【渾身と当惑】 4ヵ月の歳月
主人公達視点の本編スタートです。
【渾身と当惑】
{鼓動こそ、生命の証。
なだらかに、そして力強く、体に刻み続ける。
命の流れを生み出し、動きを生成していく。
日々の繰り返される生命の在りよう。
それは、束縛と言える。
鼓動が途絶えた時、人は柵から解放され、自由を手にするのだろう。}
(何だ、この内容は)
開き見た本の内容に、一抹の反感を覚えながら、先に眼をやる。
{この世は雁字搦めに絡めとられ、身動き壱つ執るのにも多大な動力を必要とする。
動きに拘らず何もかもが、重労働の積み重ねにより成り立っている。
その上、何一つ証明できない不完全な世界で何をすれば良いと言うのだ。
証明の祖である科学により、人は多くの価値を失った。
地動説により、世界の中核であることを否定され、進化論により、神の子であることも否定された。
心理学により、自分の心でさえ見失った。
科学はある程度の再現性を確定した多数派の意見に過ぎない。
故に科学の再現性は追及の手を伸ばし、その脆さが浮かばせてくる。
世界を形作っているのは曖昧なものばかりだと解る。
そんな世界に絶対が在るとすれば、それは死のみと言える。}
(くだらねえな)
内容に関心が失せ、本を閉じると机に放り出す。
すると、プレハブの入り口から気配がする。
「あら、勉強は御終いかしら」
机に近づくと、放り捨てられた本を手に取り、女が問う。
(日ごろから勉学に勤しんでないと厭味がきついな)
女は煌びやかな長い髪を揺らしながら、空いている椅子に腰掛けてくる。
「ベン ヘルクに興味でもあったの」
女は表紙を確認し、本の著者の名前を挙げる。
(そんな名の作者だったのか)
別段、作者に惹かれてこの本を撰んだ訳ではない。
唯、目に付き、題名が気になっただけだった。
「懐かしいわね。
ベン ヘルクは死を題材とした内容のものを書いていたわね。
…題材と言うよりは、崇拝に近いものがあったわ」
生への失望。
背表紙にはそう書かれていた。
「生きるのに死を崇拝してどうする。
くだらない見解だな」
女はその意見に微笑する。
「ほんと、貴方は無垢よね」
「世間知らずで悪かったな」
馬鹿にされたと想い、不機嫌な声音で答える。
「反対よ。
私は褒めているの」
「はあ?」
意味が分からない。
どこをどう解釈すれば褒め言葉に変換できるのか、理解不能だった。
「この死が充満している場所で、それだけの文句を言ってのけれることは、凄いことよ」
「ん?
…だからこそじゃないのか?」
「ええ、その通りよ。
しかし、現実は死の予感と常に隣り合わせ。
だから、死について少しでも良い印象を持ち合わせて置きたいものよ」
「…理解できても、納得はできないな」
「それで良いのよ。
それが最後の線で力になる。
死すら寄せつけず、予感に縛られることは無いわ」
「そんなもんかね」
「…死に取り憑かれた者はいずれ、死を望むわ。
ベン ヘルクの結末と同じくね」
「この作者、どうなったんだ」
「死んだわよ。
死の素晴らしさを解きながら、周りを巻き込んで」
「………」
悲惨な結末に言葉がでない。
ベンに執っては極楽浄土への切符を分け与えたのだろうが、道連れにされた者は堪ったものではない。
(傍迷惑な奴もいたものだな)
「何でこんな本が出版されたのかね」
「基本は教訓と戒め。
それに人の考えなんて千差万別よ。
共感できる人もこの世にはいるということね」
それを聞き、げんなりとした。
「そうでなければ、ベン ヘルクが著作した本が10冊も出版されている訳ないじゃない」
「こんなもんが後9冊もあるのかよ」
「意外と浸れるわよ。
奥底にある闇にね」
女はクスクスと笑う。
半分冗談だということが解かる。
(もう半分は、本気か)
「処で、今更読書なんかしてどういう心境の変化かしら」
女は唐突に話を変えてくる。
(まさか語学を学んで、今の立場から抜け出したいとは言えんな)
疲れきった体にはよく効く、催眠効果を齎す読書に甘んじていたのも確かだが、普段から言い負かされていることへの反撃を考えて読書だった。
図書室から持ち出してきた5冊の本から、役に立ちそうな語彙を抜き出そうとしたのだが、余りのつまらなさに投げ出してしまった。
「明日のミッションに備えて、休息と英気を養おうと」
バレバレの嘘で塗り固めた言い訳に、呆れ顔で女は「はいはい」と生返事を返してくる。
「聞かないでおいてあげるわ。
まあ、読書に勤しめるということはやるべき事はこなしたようね」
「俺は自殺志願者じゃないぞ」
「そうね。
自殺を望む性質じゃないわね」
女は椅子から立ち上がると、俺は椅子の背凭れを片手で支点にし、後方に跳ねた。
瞬間、大気が揺らぎ、何かが通り過ぎた微風が頬を叩く。
「なかなかの反応ね」
「どうも」
女の手にはいつの間にか棒状の物体が握られていた。
棒と刀を合わせたような形状の凶器。
女が得意とする武器、薙刀だ。
「凛、不意打ちも結構だが、器物破損は止めろよな」
座っていた椅子の背もたれが、重力に従い落ちていく。
コン、ココン…。
パイプ椅子らしい、軽い音が地面との接触により起こる。
もし今も椅子に腰掛けていたら、背もたれの換わりに胴体が真っ二つに分散していたことだろう。
「たいしたものね。
6ヶ月前では想像もできない進歩だわ」
「お褒めに預かり光栄だ」
その台詞に女、凛は微笑と困惑の表情を浮かべる。
「そろそろ、皆が集まるはず。
そうしたら、ミッションの内容について話すわ」
凛はそう言うと、再び椅子に腰掛ける。
「言いたいことでも在るのか」
先ほどの凛の微妙な困惑の表情を見逃さず、追及を伸ばす。
「…在るには在るわ。
そうね、手遅れになる前に言っておいたほうがいいかしら」
陰のある口調で、凛は自分の中にある推論を口にする。
「確かに貴方の成長は目覚しく、正直驚いているわ。
その反面、昔の貴方には無かったものが、見え隠れするようになった」
「昔の俺に無かったもの?」
「慢心」
「慢心だって?
…それは勘違いだな。
俺にそんな余裕は未だない」
「そうかしら。
先のカリオストに置いて、貴方はミストルティンを出し抜き、見事生還してみせたわ」
「それは、殆どお前たちがしたことだろ」
「お膳立てわね。
結果を出したのは貴方。
まぁ、逸脱した男の存在が露呈を招いたけど、今日までアクションを起こして来てない処を見るに、あの台詞は本気みたいね。
話しが逸れたわ。
貴方、これまで生き残れてきた理由を考えたことはあるかしら?」
「…それは運良かったとしか」
「それは半分以下の結論ね。
一概には言い切れないけど、要因として、類まれな身体能力、それと集中力。
それと気づいてないと思うけど、危険回避能力が特に突起しているわ」
予想外の答えに戸惑う。
「危険回避能力だって」
「これは経験を糧に騰がっていくものだけど、もうひとつ本能に近いところで、これを行うこともできるわ。
野生の動物が備えている勘というやつね。
そして、貴方には後者の傾向が強く出ていたわ」
(俺は獣か)
基本的に感情が表に出てしまう為、しかめっ面を曝け出していた。
「危険回避能力は感情で簡単に視野を狭め、底落ちするわ。
たとえ、本能の助けを借りたとしてもね」
「…思い違いだな。
さっきも言ったように、そんな余裕は持ち合わせていない」
自分の意見が正しいと主張して、女は態度を崩さない。
これが榊 凛という女の性質だ。
そして、先程から虐められている俺。
幼さが未だ残っていると言われる顔を憮然とさせ、釣り上がった目元を更に上げていた。
街の隅で佇んでいれば、中世的な雰囲気と称される外装から、男に声を賭けられる泣けてくる外面。
少し線の細かった躰は、この6ヵ月で男らしい骨格になったと自負しており、もう少年という枠から抜け出せたのではと思っている。
ティア 榊。
それが俺の名だ。
今から集まるチームのヒエラルキー、最下位層を悲しくもキープしている、幸薄い子羊だ。




