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蒼刻の彼方に  作者: ドグウサン
1章 胎動する者達
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【胎動の刻】 シルーセル トルセ

気に食わない。

こんな感情が抱くことは、オレの正常な感性がまだ生きている証だった。

だが、感情(これ)を無くなってしまえば、オレが学園(ここ)にいる意味も失われてしまう。

だから、オレはこの感情を素直に受け止め、不機嫌を態度に表す。


「で、自己紹介した方が良いのかしら?」


鏡を見れば、額にはきつく皺が寄っているだろう。

自己紹介(この)提案をした女が、オレの不機嫌を増加させる。


(もう我が物顔か、この女っ!)


オレの不機嫌の源は、この偉そうに喋っているこの女だ。

チーム分けが発表され、チーム毎に振り分けられたプレハブに移動した。

そこまではいい。

だが、その間にも偉そうにしている女が勝手に仕切り、オレたちを纏めようとしていた。

チームメイトは各自パイプ椅子に腰かけ、円陣を組みプレハブ内で向かい合っていた。

オレの向かいに、その問題の女が座っていた。

噂をよく聞く女だ。

第1学年(ランス)時代、知れ渡った名前が4人ほどいる。

1人目は、アベルっていうバカ強ぇ男。


「あ~、それいいね」


調子外れの声がし、隣の位置にいるヤツへ首を傾ける。

2人目は、ここがどういう場所か理解していない、そんな調子でのほほんと偉そうな女の提案に賛成している、この女だ。

こいつとは同じクラスだったから、その異様さは知っている。

異常とも言える好成績を誇り、その上模擬戦で教官を再起不能にしてしまえる程のデタラメな実力者を持つヤツ。

だが、普段がこんな調子で、日向みたいなほのぼのとした雰囲気を振りまいていやがる。

訓練や戦闘に入るとこれが消し去り、氷のように変貌する。

あれを始めてみたとき、背中に氷柱を突っ込まれたような悪寒を覚えたものだ。

戦場の死神、トイアムトの名を持つ女。

そして3、4人目は、この偉そうな女と、それに付き従う長身の男だ。

いつ寝首をかかれるかわからないこの学園で、つるんでいる変わり者達。

名前は思い出せないが、噂の人物が4人中3人も揃うとは、オレの先行きは不安しか浮かんでいないようだ。


「あたしはビィーナ トイアムト。

…う~ん、あとナニを話せばいいかな?」

「言いたいことが無いなら、名前だけで良いわよ」

「そぅ。

なら、イイや。

じゃ、バトンタッチ~」


と、オレへと話を振る。

調子が狂う。

冷徹な壊し屋としての側面を知っている分、このほがらかなフンイキが不気味で仕方なかった。

正直、関わり合いたくないタイプだ。


「シルーセル トルセだ」


とりあえず名前だけ名乗っておく。

別に馴れ合う気もないし、出来るとも想っていない。

だから、接点は少ない方がいい。

それに、コイツらは味方とは限らない。

それどころか、内に敵を抱えているといった方がしっくりくる。

今日から開始された第2学年(ランデベヴェ)の履修とは、チームと言う名の檻に閉じ込められ、生き残るだけの能力があるか測るものに違いない。

だからこの自己紹介さえも、気の抜けない戦いに他ならない。

オレは自分の気持ちを引き締めると、トイアムトと反対に座る男に視線を送る。

この中で最年少だろうか?

俺より若いと一目でわかる。

線の細さから、一瞬女かと勘違いしてしまった。

釣り上がった目元と声変わりを終えた声音を聞いていなければ、その中性的なフンイキから女と思い込んでいたかもしれない。


「ティア 榊だ。

…宜しく頼む」


そいつは俺と同じく、ぶっきらぼうにアイサツをした。

少し親近感を覚えるが、僅かに緩みそうになった気持ちを引き締め直す。

相手の情報を得ようと、目を光らせている4つの眼光があるのだ。

警戒を怠らないようにしよう。


「カイルです」


男は、これまた簡潔に紹介をした。

こいつが偉そうな女とつるんでいる、おかしな男だ。

渋め目の顔をしていて、30台といった感じか。

背は高く、190を超えていそうだ。

そして、落ち着き払った様子が実にオッサンくさい。


「凛 榊よ。

前座は終わりね」


嫌な予感がする。

昔から、俺の予感的中率は高めだ。


「さてチームが結成されたわ。

先ず、この中からリーダーを決めて、今日中に担当教員に提出しないといけないのだけど」


凛と名乗った女の態度が、もう自分がリーダーだと語っている。

自分がリーダーという器ではないことはわかっているが、この女の下に付くつもりは無い。

オレは現在自分の可能な手段を思案し、その行動を阻止するために提案を告げる。


「やっぱ、成績(ポイント)の高い者がリーダーになるべきだろう」


何気なく、阻止する提案を口にしておく。

この中で1番ポイントが高いのは、間違いなくトイアムトだろう。

案が通れば、この女にリーダーが回ることはない。

俺は内心で微笑んだ。


「…あ~、もしかしなくても、あたしが1番成績いいよね。

なら、辞退で」

「…はい?」


オレは自分の耳を疑い、聞返していた。


「あのね、あたしって周りが見えないタイプなの。

どうも1人で突っ走っちゃうんだよね」


トイアムトを包む空気に、微かにニゴリが起こる。

瞬きをして見直す。

そこにはのほほんとした空気しか漂っていなかった。


(…見間違いか?)


「個人で戦うならともかく、団体戦になるとね。

指示とか、あたしには無理かな」


にこやかに否定しやがった。

目論みは脆くも崩れ去ったため、あっけらかんとしているトイアムトを恨めしい視線で睨んでいた。


「あたしはリンを押すかな~」


目論見が完全に裏返る。

トイアムトのとんでも発言に、言われた本人も呆けた顔をしていた。

この様子からして、何故自分を推薦されたのか、その意図を図りかねているようだ。


(よりによって、何でこの女を指名すんだよ!)


オレの浅い計略は、想わぬ事態を引き起こしていた。

思わず叫んでしまいそうな衝動を寸前で押し留める。


(まて、こういうものは多数決で…)


その事を口にしようとして、この提案が掘るであろう墓穴が脳裏に浮かんだ。


(ヤツらが結託している。

そしてトイアムトはこの女を指名した…。

この地点で、既に敗北しているじゃねぇか)


「他に誰か候補はいるかしら?」


これは明らかな挑発。

このままなら、このうそぶく女の計略通りに事が運んでしまう。

ここで名乗りを上げても、唯の笑い者にしかならない。

初めから味方を作っていた、相手に分があるのだ。


(これも計算の内か!)


ふつふつと感情が腹に据わる。


「…なにか言いたそうね」


微笑を浮かべながら、女は更なる挑発を掛けてきた。

冷静さが欠けていく。

この学園入学してから人としゃべる機会が失せ、篭るような生活をしてきた俺は、感情を制御する留め金を失っていた。

久々の対話で色んなものが噴出い、制御を離れいく。

何枚も上手な敵に、元々単純な思考回路はついていけるはずもなく、暴走へのカウントダウンは早かった。


「気に食わねぇんだよっ!」


オレは椅子を跳ね除けて立ち上がり、スラング調に啖呵を切る。


「ならば、貴方がリーダーでもするのかしら?」

「テメーに譲るぐらいなら、俺がやる!」


せせら笑う女。

これは全てが挑発だと頭の隅で理解していた。


「私は御免だわ。

貴方みたいな暑苦しくて、直線型気性の人間に従いたくないわ。

私の命は軽くないの。

それとも、私を守ってくれるのかしら、騎士様(・・・)


(っ!)


この挑発は、オレにとって致命的だった。

汚されたくない、そんな奥底の感情を見事につかれ、オレは腰に備え付けていたコンバットナイフを引き抜いていた。

そして正面にいる小生意気な女に突撃していた。


「…脆いわね。

少し頭でも冷やしなさい」


鼓膜に届く女の呟き。

女は無造作に立ち上がり、オレを迎え撃った。




綺麗な弧を描いて、シルーセルが凛の後ろにある扉を破壊しながら飛んでいく。

アルミ製の扉を陥没させ、プレハブから放り出されていく身体。

シルーセルは地面を何度か跳ね、そしてう仰向けに停止した。

シルーセルが抜き去ったコンバットナイフは、天井に縫いつけられていた。


(何が起こったんだ?)


ティアは正面からこの情景を見つめていたにも拘らず、起こった事象が理解できないでいた。

気が付けばシルーセルは外まで飛ばされ、完全に沈黙していた。

ティアは事情が呑み込めないまま、とりあえず外に放り出された男の安否を気遣い、立ち上げる。

仰向けに転がっているシルーセルに近づくと、白目を剥いているのが見て取れた。

後頭部を打った形跡はなく、その分背中を強く打った様子だった。

受身は取れなくても、致命傷になりそうな部分は守っているのは流石と言えた。

ティアはシルーセルを抱え上げて、振り返る。

そこには仁王立ちした凛がいた。


「…何かあるなら、相手になるわ」


カイルはその凛の様子を怪訝そうに見ていた。

滅多に情緒を出すことのない凛が、冷静に進めねばならない局面で感情的な言葉を吐いていた。

カイルですら聞いたことのない、凛の猛りを込めた声音。

カイルの胸に、不安と光明が渦巻いていた。


(…彼が凛を揺さぶっているのか?)


ティアはそんな凛に別段リアクションも示さず、プレハブに備え付けてある簡易ベッドにシルーセルを横たえる。


「誰がリーダーをしようが興味は無い。

俺の目的を果たせるならな…」


それだけ告げ、ティアは何事も無かったように椅子に腰掛ける。

これ以上、この件に干渉しないとアピールするように…。

チームコード、BX-03。

チグハグな紹介を終えたチームは、重苦しい空気だけが流れていた。

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