いに沈黙し、重い空気だけが立ち込めていく。

口に出していいものかと逡巡していたが、このまま尾を引くのも嫌だったので、とりあえずはティアは同情でもなく、慰めでもない、共感だけを口にする。


「初めてだったんだからな。

無神経で悪い。

苦しいよな」

「…ち……」


何か言おうとして詰るビィーナ。

視線は下を向き、ティアの視線から逃れるようにしている。


「ましてや、肉親だ。

俺なんかとは比較にならないよな。

それを強制させてしまったんだ、俺が。

どんなに謝罪しても無駄だって知ってるし、償えないことも知ってる。

それでも謝らせてくれ、済まない」


ティアは土下座でもしたい気分だったが、片足が利かない状態なので、その場で深々と頭を下げる。

それを訊いたビィーナは爆発したように、激情を顕にしてくる。


「どうしてあたしを責めないのっ!

あたしのせいでティアはっ!

それなのに、謝ってばかりで、どうして!」


ビィーナには苦痛だった。

兄を手にかけた事実。

そして自分を救う為に利き手と足を失ったティア。

その事実だけが重く圧し掛かり、千切れそうだった。

それなのに当の本人は、被害者は責める立場に居ながら、謝罪ばかりしてくる。


「悪いのはあたしなのにっ!

諦めが悪くて、ワガママで、そのせいで傷つけて、それなのにティアはあたしを責めないで…」

「…同じなんだろうな」

「………」


同じと言われ、意味がわからなかったビィーナは伏せていた顔を上げてティアを見る。


「俺も同じなんだ。

諦めが悪くて、我儘で、その所為で傷つける。

だから俺は、俺が悪いと、ビィーナのように思ったんだ。

謝って自分の重荷を軽くしようと卑屈な手段を講じる、卑怯者なんだ、俺は。

そんな俺に、お前が苦しむことはないんだ」


ティアは右手を差し出そうとして、咄嗟に左手にする。

そして毎日のように泣いているのであろう、涙の後を消すように優しく頬を摩る。


「割り切れるものじゃないなら、無理してくれ。

俺の為でもいいから、無理してでも笑ってくれ。

少しでも俺に対して罪悪感があるなら、笑って、俺を安心させてくれ。

もう大丈夫だって。

この状況で、無茶難題だと想う。

だからこそ、償いになる。

だから、ビィーナのまま(・・・・・・・)で笑ってくれ」


もう仮面を付けないで、無理強いしてくれと懇願するティア。

ビィーナはそれが出来なかったから、仮面を被り、現実から目を逸らしてきた。

でも、それでは償いにならない。

ビィーナはぎこちなく硬直している顔で笑顔を構築してみる。

不自然で、不器用な笑い。

それを見て、ティアは嬉しそうに笑った。

それがビィーナの頑なさを1つ氷解させていく。


「よしっ、そのままだ。

お前はビィーナだ、それで良い。

…辛くなったら、俺に吐露してくれれば良い。

だから、皆の前ではそれでいろ、なぁ」


ティアは小さな子をあやすように、ビィーナの頭を撫でてやる。

ビィーナはその行為に身を任せ、暫く浸る。

兄がよく遣ってくれた行為。

思い出が痛いが、それでも嬉しさが込上げてくる。

ビィーナのぎこちなさが抜けた笑顔で、その行為を受けるのだった。




不安定なビィーナはその気配に気が付く事は無かった。

ビィーナが去った後、ティアはその気配に噴気を含んだ声で口を開く。


「出歯亀か、趣味が悪いぞ、凛」


ビィーナ程ではないにしろ、見事なまでの気配を偽装していた凛は、その呼びかけに答えて、姿を現す。


「未だ本調子には程遠いわね。

私の気配に気が付かないなんて。

テリト先生すら見抜けるビィーナなら、難なく察せられる筈なのにね」

「下らないいちゃもんを付けに来たなら、迷惑だ。

出て行け」


ティアの様子と発言を聞いて、凛は微笑を浮かべる。

明らかに、此方を逆撫でするような馬鹿にした微笑だ。


「余裕の欠片もないわね。

腕おろか、足すら動かすのが儘ならないことが、堪えているようね。

お優しいティア殿は」

「何が言いたい」

「そのままよ。

余裕が無い癖に、人ばかり気を使って鬱積してればザマないわね。

無様ね。

慢心した結果よね、これも」


否定を口にしようとして、凛はそれを遮る。


「してなかったとは言わせないわよ。

自分の力を過信しなければ、敵の力を見誤ることも無かった。

そして腕を差し出すこともなかった筈。

又も、観察と考察を忘れ、自分の身体能力だけに頼った作戦に出た結果。

2度目の愚行。

これを慢心と言わずに、なんというのかしらね。

ビィーナもビィーナだわ。

この程度で躓くなんて、この先駒としてどれ程役に立つかわからないわね」


自分の事ならいざ知らず、苦しんでいるビィーナに対して吐いた暴言に、ティアは歯軋りをして、凛を睨みつける。

そんなティアを、凛は冷淡な睥睨で一瞥する。


「挺身して大事な駒を守ってくれたことには感謝してあげるわ。

脱落者には勿体無い言葉かもしれないけど、礼を述べてあげる」


(動けっ!)


ティアに中で切れるモノがあった。

追い詰められ、そして侮辱され、そして最後にビィーナを、人を駒扱いした暴言にティアの鬱積が頂点に達し、防波堤が崩壊した。


「凛っ、テメェ!」


反応の鈍い筈の利き足が疾風のように可動(・・・・・・・・)し、床に立つ。

その勢いで放たれる必殺の左拳。

苛烈に大気を切り裂き、不敵な笑みを浮かべた凛の顔面に跳ぶ。

それを正面から掌で受け止める凛。

ティアの1撃は、それこそ何十トンともいう衝撃を備えた顰蹙(ひんしゅく)ものの1撃。

対戦車砲にも匹敵する威力を秘めている。

それを人が正面から受け止めるなど自殺行為もいいところだ。

それなのに凛は迷う事無く、真っ向から1撃を受け止める。

破壊に特化した鉄槌を。


(なんだっ!)


まるで綿を叩いたように、感触が薄い。

バシッと拳と掌が打ち合う音はしたが、軽く触れ合っているような感触だけがある。


「返すわ」


次の瞬間、途方も無い衝撃がティアの左腕に奔り、骨が粉砕されていく。

指から肘に掛けての骨が残らず複雑骨折していく。

自分の1撃がそのまま還ってきたようだった。

余りの衝撃に躰が壁まで吹き飛び、叩きつけられる。

轟音がその威力の程を語っていた。


「くっ、はぁ!」


ティアは背中を打ち付けると同時に、血反吐が撒き散らす。

全身がバラバラにされたかのような衝撃。

ティアは壁を伝い床に落ちると、打ち付けられた壁が鉄鎚で破壊されたような後を残し、崩れ去っていく。


「頑丈さにほとほと呆れるわね。

これ程の1撃を受けて生きていられるなんて」


凛の掌から湯気が立ち上っている。


「いじけるだけのなら、私が引導を渡してあげるわ。

その程度で悲観して、絶望に浸るならね」

「こ、こ・のていど、だと。おま・えに・わかる・も・のか」


絶え絶えに紡がれる言葉。

ダメージは深刻までともいかないが、肉体がまともに作動しない程には大きく、身動き1つとれない。

そんなティアを他所に、凛は自分の上着を取り払い、衣服を脱いでいく。


「なっ、な・にしてんだ・よ」


無視をして、凛は肌を顕にした。


「っ!」


サラシを撒いた胸の部分だけを残して、上半身裸になった凛。

そこには無数の傷という傷の群。

縫い傷だけでも20を軽く超え、跡の残っている裂傷で全身を満たしていた。

傷の白い肌を浅黒く染めていた。

そしてティアを驚かせたのは、左肩に入っている醜い傷。

それは完全に肩を両断した痕だった。


「想像は付くでしょ」


そっとその左肩の傷を触れながら、凛は話しかけてくる。


「この傷はね、腕を断たれたものをくっ付けた痕よ。

しかも独自にやったものだから、変に引っ付いてしまったわね」


確かに歪な結合部分。

少しだけ肩が下がっており、右と左のバランスがとても悪かった。

絶句してしまっているティアに、凛は話を続ける。


「これでも、私にはわからないかしら。

寧ろ、貴方の方がマシね。

繋がっているんですから」


ティアはどう答えたらいいのかわからない。

悲惨な傷痕に目だけが釘付けにされ、魅了されていた。

傷という傷が、凛という女の歩んできた過酷なる人生の縮図だった。


「こんな状態だから、勿論腕なんて動かないわ。

この腕は飾り」


そう告げると、凛はその左腕で脱いだ服を持ち上げ、衣服を装着していく。


「操作しなければ、只のガラクタ。

それが私の左腕。

貴方よりも、悲観的じゃないかしらこれは。

良い、絶望っていうのは、遣ることを残していない者のすることよ。

これを見ても未だ浸りたいなら、今直ぐに首を刎ねてあげるわ。

私の恥と一緒にね」


恥と言い切り、それを晒してまで道を示して見せた凛。


(この女、ほんとに可愛げのないな)


「ぐっ、うぅぅぅ!」


ティアは唸り声をあげ、壁に手をつきながら起き上がる。

最早、その目には悲壮な光は宿っていない。


(この女の前で、これ以上の醜態を晒してたまるかよっ!)


それを確認した凛は、ティアに向かい紙の束を投げ渡す。


「伝達できれば、人の体は動くわ。

その方法を私なりに見解し、結果を収録してあるわ。

あげるわ、それ。

それと闘技大会、メンバー変更はしないわよ。

肝に銘じておきなさい」


「見たら燃やしておきないよ」と注文を入れた後、凛は保健室から立ち去っていく。

凛が居なくなると、ティアは無理が祟った躰から力が抜け、再び床に転がってしまう。

ヒンヤリした床が心地いい。


(先の先まで読まれてやがる。

…ふっ)


「くっ、ふっはははははははっ!」


自分の笑いで全身が痛むが、ティアはそれすら気にならない。


(遣ってやるよ。

期待に応えてやるよ、お前が掛けてくれた分くらいは、返してやる)


動かなくなった右手を翳し、そして誓う。


(口の悪い女神にな)

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