【拒絶する者、されし者】 存在しない敵
【拒絶する者、されし者】
それは痣名だった。
そして犠牲者は主だった。
物心付いた頃から徹底的に殺人マシンとして育てられ、常に効率良くモノを壊すように仕込まれて育った。
足音を忍ばせ、身を隠し、気配を殺した。
それをひたすらに研鑽する日々。
子供が戦場で生き延びる為にそれだけを磨き続けた。
そこに何の疑問も抱かず。
その成果が現われたのは10という歳だった。
磨き抜かれた技能は、少女に生き延びる術を与えた。
その代価として、存在そのものが希薄になっていた。
気を抜くと、誰の目にも留まらない、映らない、認識できない。
殺し続けた状態が染み付き、存在を蝕んでいたことに少女は気が付かなかった。
彼女の隣にはいつも彼女を認識してくれる者が居たからだ。
だから疑問も抱かない。
誰も見てくれなくても、少女には確かに見てくれる者がいるから。
そして少女は自分の失敗からそれを失った。
…そう、少女は自分を証明してくれる者を失った。
そして少女は孤独な世界に取り残された。
存在しない敵。
これは痣名。
少女の痣。
犠牲者は本人。
誰も知らない世界で1人、膝を抱える寂しき者の名。
水面に映る影とは対極に相対する。
水面の影は映し出されるが波紋を起こす事無く、少女は波紋を起こすことが出来ても映し出されることはない。
観測者は言う。
人に拠って認識されないモノは、存在しないモノと同じだと。
証明してくれる者が傍から居なくなり、少女には何も無くなった。
自分が儚く、木の葉一枚にも劣るものだと知ってしまった。
だから、少女は我武者羅に壊した。
癇癪を起こした子供のように、自分は此処に存在していると。
だが、それは無為なことだった。
何故なら、少女は世界をフィルター越しにしか見れなくなっていたからだ。
者を物へと置き換えて。
最初の頃はどうだったか覚えていないが、自分のちっぽけな世界には1人の人間が証明してくれることで成り立っており、親類以外は物として意識するようになっていた。
その認識は成長を遂げていく、存在しない敵と共に。
幾ら物を壊しても、少女は満たされることは無かった。
結局自分のしているのは、自然災害と何ら変わりは無いのだ。
誰が風に目を奪われるだろう?
誰が地震を見るだろう?
それらが引き起こす災害に目を留めても、それ自体は視ない。
本人が気付かない内に、少女は絶望した。
そして次第に閉ざしていく。
傍観者として空な世界を眺めるだけ。
それが少女だった。
偶に突っ掛かってくるものがいたが、本来の存在に戻ると、誰も認識しなくなった。
その捌け口として、物を破壊する。
それが全てだった。
ある日、光明を目の当たりにするまでは。
証明してくれない周りが悪いのだと、儘を通していたいじけた者は、者を見た。
大地に雄雄しく立ち、世界をも威圧するかのように彼女はそこに存在していた。
美しい。
一言で言うなら、これに尽きるだろう。
躍動と静粛を両立させた姿に心奪われた。
有りの儘を通そうとする為、彼女は世界とも戦う覚悟で自らを高みへと引き上げていく。
生き方がまるで正反対だった。
諦めしか抱かなかった胸に、熱いものがこみ上げてきた。
それが何なのか分からない。
彼女のように、内に構築しているモノが、信念なるものが少女には存在しなかった。
自分の脆さが露呈されていく。
基準が定まらないまま、無為に日々は過ぎていく。
そんな最中、怯え、必死に繕っている本当の少女に気が付いた者がいた。
※
早朝、俺は逃げの一手を打とうと、そっとプレハブを離れようとした。
だが、その前方を塞ぐ者が居た。
俯いている俺に顔を上げる度胸は無い。
誰が塞いでいるか分かるし、この後に問われる問題の答えを窮するのは目に見えている。
走り込み、強固に造られた心臓が異様なまでに高い心拍数を叩き出している。
脂汗が勝手に噴出し、シャツが背中に気持ち悪く引っ付く。
「ティア、ちょっと良いかしら」
「駄目だ」
即答した。
そんな権限がないことなど百も承知だ。
それでも万分の一でも確率があるなら、いや無いが、試しておきたいのが悚した者の性なのだ。
無駄な足掻きだとしても。
「そんな権限あると想ってるの?」
案の定だ。
これで死刑執行は免れない。
怯えながら顔をあげると、顎でしゃくりあげ付いてくるように促された。
背中に3つの視線が突き刺さっているのが実感できる。
それに気が付かないフリをして、凛の後ろを付いて外へと出て行く。
暫く歩を進めていくと、白いドーム状の建物が見えてくる。
この外装からこれが食堂だと連想できる者はいないだろう。
元はシェルターだったものを改造して、大人数を収容できる食堂にしたのだ。
放射能を弾くように塗られた白い壁面は、その名残と言えた。
重い扉を開口し中に入ると、小刻みでテンポの良い包丁とまな板のサンバが聞こえてくる。
この食堂の主、キレニム氏だけが今日も食堂を切り盛りしていた。
適当に飲み物を手にし、隅の席に陣取る凛に続いて、席に着く。
「さて、どういうことかしら?」
「質問の意図を測り兼ねます」
「本気でそんな愚鈍なことを吼ざくなら、私は貴方の処分を考えるわよ」
凛の眼孔に宿った光が、有言実行を物語っている。
処分。
血塗られた鉾では、そのままの意味しているのだから迂闊に聞き流せない。
質問の内容になっているのは、間違いなくビィーナのことだろう。
様子が奇妙なんてものじゃない。
普段から装っているのほほんとした雰囲気が剥がれ、無機質な状態でいた。
これでは戦闘モードに移行した時の、殺すことを機械的に進めていく感情の片鱗すら見せないビィーナと同じ状態だった。
正確には、普通なら何も感情を浮かべないその状態で、微かながら、揺れ動くモノが宿っていた。
その変貌に加え、ビィーナの視線は常に俺を追っている。
そしてその変貌は、俺が訓練にビィーナを借り出した後からだ。
言い逃れなどできない。
証拠が揃いすぎている。
「じゃあ、突っ込むな、だな。
俺の事なら兎も角、人のことを根掘り葉掘り聞かれ、喋るのは性に合わない」
「別に私は内情が知りたい訳じゃないわ。
もっと根本的で切実なこと」
「…もう少し分かりやすく言え」
「戦力低下に繋がるか?」
「率直な意見ありがとう。
そうだな、心の問題だからはっきりと断言できないが、大丈夫だろ。
伊達に戦場を駆けて生きてないだろうから、そこら辺は弁えてる、だろ?」
「そうね、愚問だったわ」
「珍しいよな。
お前なら、俺より先に心の重りを取り払うように動くと想っていたんだが?」
「如何いうこと?」
「まさか気が付かなかったのか?
相当まいっていただろう、ビィーナ。
このまま澱を積み重ねて行けば、潰れるのは目に見えていた」
「…そう、意外にカウンセラーの才能が有るのかもしれないわね、貴方」
「冗談は止せ。
まぁ、ビィーナの件は暫く保留だ。
…あの様子だと、監視されてるみたいで落ち着ないけどな」
「興味の眼差しよね。
ホンと何を仕出かしたら、あそこまで変貌するのかしら?」
「無理するなと諭しただけかな」
「…ビィーナにそれを分からせたの?」
「そうだが、なんかヤバかったのか?」
「そうね、相当ヤバイわね」
「…何がだ?」
「どうせ深く考えて無かったんでしょうね。
ヤバイくらいの大莫迦さ加減と、ものの識らなさ。
それと大物っぷりよね。
戦場を常としてきた彼女のそれを言う地点で莫迦。
そしてそれを彼女に分からせるなんて」
「………」
「そっちこそ気付いて無かったの?
彼女が世界を見ていないことに。
だから、どんなに言葉を尽くした処で、届かなかったわ。
それを届けたのよ、貴方は」
そうだ、自分の言葉なら通ると分かっていたからこそ、買って出たのだ。
彼女の本質を見て取れる自分でなければ、届けられないと。
凛がビィーナについて手を出さなかったのではなく、出せなかったのだ。
「どうやったかは訊かないけど、そうね、褒めてあげるわ」
ティアの推理を肯定するように、凛が礼を述べる。
「貶されてる部分が多すぎて、褒められてる気がしないぞ」
「それだけ非常識なことをしてるのよ」
「…まっ、良いか。
なら、この話はこれで終わりだ。
そろそろ、飯時だ。
アイツ等を呼びに行くか」
「必要無いわ。
どうせ、こっそり後を付けて来てるわよ。
どうして食堂のドアを閉めたと想ってるの?」
会得した。
この食堂には入り口が1つしかない。
爆弾の直撃にも耐える分厚い扉のみ。
あの扉を閉じられてしまえば、侵入するのには厭な地を擦る音を立てないと開くことのない扉を動かさなければならない。
どんなに気配を殺して、その音まで殺せない。
いつもは解放されているのだが、こういった警戒の為に閉める者もたまにいる。
だからキレニム氏もそれについて何も文句を飛ばさない。
「防音性も考慮すれば、意外と此処は密会にはいいのよね」
「人気のいない時間帯はな」
そう言いながらティアは席を立ち、その重苦しい扉に近づく。
神経を張り詰め、扉越しの気配を探ると、3つの淡い気配を察知する。
嘆息を付きながら開け放とうとすると、3つの気配は蜘蛛の子を散らすように四散する。
「テメェ等っ、逃げるなっ!」
俺は叫びながら、扉を軽く押し開けるのだった。
中二病の発症度がレベル5(雛○沢換算)に達しそうな回です。
そろそろ末期か…。




