【拒絶する者、されし者】 戦場の死神
その姿を見た時、どういう顔をすればいいのか分からなかった。
嬉しさ、慙愧の念、それとも恐怖。
恐らく、それらをひっくるめて、困ったような顔になっていることだろう。
「っ!」
全貌が明らかになり、ビィーナは胸を引き攣るように言葉を詰らせた。
在るべきものが失せた、左の空間。
未だ血を滲ませている付け根が痛々しく、そして未練を提示していた。
本来あるべきものを奪われた屈辱を。
異様なのは眼を覆う黒い布。
ビィーナにはその奥に眼窩があるだけで、眼球が存在していないのがわかった。
過去の姿と照らし合わせれば、別人に思えるほどの変貌ぶり。
根本的に雰囲気が殺伐とし過ぎていて、争いを嫌っていた者の面影がまるで見当たらなかった。
「に…い……さん…」
それでも目の前に立つ者が、嘗て自身を傷つけながらも守り、認めてくれた者の成れの果てであると分かった。
そして、このような状態に追い込んだのだと。
「ビィーナか…、大きくなったな。
そして、綺麗になった」
見えているかのような言い方で、兄、ニアスは言葉を紡ぐ。
「届いているか、トイアムトのことは」
ビィーナは頷く事で肯定した。
言葉にすれば、違うモノが零れてしまいそうだったからだ。
だから、感情を殺し、仮面をつけて淡々と告げる。
「兄さんには当然の権利だよ」
「権利か。
そんなもので括っても、私には権利なんて無いよ。
因果応報。
巡ってきたんだろうな、ツケが」
「そんなはず無い。
だって、グラムアすら賛同したんだよ、兄さんを見殺しにすることを。
罠が仕掛けられていると事前に知っていながら、オトリとして兄さんを使い捨てにしたんだ」
「知ってたよ。
落石が落ち来る瞬間、あぁ、私は道を誤っていたんだなと実感したよ。
それについて、1度も怨んだ事はない」
不可解な台詞を吐くニアスに、ビィーナの底から昏いモノが競りあがってくる。
「それなら、どうして?」
「…ビィーナ、この世界が見えるか?」
「えっ、見えるって?」
「そうか、未だだったか。
そうか、良かった」
疑問を返すビィーナに対し、ニアスは安心したばかりに、安堵に言葉を紡ぐ。
それが止むと、ニアスはスッと物音1つさせずに刀を抜いていく。
「血なのだろうな。
トイアムトに脈々と受け継がれた、神衣の。
このままなら何れ、お前にも見えてしまう恐れがある、世界の真の姿が。
それは余りにも不条理で、不憫だ」
ビィーナの首元に刀が添えられ、一抜きで首が落ちる状態に持っていく。
「怨んでくれてもいい。
直ぐにでも、私もそっちに行く。
それでお前が少しでも寂しさを紛らわせれるなら。
理不尽なことを言っているのは重々承知している。
それでも私は、こんな世界にお前を置いて逝けないんだ」
「良く、分からないよ。
でも、兄さんには権利があるから。
それだけのことを、あたしたちはしたんだもの」
「そうか、それで納得してくれるなら、それでも構わない。
すまない、ビィーナ」
死刑宣告が告げられた。
後は兄の腕が刀を振るえば、ビィーナの命はこの世から消える。
(消えちゃうんだ、あたし…。
消える、消える、消える、消える、消える、消える、消える、消える、消える、消える、きえる、きえる、きえる、きえる、きえる、きえる、きえる、きえる、きえる、きえる、キエル、キエル、キエル、キエル、キエル、キエル、キエル、キエル、キエル、キエル………、イヤダ)
ビィーナの頬を知らずに滴が零れていた。
その様にニアスの刀が薄皮一枚を裂いた地点で停止してしまう。
「ビィーナ、お前」
「勝手に諦めてんじゃねぇ、この糞アマがぁ!」
激昂が響き、ニアスの言葉を打ち消す。
それに反応したのは、虚ろな瞳で死を受け入れようとしていたビィーナだった。
刀が首を裂くのも厭わないで、その声のした方向を振り返る。
「ティ…ア……」
物凄い形相で迫ってくる者。
「そうか、お前」
ニアスは深呼吸をし、覚悟を再構築して刀を振り下ろそうとした。
だが、予想を遥かに凌駕して疾走してきた者がビィーナの躰を掻っ攫っていく。
(あの距離を、莫迦なっ!)
神速の剣速を誇るニアスの刀が虚空を凪ぐ。
「逃がすかっ!」
ニアスは吼え、攫った相手の躰が泳いでいる方向に刀を振るう。
それに反応を示し、ティアは咄嗟にビィーナを放り投げて、篭手で覆われた腕でその刀を迎え撃つ。
刀はスムーズに篭手を切り裂き、ティアの右腕に浸透していく。
(っ、進まない!)
半ばまで腕を切り裂いた地点で、刀が停止してしまう。
ニアスの経験上無かったことだ。
(まさかっ!)
ニアスが自分の考えを肯定するに及んだのは、衝撃が身体を打ち抜いたからだ。
ティアが刀を受け止めた瞬間、放たれた左拳がニアスに頬骨を砕きながら、ヒットしたのだ。
ニアスはその衝撃に逆らわずにギリギリで流すことで、それを堪え、間合いを広げる。
(リジェクトが解除されただと!)
間髪入れずにティアの左拳が再びニアスに迫る。
ニアスはバックステップでそれを避け、半身を引き突きの構えを取る。
(確かに驚くべき事実だが、警戒していれば之までと変わりはない)
完全にティアの間合いから逃れ、刀の間合いで突きがティアに迫る。
攻撃を終えた体制が固まったところへのニアスの攻撃を躱しきることも出来ず、ティアの腹部を抉られる。
(っ!?
反応したのか、この突きに)
鳩尾を貫くように放った筈の攻撃が、わき腹を抉るだけに至っただけだった。
驚くべき身体能力。
(くっ、身体加速を発動させていても避けきれないのか!?)
ニアスの計算を尽く誤差させているのは、ティアが行使している門、代謝の身体加速のお蔭だった。
だが、右腕と腹部の怪我で、身体加速を解除しなければならなくなる。
新陳代謝能力を活発化させて、肉体を飛躍的に上昇させるこの荒業。
加速された肉体は、基本的に時間を早送りにしているに過ぎない。
だから、止血しない状態で続ければ、体内から血が吐き出されるスピードまで上がることになる。
戦闘不能に陥るのがそれだけ早くなるのだ。
ティアは身体加速を解くと倦怠感に包まれていく。
限界を超えて肉体を酷使する身体加速の泣き所である。
1度遣うと、普通の行動すら危ぶまれる程に、肉体が疲労してしまうのだ。
ティアは、ニアスがビィーナに刀を掛けているのを見た瞬間から身体加速を発動させて、ニアスの予想を超えてビィーナを救ったのだった。
だが、その代償は高かった。
「ティアッ!」
後ろから、普段からは想像もつかないビィーナの悲鳴が木霊した。
それを見たニアスは、辛そうに眉を顰める。
「そうか、君が開いてくれたんだね、ビィーナの心を。
でも、それは悲劇だったかもしれないな」
「訳のわからない事をゴチャゴチャぬかすなぁ!」
「だが、君には止められない。
君にはそれだけの力を有してない。
私の力が及んでしまった今、君には私に凶行は止められないよ」
「だから、!?」
敵が何を言いたいのかを、ティアは肉体を通して認識されていく。
これぐらいの傷ならば、鍛えぬいた筋肉で止血を試みる事が可能なのだが、腹部、穴の空いている部分に信号を送っても反応せずに、弛緩したまま、血を垂れ流していく。
腕に至っては神経を断裂されて、まともに動きもしない。
「時間が立つだけでも、戦闘力が出血と共に減少していく。
傷は塞がらない、つまり死ぬまで出血は止むことはない」
ティアは背筋に悪寒が奔り、総毛立つ。
ニアスの言っていることが事実だと、躰の一部が完全に脳から発する信号を拒絶してしまっている。
腹部の傷の深さが、ティアの喉に熱い液体を込み上げさせた。
「グフッ」
唇の隙間から撒かれる紅きスプレー。
敵の刃が内臓の辺りを掠めた証拠だった。
(この程度で、どうして)
「無駄だよ。
回復に向かおうとする正常な作業が行われない。
そうなれば、小さな傷ですら致命傷になる。
ましてや、腹部を穿たれ、内臓にまで達した傷は決定事項として、君を葬る」
予想以上の出血に、眩暈が生まれてくる。
足から力が失せ、立っているのすら億劫になってくる。
「これ以上苦しますのは、忍びない。
一想いに安息の地に送ろう」
「腑ざけるなっ、俺はっ、死なねぇぞ」
ティアは怒声で吼えたつもりだが、口から紡がれる言葉は弱弱しく、着実に死に近づいていた。
それに伴い、再び喉を突く衝動で吐血し、命の滴が器から零れていくのだった。
ニアスは刀を上部に振り上げ、振り下ろす直前に横手からとんでもない速度で迫るものがあった。
空気との摩擦により過熱され、朱彩に染まりし弾丸。
それがニアスのわき腹辺りに命中する。
だが、パシュッと弾丸はニアスの肉体に触れる寸前で何かにぶつかり、その姿を消してしまう。
その一拍後に、膨大な風がティアを横凪にして吹き飛ばす。
暴風が吹きすさぶ中、ニアスは平然とその場に佇んでいた。
その暴風に凪がれ、そのまま流れに乗ってティアはピンチを脱した。
その代わり、後方に控えていた露天に突っ込み躰を強かに打ちつけた。
(もう少し真っ当な助け方は出来ないのか、あの野郎は)
腹部の傷を押さえ込みながら、ティアは弾丸が飛んできた方向に目配りをする。
案の定、シルーセルがこちらに銃口を構えていた。
次の話へ続きます。




