【神無き地に】 凛の目的
【神無き地に】
心地よい揺れだった。
鉛のように重い躰、そして極度の疲労には絶好の心地よさだった。
(あれ、…どうしたのだったかしら)
瞼が重過ぎる。
意識が覚醒を拒んでいる。
ここまで目覚めるのを拒否するのは、初めてかもしれない。
結構目覚めはいい方だし、瞼を開く前に意識は覚醒するタイプだよ自負していたのだが。
(なにしてたんだっけ?)
ぼ~として、眠る前の状況が思い出せない。
未だに瞼も開かないので、体を捩ってみる。
…動かない。
動かないというよりは、全身が動くことを拒否している感じだった。
意識が目覚めていない状態ではとても動かせない。
ジュリ、ジャリ、ゴト、ゴト。
何か入り混じった音がしてくる。
それが走行音と駆動音だと理解するまで一分も掛かった。
(駄目、頭が働かない…。
せめて、目が開けば)
瞼に重りでも吊るしているかのようだった。
揺れの誘惑から逃れ、どうにか瞳をこじ開ける。
闇から闇に移転する。
閉じていた時よりかは少し明るかったが、暗い空間であることは違いない。
少しばかりの光源の正体は、空から反射する太陽の輝き、月だった。
(…夜か。
どうして目覚めてしまったのかしら?)
体内時計が正常なら、規定時間まで体を休めている筈だ。
これだけ意識が覚醒しないのだ。
肉体は相当疲労しているのだろう。
それならば尚更に、表面上でも目覚める筈がない。
(…動いてる?)
前方の景色が後ろに流れていた。
「…あっ!」
「寝惚けた凛を拝見するとは、貴重なものが見られましたね」
状況を思い出した私。
それを見越したように、隣から声が掛けられる。
横を向こうとて、全身に激痛が奔る。
声が成らず、パクパクと金魚みたいに、口を開口させるのがやっとだった。
「下手に動かさない方が無難ですよ。
殆どが崩壊寸前。
足に至っては、見る影もありませんからね」
眼球だけ動かし隣を確認すると、ハンドルを握っているカイルがいた。
その後、気になる言い方をしていたので、足の方にも視線を送る。
(…なるほど)
目の錯覚でなければ、本来の足の太さはこれの1/2以下だろうか。
ブクブクと膨れ上がり、紫色に変色している。
足の毛細血管の大半が破裂して、内出血しているのが窺えた。
(そうよね。
あれだけ疾走すれば足なんて壊れるわね)
メリュッテンスの城壁を駆け上がったりと、かなり無茶をしでかしたのだ。
身体加速の効力で、限界値を超えた運動性能で肉体を振り回した上に、それを酷使した。
鈍痛な傷みが断続的に伝わってくる。
神経が正常か調べるために、親指を動かしてみる。
微かだが、確かに脳の信号を最下部に伝達しピクッと動く。
代わりに自然の涙が滲む程の激痛が脳に還ってくる。
「っ!!!!!!
…壊れてなかったみたいね」
「傷みを打ち消さないのですか?」
「脳内麻薬のこと。
駄目よ、普段から多様化してると、直ぐに脳がヤられて廃人になるわよ。
麻薬とはよく言ったものよね。
依存と快楽。
そして副作用。
いい事ずくめって訳にはいかなわ。
それに傷みこそ、神経系の正常さを測るのには手っ取り早い計器よ」
※
いつもの調子を取り戻してきた凛に、カイルは安堵を覚える。
先程まで死んだように眠る凛を見て、このまま目覚めないのではと危惧していたからだ。
「カイル、状況が見えないんだけど」
「どこまで覚えていますか?」
「事後処理までね。
死体の始末をつけて、カリオストの向かおうとしたのだけど、そこで記憶が切れてるわ。
この有様だと、限界を超えた傷みが意識を断ったようね。
どうしてカイルが此処に?」
「信じていましたが、心配は別物でしょう。
作戦内容からして、無事で済むとは思えませんでしたしね、迎えに来ました。
抱えて運ぶのも難儀だったので、森の隠してあった特殊社員の車を拝借して、カリオストへ急行中です。
正解だったみたいですね」
「…はぁ、どうせ今回のは賭けよ。
穴だらけで悪かったわね」
「…目処はつきましたか?」
「そうね。
抜けた気がするわ。
こんなところで躓くくらいなら、血塗られた鉾に囲われているあの男を殺せない」
凛は自分の目的を口にする。
「抜けたというのは未だ早いのでは?」
「抜けたわよ。
そう、この賭けは私の勝ち」
誰を信用してその言葉を言っているのだろうか、カイルは気になった。
(恐らく)
あの3人の中で、一番未熟で未完成な素材。
凛が思い描いているのは、あの少年だろうと。
「カイル」
「なんでしょう」
呼んだにも関わらす、凛は口篭る。
「…迎えに来てくれて、ありがとう」
頬を染め、そっぽも向けないので瞼を閉じる。
「どういたしまして」
隠そうとしても、声音に喜びが篭ってしまう。
それを感じた凛は、ワザとらしく咳払いをしてから、休息に入る。
寝息が直ぐに返ってくる。
(無理しがいがあったみたいですね)
いつもの凛なら気が付かれていただろう。
カイルの血色の悪さに。
正直、車を脇止め、休憩を取りたいところだ。
車が揺れ動く度に頭を抱えたいぐらいの痛みがし、眉を顰めさす。
(廃人にならなかっただけでも、御の字です。
流石に情報管理送還装置無しで、山を削るのは無茶が過ぎたようですね。
でも、凛に比べれば)
そう言い聞かせ、カイルはカリオストへの進路に車を転がす。
賭けの結果を目の当たりにする為に。




