【渾身と当惑】 司令官
血塗られた鉾。
それは、一言で表すなら特殊先鋭育成機関と称す場所。
詰まる話、戦争屋を育てる世にも奇妙な企業だった。
この企業が設立されたのは50年前。
この年月が何を意味するか…。
公然と軍事力を保有し、兵力を増強をフレーズに掲げる企業。
侵略戦争が絶えない混沌とする時代、それを諸国が黙って見過ごすだろうか。
それが今日にまで存在する現実は、黙認をせざる得ない程この企業が力を有していることに他ならなかった。
門。
それが、血塗られた鉾が保有する力の象徴であり、魔法を彷彿とさせる力。
伝説で語られる荒唐無稽な力の具現がここに存在し、人々を魅了した。
血塗られた鉾の設立者、アイスなる人物は公言した。
この力は誰にでも手にする事のできるものだと。
伝説に並ぶ力。
付属として立てられた学園にて、その力を教授する。
それを聞いた人々は狂喜した。
入学基準は才能のあるもの。
脳開発と呼ばれる装置を受けて貰い、それを受け入れられたものだけが、学園に入学することができた。
それが、喩え国から追われる極悪犯罪者だろうと、この学園は入学を許可した。
ここは力を求める者や、逃げ場を無くした者、何かしらの目的、野望を抱いた者とさまざまな理由を持つ者たちが、この学園の敷居を潜る。
だが、其学園の卒業率は2割未満。
未満に達しなかった者は例外無く、この世を去ることになる。
設立当時は200人を越す入学数を誇っていた。
だが、流石に命を賭してまで、入学する者も減っていった。
だが、それでも毎年何人もの人がこの学園に訪れる。
去年入学希望をしたものは69人。
その内48名だけが、入学を許可された。
第1学年の想像を絶する履修内容を受け、26名までも数を減らしていた。
更に半年が経過し、その人数も15名まで落ちていた。
卒業まで後1年半も残して。
※
「はぁ?
俺に司令官をしろだと?」
素っ頓狂な声がプレハブ内に木霊する。
ティアよりは大人びた貌付きをしているが、こちらも少年に域を出ていない男が、困惑極めたように眉を八の字にしていた。
「そう、適任でしょ。
本当なら前ミッションからさせても良かったのだけど、気負って只でさえ皆より劣っている基礎練に支障をきたしたら拙いでしょ。
だから2ヶ月も引き伸ばしてあげたの」
緑の黒髪を靡かせた女が、不敵な笑みでその少年を挑発的している。
6ヶ月もチームを組んでいれば、それが計算されたものだと芯に刻まされる。
首の角度、口元に吊り上らせ方、高圧的な態度。
あれは間違いなく鏡でどう見えるか研究されたものだ。
そしてその挑発に乗ったが最後、掌で踊らされて、完膚無きまでに叩きのめされる。
その最初の犠牲者が、シルーセル トルセの名を持つ、この少年だった。
「引き伸ばしたとかじゃなくてだ、俺のどこが適任なんだ?
そこが訊きたいんだが?」
その発言に女は嘆息する。
メチャメチャ癇に障るように、ワザとらしく。
「ティアと並ばすわよ、脳無し」
「それは暴言だぁ!」
シルーセルはノォ~と頭を抱え、悶える。
引き合いに出された本人は肩を落としながら呟く。
「…シル、暴言はどっちだ」
「まぁ、ティアくんと並ばされたら、誰でも叫ぶよね」
隣から朗らかな声で同調する者がいた。
ティアはジト~とした視線を其方に向けると、声から想像できるような雰囲気の少女が、シルーセルに同情の眼差しを送っていた。
大きめに瞳に、少しだけ見え隠れする八重歯がシックリくる。
日向を想わす少女が、ティアの視線に気付き、アハハと乾いた笑いで誤魔化す。
「…ビィーナ」
血塗られた鉾内でも、この少女の存在は広く知れ渡っていた。
血塗られた鉾と肩を並べるトイアムトの名を持つ傭兵団。
そこに所属していた彼女は、過去血塗られた鉾と相対し、唯一打ち破った記録を持つ。
戦場の死神トイアムト。
その最強の剣、見えない敵の異名を与えられた少女。
それがビィーナ トイアムト、彼女だった。
「私だったら…、とても口に出来ませんね」
「どんな想像をした、カイル」
最後に無愛想な声がして、ティアは貶める。
最年長者らしい貫禄と風格を備えており、180ある体躯は、狭いプレハブに圧迫感を漂わせる。
固く結んだ口元が、堅実な性格を物語っていた。
「それを払拭できる程、貴方に知識があれば卑語ならないわよ」
「………」
黒髪の女は容赦なく止めを刺す。
ティアは部屋の隅まで行くと、膝を抱えて無言の涙を流す。
誰も慰めないあたりが、ティア少年の日常茶飯事だと計れる。
「脱線したわね。
なら、逆に訊くわ。
どうして適任でないと?」
「それは直情的な処とか」
「カリオストで、貴方は私達を見事欺いたわ。
只直情的な人間が、あれ程手の込んだ策略を練れるかしら?
貴方はより効率的で良い方法を画策し、その機を忍耐強く待てるタイプ。
感情に左右されるのは、切羽詰まった瞬間だけ。
研鑽し尽くされた結論を元にね。
だから、的確且つ、寸分の計画を遂行できる。
正直、吃驚したわ」
黒髪の女が珍しく持ち上げてくる。
だが、これも心理戦の内だった。
本人にその気にさせてから、遣らせた方が乗りが違ってくる、その部分からだ。
「そんな計算なんかしてねぇよ。
偶々だ」
「偶々ね。
詰まり、偶々に事象を読まれて、偶々に出し抜かれたのね、私たちは」
「ぐっ!」
「たいした奥の手よね、事象戦略盤。
あんな情報収集スキルを隠されてたらね」
「あれは偶々発動してだな」
「でも今は、いつでも発動できる。
原理は不明だけど、でしょ」
「範囲は2キロ前後。
その範囲で有象無象する情報の全てが脳裡に投影され、まるでチェス盤を上下左右、八方からチェックしたかのように見える」
「…羨ましいスキルよね。
研鑽し囚われない作戦内容を導き出し、そして誰よりも状況を把握できるスキル。
これ程司令官に適任な人物がいるかしら?」
「ありません、リーダー!」
「異論はありません」
「無い」
ビィーナとカイルが同意し、シルーセルは追い詰められる。
最後は部屋の隅から、ティアがぼそりと肯定する発言をしていた。
「だが」
それでも反論しようとすると、黒髪の女から笑みが消える。
普段から不敵な笑みを絶やさない分、無表情をされると空恐ろしいものを覚える。
「折角心地よく遣らせてあげようと持ち上げてあげたのに、煮え切らない男ね。
多数決するまでもなく、貴方が認定されたのよ。
退路があると御思いかしら?」
シルーセルは悪寒が奔った。
これ以上この態度続ければ、この女は精神的にも肉体的にも再起不能まで自分を追い詰めると悟り、シルーセルはカクカクと首肯して
「謹んでお受けいたします」
敗北宣言をした。
「宜しい」
脅迫紛いに推し進められ、シルーセルは重荷を背負うことになる。
(何もミッション前日に任命せんでも)
シルーセルは、ティアと同じく部屋の隅で泣きたい気分になる。
このチームにパワーバランスは、このように黒髪の少女、凛 榊を筆頭に、最強の女ビィーナ、チームの頭脳カイル、敗北者シルーセル、そして慟哭する者ティアの順に構成されている。
後、カイルの後ろにテリト リーという幸薄いチーム顧問の老人も組み込まれており、このチーム内の男の権力は無いに等しい状態だった。
「さて今回のミッションだけど」
ミッション。
2ヶ月に1度行われる検査指令。
普段血塗られた鉾が運営している業務の何点かを学園の方にまわし、生徒にその任務をさせ、実力を測る試験だ。
大きくランク分けされており、簡単なものからE~Aと難易度が上がっていく。
Eランクならば郵送や護衛とお手軽なものが宛がわれる。
Aランクでは表沙汰にはできない極秘指令が言い渡される。
ランクの上下はそのまま危険度の高さを意味していた。
このチームが結成されて初めてのミッションは、Aランクの最悪な任務だった。
元は、このチームは掃溜めを集め、一掃する為に括られたものだった。
このチームで必要とされているのはビィーナだけで、他の者はその供物として役目を宛がわれていた。
だが、それを読んでいた凛が脅威の速度でチームを鍛え上げ、その苦境に正面から立ち向かった。
色々なトラブルが蔓延したミッションだった。
ミッション内容はシルーセルの故郷であるカリオストの王、ハーゲンの暗殺。
それを機に、依頼主であった隣国が侵略戦争が勃発する予定だった。
シルーセルはミッションの最中に離反し、これを阻止しようとする。
凛達はこれをサポートし、血塗られた鉾を欺きこのミッションを葬ることに成功する。
最終的には、上層部に作戦ミスという形で片付けられていた。
一歩間違えれば、血塗られた鉾という超越者たちの集団を敵に回す処だったのだ。
それから2ヶ月、そ知らぬ顔で血塗られた鉾で生活し、そして2度目のミッション。
ある国の式典での警護任務だった。
裏ではテロ屋が跋扈しており、それを事前に食い止めて式典を成功させるというものだ。
会場に仕掛けられた、全12の爆弾を見つけ出しこれを撤去。
怪しい輩を検挙して、ゲームセット。
テロを未遂させ、任務終了。
この時活躍したのがシルーセルのスキル、事象戦略盤だった。
半径2キロに及ぶ範囲の情報を掬い取り、脳裡に描いた盤に投影するという情報収集能力。
高度な捉え方、三次元の立体で知覚でき、見るという両目の平面図の総合することで立体的図捉えるものではなく、三次元、例えばコインの裏表を同時に把握できる視野で、途方も無い範囲を網羅できるという優れた能力だった。
どうしてそんな現象が起こるのか、本人すら理解していない能力で謎が多い。
不安要素をふんだんに含んだ能力ではあるが、効果は絶大な上、脳内に盤を想い描くだけで発露させられるというお手軽さ。
指でスイッチを押すよりも簡単だった。
事象戦略盤の広範囲の情報収集により、不自然な箇所を徹底的に洗った。
爆弾はアッサリと姿を発見され、それに焦ったテロの首謀者が行おうとした狙撃すら、事象戦略盤の前で裸にされたのだった。
怪しいギターケースを担いでいる男を追尾させ、現場を押させて御用とする。
好成績を収め、目出度くチームBX―04は2度目のミッションをクリアーしたのだった。
そして第2学年になり、6ヶ月が過ぎて、3度目の査定の日は明日に迫っていた。
「護衛任務よ」
「護衛ね。
どこのお偉いさんをだ?」
「人じゃなく、物よ。
とっても危険なね」
シルーセルの問いに、凛は物騒なアクセントを付けながらミッション内容を語っていく。
1章が終わり、完全にヒエラルキーが決定しました。
ティア、シルーセル南無。




