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蒼刻の彼方に  作者: ドグウサン
2章 突破する者達
65/166

【拒絶する者、されし者】 上陸する凶刃

その男は異様な様相をしていた。

船から下りるなり、学園の方角を睨みつけたまま動かないでいた。

腰に刀を結わえている以外、持ち物を持っておらず、商人としては不適格、観光客にしては楽しげな雰囲気を纏っていない。

男には片腕がなく、その付け根には血の滲んだ包帯が巻かれていた。

その上、眼を覆うように黒い布が巻き付けられて、目隠しされた状態だった。

異様ないでたち。

戦場から命カラガラ逃げ延びてきた、逃走者にも見える。

誰もが血塗られた鉾(ミストルティン)の者だろうと、気にも留めていない。

その男は何かを探すように感覚をさまよわせ、2人組みの警邏人の処で止める。

警備をしている者の胸元には、槍に蛇が巻き付いたデザインのペンダントが首元から下げており、一目で血塗られた鉾(ミストルティン)所属している者だと見て取れた。

男はその2人組みに近づいていく。

血塗られた鉾(ミストルティン)の者も、怪しい男を尋問すべく、街への入り口を離れ、男に近づいていく。


「おいっ、お前」


警備していた内、茶髪で長身の男が威圧的に声を掛ける。

大概の者は、この声音と胸元にチラつくペンダントで恐れ慄き、従順に詰問に答える。

だが男はまるで意に介さないで、無造作にその長身の男の首を鷲掴みにする。


「質問に答えろ」


それだけを告げ、有無も言わさぬプレッシャーを放つ。

詰問を投げかけているのは、その隣で成り行きに戸惑っている、白髪の男の方だった。

こうなりたくなければ、答えろと。


「フザケルナッ!」


長身の男は掴んでいる腕を掴み、常人の3倍の膂力でその腕を引き剥がそうとする。

だが、腕を掴む寸前で何かに触れ、皮膚に触れることができかった。

確かに掴んでいる。

腕の周りに形成されている、無形で視認不能な何かを。

どんなに力を入れようとも首を掴んでいる腕に触れられず、ミシミシと首元から悲嘆なる音が響いてくる。

長身の男のペンダントから高周波のような甲高い音がすると、全身が膨張する。

全身の身体機能を加速させ、肉体に更なる力を宿す血塗られた鉾(ミストルティン)が誇る(ゲート)、代謝能力等を操ることのできる代謝(スルミナ)身体加速(モメンタムブースト)が発動させ、その掴んでいる腕をヘシ折ろうと手刀を落とす。

手刀が秘めた威力は、並の鉄板程度なら陥没させる程だ。

人の腕など、簡単に折れる筈だった。


「っ!?」


落とした手刀が、その威力に負けて潰れていく。

加速された視覚がその顛末を確りと捉えてしまった。

自分の手が潰れていく様を。

そして首を掴んでいる腕は何事も無かったかのように、長身の男を捕らえたまま、ジリジリと篭める力の上限を上げていく。


「この先にある学園にビィーナと言う女はいるか?」


異様な光景だった。

白髪の相棒は現実味を帯びていない、この光景に呆然と傍観するしかなかった。

相棒が正気を取り戻したのは、長身の男の首からグジュという異音を奏でたことでだった。

長身の男は完全に白めを剥き、血の泡を吐き出しながら事切れた。

意識を取り戻した相棒の行動は的確だった。

伊達に殺伐とした環境で生き延びてきた人材ではなかった。

急いでバックステップで距離を取ると、街の入り口に備え付けている警報装置を素早く叩く。

機械的な警笛が鳴り響き、学園へと連絡が走った。

それを確認後に白髪の男はホルスターから銃を抜き放ち、敵に標準を合わせる。

白髪の男は異様な雰囲気漂わせる男に対して、手加減を施す気になれなかった。

直感が告げるのだ。

そして湧き上がってくるイメージは赤。

死に直面したような絶望的なイメージが。

銃口の周りに歪みが生じ、砲身の中を指向力が両圧縮を掛け、そして引鉄を引くと同時に銃口からの指向消え、銃弾が一気に加速されて放たれる。

(ゲート)の一つ、指向を操る指向(エペソ)圧縮砲(ブレッドスプリッド)

加速された銃弾は下手な対戦車ライフルを超えた威力を持っていた。

その一撃が音速を超え、男に迫る。

パッンッ!!!!!

人間にまともに命中すれば、肉片と大量の絵の具だけを残して消えてしまう。

そんな一撃が男の眼前で、音を立てて失せた。

弾丸は又も何かにブツかって、その圧倒的な威力の前に自滅した。

音速を超えた弾丸が引き連れた空気の群が男に襲いかかる。

ソニックブーム。

それ風さえも、男の周囲に巡らされた何かにブツかり、轟音を立てて避けていく。

逃げ遅れた周囲に居た者たちは、その風の牙の猛攻を喰らい、吹き飛ばされて後方にある広大な海に落ちていく。

男だけが平然とその場に立ち尽くしていた。

悪夢だった。

何が起きているか理解不能だった。

こんな現象を起こせるのは(ゲート)以外に検討が付かなかったが、肝心の歪みが男の周りには生じていなかった。

まるで怪奇だった。


「質問に答えろ」


淡々とした口調で詰問は続く。

それだけに異質。

白髪の男の頭の中は、把握不能な状況に動悸が激しくなった鼓動音だけが木霊していく。


「…知らないか。

なら、解放してやろう、煉獄から」


それだけが告げられ、タンッと地を男は蹴った。

無造作なその行動からは予想も出来ない脅威の踏む込みで男は間合いに滑り込み、腰の刀が鯉口から鍔を離していく。

片手で振るわれているとは思えない、高速の斬撃。

白髪の男は染み付いた行動により回避行動をとるが、放たれてくる斬撃はそれを凌駕していた。

咄嗟に眼前に歪みを展開させ、指向力の風で盾を構築する。

だが、刃はその指向力を切り裂き、衰える事無く白髪の男の胴を薙ぐ。


(こっ、こんなバカなぁ!)


何もかもが否定された気分だ。

絶望感だけが精神を侵し、白髪の男は残った微かな命で恐怖に震えた。

戦場で1番抱いてはならないモノだけに埋め尽くされた。

それに浸れるのも後僅か。

上半身と下半身が泣き分かれし、港を紅い鮮血で満たしていく。

こうして血塗られた矛(ミストルティン)に最悪の刃が突き付けられた。

その刃の名は、|拒絶する刃《ソード オブ リジェクト》。

嘗て、血塗られた鉾(ミストルティン)すらも切り落とした、凶刃の一刀。

ニアス トイアムトが、このアスガルドに足を踏み入れた瞬間だった。




事象戦略盤フェノメノンタクティクスワールドがシルーセルの脳裡に敵の情報を逐一に伝えてくる。

敵は自分のスペックを理解した上で、人ごみでの戦闘に持ち込むつもりらしい。


(厄介な。

狙撃って手もあるが、アイツの身体能力と勘を考慮すると、とてもじゃないが当たらないな。

このままだと敵の思惑通り、接近戦以外に道がなくなってしまう。

どうするか)


シルーセルは気配を殺しつつ、建物の上から露天が並ぶ道を見下ろす。

そこに標的は佇んでいた。

行き交う人々は立ち止まり、ジッとしている標的を迷惑そうに避けていた。


(ティアのヤツ、居直ってやがるな)


これはこれで厄介だった。

居直り、佇んでいるので人は引いて、ティアの周りに空間が生じていた。

これでは人ごみに紛れて狙う事が出来ない。

かといって遠くから狙撃すれば、人ごみに紛れ、狙撃角度からこっちの居場所をリークしてしまう。


(…はぁ、ある意味でティアに一番適した作戦だな。

下手な場所に隠れても、俺には直ぐにバレるのがわかっているから、この作戦に出たのか。

最初の標的にされちゃったのね、俺)


ティアがとっている作戦は、明らかにシルーセル対策に特化したものだった。

凛やカイル、ビィーナが相手なら接近戦に持ち込んだりするのは自殺行為だ。

ティアの身体能力は、他の者に比べて一頭飛びぬけているが、だからといって接近戦で勝てるというものでもない。

実際接近模擬戦は、凛に0勝12敗、カイルに3勝9敗、ビィーナに0勝12敗と完全に負け越している。

その下を行くのがシルーセル。

唯一勝ち越しの8勝4敗。

そのシルーセルが他の者に勝てる訳もなく、虚しく全敗。


(常々、俺には接近戦の才能が無いと想うな)


この勝敗からわかるように、他3人に接近戦に持ち込まれるとティアの方が不利になる。

それにも関わらず、接近戦に持ち込むように考慮されたこの状態は、それだけシルーセルの事象戦略盤フェノメノンタクティクスワールドを警戒してのことだった。


(チッ、事象戦略盤フェノメノンタクティクスワールドがそこまで警戒されてるとはな。

接近戦で勝率を上げるのを思索するより、罠に落とす方が確実だな。

だが、この状況どうする?)


そんな最中、ふと事象戦略盤フェノメノンタクティクスワールドが変なものを投影してくる。

黒い服に身を包んだ小柄な男が、数人の男たちに囲まれている場面だ。

此処からだとそれ程遠くない場所の路地裏だった。


(んっ?)


意識をそこら辺に集中すると、男たちは尊大な態度で何か喚いている。

そして手に何か持つと、それを見せびらかすようにしていた。


(…つまらんことを)


シルーセルは露天沿いから逸れ、その路地裏に屋根伝いに跳んでいく。

暫くすると、濁声が響いてくる。

事象戦略盤フェノメノンタクティクスワールドの中で男たちの口が動くと同時に聞こえてくるから、間違いないだろう。

音も立てずに背後に下りる。


「この証が目にはいらねぇのかよ」

「入らねぇよ。

だから、俺にも見せな」


いきなり背後から声を掛けられ、慌てたように男たちは後ろを振り返る。


「なっ、何もんだぁ!」


3人の男どもは、どもりながらシルーセルに怒声を浴びせかける。

それを涼しく流しながら、シルーセルは男どもが翳しているペンダントをシミジミと見る。


「へぇ~、これは又大層なペンダントだな。

槍に蛇が巻き付いているなんて」


と感想を漏らす。


「ニゲなさい、このモノたちは!」

「キサマは黙ってろ!」


小柄な男がシルーセルに呼びかけるのを、男達が押さえつけるようにして黙らす。

それを確認したリーダー格の男が、偉そうな態度でシルーセルを睨みつける。


「小僧、このペンダントを知らないのか?

モグリもいいところだな。

これはな、力の象徴、血塗られた鉾(ミストルティン)に所属している証なんだぞ」


それを真面目に言っているペテン師に、シルーセルは失笑してしまう。

その後で苦笑も加えておく。


「なんだその面は!」


取り巻きが、これまた偉そうな態度でシルーセルを吼えてくる。


「いや~ね、似たペンダントを俺も持ってるけど、そんなチャチな造りじゃないしな」

「はぁ~?

何言ってんだ、このガキは?」


取り巻きの1人が勘の悪い台詞を吐く。

流石にリーダー格の男は半分引き攣った顔をしていた。

だが、シルーセルを観察すると危惧だったと想い直した様子。


「ほぉ~、憧れてペンダントでも造って貰ったのか?」


等と呆けたことをほざく。


「生憎と俺のは支給品だ。

生きてる限りどの生徒でも貰える、チョットした仕掛けの施された、本物の証だがな」


皮肉げに告げながら、シルーセルは服の下に隠していたペンダントを表に出す。

それを見た男たちが凍り付いていく。

何処にでもいそうな少年。

そんなシルーセルが血塗られた鉾(ミストルティン)に生徒だとは思えなかったのだろう。

シルーセルはリーダー格の男の手からペンダントを奪うと、人差し指、中指、薬指で挟み、そのまま力を加えていく。

男たちの目の前で、偽物の証が真っ二つに折れる。


「ホントにチャチだな。

本物はこの程度で壊れないぞ」


凶悪な面をシルーセルが造ると、男たちはヒッと悲鳴をあげて逃げ出していく。

取り巻きの男達は逃がし、リーダー格の男だけ首根っこを掴み捕まえる。


「おい、こっちは命懸けでこの証を持ってるんだよ。

小銭稼ぎの類なら、他のことでしておけ。

軽々しく造形していい物じゃないんだよ」


シルーセルは脅しとして、掴んだ首を軽く圧迫しておく。

それだけでも首に異様な痣が残るほど圧力だ。

それをしてから離す。


「2度とこんな矮小な事はするなよ」


怯えまくったリーダー格は、その忠告が脳内に受理される前に必死の形相で逃げ出していた。


「…たっく、ろくなもんじゃないな。

そこのオッサンも鴨にされんなよ」


シルーセルはそれだけ告げると、この場から立ち去ろうとする。


「マっ、マってクダサイ」

「んっ、何か用か?」


絡まれていた小柄な男が、シルーセルを呼び止める。

律儀にそれに反応してシルーセルは振り返り、男をサッと観察する。

黒ずくめで、胸元に十字のペンダントをしている。


(あちゃぁ~、聖職者だよ、こいつ)


厄介なこと応してしまったと、シルーセルは空を仰ぐ。


(このタイプはお礼&説教と相場が決まってるのになぁ)


「サキホドはタスけてイタダキ、アリガトウゴザイマス。

ですが、ナニゴトもボウリョクでカイケツするのはどうかとオモわれますが?」


(そら、来た)


孤児院で過ごした幼年期の記憶が蘇ってくる。

裕福でない孤児院内で、子供たちの内戦の勃発はよくあることだった。

近くにあった教会に住む牧師から喧嘩の仲裁、何度も説教を受け、苦虫を噛んだような思い出が脳裏に浮かぶ。


(つまりこのタイプは神の御心とやらを説いて、平和を願う空想屋なんだよな)


シルーセルはどうも平和主義者とは話が噛み合わない。

戦争は悪いの一言で収め、本質の、根底の解決には手を下さない。

それと同等に性質が悪いのは、その本質に首を突っ込み、掻き回す輩だ。

特に、争いの元である力を持たぬ者の末路は、眼も当てられないものだからだ。

それはシルーセルの故郷であるカリオストでは、否応なしに体感できる場所だった。

力無き正義の虚しさ、それを実感しない者の言葉等、シルーセルには届かない。


「アンタが何を言いたいかは、想像が付く。

そして、アンタはそれを成す為に、今に男達に説得を試みただろうこともな。

だが結果は、この惨状だろうが」


恐らくこの聖職者は、あの力の象徴を見て、どうして力に溺れるのかを問おうとしたのだろう。


「で、ですが、カミのゴイシはミャクミャクとウけツがれています。

チカラがナニもウみダさないとワかってイタダけるハズです」


(しかも、これを本気で説いてるんだよな)


「なら、勝手にしな。

牧師さんが銃弾飛び交う戦場で訴えた処で、銃声に掻き消されだけだがな。

アンタは眼を瞑ってるだけだ、汚く、侵食した感情と、生きるだけが全ての環境を」


(チッ、まるで自分に説教してるみたいだな)


偽善的な考えを未だに抱いている、殺し屋。

そんな自分に、シルーセルは吐き気がしてくる。

だからと言って、守る為に殺しを正当化する気のも成れず、思考は繰り返し(ダカーポ)し続ける。


「それをミチビくのが、ワタシくしのヤクメなのです」


(そして平行線は必至だからな、この類の口論は)


「勘違いしないで欲しいな。

今アンタと話しているのは、自ら争いを望み、力を手にした者の一部だ。

殺し屋なんだよ」


突然路地裏に人影が射し、汚れた部分を肯定する発言を吐く者がいた。


「ティア」

「平和、結構だ。

だが、それだけでは解決しないことがあるのも又事実。

俺らは、武力でそれを鎮圧する側に廻り、そしてアンタは説いて廻る方に付いた。

それだけだ。

力が争いの呼び水だということも識った上での選択者なんだよ、俺らは」

「それではアマりに、ムザンではありませんか、ヒトが!」

「それこそ、アンタに言う神の御意志なんだろ。

俺たち人間をそういうふうに製作したのも、アンタ達が説く、神様なんだからな。

無慚で儚いものだとな」

「そんなのワタシはミトめません!」

「平行線だ。

これ以上俺が言葉を連ねた処で、アンタは納得しないだろう。

だがこれだけは言わせて貰う。

無力さを知って、それで動かないものは愚者だ。

俺は最低でも無力を体感して刻んだ。

俺は、俺の信じるものの為に振るう力が、それを成せる力を欲している。

人から罵られようと、俺は俺を辞めない限り、この道を進む。

理不尽な現実の再来に備えてな。

だから、根本的な点でアンタとは分かり合えないし、合おうとも想わない。

それだけだ。

もう1度だけ言っておく、

俺は自ら争いを望み、力を手にした者の一部だとな」


ティアは踵を返し、そのまま路地裏から消えていく。


「…アナタもオナじカンガえなのですか?」


追いかけよとしたシルーセルの背中に、その問いが投げかけられる。


「少なくとも、アンタの考えより賛同できるよ。

俺だって、守る力を欲した人間だ。

無力さを内に閉じ込めるより、咀嚼して噛み砕きたい方だ。

だから、守りたい者たちの近くに、血塗られた鉾(ミストルティン)に残ったんだ」


塊に成り掛けていた疑念を打ち払うように、シルーセルはその言葉を吐く。

シルーセルは吹っ切れたような貌をし、ティアが去った道を進む。

事象戦略盤フェノメノンタクティクスワールドが戸惑いに満ちた牧師の表情を映し出す。

理解できないと言わんばかりの顔だった。


(そうだろうな。

その方が良い。

硬くて、柔軟に掛けるけど、その方が真っ直ぐな道なんだろう。

俺たちが目指し、進む道よりは)


シルーセルが表通りに差し掛かると、脇にティアが腕組みをして壁に寄り掛かっている。


「済まないな、変なのに巻き込んで」

「シルの気配が遠ざかるから、罠でも仕掛けてきたのかと偵察にな」


(ゲッ、あの人ごみから俺の気配を察知しやがったのか)


ティアの察知能力を甘く見ていた。

シルーセルはあれだけの交じり合った気配の只中にいれば、こっちの気配を辿れないと括っていたが、甘い考えだったらしい


「シルらしいと言えば、らしいが、まさかあんな調停者に絡まれてるとはな」


(…らしいね)


2拍ほど間をおいて、シルーセルは溢れる疑問をポロリと洩らしていた。


「ティア、お前は戦うことに迷った事はないのか?」


此処で戦うとは、殺すと同義語。

これまで幸いというか、シルーセルは人を殺めたことがない。

ティアはそれを知っているから、無理にシルーセルに殺しを強要しない。

凛もそこら辺を察して、シルーセルの行為及ぶような位置に配置させないようにしていた。

凛の思惑は、殺しという罪悪感から、シルーセルという最高の情報収集能力者の品質を落とさず、良品のままで確保する為なのだろう。

いつの間にか、チーム内で暗黙の了解として定義付けられていた。

シルーセルには、そんな甘えた立場に居る重圧があった。

自分の手を汚さずに指示だけを下す。


(最悪だよな、俺は)


重圧と同時に、この立場に甘んじていたい、そんな卑怯な考えも混在しているのも確かだった。


「…俺がどう答えても、お前には当て嵌まらない。

そして気持ちは晴れないぞ」


ティアに見透かされた。

シルーセルは惨めな部分が浮き彫りにされていく気分だった。


「正直な処、ある。

常に自分を正当化して、身を委ねようとしている。

そうでなければ、逡巡が隙を生んでしまうからな。

此処はそれが当たり前の場所だ。

だから、心にはあるんだろうが、行動にはない。

そういう事だろう。

俺が記憶する限り、初めて人を手に掛けたのは10の頃だ。

孤児達で寄り添いながら生きていた。

俺達はその日食う物にも事欠いていた、冬の最中だ。

正当化したよ。

貧困と俺を捨てた奴が悪いんだってな。

だから、ナイフを振るった。

雪がどんどん溶けていくんだよ、人の体温を含んだ水で、地面を紅く染めながらな。

簡単なんだって印象が一番だったかな。

こんなに必至にもがいて生きてる俺も、いつかこんなに簡単に死ねるんだなと。

それが感想だった。

それを眼前に突きつけられた俺は、結局駄目だった。

殺しただけで恐くなってな、何も奪わずにその場を逃げ出していた。

それから3日は眠ることも食う事も出来なかった。

馬鹿な頭をフルに回して悩んださ。

そんな時にな、同じ孤児達が心配して俺に飯を運んでくるんだよ。

自分達の食い扶持も無いくせに。

俺が物を口にすると、嬉しそうにしやがった。

口に広がった糞拙いく生臭い味が、生きてる実感をさせてくれたのを覚えてる。

そうだ、俺は未だ生きてるんだってな。

いつか死ぬんだから、死のイメージに縛られるてる自分がどれ程ちっぽけだとな。

ちっぽけなら、小物らしくもがこうって、結局こんな結論しか達しなかった。

確かに殺しは倫理的に間違いだろう。

そしてそれから眼を背けられる程、俺は強くないと知った。

だから、覚えておこうってな。

1つ1つ、せめて自分が犯した分くらいわ。

そして、それを自分で正当化できるぐらいの理由は構築しておこうと。

ここら辺は、自分勝手な倫理だ。

所謂、自分の正義だな。

だから迷わない。

躊躇することは、俺が持つ価値観に自信がない証拠で、それに犠牲になる者に申し訳ないからな。

悪い、長々と話しちまったな」


シルーセルは絶句した。


(この男の何処が弱いんだろう。

こいつが真摯な眼差しをしているのは、自分でもがき、苦しみ悩み続けた結果なんだ。

それに比べて俺は、いつまでも)


「そんな顔すんなよ。

言っといたろ、当て嵌まらないって。

参考にもなりはしないさ、俺のなんて」


シルーセルは自分でどんな顔をしているか想像がつかなかった。

この台詞から、よっぽど悲壮感を匂わせる表情を浮かべているのだろう。


「それにな、こんな所に身を投じている限りいつか訪れる。

決断し下す日が。

…俺は心配していない。

その時、下すと判断したなら、お前の信念が覚悟した瞬間で、引き換えにしても良いと決めた時だろう。

それくらいには俺たちは評価してるつもりだ、シルーセル トルセという男を」


それを告げると、顔を背けるティア。

その頬が赤く染まっているのがシルーセルの角度からでも確認できた。


(…ふぅ~、こんな恥ずかしい台詞を平然と言うくせに、後からその恥ずかしさを覚えるのは相変わらずだよな)


カリオストでビィーナを励ました時も、最後には赤面していたティアを思い出す。


「サンキュな、ティア」


(そうだよな、結局最後に責任を負おうのは俺自身なんだ。

罪悪感に苛まれ、苦しむのは。

なら、それに見合うものを守ろう。

俺が俺を貫いた証として)


「さて、訓練中だったな。

どうする俺ら」

「そうだな、このまま戦闘を始めてもこの訓練に意図から外れるしな。

解散してから30分後から再戦と洒落込もうかな」

「賛成、それで」


そこでこの島全体を包むサイレンが2人の鼓膜を震わす。


「これは」

「警報音だと」


請負人をしている血塗られた鉾(ミストルティン)

それ故に、いつ何時復讐を企む輩が襲撃に来るかもしれない。

大概は港に設けられた門で食い止められるのだが、それを超えられる危険がある場合に響く。

つまり、最低でも血塗られた鉾(ミストルティン)の門番が食い止めることが出来ないと判断した状態に陥っていることになる。


「シルッ!」

「待ってろ」


シルーセルは眼を閉じ、全感覚を事象戦略盤フェノメノンタクティクスワールドに移行させる。

そして脳裡に描かれた半径2キロの盤から情報を引き出していく。

港に中心に情報収集ツールを展開させていく。

シルーセルが確認したのは、血塗られた鉾(ミストルティン)の証、槍と蛇の紋章を首から提げた者達の死骸だった。

片方は首が有らぬ方向に曲がって絶命しており、片方は胴が半ば裂かれて、大量の液体を垂れ流して、酸欠、ショック死だった。


「殺されてる、血塗られた鉾(ミストルティン)の者が。

しかも、これは不意打ちじゃない」


シルーセルはそう断言した。

首に付いた手形が正面からと、胴の切り口も正面からだった。

正面から対峙し、殺されたのだと見て取れた。


「犯人は判別できるか?」

「少し待てよ…」


その周辺から範囲を伸ばし、怪しい者を探りだしていく。

そして直ぐに異質に人間を捉える。

左腕に欠損、そして両目を覆う黒い布。

欠落した部分のわりに確りとした足取りで、血塗られた鉾(ミストルティン)学園の方角に向かって歩みを続けている。

磁力に惹かれるように。

そして滞納されている刀鍔に微量血痕が、この者が襲撃者だとシルーセルに教えた。


「居た。

ここから西方に2キロに地点、んっ?」

「どうした?」

「ビィーナ?」

「はっ?」

「いや、ビィーナがな、その方角に向かってるんだよ」


事象戦略盤フェノメノンタクティクスワールドが送ってくる。

まるでN極とS極のように魅かれ合うが如く、接近していく2人。

シルーセルにはそれが不気味で、焦燥感を駆り立てるものに映る。

シルーセルの表情から、焦りを感じ取ったティアは一目散に駆け出していた。


「先行くっ!」


(まさか、あの莫迦がっ!)


ティアの中でやっと固まった。

ビィーナが時折見せていたモノがなんだったのか。


(俺も迂闊だった。

シルーセルの表情を見るまで、思いつかなかったなんてっ)


あれは罪悪感。

そして怯えだった。


(俺を避けていたのはその為か、あのアマがっ!)


定めを受け入れた者。

そして受け入れたモノは


(知った以上、殺させてやらねぇぞ、ビィーナっ!)


ティアは激昂し、疾走した。


(未だ、未だだ!

お前は本当の自分を知っちゃいないんだ!

それなのに、殺させてなるもんかっ!)


直ぐにティアの躰は風と一緒になり、街を疾駆する。

体制を低くし、空気抵抗を最低限にして、1秒でも早く場に辿り着けるように。


「待てっ!」


シルーセルは、その後ろ姿に制止の言葉を放つがティアには届かない。

事象戦略盤フェノメノンタクティクスワールドで投影されるその男を見て、芯から振るえが込上げてくる。

只見ているだけなのに、心を潰すようなプレッシャーを与えてくる。


(ヤバイっ、あんな化け物に手を出したら!)


死の未来図(ビジョン)だけしか思い浮かばない。


「ティアっ!」


シルーセルのその叫びは虚空に霧散するだけで、何の効力も持たなかった。

平和主義は大事ですが、それが安全な位置からの戯言になっていないか疑問に思う時があります。

そんな事を思っていたら、書いてしまった回になります。

肝心の凶刃の登場が印象薄くなってないか心配です。

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