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蒼刻の彼方に  作者: ドグウサン
2章 突破する者達
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【渾身と当惑】 4ヵ月の歳月

主人公達視点の本編スタートです。


【渾身と当惑】


{鼓動こそ、生命の証。

なだらかに、そして力強く、体に刻み続ける。

命の流れを生み出し、動きを生成していく。

日々の繰り返される生命の在りよう。

それは、束縛と言える。

鼓動が途絶えた時、人は(しがらみ)から解放され、自由を手にするのだろう。}


(何だ、この内容は)


開き見た本の内容に、一抹の反感を覚えながら、先に眼をやる。


{この世は雁字搦めに絡めとられ、身動き壱つ執るのにも多大な動力を必要とする。

動きに拘らず何もかもが、重労働の積み重ねにより成り立っている。

その上、何一つ証明できない不完全な世界で何をすれば良いと言うのだ。

証明の祖である科学により、人は多くの価値を失った。

地動説により、世界の中核であることを否定され、進化論により、神の子であることも否定された。

心理学により、自分の心でさえ見失った。

科学はある程度の再現性を確定した多数派の意見に過ぎない。

故に科学の再現性は追及の手を伸ばし、その脆さが浮かばせてくる。

世界を形作っているのは曖昧なものばかりだと解る。

そんな世界に絶対が在るとすれば、それは死のみと言える。}


(くだらねえな)


内容に関心が失せ、本を閉じると机に放り出す。

すると、プレハブの入り口から気配がする。


「あら、勉強は御終いかしら」


机に近づくと、放り捨てられた本を手に取り、女が問う。


(日ごろから勉学に勤しんでないと厭味がきついな)


女は煌びやかな長い髪を揺らしながら、空いている椅子に腰掛けてくる。


「ベン ヘルクに興味でもあったの」


女は表紙を確認し、本の著者の名前を挙げる。


(そんな名の作者だったのか)


別段、作者に惹かれてこの本を撰んだ訳ではない。

唯、目に付き、題名が気になっただけだった。


「懐かしいわね。

ベン ヘルクは死を題材とした内容のものを書いていたわね。

…題材と言うよりは、崇拝に近いものがあったわ」


生への失望。

背表紙にはそう書かれていた。


「生きるのに死を崇拝してどうする。

くだらない見解だな」


女はその意見に微笑する。


「ほんと、貴方は無垢よね」

「世間知らずで悪かったな」


馬鹿にされたと想い、不機嫌な声音で答える。


「反対よ。

私は褒めているの」

「はあ?」


意味が分からない。

どこをどう解釈すれば褒め言葉に変換できるのか、理解不能だった。


「この死が充満している場所で、それだけの文句を言ってのけれることは、凄いことよ」

「ん?

…だからこそじゃないのか?」

「ええ、その通りよ。

しかし、現実は死の予感と常に隣り合わせ。

だから、死について少しでも良い印象を持ち合わせて置きたいものよ」

「…理解できても、納得はできないな」

「それで良いのよ。

それが最後の線で力になる。

死すら寄せつけず、予感に縛られることは無いわ」

「そんなもんかね」

「…死に取り憑かれた者はいずれ、死を望むわ。

ベン ヘルクの結末と同じくね」

「この作者、どうなったんだ」

「死んだわよ。

死の素晴らしさを解きながら、周りを巻き込んで」

「………」


悲惨な結末に言葉がでない。

ベンに執っては極楽浄土への切符を分け与えたのだろうが、道連れにされた者は堪ったものではない。


(傍迷惑な奴もいたものだな)


「何でこんな本が出版されたのかね」

「基本は教訓と戒め。

それに人の考えなんて千差万別よ。

共感できる人もこの世にはいるということね」


それを聞き、げんなりとした。


「そうでなければ、ベン ヘルクが著作した本が10冊も出版されている訳ないじゃない」

「こんなもんが後9冊もあるのかよ」

「意外と浸れるわよ。

奥底にある闇にね」


女はクスクスと笑う。

半分冗談だということが解かる。


(もう半分は、本気か)


「処で、今更読書なんかしてどういう心境の変化かしら」


女は唐突に話を変えてくる。


(まさか語学を学んで、今の立場から抜け出したいとは言えんな)


疲れきった体にはよく効く、催眠効果を齎す読書に甘んじていたのも確かだが、普段から言い負かされていることへの反撃を考えて読書だった。

図書室から持ち出してきた5冊の本から、役に立ちそうな語彙を抜き出そうとしたのだが、余りのつまらなさに投げ出してしまった。


「明日のミッションに備えて、休息と英気を養おうと」


バレバレの嘘で塗り固めた言い訳に、呆れ顔で女は「はいはい」と生返事を返してくる。


「聞かないでおいてあげるわ。

まあ、読書に勤しめるということはやるべき事はこなしたようね」

「俺は自殺志願者じゃないぞ」

「そうね。

自殺を望む性質じゃないわね」


女は椅子から立ち上がると、俺は椅子の背凭れを片手で支点にし、後方に跳ねた。

瞬間、大気が揺らぎ、何かが通り過ぎた微風が頬を叩く。


「なかなかの反応ね」

「どうも」


女の手にはいつの間にか棒状の物体が握られていた。

棒と刀を合わせたような形状の凶器。

女が得意とする武器、薙刀だ。


「凛、不意打ちも結構だが、器物破損は止めろよな」


座っていた椅子の背もたれが、重力に従い落ちていく。

コン、ココン…。

パイプ椅子らしい、軽い音が地面との接触により起こる。

もし今も椅子に腰掛けていたら、背もたれの換わりに胴体が真っ二つに分散していたことだろう。


「たいしたものね。

6ヶ月前では想像もできない進歩だわ」

「お褒めに預かり光栄だ」


その台詞に女、凛は微笑と困惑の表情を浮かべる。


「そろそろ、皆が集まるはず。

そうしたら、ミッションの内容について話すわ」


凛はそう言うと、再び椅子に腰掛ける。


「言いたいことでも在るのか」


先ほどの凛の微妙な困惑の表情を見逃さず、追及を伸ばす。


「…在るには在るわ。

そうね、手遅れになる前に言っておいたほうがいいかしら」


陰のある口調で、凛は自分の中にある推論を口にする。


「確かに貴方の成長は目覚しく、正直驚いているわ。

その反面、昔の貴方には無かったものが、見え隠れするようになった」

「昔の俺に無かったもの?」

「慢心」

「慢心だって?

…それは勘違いだな。

俺にそんな余裕は未だない」

「そうかしら。

先のカリオストに置いて、貴方はミストルティンを出し抜き、見事生還してみせたわ」

「それは、殆どお前たちがしたことだろ」

「お膳立てわね。

結果を出したのは貴方。

まぁ、逸脱した男の存在が露呈を招いたけど、今日までアクションを起こして来てない処を見るに、あの台詞は本気みたいね。

話しが逸れたわ。

貴方、これまで生き残れてきた理由を考えたことはあるかしら?」

「…それは運良かったとしか」

「それは半分以下の結論ね。

一概には言い切れないけど、要因として、類まれな身体能力、それと集中力。

それと気づいてないと思うけど、危険回避能力が特に突起しているわ」


予想外の答えに戸惑う。


「危険回避能力だって」

「これは経験を糧に騰がっていくものだけど、もうひとつ本能に近いところで、これを行うこともできるわ。

野生の動物が備えている勘というやつね。

そして、貴方には後者の傾向が強く出ていたわ」


(俺は獣か)


基本的に感情が表に出てしまう為、しかめっ面を曝け出していた。


「危険回避能力は感情で簡単に視野を狭め、底落ちするわ。

たとえ、本能の助けを借りたとしてもね」

「…思い違いだな。

さっきも言ったように、そんな余裕は持ち合わせていない」


自分の意見が正しいと主張して、女は態度を崩さない。

これが榊 凛という女の性質だ。

そして、先程から虐められている俺。

幼さが未だ残っていると言われる顔を憮然とさせ、釣り上がった目元を更に上げていた。

街の隅で佇んでいれば、中世的な雰囲気と称される外装から、男に声を賭けられる泣けてくる外面。

少し線の細かった(からだ)は、この6ヵ月で男らしい骨格になったと自負しており、もう少年という枠から抜け出せたのではと思っている。

ティア (さかき)

それが俺の名だ。

今から集まるチームのヒエラルキー、最下位層を悲しくもキープしている、幸薄い子羊だ。

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