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蒼刻の彼方に  作者: ドグウサン
2章 突破する者達
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【渾身と当惑】 認識される想い

まるで足に羽でも生えているかのように、地を駆ける。

だが、確実に重力に引かれ、足が地に付く。

恐ろしいまでの脚力が重力を撥ね退けて、前方に身を持って行く。

それが連続させ、男は野山に息を置き去りにしていく。

視界を流れる景色が歪み、彩のコンチェルトが網膜に投影される。

暫くそれらを繰り返し、男は開けた丘で停止する。

短距離走を思わすような速度で疾走してきたのにも関わらず、男は呼吸すら乱れておらず、心音も普段より少し高い程度だった。


「ティ、ティアくぅ~ん~」


30秒程だろうか。

鼓動が元に戻ったくらいに、男の後ろからヘロヘロな声がしてくる。

暫くすると女が現われるが、樹の陰に隠れると、嘔吐するうめき声を上げた。


「うぅ~、またも置いていかれた上に、このザマなんて」


女が陰から姿を現らわし、瞳の両端から涙を溜めていた。


「あたし、本当に体力付いてるのかな?

どんどんティアくんに離されてる気がするんだけど」

「離してるからな」

「なぬぅ!」

「まだ体力が有り余ってるって感じかな。

早朝のランニングでの重りを100キロにして貰ったし、その前にも習慣で走ってるしな。

それぐらいしないと1日の体力を消耗しきれない」

「…体力バカめ」


愚痴るビィーナを尻目に、ティアは沈む暁に染まった空を観賞する為に、その場に腰を下ろす。

それに習い、ビィーナも乱れた息を整えながら隣に座る。


「で、どうしたの?

あっ、わかった!

特訓と偽って、あたしを口説くつもりだぁ!

見事な夕焼けとロケーションだし~。

あ、でも、シチュエーションはサイアク」

「…休めよ、暫く付き合う」

「…どういう意味?」


ビィーナの声音から彩が消える。

世界から逸脱し、排除されたように気配が消えていく。


「そのまんまだ。

お前、カリオストから戻ってから無理して、演技しているだろう」

「………」


否定も肯定もない。

唯、虚空に言葉が流れるだけ。


「どうやら、俺なら普通にお前を認識、見れるらしい。

偽らず、有りの儘に居ればいい」


いつの間にか抜き放たれた刃がティアの首元に添えられる。

余計なお世話だと、刃が物語っていた。


「無理だろ、お前に俺は殺せないよ」


ティアの自信に満ちた声がする。

ビィーナはいつものように感慨無く刃を引く。

…引いた筈だった。

実際は刃は薄皮一枚を切っただけで、カタカタと震えて止まっていた。


「ど、どうして」


彩の無い声が灰色掛かる。


「淡々とこなせないだろ。

簡単なことだ。

お前は、1度でも自分で人を殺したことがないんだからな」


ビィーナの震える腕が薄皮を切った刀に伝わり、ティアの首の傷を広げていく。

その様子を凝視していたビィーナから怯えが滲んでくる。


「ヤればいい。

お前なら、この状態からでも簡単に落とせるだろ」


ティアは抑揚の無い声で挑発する。

ビィーナの刀の震えが増していくだけで、実行に移せない。

ティアの首筋が剥け、細胞の群体が鮮やかな色をして溢れてくる。

震えがピークに達し、刃が微かに動脈に触れ、これまでとは比較にならない血が零れ出す。


「ヒィッ!」


そんな短い悲鳴があげると、ビィーナは刀を取り落とし、硬直した。

ティアは刀を素早く空中でキャッチし、地面に突き刺す。


「無理すんなよ。

鬱積してる心が壊れるぞ」


ティアは裂けた首筋に手を当て、情報管理送還装置(ライブラ)を起動させる。

響く高い音がし、首の損傷具合が脳裡に数字として送られてくる。

次に空間に歪みが生じ、首筋を包む。

そうすると、液体を垂れ流していた裂け目が修復されていく。

新陳代謝能力を飛躍的に向上させて、首に傷を塞いだのだ。

これが血塗られた鉾(ミストルティン)が保有する力、(ゲート)の片鱗だった。

ティアは治療を終えると、硬直して動かないビィーナの手を取る。

ビックッとし、オズオズとティアの方に視線を上げる。

その様子は、怒られる前の子供に似ていた。


「お前は隔絶してただけだろ。

だから、物を壊す要領で人が壊せた。

なんせ、互いに違うモノなんだからな。

だけど、俺はお前と同じ、お前を認識できる立場だ。

だから、お前は認識しちまった、俺を人間だと。

人殺しを拒否したんだよ、お前の本能が。

お前は俺を殺せない」

「そ、そんなことないよ。

あたしはいつも、こ、ころしてきたんだ」

「それは物だろ。

少なくとも、お前は罪悪感なんて抱いたことなんてない筈だ。

物を壊して抱くのは、所有者に対してだ。

所有者の居ない全てが物の世界で、何を抱く。

だろ?」

「…ちがう」

「違わない。

そうじゃないとお前が自分自身(アイデンティティー)を保ってきた者まで、否定することになるぞ」


そう言い切るティアに、ビィーナはハッと顔を上げた。


「お前を認識しくれた者がいるんだろ、俺以外に」

「あっ、ああ、あ」


おぼつかない、そんな声だ。

その声が、ティアの推理を肯定していた。

ビィーナをビィーナとして認識し、確定してくれた者が存在したことを。


「だから、否定しなくていい。

お前は存在して良いんだ。

俺がお前を証明してやれるから。

無理に偽らなくても、有りの儘でも。

ゆっくりでいいから、克服していけ。

それまでは俺がお前がいることを言葉にしてやるから」

「…ティア」


ビィーナは初めて、目の前の男の名を呼んだ。

何度も口にしているが、初めて人として名前を口にした気がした。


「傷みも痛みも知ってる。

人形じゃなく、憧れるだけの平凡な女でいいぞ」


『俺は知ってるからな。

お前が凛に憧れていること。

あの光景に先に憧れたのはお前だろうが。

そう生きたいと。

そんなお前が人形ぶって、人を放棄するな。

今は真似でもいい、それで納得するなら。

…見つかるよ、未だお前は失ってない。

辛さから、眠らせてしまっただけだ』


ビィーナは、ティアが昔に投げた言葉が思い出していた。


(この人はずっと覚えてくれてたんだ、あたしを)


張っていたモノが崩れ去り、気が付けば嗚咽が口についていた。

衝動的に溢れるものに蓋をしようとするが、それは瞼を閉じると同時に流れ出す涙と一緒に零れ出す。


「うっ、うぅぅ、ああああ!!!」


ティアの掴んでいる手をギュッと握り、ビィーナは声の限り吐き出していた。

止め処なく溢れる想いの数だけ、滴が乾いた地面を濡らしていく。

ティアは流石に焦っていた。

だが、掴まれた手の所為で逃げる選択は奪われ、針のムシロ状態に陥る。

ビィーナの様子を見ると、そこにいたのは子供だった。


(こういう時、大人はどうするんだ)


思案の挙句、ティアはそっと空いた手でビィーナの肩を抱いてやる。

子供をあやすように。

その暖かさが余計にビィーナの堰を切らせ、大泣きさせてしまう。


(どうしたらいいだぁ!)


そんなティアの心情お構いなしに、ビィーナはひたすら()く。


「うぅぅぅ、にぃさん、ううう」


嗚咽に混じり、ビィーナは奥底に仕舞ってあった想いを口にしていた。

ビィーナをビィーナと認識して、傍にいてくれた者をことを。

やっと無敵少女にスポットライトが中った。

1章は説明会が多かったですが、2章は説明を大半終えているので、早い内に物語が進みます(たぶん)。

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