【神無き地に】 決意する想い
○決意する想い
車を1台借り、街に降りてきたティアたち。
門番をしていた騎士に見覚えのあったティアは、座席に立てかけてあった剣を取る。
騎士の剣を渡してくれたセシルという名の若い騎士だった。
「御役に立ちましたか?」
「存分にな」
それだけの遣り取りで完結した。
それで十分だと。
「ハーゲン様から伝言です。
孤児院にて待つと」
「はぁ?」
これにはシルーセルが疑問符を浮かべる。
そしてそれが罠だと知ったのは、到着してからだった。
「あっ、シル兄ぃ!」
アンリの嬉しそうな声が孤児院手前から響く。
罠に嵌められた。
シルーセルは遠目で、孤児院の皆の安否を確認したら、帰るつもりでいた。
それをさせまいと、計画を練られていたのだと。
「カールさまの言う通りだぁ!」
この一言が決定的だった。
嵌められてシルーセルは逃げ出そうとした。
それをカイルが素早く退路を断ち、ティアとビィーナに両脇を固められ、引き摺るように孤児院の中の放り込む。
「お前らコンビネーション良すぎだぁ!」
シルーセルは転がって、起きぬけに3人に罵声を投げる。
ニタニタと笑うティアに、厭な予感がした。
後ろを振り向くと、雪崩れるように孤児院の総メンバーが飛び掛かってくる。
「このヤロウ、心配させやがって!」
「シル兄!」
「ふんっ、このバカが!」
「!!!」
「兄ちゃん!」
「兄さん」
「このバァカが!」
バチェット、ジル、サイローニ、ケニー、コウエ、ネオン、ヒルダがシルーセルを揉みくちゃにしていく。
「ひたい、ひたいっへ!
やめへへへ!」
バチェットは横からシルーセルの首を絞め、ジルとケニーは腰にしがみ付いていた。
サイローニはブツクサ言いながら右頬を、ヒルダは罵倒を繰り返しながら左頬を抓り上げる。
コウエはヘッドダイブで鳩尾を抉り、唯一ネオンだけが優しく手を握るのだった。
最後に後ろからアンリがそっとシルーセルを抱きしめ、嗚咽を洩らしていた。
「我慢おし。
それだけアンタは皆に心配かけたんだからね」
そしてこの孤児院の主であるトルセは腕を組んで、その様子を見下ろしていた。
怒っているような、微笑んでいるような、そんな顔で。
「やめへえええええ、くるひひひひ」
シルーセルが解放されたのはそれから5分後だった。
至るところが赤く腫れ、憔悴しているシルーセル。
其後、晩餐が執り行われた。
カールの計らいで大量に運び込まれた食料。
カリオストを救った英雄たちに僅かばかりの宴をもようそうとしていたのだ。
孤児院で執り行うところが、粋な計らいだと、ティアはハーゲンに感謝しておく。
そうでなければ、素直でないシルーセルがここに顔を出すことは無かっただろう。
シルーセルの両脇を最年少組みのジルとケニーが塞ぎ、正面をアンリが陣取る。
「これ、おいしいよ、兄ちゃん」
「おう」
「こっちも、こっちも」
「おう」
「シル兄、こっちも食べて、ね」
「お、おう」
シルーセルは容赦のない接待を受けていた。
それを尻目に見ながら、ティアたちは出された料理を片していく。
「えっ、もう食べちゃったんですか?」
給仕をしていたネオンは驚いていた。
時計を見ても、先ほど大型のミートパイを運んでから3分も経っていない。
ティアたちに宛がわれたテーブルの上には、空の皿だけが積み重ねられていた。
「ちょっ、ちょっと待っていて下さい!」
可愛らしいエプロン姿のネオンは忙々と、厨房に次の料理を取りに行く。
「あっ、…お構いなく」
「なら、態度で示した方がいいですね」
「カイル、サッサと切り分けて分割してるキミが言っても説得力ないよ」
「仕方ありません。
膨大なカロリーが消費されてしまってたのですから。
いつもの3割増しでも構いませんし」
「うわぁ~、あたしたちのいつもを考えると、大変だね」
「俺は5割増しでも構わない。
骨折した分も取り戻さないと」
「…カワイそうに」
ビィーナが涙を拭くフリをしていると、ドデカイボールの入ったサラダを、おいこらせっとネオンが運んでくる。
3キロは量がある。
恐らく、このサラダはここに居る皆の分なのだろう。
「もう直ぐ、ローストチキンが焼きあがるので、それまでこれで」
「ありがとう」
謝辞を述べると、カイルはテキパキと3分割し、それを平然と咀嚼していく。
貪り食う感じではないのに、あっという間にボールの中のサラダが消えてしまう。
「……っ」
目の前で展開された真実にネオンの瞳に灯が点く。
「ま、負けません!」
「へっ、…何に?」
ティアに問いは答えられる事は無く、ネオンは息をまいて厨房に戻っていく。
「ふっ、ふっ、ふっ、あたしたちの胃袋に勝てるかな」
ノリノリのビィーナがホークとナイフを鳴らして、次なる獲物の到着を待ち侘びている。
「お行儀が悪いですよ、ビィーナ」
「これはそういう問題か?」
ティアの問い答える者はいない。
※
「そうか、これで落ち着いたな」
「はい。
契約も結ばれ、血塗られた鉾の脅威は消えました。
そして長年苦しめられてきた崩壊の兆しの消滅」
「そうだな。
これで戦いに明け暮れたカリオストも、休戦できる訳だ。
死んでいった騎士たちも浮ばれるな」
「草原の騎士は半壊ですからね。
激戦でした」
「私は辛かったよ。
俟つ立場とは、これ程苦いものなのだな。
お前たちを信じていても、失われる命を考えると、何度黒牙を駆りたかったか。
他の兵も焦れていた。
騎士と共に戦いたいとな。
メリュッテンスに備えて動けぬ我が身がどれ程、恨めしかったか。
身が2つあればともな」
「俟つ事も、又戦いなのです」
「あぁ、それを思い知らされたよ。
俟ち、笑顔で迎えれる者こそ、真の強者だな」
「ですね」
「で、彼らは?」
「孤児院の方に扇動しておきましたから、今頃は」
「晩餐か。
彼らにとっては一時の休憩でしかないのだな。
それを終えれば、又戦いの日々へと戻っていく」
「正直、恐ろしいと思いました。
国を一夜で滅ぼし、あのフォーリジャーの群れを圧倒していく。
ですが、彼らが居なければ、この国も又滅んでいたでしょう」
「不遜なる英雄か。
彼らは、身を投じるのだな。
賭してまで果たすべき目的の為に。
強さの果ての悲しい生き方だな」
「不器用で、純真なのですよ。
そんな強さ故、彼らは茨の道を選んだ」
「性か。
いや、鎖だな。
彼らを絡め囚る、鎖が」
「辛いですね、歳相応に振舞えない程の鎖」
一国の主とその右腕は、国を救った英雄たちの生き方を想い、悲しく語らうのだった。
※
カリオストの城壁の一角に、男は忽然と現われた。
いつの間に侵入したのか誰も気付かせずに。
それをさも当然そうにこなし、男は翠と紅が混じる空の変動を眺めていた。
「お待たせしました」
そこへ、2人目が現われる。
こっちも厳重な城内を誰の目にも留まらせずに、この場に立っていた。
「待たせたのは俺の方だ。
気にするな、青。
まさか、事態が収拾しているとは想わなかった」
「ご足労頂いたのに」
「気に病む事はない。
最悪の事態を招かなかっただけでも、良しとすべきだ。
正直、血塗られた鉾の任せても良かったのだが、…そうか、黄が逝ったか」
「はい、赤の基盤を構築する為に。
本質を見抜けず、罪を生産していく人間に加担するなんてっ!」
「…耳が痛いな」
2人目はハッと、自分の失言に焦る。
「申し訳御座いません。
別に貴方様を」
「気にするな。
所詮はその人間の逸脱者なだけだ。
大差は無い。
俺も欲望に塗れ、この時代に降りたのだ。
変わりはせんよ」
「しかしっ!」
「大義名分を掲げても、俺のやっていることの原点は、女1人の為だ。
2択になれば、俺は世界をも捨て、女を取る。
そんな無責任な男だ。
そんな俺に仕える必要はない。
赤は、知らぬとは言え、己の道を進み始めた。
個人としてな。
人生として、歩んでも良いと想ってる。
そしてお前も」
「私は認めた訳ではありません。
赤の生き方も、黄の犠牲も。
だから、止めませぬ」
(しがみ付いているように見えるぞ、青。
それは強さではなく、脆さだ。
…赤よ、お前の生き様が青に影響を与えてくれれば。
暫し、間を置くしかないな)
「そうか。
なら、そうするが良い」
それを告げると、1番目の男は押し黙り、闇に染まっていく街並みを一望する。
闇に侵食されながらも、ポツリ、ポツリと抵抗の証たる光が点々と灯る。
どんな苦境でも、生きる事を辞めない人の逞しさの証を。
※
孤児院で騒ぎ疲れた者たちを寝かしつけてから、シルーセルは外へとくりだしていた。
点々とする明かりを浴びながら、シルーセルは変貌して街並みを歩く。
フォーリジャーがつけた傷痕が街を蹂躙していた。
破壊の跡地でも人々は寄り添い、生を謳歌しようとしている。
丈夫そうな柱に布を被せ天幕を張り、その下で人々が食べ物の配給をしている。
兵たちが毛布などを配り、一夜の寒さを凌げるようにと動いている。
被災地は熱を帯びていた。
この破壊の跡を見たら、自分の行動の無意味さを思い知るのではと、シルーセル思惟していた
だが、その光景に心打たれた。
「アンタらが救ったんだよ」
後ろから付いて来ているトルセが、シルーセルの行動を肯定するように言った。
「そうなのかな。
そうだと良い」
曖昧な返事。
トルセの台詞は沁み、意識が随分楽になった。
暫し無言で2人は街並みを眺めながら歩き続けた。
そして人気の無い路地までくると、トルセはポツリと洩らす。
「どうしても還るのかい」
平坦な声音だった。
だが、シルーセルには聞こえた。
語尾が振るえ、悲痛に満ちている事を。
「ゴメン、お義母。
今回で、どれだけ皆に心配掛けてたか知ったよ。
でも、それを知る事が出来たのは、アイツらが力を貸してくれたからだ。
俺の意味を潰さないでくれたアイツら。
今度はアイツらの意味を叶えさせてやりたい。
逃げる訳にはいかないんだ」
(そしてあそこには俺のルーツがある。
逃げる訳にはいかないんだ)
「もう、いいじゃないかっ!
ハーゲン様に進言すれば、匿ってくれる!
戦わなくていいだよ!
皆も!」
「望まないよ、アイツらは。
俺の家族を、一国を救ってくれたんだ。
恩返しはしないとな」
「……この親不孝者が」
背を向けて話していたシルーセルは後ろから零れる嗚咽に、ハッと振り返る。
拳を握り、歯を食い縛り、瞼をギュと閉じて、嗚咽が漏れるのを堪えようとする、母がそこには居た。
シルーセルは耐え切れずに、その背に手を回し抱きしめていた。
「ゴメン、母さん」
(この人は俺の為にどれだけ涙を流してくれたんだろう。
我侭で身勝手な俺の為にっ!)
眼が確りと母の姿を映さない。
歪み、浪打、零れる。
双眸から止め処なく溢れる滴が邪魔をして、焼き付けたい母の姿をぼやけさせる。
「・ゴ・メン・・・」
ひたすらに謝りながら、いつの間にか小さく見えるようになった母を抱きしめる。
「いつでも還っておいで。
アンタの家は此処なんだから」
その言葉が何処までも沁みる。
堪えていたモノを吐き出すように、2人は闇の満ちた路地で声を荒立てて泣いた。
※
天幕に吊るされているライトが点いていない為、テント内は黄昏を終えた夜気に身を潜め、世界と同じく暗い闇に埋没していた。
眠る者だけが存在するテントに光は不要だった。
入り口の布が揺れ、1人の少年がテント内に侵入してくる。
眠っていた者は、気配に敏感に反応し眼を開く。
「起こしたか、悪い」
侵入者は伐が悪そうな声を出し、謝る。
「気配を消されている方が不自然なのよ。
布が擦れる音がするのに、気配が僅かしかしない方が変でしょ」
「確かに。
様子を見に来ただけなんだが」
ティアは闇に目を凝らし、紫に変色し、ボンレスハムのように膨れ上がっていた凛の足の様子を確認する。
あれだけ晴れ上がっていたのに、今ではほっそりとして躍動的な脚部に戻っていた。
「流石、テリト先生だな」
「明日まで動かすのは禁止されているわ。
姿は前の状態でも、内部まではそうはいかないわ」
「再起不能にならなかっただけ、感謝しとけ。
欲が過ぎるぜ」
「そうね」
珍しく素直な凛に戸惑う。
誤魔化す様に、ライトのスイッチを入れ、テントに明かりを満たす。
「栄養補給に持っていけって、ほら」
それはカイルが持ち歩いている水筒だった。
凛は半身を起こし、受け取る。
蓋を開けると、案の定異臭がしてくる。
「カリオスト生産、ヘルソーマ改だそうだ」
「すきっ腹にエグイ真似を。
カイルには後で説教をしてやらないと」
「そうだろうと思って、幾つか失敬してきた。
シルーセルがお世話になっていた孤児院の院長が造ったミートパイだ。
結構イケるぞ」
「味覚が壊れかけているのに、良くイケるなんて分かるわね。
…自分で言うのもなんだけど、私は自信が無いわ、味覚に」
「…旨いと想うぞ」
ティアは自信の無い味覚を認識し、訂正しておく。
あくまで感想の域で留めておくことに。
「で、どうしたの?
カイルでなく、貴方が来るなんて?」
「まぁ、なんだ。
…ビィーナやカイルからも聞いたんだが、本当にあの辺りに女が居なかったか?」
「女?」
「歳は16ぐらい。
ブロンドの髪で腰の辺りまで伸ばしている。
切れ長い目元で、場違いにスカートなんか穿いている女だ」
「洒落?」
「本気だ」
「生憎私は疲労困憊で、起きたのは貴方のちょっと前なの。
知らないわよ」
「そうか」
そこで沈黙が蔓延る。
(ハーミーか。
…感傷かな、ハッキリさせた方が)
ここにティアが一人で来たのには理由があった。
それは内で燻っていた推理を確認するため。
静寂の中、意を決したティアは孤児院から拝借してきた紙を口元に押し当て、笛とする。
そこから紡がれるメロディー。
緩やかで、古風な響きが室内を満たしていく。
そのメロディーに凛はハッとする。
頭に中にあったピースがカチリと当て嵌まる。
(そうなのね。
其名は矢張り)
メロディーを口の中で反する。
忘れる訳にない、懐かしき旋律に凛は歌を宛がう。
玲瓏な歌が旋律と重なる。
「我願わん 皇は歌わん 民の願い 壱千の木霊 壱千の御霊
金の玉を携え 雄雄しき獣 願いを叶えんが為 光臨せん
神を狩る化身 黄金の鱗を纏いて 我らが刃と化さん
歌を共に 己が命を供物に 龍が空を舞わん」
凛の歌が終わると、ティアも旋律を止める。
凛は問わない。
ティアが寂幕を破るようにして吐き出す。
「似ているとは想っていた」
「識っているかしら?
榊の名はね、限られた血族にしか与えられないの。
そうね、大和が滅んだ今、この名を名乗っているのは私と貴方」
「そして…、椿だけ」
「そう。
記憶が確かなら、私の産みの親にそんな名前をした女がいたわね。
国に縛られるのを嫌い、私を産むのを条件に国を捨てた女が。
私を道具にしてくれた女がね」
「っ!」
空虚で、昏い声だった。
母親の愛など微塵も知らず、焦がれることもしない。
只、事実を受け止め、行った人物に侮蔑だけを抱いている、そんな昏い声が。
それに対し、ティアの胸を擡げたのは罪悪感。
幼年期、彼女の傍にいるべき者が、自分の横にあった事実がこの言葉を口に付かせる。
「悪い」
「どうして貴方が謝るの。
謂れがないじゃない。
貴方があの女とどう関わっていようとも、私には関係ない。
血は水より薄いのよ、私の場合」
「そうか。
2つだけ良いか」
「あの女の事で、動かされるモノは無いわ。
お好きに」
凛にしては珍しい程に顕にしていた。
嘘を見抜くのが下手なティアですら、それが虚勢だと分かる。
「呵責はあった。
5年間、椿に育てられた俺は何度か聞いた。
1人娘の話。
自分は卑劣な人間だと」
「フンッ、あの女はそんな戯言を吼ざいていたの」
「それと、これは恐らくだが、椿は血塗られた鉾に居る」
「っ!」
「それだけ伝えたかった」
「もしかして貴方?」
「そうだ。
椿を探して此処に来た。
俺には2人に母親がいる。
1人は4歳の俺を廃墟に置き去りにした女。
もう1人は俺に生きる術を叩き込んだ女。
どっちにも捨てられたんだがな」
「ろくな人生歩んでないわね」
「お互い様な気がするが」
「そうね。
私もまともじゃないわね、歩んできた道は」
「まぁ、今はそれなりだ」
「これがそれなり?
この戦いで壊れたかしら、頭」
「失敬な女だな、お前は。
良いんだよ、初めて自分の意志で歩んでいるんだ。
振り回されていただけのこれまでより、よっぽどマシな歩みだよ。
それに人生を万進する不可欠な事項も教わったしな」
「何かしら?」
「努力、根性、忍耐だ」
「耐えるしかないのね。
フッ、貴方らしいわ」
凛が壊顔した。
今までティアが見てきた造った笑いではなく、自然に零れた笑み。
張り詰めた緊張の連続で忘れていたもの。
凛は顔を綻ばせていた。
(へぇ~、こんな顔も出来るのか)
ティアは血液が上気してくるのを感じた。
飾ったもののない顔に、ティアはこれまでのどんな貌より魅了された。
そして心音の高鳴りを禁じえなかった。




