【神無き地に】 掴んだもの
フォーリジャーの鼻の頭に付いている角は、触角。
あの角が敏感に周りの情報を感知している。
それ故に、少しばかり他より柔らかくなっていた。
それに気が付いたティアは跳び上がり、角にコンバットナイフを突き立てる。
ガキッ!
半ば刺さったところで、柄と刃が分断されてしまう。
折れたのだ。
だがそれで十分だった。
触角をヤラれたフォーリジャーは体勢を保っておけず、轟音をさせて横倒しになる。
その前に跳び降り、「不良品め」と罵りながら柄を捨てる。
ティアの発言は不適切だった。
どっちかと言えば良品の部類に入るコンバットナイフ。
鉄よりも硬度のあるリートル合金使用の代物。
フォーリジャーの甲殻が予想以上に硬かった事と、ティアの武器の扱い方が、素人に毛が生えた程度の技術しかなかったのが原因だった。
突き刺す分には問題ないのだが、斬るとなると、結構な技能が必要になる。
真っ直ぐに刃筋を立て、斬るものの線に沿って斬らなければあっという間に刃こぼれを起こしてしまう。
ましてやティアのように力任せに使っていれば、寿命は限りなく短い。
(ちっ!
銃弾は残り少ない上に、接近戦闘用の武器は今ので最後だ!
拳で相手してたらこっちがイカれちまう!)
これまで20数匹のフォーリジャーを相手にしてきた結果、携帯していたコンバットナイフは3本ともオシャカになり、銃弾も底を付きかけていた。
凛がティアの戦い方を見たら、呆れ眼でこう言うだろう。
下手過ぎると。
不必要な銃弾は放つは、ナイフ1つまともに扱えていないのだ。
ハッキリ言って、武器が底を付きかけているのは自業自得と言えよう。
近場に横臥しているフォーリジャーの眼窩に突き刺さったままの槍の引き抜き、迫ってくるフォーリジャーに投擲する。
大口を開けてティアの飲み込もうとしていた口内に、槍は飲み込まれていく。
ティアはサッとその攻撃を躱した頃には、フォーリジャーは血反吐を撒き散らして轟沈していく。
ティアの横を駆け抜けて、騎士が先行する。
ティアの四感が歪みから吐き出される気配を感知した。
「待てっ!」
情報管理送還装置を回りに走らせ、歪みの正確なポイントを割り出す。
騎士が駆けて行った直ぐ目の前だ。
歪みから巨大な質量が吐き出された。
「うわあああ!」
突如眼前に現われたフォーリジャーに激突してしまう。
速度に乗っていたのが災いし、回避不能だった。
岩石よりも硬いものに相当な速度で激突してしまった馬は首の骨を折り、血の泡を吐きながら横臥する。
騎士の方は落馬したお蔭で全身殴打程度ですんだが、フォーリジャーの前で意識を朦朧とさせて転がっている。
(ヤバイっ!)
フォーリジャーは無造作に足をあげて、痙攣している馬の頭部を踏み潰した。
バシャッと大量の液体が広がり、騎士を濡らす。
そのシーンがティアのトラウマとダブる。
このままなら、騎士もあの少女の二の舞になりかねない。
ティアは装填されている銃弾を撃ち尽くしながら、フォーリジャーの意識をこちらに向けるよう、牽制をする。
だが、ティアの腕では動くものの急所目掛けて撃つことも出来ず、皮膚に銃弾は弾かれてしまう。
フォーリジャーの意識を逸らすことも叶わず、近場に転がっている騎士を喰らおうと大口を開けた。
「テメェの相手は俺だっていってんだろうが!」
ティアの中で弾けるものがあった。
疾風と化し、フォーリジャーの前に立ち塞がる。
そして迫る上下の牙を両手で掴み取る。
踝の辺りまで足が沈み、骨が軋みをあげる。
それでフォーリジャーの動きが停止する。
よく観察すれば、フォーリジャーの四肢が地を掻き進もうとしているが、それは後ろに土を掻きあげるしかできていない。
「ッッッ!!!!!」
ティアは歯が歯茎に沈むまでくいしばり、その場に踏み止まる。
顎を赤い液体が濡らし、悲鳴を挙げる肉体がミシミシと音を立てていく。
少しでも気を抜けば、フォーリジャーの体当たりで肉体が潰れてしまうだろう。
圧倒的な質量と馬力を止めたティアだが、直ぐに限界が訪れるだろう。
(…沢山なんだよっ!)
一瞬、騎士を見捨てるという選択肢が脳裡に浮んだ。
パキッ!
歯が欠け、ティアは吼える。
「ざけんなっ!」
フォーリジャーの巨体が浮いた。
足は完全に地を離れ、そのまま反転する。
ドオオオ!!!
あのフォーリジャーが背中から草原に叩きつけられた。
「ハアアアアァァァァッッッ!」
間髪入れずに、ティアの正拳が反転したフォーリジャーの顎を撃ち抜く。
顎骨を砕き、腕が完全に埋没した。
ティアの突きの衝撃が脳内を掻き回し、頭に直結している穴から不純物の混じった体液が流れ出し、フォーリジャーは絶命する。
解放された肉体は勝手に膝と両手を地面に着き、休息を欲した。
細胞の一片までもが、酸素を欲しがるので肩が大きく揺らしながら呼吸を欲していた。
「ティア君、無事か!」
そこへカールが愛馬で颯爽と駆けつける。
まともに返事する気力が湧かなかったので、疲労感漂う片手を挙げて返事する。
「あ、ありがとうございます!」
身を挺して守った騎士が後ろから声を掛けてくる。
それが胸のしこりを流していく。
(そうか…、守れたんだな、今回は)
ティアは無力と、何も掴めないものだと嘆いていた己が掌を噛み締めるように見詰める。
(馬鹿だな。
そんなもの在りはしなかったのに。
いつも掴んでいないから、掴もうとあがく掌しかなかったのに)
囁きがした。
幻聴だと直ぐに理解できた。
でも、ティアにはハッキリと彼女の声がした。
顛末に聞いた時の悲痛なものではなく、優しく声音で奏でる彼女の声が。
『ティア』と。
(聞こえたぞ、ティア。
お前の俺を呼ぶ声が)
倦怠感に満たされていた身体に力が蘇ってくる。
口元の血を袖で拭い、バキバキと音がしそうな全身を可動させていく。
(流石にあんな巨体をひっくり返すと、負担がでかいな。
げっ、拳が砕けてやがる)
中手骨が皮を突き破り白い部分を曝け出していた。
しかも盛大に折れて。
唯でさえ硬いフォーリジャー。
骨の中でも硬いと言われる顎骨を砕いて結果が、これだった。
(門は遣えないし、骨なんて直したら根こそぎ栄養が持って行かれて、動けなくなるな。
しゃあない)
起用に片手で袖を裂き、右拳に巻きつけていく。
バンテージ風に巻き終え、圧迫止血を完了させる。
どうにか握れるので、神経系に問題はないようだ。
(しかし参ったな。
拳が片方壊れた今、武器が無いのは痛いな)
「セシル、お前は下がれ!」
馬を失ってしまった騎士に命令を下すカール。
馬から下りてしまえば、足手まといになると判断されたのだ。
それを承知しているので、セシルと呼ばれた騎士から反論は返ってこなかった。
「宜しいですか?」
セシルが戦場から退避する前に、ティアに声を掛けてくる。
止血を終えたティアが振り返ると、騎士は腰の挿していた剣をティアに差し出していた。
「私は最早足でまとい。
宜しければ、この剣共にしてください」
カールはその光景に驚いていた。
草原の騎士にとって馬と剣は証そのもの。
故に騎士はそれを誇りにしている。
この若い騎士はそれを差し出しているのだ。
いくら命の恩人とはいえ、信じられない光景だった。
その真剣な眼差しをティアは受け止め、壊れている右手で受け取る。
血が滲み滴る掌が柄を掴み取る。
親愛の証として。
「借りておく」
「ハッ!」
カールはそのやり取りに、自分が一度でも膝をついたことは間違いでなかったと感じた。
短い中に、再会の約束を取り付け、生きて会おうと示したのだ。
(士気が上がる筈だ。
この男、英雄の気質がある)
スラーと剣を引き抜き、その刀身を拝借する。
茶色っぽい刀身が露になる。
(これは!)
左で握りこみ、サッと前方に転がっているフォーリジャーを斬りつける。
シュゥ。
風と共にフォーリジャーに皮と肉を裂く。
血塗られた鉾が使用しているリートル合金よりも高い硬度だ。
重量は2倍近くあるが。
(いける、これなら!)
ダイヤモンドと削るにはダイヤモンドを。
フォーリジャーの鱗から生成されたこの剣は、フォーリジャー打倒の一品だろう。
軽く飛び跳ね、体の強張りを取り払っていく。
再びティアは風となる。
その左手に騎士の剣を握り込み。
立ち止まっているフォーリジャーの足元に滑り込むと、素早く腱を切断する。
傾いてくるフォーリジャーの腹部に刃を当てると、そのまま逆方向まで駆け開腹する。
硬度共に斬れ味も並ではない。
素早く振るい、剣に付着した体液を払い飛ばす。
どんな名剣も膏が乗り、斬れ味を失えば唯の棒。
だから、血や膏を拭う作業を差し挟まないと、直ぐの折れてしまう。
素人知識からそのことを思い出し、服を破いて右手に絡めておく。
サッと膏を拭い、次の獲物に走る。
暫く進むと、前方から凄まじい勢いでフォーリジャーが逃げ出してくる。
その瞳に宿るは恐怖。
逃げるフォーリジャーの横手に影が回りこみ、月明かりを反射させた銀光が瞬く。
次々に腱を裂かれたフォーリジャーは、自重に耐え切れずに転倒していく。
(獣すら恐怖に貶めるか…。
てっ、なんでこんなところにビィーナがいるんだ!)
ティアは逃げてくるフォーリジャーを首筋に剣を突き立てながら、ビィーナの元に辿り着く。
「おいっ、シルーセルはどうした!」
ティアはフォーリジャーの広背筋と背骨の間に剣を差し込み、掻っ捌きながら怒声する。
「…あっ」
単調作業のように肋骨の隙間から刀を挿し、心臓へと流れる血管を大半奪ってから、ぼけた声を洩らすビィーナ。
それで忘れていたことが窺える。
一掃が終了すると、ビィーナに詰め寄る。
「シルーセルを見張っとけって言っといたろうが!」
「ごめん…って、ティアくんも忘れてたんじゃない!」
「うっ」
つっこまれて、自分も完全に抜けていたことに気付く。
2人がいがみ合いに発展しようとした矢先に、鼓膜に甲高い高周波みたいな音をキャッチする。
2人は互いに得たように頷いた。
「突っ切る、後を頼む!」
「今度こそ了解」
ティアは遠方からしてきた大気を裂く音に、焦燥感に駆られる。
(間違いない!
あの糞アホがぁ、あれ程遣うなと!)
ティアには聞き覚えがあった。
この音は指向を行使し、空気を切り裂いた音だ。
ティアは音の中心地を目指し駆けていく。




