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蒼刻の彼方に  作者: ドグウサン
1章 胎動する者達
7/166

【胎動の刻】 ビィーナ トイアムト

どこの部屋も殺風景。

窓があり、1つのタンスにベッド。

それ以外は何にもない。

縦横が5メートル程度の部屋。

2人入るだけで、息苦しい感じがしてくる。


(あたしに部屋とはずいぶんと違う…)


特別にあてがわれたあたしの部屋は、この空間の5倍に相当する広さがあり、その上最新の設備を備え付けられていた。

第1学年(ランス)で上位3名までが、その特別な部屋の使用権を得る。

休憩所としてしか使用した覚えがないので、設備がゴウカでも余り意味はないのだけど…。


(ヒマかも…)


あたしは未だ起きる気配がなく、ベッドに転がっているシルーセルくんを観察してみる。

先程のやり取りからヒネくれた印象を受けたが、寝顔には幼さがニジみ出ていた。


(これが普通?

…違う。

あたしにはわからないけど、この子は強いんだ)


血塗られた鉾(ミストルティン)に入って1年が経つ。

なのに、この子には戦場が持つ独特な匂いが、染み付いていない。

そう、まるで普通なのだ。

怒りを露にし、リンに噛み付いた。

それが何を意味するか、恐らくこの子は分かっていない。

許されない心の維持。

この戦場の空気を持つ学園で心を病まず、どこか壊れることなくいられることの異様さ。

本来なら精神に異常をきたすか、機械のように無機質に変わっていく。

生死を賭け対象にしている教官たちや、受動的に受け止めるだけ成れの果てとなった卒業生を見ていれば、ここがいかに正常を保つに適さない場所か分かるというものだ。


(フシギだ。

ケイレキを見る限り、キョウジンな心を持ち得るような子には思えない…。

どうしてこんなに強固な意志が築かれているのだろう)


手にしたリレキ書に目を通しながら、あたしは答えを出せないことで演技の対象にならないと、苛立ちで胸をワズラわせる。


(あたしには形作れなかった。

自分というもの、理由を持つことが…)


この血塗られた鉾(ミストルティン)に来たのは、今までの自分を、それまでの環境を捨て去りたかったからだ。

だけどこの行為は、あたしに何の変化もモタラさなかった。

やっていることは今も昔も変わらない。

動くモノを壊し、生きるカテを得る。

傭兵時代から変わらない法則。

そして、それ以外に生き方を知らないあたしは、その事実にガクゼンとした。


(兄さん、あたしには何も無かった。

自分さえも…)


だからこそ、あれが完成した。

自分を観測してくれる(あに)を失った時、世界に価値を見出せなくなった瞬間、あれは完成した。

それが、あたしの考えを肯定する決定的なものとした。

(…でも、チャンスが来た。

意図してなかったけど、このチームはあたしの望みを叶えてくれるかもしてない。

あたしを見つけられるかもしれない)


あの憧れに接近できたのだ。

ニセモノでない、あたしのコドウが生まれたあの光景。

その光景の主が、触れられる位置に…。


(楽しくなりそう、この1年)


自然と笑みを作った。

それがあまりに自然だったため、あたしは気が付かなかった。

その顔をモホウしないで行っていることに…。


(ヒマかも…)


思考が停止すると、また元のループに戻る。

リンに気絶させられてから早1時間。

この子は一向に目を覚ます気配がない。


「仕方ないか…」


あたしは仰向けに寝そべっているシルーセルを転がしてうつ伏せにし、その背中に掌を当てる。

ゴキッ!

小気味いい快音が部屋にヒビいた。


「ゴォハアアアッ!」

「おっ! 起きた~」


背中を大きく反らせ、のた打ち回っているシルーセルくん。

痛い部分に手が上手く届かないもどかしさでゴロゴロと転がっている様は、地中から掘り返されたミミズをホウフツとさせた。


「テメー何をした!」


激怒したシルーセルくんがあたしにほえる。


「起こしてあげただけだよ~」


自分がヒマだったからとは口にしない。


「…って、ここは、……オレの部屋か?」


寝起きで混乱しているのか、シルーセルくんは周りを見回していた。


「うん。

イセイよく突っかかっていったのに、無様に投げ飛ばされて気絶したの。

この宿舎、今日までは安全区域としてキノウしているから、こっちで休ませた方が良いって。

ティアくんが運んでくれたんだよ」


その言葉に、シルーセルくんしかめっ面を作った。

真実しか告げていないのに、引っ掛かる部分があるようだ。

あたしには理由がわからないけど。


「弱いくせに、挑発にのるし。

自重した方がいいよ」


追撃を口にしておく。

これには理由がある。

あたしはシルーセルくんに大人しくして欲しいのだ、自分の目的のために。


「うるせぇ…」


シルーセルくんは小声で悪態をつき、痛みが走ったのか背中をさすりながら身を起こした。


「ねぇ、聞いていい?」


板についてきた(・・・・・・・)と思っている、人懐っこいと思われる表情を作り、あたしは問いかけていた。


「何をだ?」


「どうして突っかかって行ったの?

あんな見え見えの挑発、普通引っかからないでしょう?

あんなのに引っかかるような人は、今日まで生き延びられるとは想えないし」


そう、これがあたしの疑問。

見え見えで安く、挑発とは思えない児戯の言葉遊び。


「なにか、オレがワザと挑発に乗ったとでも?

殺されるかもしれない危険を冒してまで?」

「殺される…、それはなかったかな。

あの場には、4人もの人がいた。

殺すことが直接成績に関わるこの場所で、その行為は自殺行為だよ。

疑心を抱かせ、チームをなりたたせなくする。

さて、このリスクを天秤にかけて、成績とどっちがお得なんだろうね?」


本来説明の必要すらいらないリスクを口にしてみせたのは、シルーセルくんの本意をカクニンしてみたかったからだ。


「オレがそれを見越して、アイツに突っかかって行ったと。

謀略好きそうなあの女ならともかく、オレにそんな腹芸や度胸はねぇよ」


思案し、頭を掻きながら告げてくる。


「オマエには、あの挑発は安いものに想えただろう。

でも、オレにとって最上級に高いものだったんだよ。

…あの女、それを知りながら、あの言葉を口にしやがった」


そう語る瞳は、あの人と同じ揺ぎ無い意志の光を宿していた。


(シルーセルくんにもあるんだ…、自分を形作るものが)


「ちっ、オレが気絶している内に、あの女がリーダーに納まっちまったみたいだな」


苛立たしいそうに、シルーセルくんはベッドに拳を落としていた。


「よくわからないな。

キミは彼女の素養を理解しながら、どうして反抗しているのかな?」

「あの女の素養だと?」

「気付いているのでしょう?

さっき話した、リスクの話やあたしがここにいる意味。

全てはリンが指示を出し、行っていること」


あたしの言葉を出すまでもなく、シルーセルくんはリンを理解していることに気が付いた。

あたしにはわからない挑発の内側や、それに対する彼女の行動。

あたしが説明しなくても、その部分をシルーセルくんは先に理解していた。

そんな彼が、そのことに気が付かないとは想えなかった。

的確な指示と、憂いをなくすための行動。

それらをこの学園で行えること、これを素養と言わずなんと言えるだろうか。


(それとも理解したくないのかな?)


それが意志を、自分を持つということなのだろうか。

あたしには、その部分が理解出来ないのだ。

それを少しでも理解するため、部屋の片隅にあったシルーセルくんの成績表を広げる。


「って、テメェ、それはオレのっ!」


焦りが空間にニジむ。

それは仕方ないことだろう。

この成績表には、シルーセルくんの情報が記述されているのだ。

つまり、生き残るためにもヒトクすべき情報も記されている。

自らの情報を明かすことは、弱点となる。

この場所は、それが文字通り命取りになるところなのだから。

この成績表には、去年1年間のシルーセルくんの情報が記述されていた。


(ゲート)指向(エペソ)か…。

使い勝手よさそうだよね、あの(ゲート)って」


素早く目配せし、内容を読み取る。


(射撃レベルAって…、スゴい、あたしでもCがやっとなのに)


他の能力を見積もると平均以下となるけど、射撃レベルだけが飛びぬけていた。


指向(エペソ)に射撃、この子は生き残るための武器をちゃんと持っているのか)


あたしが侵している違反行為の意味に、シルーセルくんは反応し、抜き放った銃口をあたしの額に向けポイントした。


(正しい判断だけど、必要なものがコモってないな)


その銃口からは、全く殺気が感じられなかった。

これはオドしに過ぎないと、明確に告げているようなものだ。


「引鉄、引かないの?」

「っ!」

「人を撃ったことないんだね。

それともあたしのこと、ケガさせないように心配してくれているのかな?」


そこであたしは、本来のあたしの形へ(・・・・・・・・・)と戻していく。


「必要ないよ。

キミには、あたしをオビやかすだけの実力なんてないんだから」


あたしは殺気のコモっていない、実力のトモナっていないシルーセルくんに事実だけを述べていた。




迂闊だった。

ここが自分の部屋だと気が付いた時に、逸早く自分の情報が漏れていないか、調べるべきだった。

その部分を悔いても仕方は無い。

今は口外されないように、手を打つ刻だ。

銃口を突きつけたまでは良かったが、オレは引鉄に掛けた指を動かせないでいた。


「引鉄、引かないの?」

「っ!」


見透かされていた。

戦場を根城にしていたトイアムトが、オレの挙動に気が付かないはずがない。

銃口からわずか30センチに満たない位置で、トイアムトは朗らかに口を開いた。


「人を撃ったことないんだね。

それともあたしのこと、ケガさせないように心配してくれているのかな?」


言葉が終わった次の瞬間、目の前から忽然と気配が失われた。


(ど、どういうことだっ!)


眼前にいるはずの人物から、まるで気配を感じられないのだ。

オレは知っていた。

この女が戦闘モードに入った際に起こる、奇妙な現象。

姿が忽然と消え、誰の眼にも留まらない。

存在しない敵(エネミーゼロ)と呼ばれるこの女の本当の姿を。


「必要ないよ。

キミには、あたしをオビやかすだけの実力なんてないんだから」


先程まで聞こえていた朗らかな声音は、そこには無い。

あるのは無機質な、淡々とした音声。

今度は気配だけでなく、姿すら眼前から消滅する。

オレは全身の感覚(アンテナ)を張り巡らせ、トイアムトの位置を掴もうとする。


(動いた気配、空気すら流れてないだとっ!

それどころか息吹や鼓動、それ以前にこの部屋にオレ以外の人間が本当にいるのか!)


初めから存在しなかったように忽然と消えたトイアムトに、オレは戦慄いた。

本来この部屋ように狭い空間では、どうしても相手の挙動が掴めてしまうものだ。

だが、オレには何一つトイアムトを感じることができないでいた。

背中にチクリと痛みが走る。


「ダメだよ、簡単に背後を取られたら」


抑揚のない声がオレの肩越しに聞こえてくる。

背中の押し当てられている物が、刃物だと痛みから認識させられていた。

殺気の欠片すら無いのに、揺ぎ無い死のイメージが脳裡に占拠した。

オレは知っていた。

この女は機械なのだと。

だから、作業で人を殺す。

そこに感情の揺らぎは無い。

あるから壊す。

そんな意志を持たない機械。

今、背に突きつけられている刃物と大差はないことを。

背筋が凍りつき、自分の鼓動が厭に大きく聞こえてくる。

突然に部屋に2人分の気配が戻ってくる。


「これが現状。

あたしがキミの情報を知っていようといまいと、結果は同じってこと」


背中から刃物は離され、凍り付いていた部屋の空気が動き出す。

オレは安堵ではなく、何も出来なかった自分に怒りを感じ、銃口を下ろしながら唇を強く結んだ。


「最低でもキミは、あたしやリンよりは弱い。

力、能力、全てにおいて、キミは不足している。

他人を気にかけていられる立場じゃないよ」


これはトイアムトなりのゲキレイなのだろう。

たしかにオレには、他人を考慮にいれながら計画していく能力ない。

そして、そんな中で自分の力を磨き上げていくことは出来ないだろう。

現状、リンをリーダーに沿えて置く方が、ベストに違いない。


(なんて弱いんだ、オレはっ!

これじゃ、オレの守りたいものなんて守れるかよ!)




「…それは今だけだ、明日じゃねぇぞ」


奥底から吐き出しているようなに、シルーセルくんは答えた。


(この子、いつかあたしに勝つ気でいるんだ)


あたしは、この反応に正直に驚いた。

あたしの実力を、その異様さを十分理解して、この言葉を口にしているのだ。

力のヘンリンでもヒロウすれば、ほとんどの者は恐怖し、2度とトイアムトたる自分に逆らおうとする気概を持てなくなる。

だけど、シルーセルくんは圧倒的な実力さを見せ付けたのにもかかわらず、気概を損なわず、悔しさを吐いていた。


(やっぱりこの子も持ち合わせているんだ、あたしにはないものを)


「…オマエはどうして、あの女をリーダーに推薦したんだ。

たしかにあの女はリーダーたりえる能力を持っている。

だが、あの地点ではそのことはわからなかったはずだ。」

「あたしは知っているの。

それぞれの軌跡を」


これはあたしの指針。

あたしが選びとった唯一のもの。


「よくわからん。

まぁ、今のオレがオマエらより弱いのはたしかだ。

認めてやる。

だからという訳じゃないが、しばらく様子を見てやる」

「物分りがいいんだね」

「今のオレの言葉は、ガキのたわ言と同じだ。

実力もないのに、いつまでも吠えていられるか」


悔しそうにシルーセルくんは己の無力さと、現状をかみ締める。

そして誓いを果たすために、力を付けるため、甘んじてこの状況を受け入れることを決断したようだ。


(…面白い子。

殺伐とした世界観に染まらない、純粋で強固な精神力。

でも、違和感を覚えるのはなぜだろう。

これまで観察してきた人間とどこか違う。

…あたしはダマされている?)


長年培ってきた勘が、なにかを訴えてきていた。

その直感は答えにたどり着けず、あたし自身理解できないでいた。


「リーダーから伝言。

明日から訓練開始。

早朝6時にプレハブ前に集合。

注意点は、他のチームはまだ統制が取れてないと思うから襲撃はないと想うけど、これからは複数の人間にオソわれるから、1人でいることは避けること、だって」


そう告げると、折りたたまれた紙をシルーセルくんに差し出す。


「これは、オマエの成績表じゃねぇか」

「あたしだけ見たのは不公平でしょ」

「オマエ、少しは隠そうとはしないのか?」


あっさりと情報を渡すあたしに、シルーセルくんは戸惑っていた。


「別に誰もが知っているよ、あたしの情報なんて。

これって、有名税ってやつ?」


その発言に、なぜかシルーセルくんは身震いをしていた。




オレは背筋に嫌な汗が流れるのを感じていた。

その発端は恐怖だ。

情報が流布しているのにも関わらず、誰も手を出せない。

自分への絶対の自信の表れ。

オレは改めて、ビィーナ トイアムトという女の恐ろしさを垣間見た気がした。

逡巡しながらも、ビィーナから成績表を受け取る。


「あ、リンから、後でこれ提出しろって。

明日からの訓練に役立てるからだって」

「早くもリーダー命令かよ。

まぁ、あの女のことだ。

後で自分の情報もリークするつもりだろうな。

じゃなきゃ、今日の一件、意味がなくなる」

「そうだね。

人心把握を怠るとは思えないし」


怖いことをサラッと告げられ、再び背筋に寒気がした。


「まぁいい。

オレには生き延びて、帰らなければならない故郷があるからな。

こんな場所で死んでたまるかよ」


そこで余りに口の軽く、言わなくてもいい部分まで喋っていた自分に、オレはバツの悪くなり、しかめっ面を作っていた。


(久々の会話に箍が外れてやがる。

話すっていう行為は、予想以上に魅力的なものだったんだな。

注意しないとマズイぜ)




内心で葛藤しているシルーセルの様子を見て、ビィーナは僅かに唇を上げていた。

それは実の兄が死んで以来、演技以外で殆どしなくなった、作り物ではなく自然と出た笑いだと気が付かないまま…。

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