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蒼刻の彼方に  作者: ドグウサン
1章 胎動する者達
5/166

【胎動の刻】 カイル セナード

午前8時32分。

人影がポツポツと広場に向かい動き始める。

その中に異色な2人組みがいた。

他の者は互いを牽制しあい、群れを成すことはなかった。

その理由は、この学園に張られたルールによるものが大きかった。

ポイント制の中に、異質で異様な項目が1つ存在する。

ポイントは、基本的に授業成績により評価され、加点、減点がなされていく。

だが、それ以外にもポイントを稼ぐ方法がある。

それは最もポイントが稼げ、そして最もリスクの高い手段。

その手段とは、同学年の者を殺め、その証を提出するというものだった。

当初は、誰もがそんな馬鹿げた項目に対して、鼻で笑った。

だが、次第に履修についていけなくなるものが続出し、そしてポイントが寸前になると悪魔の囁きに心奪われていく。

只一人の人間を殺すことにより、自分が生き延びられる。

辛い訓練に耐えるよりも簡単で、瞬時にポイントを安全圏まで増量してくれる。

気心しれたクラスメイトがいれば…。

間にある緩んだ空気が、隙だらけの関係が、誘惑として頭を擡げる。

頭にその考えが掠めた時、惨劇が開始される。

学年に1人でも殺しが勃発すれば、それは戦端が開かれた事を意味する。

誰もが次ぎの標的は自分ではないかと疑心暗鬼に駆られ、暗澹たる想いを抱くようになる。

信頼関係という言葉は失せ、殺伐とした世界が構築されるのだ。

精神力の無き者は次第に衰弱していき、虎視眈々と糧を獲ようとする者に狩られてしまう。

疑心に満ちた空間では、誰も集わなくなっていく。

だから、2人でいる凛とカイルは異質な存在として、他の者の瞳に映ったのだ。


(その引き篭もった行為(ぼうえいこうい)も今日まで。

さて、殺し合い(ルール)がそのままで行われる第2学年(ランデベヴェ)の履修、チーム戦。

疑心だけでは生き延びられませんよ)


カイルは周りを観察し、これから始まるチーム戦の恐ろしさを噛み締める。

四面楚歌で、心を休める場所が失われる。

第1学年(ランス)の頃は、宿舎での殺し合いは禁止されていた為、休憩を謳歌する場所があった。

だが、第2学年(ランデベヴェ)からは学園全土が戦場になる。

それが意味するものは…。


(ある程度までチームメイトを信用、否、利用しないと生き延びられないと言うルール。

その為にも、第一印象で、あるものをチーム内に植え付けておくつもりなのでしょうね、凛は)


これからの事を考察し、周囲を観察していたカイルの視線がふと一点で止まる。


「…凛、来ましたよ」

「ええ、分かっているわ」


視線の先から、1人の男がこちらへと歩を進めてくる。

自然に歩行しているだけだが、隙の1つすら伺えない。

王者の気質が溢れ、誰の眼をも釘付けにしてしまう。

目立つ金髪にキレ長い眉毛、そして大柄な瞳。

高い鼻に均整のとれた顔立ちは文句をつける部分がない。

ある意味で、芸術品と称して良いまでの男が、此方へ近づいてくる。


「凛、今日も美麗で何よりだ」

「朝の挨拶はそんな言葉ではないし、つまらな世辞よ、アベル」


この男こそ、血塗られた鉾(ミストルティン)の記録を殆ど塗り替え、第1学年(ランス)にして闘技大会を制覇し、学園最強の名を手にした男、アベル リオリスだった。


「手厳しいな、凛。

そのつれない態度も、また君の魅力とも言える」

「そう言った冗談は好きではないの。

用が無いなら、私の視界から消えて欲しいものね」


それを耳にしたアベルは、微笑を浮かべる。

カイルはその笑みに苛立ちを覚える。

その笑みは、所有物を観賞する不快なものだったからだ。


「君はあの頃からまるで変わっていないね」

「私は変わる気などない。

だから貴方を拒絶してあげるわ、永遠にね」

「やはり最高だね、君は。

ここまで私を受け入れない者は、凛が初めてだよ。

だからこそ、余計に欲しくなってくる」


猛禽類が獲物を狙う時のような、息を殺したプレッシャーが場に張り詰める。

それを凛は涼しく流し、言葉を綴る。


「つまらない台詞は独語だけにしておきなさい」


凛から送られる涼やかな視線と拒絶の言葉。

プレッシャーはいつの間にか失せ、やれやれとアベルは肩を竦めてみせる。


「今日は挨拶に来ただけだよ。

何故か私だけ第2学年(ランデベヴェ)を免除されてしまってね。

凛とは暫く会えなくなるだろう」

「あら、嬉しい報せね」

「やれやれ、嫌われたものだな」

「常識を弁えたどうかしら。

こんな死地でナンパなんて常軌を違えているわよ」

「そうかな。

…分かるだろ、それは余裕の無いものの常識であり、私の常識ではない」


その口調は自分が絶対であると豪語しているようにも聞こえる。

いや、そう宣言しているのだろう。


「あら、残念ね。

私の常識とは違うみたいよ、既知の外だわ」

「そうかな。

そこの腰巾着がいる地点でそうとは思えない」


カイルに向かい、アベルが告げる。

刹那、凛の雰囲気が刃物のように鋭くなる。


「その口閉じなさい。

私の友人を貶すことは誰であろうと許さないわ。

相手が貴方でも」


静かで有無も言わせぬ声音が通る。

凛の手が、静かに腰にぶら下げてある畳まれた棒に伸びる。


「凛、止めて下さい」


カイルは凛とアベルの間に腕を挟み、それを制する。

アベルの視線がカイルに刺さる。

それは嫉妬がありありと含まれており、微かに殺気すら感じられた。

だが、それは直ぐに消え、アベルは溜息をつきながら手を上げて降参の合図を送る。


「非礼を詫びよう、凛。

では、次の再会を楽しみにしているよ」


詫びる相手が違うと噛み付きそうな凛を制止、その隙にアベルは何事も無かったようにこの場を去った。

剣呑な空気を孕んだ凛は、その雰囲気を霧散させた。

その行為に、カイルは微苦笑を胸で浮かべる。

そんな凛を見ながら、自分がこの学園に来た理由と彼女との出会い、2つの記憶をカイルは思い出していた。




あれは2年前。

セナード、それは東北に位置する大陸を収める大国。

つまり、私の持つセナードの名は、王族の血縁者を意味していた。

父、ブルーア セナードが体を壊し、急遽第1王子である兄、ドイル セナードが王位を継ぐことになった。

ドイルは光の王子と呼ばれ、国民に信奉を集め、父上や私にとっても誇りであった。

誰もが祝福し、セナードに最大の繁栄を築いてくれるものと熱狂した。

私の夢は、そんな兄を仕え、共に国を発展させていくことだった。

だが、その夢は悪夢へと変貌した。

王位継承の儀式が執り行われる式典で、それは起こった。

継承者は、初代セナードがこの地を開拓した出発点、その場所に立てられた神殿にて、この国に対する誓いを立て祈るという仕来りがあった。

祈りは規則で3時間とされており、それが終わり次第に国民の前に立ち、その誓いを公言し、式典が開催される。

だが、兄上は2時間も経たない内に祈りを中断し、神殿から退出してきた。

しかも、祈りを捧げる前に着ていた白い召し物ではなく、黒い衣に身を包み。

それは光の王子に似つかわしくない衣だった。


「済まないが、式典を早めて貰えないか、カイル」


そう告げられ、兄上には何か考えがあるのだろうと皆が承諾した。

仕来りを違えるのには抵抗があったが、王もそれに承諾した為、式典を早めた。

兄上は国民が集うバルコニーへ向かっていった。

国民はバルコニーから現われた光の王子を称え、歓声が轟く。

しかし、歓声を打ち消す一言を兄上は国民に宣告していた。


「私、ドイル セナードは王位継承権を放棄し、セナードの名を此処に捨てる事を宣言する」


誰もが驚愕した。

冗談にしては余りに笑えない、この場で口にして言い言葉ではなかった。

宣言した兄上は国民の嘆きを背にし、バルコニーを降りた。


「ど、どう言うことだ、ドイル!

私の後を継いではくれぬというのか!」


体を壊し、痩せ衰えた身で父上は兄上に詰め寄った。


「済みません、父上。

出来ることなら私も貴方に偉業を受け継ぎたかった…」

「その言葉を口にするならならば、何故このような事をっ!」

「…父上、失礼します」


そう告げると兄上は父上の手を取り、自分の脇腹に持っていく。

ヌチャ。

ドロッとした液体が兄上の衣を濡らしおり、父上の掌が触れた時に嫌な音をさせた。

父上は恐る恐る兄上の脇腹から手を離し、付着している赤い液体を確認する。


「ド、ドイル!」


父上の悲鳴が、それが何かを物語っていた。

それを見た瞬間、私は自分の愚かさに腸が煮えくり返りそうになった。

何故もっと速く兄上の動向に気を配らなかったのかと。

黒い衣に変えたのは血を隠す為。

式典を早めたのは、自分の命の灯が消えかけているのを知っていた為。

ほんの少しでも兄の異変に気が付いていれば、手遅れになる事は無かったかもしれないと。


「…限界が近いようですね」


その場に崩れ落ちる兄上を、咄嗟に私と父上は支えた。

そして兵士達のどよめきを余所に、父上が兄上に問い質す。


「何者がこのようなことを!

赦さんぞ!」

「…お願いです、父上。

どうか…、この事は詮索…しないで下さい…」

「何故じゃ!

お前をこのようにした者を野放しにしろというのか!」

「…私の、私の最後の願い…なのです。

どう…か、お聞き入れ下…さい…」


そう告げられ、如何することも出来なくなった父上は項垂れ、震える手で力を失っていく兄上の手を包み込む。


「…カイ…ル、後…はお前に…託す…」

「嫌です兄上!

私の夢を、そしてセナードの夢を奪わないで下さい!

貴方が居なければ、私の夢は叶わないのです!」

「…頼む…。

私…を安心させて…くれ…」

「…兄上」


息も絶え絶えに訴える兄上に、私はこれ以上言葉を続けられなかった。

視界が歪み、兄上の顔が見えなくなっていく。

兄上の空いている片手は、私に袖を掴んでいた。

その行為に、悔やみながら首肯するしか出来なかった。


「いつ…までも…泣き虫だな…、お前は……」


その言葉を最後に、兄上の体が重くなり、手から力が完全に消えた。


「兄上ぇぇぇぇ――――――!」


こうして1つの国の1つの希望が失われた。

それを機に父上は消沈し、流行病に掛かり直ぐに兄の元に旅立っていった。

残された私は夢も無く、心には目的のみが鎮座していた。

真相の究明。

例え遺言に背き、兄上の期待を裏切ることになったとしても。

第2王子である私は、王位継承権を第3王子であるアネアに譲り、セナードの名を捨てた。

私は兄上が襲われたであろう神殿を、犯人の手がかりを隈なく探した。

あったのは血痕と粉々に砕かれた鉱石の欠片。

隠蔽しようと、必死に砕いた痕が床に刻まれていた。

この鉱石の欠片こそ、犯人への道標だと核心した私は国を出、1人その手掛かりを元に調査を進めていった。

それは血塗られた鉾(ミストルティン)が保有すると言う魔法の石、デモノデバイスと呼ばれる魔晶石に繋がった。

誰かが血塗られた鉾(ミストルティン)に依頼を行い、兄上を殺した。

私の中で、それは確信へと変わっていた。

依頼主(はんにん)を特定すべく、更なる調査を行った。

だが、血塗られた鉾(ミストルティン)に関する情報は、その殆ど謎にベールに包まれており、ましてや大国であるセナードの王子暗殺した依頼内容は、トップシークレットの部類に相違ないだろう。

外部からの情報収集では限界があった。

私は意を決し、血塗られた鉾(ミストルティン)の門を叩いたのだった。

凛を知ったのは、それから6ヶ月後の事だった。

誰もが疑心暗鬼に狩られ、集わなくなった頃、私にも限界が訪れようとしていた。

日々の訓練で肉体を、総てが敵だと認識するようになり精神を、全てが擦り切れかけていた。

もう自分の事すら分からなくなりかけていた、そんな時だった。


「死相が漂っているわよ、セナード」

「ッ!」


精神的限界点まで追い詰められていた私に、追い討ちをかけてきた女がいた。

この学園ではセナードの名を隠し、カイルとだけ名乗っていた私に、その女は世間話をするように私の正体を口にした。

全身に冷や汗と戦慄が駆け、緊張が高まっていく。


「その様子だと私の予想通り。

セナードの元第2王子、カイル セナードに間違いなさそうね」


私の引き攣った顔を興味深げに観察しながら、女は私の正面に位置どっていた。

緑色の黒髪、それがこの女にはとても似合っていた。

少し釣りあがった感のある目元。

それに沿って描かれた太めの眉は、意志の強さを表しているようだった。

女は、死地と呼べる場所にも関わらず、凛々しく轟然と佇んでいた。


「で、お兄さんを殺そうと画策した人物、それは調べられたのかしら?」


何がどうなっているのか分からない。

只、この女は全て知っている。

私の中の警鐘が鳴り響く。


(この女を殺しておかなければ!)


余裕の欠片もない私の心が先走り、雰囲気を剣呑にしていた。


「どうやら正解のようね。

殺気立っていると、真実ですと公言しているようなものよ」


自分から女の言葉を肯定していたと気付かされ、私はなりふり構わずに女の口を封じようと飛び掛っていた。

手を伸ばした瞬間、私は空を舞った。

次の瞬間、背中に何かぶつかり、肺から空気が搾り取られていく。


「…この程度なの」


私の上から小馬鹿にした嘲笑を浮かべ、女は立っていた。

この地点で、自分が地面に転がっていることをやっと理解した。


「第2王子様がこの程度なら、光の王子もたいしたこと無かったみたいね。

無能なる王の下、統治される民衆は悲惨だわ。

殺されて正解だったみたいね、貴方のお兄さんは」


私の中で張り詰めていた糸、理性、堪忍袋の尾が、何もかもが引き千切られた。

普段なら顔色一つ変えずに呆ける事も出来ただろう。

だが、精神的に限界に達していた私には、今の言葉だけは聞き捨てならなかった。


「きさまぁぁっ!」


感情の波そのままに、私は女に襲い掛かった。

勿論、冷静さを欠いた私が敵う相手ではなかった。

何か攻撃をする度に投げられ、カウンター気味に掌底を打ち込まれ、何度も地面を転がされた。

精も根も尽き、大の字で転がる私を女は上から見下ろしていた。

全身打撲と疲労の蓄積により、身動きが取れなくなっていた。

徹底的に体を動かした為か、ボロボロにされたのに清々しい気持ちだけ満ちていた。


(最後にしては、悪くない気分だ…)


等と呆然とその女を見上げていると、女は傍に座り込んだ。

止めを刺さずに。


「どう、少しは気が晴れたかしら」

「………」


ここでやっと気が付いた。

私は意図的に体を動かせられていたらしい。

そして、ここまで明確な敗北は初めてだった。

それが心地よいと感じるのも。


「ドイル セナードを馬鹿にしたことは、謝っておくわ。

本来なら、彼は歴史に名を残すような人物だったわ。

本当に惜しい人を亡くしたわ。」


その口調で彼女が、兄上の知人であることがわかった。


「貴女は?」

「凛 榊。

クラスメイト兼、ライバルの名ぐらい覚えておいて欲しいものね」


そう言われ、自分のどれだけ余裕が無かったのか思い知らされる。

毎日の緊迫感に押し潰され、本来の目的すら忘却しかけていた。

生き延びる為の最低限の努力すら怠っていたのだ。


「貴女の目的は?

まさか、カウンセリングをするのが趣味なんて言いませんよね」


久々に皮肉、無駄なやり取りが口に付く。

これにより、私は余裕を取り戻してきていた。


「どうやら、本来の貴方に戻ってきたようね」


そこで一呼吸置き、ゆっくりと女は告げる。


「協力しないかしら、互いの目的のために」


狂気と裏切りに満ちた学園で、この言葉を口に出せる胆力に私は驚嘆した。

度量が半端ではない。

これ程の人間に何故自分が選出されたのか、興味が沸いてくる。


「私を選んだ理由は?」

「人柄、性格、目的、能力と項目を挙げれば、こんな処かしら。

でも、決め手にしたのは貴方の反応ね」


幾分か全身の痛みが引いてきていた。

私は地面から身を引き剥がし、上半身を起こす。


「反応?」

「もし、貴方にとって大切なものが抜け落ちているなら、その地点でこの話は無かったことにしていたわ。

これはね、私の調査したカイルと言う人物と一致させる、言わばテストなのよ。

そして、貴方は想像通りの人物だった」

「予想通りの行動しか出来なかったという事ですか」

「その時期を見計らったのだから、当然でしょう。

貴方が精神的に限界に達する頃合を見計らい、その上に虚を突く情報を公開する。

そして追い詰めたところに大切な者を貶める事で、反応を伺う」

「…見事にその罠に嵌まった訳ですか」

「それに誰をパートナーにするか、見定める時間が欲しかったのよ。

命を預けるに値する者を選ぶのだから。

この6ヶ月、慎重に調べさせて貰ったわ」


(慎重にか…。

今日(こんにち)までの私とは、雲泥の差だな)


自分の事で手がいっぱいで、本来の目的に着手していなかった。

それに比べ、この女は目的を果たす為のパートナー探しをしていたのだ。

素直に感嘆できたのは、この女が手の内を晒しながら話しているからだろう。


「それに合格という訳ですか?」

「そう。

貴方は間違いなく、あのドイルの弟さんね」


凛は私に手を差し出し、起き上がるように促してくる。

素直に手を取り、私は引き起こして貰う。


「兄上とは、知人だったのですか?」


私は凛に向き合い、そのことを尋ねる。


「セナードの城下町を徘徊していたあの人を捉まえて、話をしただけよ」


そういえばよく城を抜け出し、視察と託けて城下町を歩き回っていた兄の姿が思い出される。

そのラフで気軽さも、兄が民衆に慕われていた要因であった。


「国の歴史について少し聞きたいことがあってね」


凛は少し黙考し、曖昧に濁す。

恐らく、私的なことで今の話には関係ないからだろう。


「ま、貴方は覚えていないかもしれないけど、3日程珍客として城に泊めて貰ったわ。

それで、貴方の顔に覚えがあったの」


記憶を遡ると、確かに記憶に残っていた。

兄がお客を拾ってくることは良くあった。

だからか別段気にもしていなかったが、その珍客は資料室に入り浸っていた。


「何者ですか、貴女は?」

「此方は手の内を幾つか見せたわ。

私だけが大盤振る舞いというのは、公平ではないわね」


素性を知りたければ、答えを聞かせろと眼が語っていた。

不思議なことに、もう私の中で結論は出ていた。

あのまま日々を過ごしていれば、間違いなく脱落者として誰かの糧に成るしか道は無かっただろう。


「私がNOと答えたら?」

「別に血塗られた鉾(ミストルティン)に売る気も、貴方を殺してポイントを換算する気もないわ。

好きにすればいい。」


彼女は正面から私を見据え、それが偽りでない事を瞳で訴えてくる。

その瞳には、上に立つ者が持つ気高さが篭っていた。

ほんの少し、その凛々しい顔に見惚れてしまう。


(…なんて自信に満ちた瞳だろうか。

私が断るとは一片も思っていない、確信に満ちた瞳だ)


微笑が漏れる。

よく考えればこの学園に入学して以来、1度として笑った記憶はなかった。


「全く私が拒否するとは思っていなかったみたいですね」


私がそう言うと、凛はキョトンとした表情をして私を見返してきた。

そして、皮肉げに口元を歪めてみせる。


「それでこそ私のパートナーね」


これが建前上、利用し合うという形で結ばれた、私と凛の関係が成立した瞬間だった。




(感情を露にする凛は珍しい。

まぁ、私としては嬉しい言葉を聞けましたが)


友人とハッキリと言ってくれた事と、それに対しての暴言に怒りを露にしてくれた態度に微かな笑みが零れてしまう。

いざとなれば互いを利用し見捨てても良いと、常にきつい言動を取る凛。

それが結んだ関係であり、2人の中に馴れ合いはない。


(重荷になりたくないと言うのは分かりますが、もっと頼って貰えた方が安心していられるのですが…)


凛の印象は、研ぎ澄まされた刀を想わす。

それはどこまでも研ぎ澄まされ、身をも削っている。

それは余りに危ういものとして、カイルの瞳に映った。


(このままでは折れてしまうのは明白。

友人の言葉では、凛の生き方は変えられない)


私は友人の美麗な横顔を見ながら、自分の無力さに骨が軋む程、拳を握り込んでいた。

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