【国を背負いし者達】 ゲシュタルトゲヘナ
このミッションは不確定要素を潜ませ過ぎていた。
それを知ったのは己が任務をまっとうしようと、崩壊の兆しに装置を持ち運んだ時だった。
不安定な空間は装置に反応を示した。
起動させていないというのに空間の歪みを悪化させ、並列空間と繋ぎ合せようと始動した。
その際は装置をそのポイントから引き離すことで、難を逃れた。
歪みは少しだけ回復し、何体かのフォーリジャーを歪みが吐き出すことで事態は収拾したかに見えた。
だが、空間の歪は一定以上回復を診ず、その為か判断を仰ごうと通信機を掴んだが、雑音がするだけで連絡がつかなくなっていた。
連絡を取る方法を画策する内に時間は刻々と過ぎ、ミッションまで後2時間を切った。
草原を馬に嘶きがし、我らの前に乗馬した者たちが3名現われた。
こんな草原のど真ん中で隠れる場所など無かった。
カリオストが誇る草原の騎士。
騎士の内一人が直ぐに馬を反転させ、カリオストへと向かわせた。
この迷いの無い行動が、ミッションの概要が漏れていると知らされた。
口封じの為に戦闘に持ち込んだ。
地の利は敵にあり、予想を上回る馬術でこちらを翻弄、辛くも勝利を収めた時には十分も経過していた。
今更連絡に走った敵兵に追いつく筈もなく、途方に暮れていた。
そして我らは最悪の決断を下してしまった。
この地獄のような光景は、その思慮の足りなさが招いたものだった。
我らを優先させたのは、自分たちの作戦の結構だった。
崩壊の兆しを弄り、ゲシュタルトを発動させる。
その混乱に乗じて暗殺は完了する。
時間は早いが、このままでは先程の騎士が増援を引き連れて戻ってきては、自分たちは任務を放棄してしまい兼ねない。
だから、バロックホイールと呼ばれる実験中の空間固定装置を使い、混乱だけは起こしておこうと行動を起こした。
制御の効かないことは先刻の事で承知していた筈だった。
なのに、上を恐れる余りに最悪の決断をしたのだ。
「ハ、ハハハハハ、アハハハハハハハハ!!!!」
笑いが止まらない。
決して可笑しいからではない。
それだけは混乱を極めた頭でも分った。
恐怖から狂ってしまったのだろうか?
恐らく、その類だろう。
古参の者たちが話が片隅に記憶してあった。
ゲシュタルトだけは2度と体感したくないと。
その理由が理解できた。
相棒は今し方、空から降ってきた巨大生物の下敷きになってしまい、この凄惨なる光景を拝まないで逝けた。
ある意味では幸せだったのかもしれない。
ドンッ!
又一つ、新たな生物がこちらの空間に送られてきた音だ。
これで何体目だろうか。
数えるのも億劫だ。
どうせ、この凄惨なる状況の真ん中にいる自分が助かる訳がないのだ。
視界の覆い尽くす生物の1体がこちらに顔を振った。
眼があった。
そしてブォォォと鳴き声をあげると、突撃してくる。
それに釣られ、何体もの巨大生物が襲い掛かってくる。
「ウアアアアアアア!」
染み付いた戦闘行為が銃を抜かせ、反射的に反撃に出る。
だが如何せん、敵が悪かった。
銃弾を皮膚が簡単に弾き返し、身体がダンプカー以上のものに弾かれた。
肉がへしゃげ、骨が折れ、内臓器官に突き刺さっていく。
それでも地面の転がった瞬間までは息をしていた。
そこに大木と比べても見劣りしない太い足が下りてくる。
ブシャァ!
踏み潰した生物にとっては泥濘があった程度だった。
こうして、このミッションに関わった不幸な血塗られた鉾の人員は、チームBX―04を残して全滅したのだった。
※
声を失っていた。
この土地に住む者だからこそ、この光景は余りに絶望的だろう。
見渡す限りにフォーリジャーの群れ。
そしてそれは際限なく増え続けていた。
突如空から巨大な生物が現われ、降ってくるのだ。
悪夢以外のなにものでもない。
草原の騎士達は戦意を失いかけていた。
そうだろう。
昼に現れた7体のフォーリジャーだけで、街にあれだけの被害を蒙ったのだ。
数えるのも憚られる量を相手にするなど、彼らには絶望の二文字しか思い浮かべれないだろう。
士気は低迷し、戦う前から負けていた。
カールはそんな騎士達を叱咤する為に大声を張り上げようとした時、騎士の間から裂帛の声が上がる。
「我ら、国の盾なり!」
「我ら、国の剣なり!」
「我ら、統合し、騎士とならん!」
それは騎士を授与する際に朗読する、草原の騎士の心得だった。
これを胸に誇りとして抱き、戦いの赴けとハーゲン王が掲げたフレーズだった。
その宣言をしたのは、若き3人の騎士達だった。
ハーシア、コード、ニース。
彼らはティアに一度膝を着き、己の命を賭して戦うと誓いし者達だった。
「何を恐れることがあろうか!」
「我らは草原の騎士!」
「最強の盾であり剣!」
「今がその使命を全うせし刻!」
指揮官であるカールが外から叱咤したところで、士気が回復することは無かっただろう。
だが、同じ立場の者からの声は絶大だった。
次第にその声に感化され、俯いていた者達が前方を見据えるようになってくる。
3人の声が心得をリフレインして、その声に他の騎士達の声が混じりだし、そして合唱となる。
(あやつらめが)
恐怖が取り払われ、士気が最高潮に高まっていく。
カールは機を見て、号令を下す。
「いざ行かん!
騎士の使命を果たさんが為に!」
「「「「おおおおおおおおおおお!!!」」」」
騎士の気合が木霊し、馬のヒズメが地を揺るがす。
恐れる者は最早居ない。
カリオストが誇りし草原の騎士の総力戦が始まる。
※
馬の群れが踏み均した草原を、カリオスト唯一の四輪駆動車が駆けていく。
3人を乗せた自動車は、崩壊の兆しを目指す。
この中も士気が下がり気味だった。
理由はビィーナだ。
まだ引き摺っているか、鬱な雰囲気が車内を満たしていた。
後シルーセルの様子もおかしい。
黙々と運転をしているというよりも、ビィーナを避けている感じだった。
ティアは重苦しい2人に嘆息を付きて話しかける。
「どうしたんだ、お前ら?」
「別に」
「………」
取り付く暇も無いシルーセル。
沈黙を通すビィーナ。
運転しているシルーセルは置いといて、後ろ座席にいるビィーナの方から話を聞くことにする。
着く前にスッキリさせて、余計な材料を減らしておきたかった。
「さっきのことを気にしてるのか?
済んだことだろうが」
「…済んだことなんだよな。
もう2度と戻らない刻」
「だから気にするなって訳にはいかないか」
ふと、チームを組んだ頃を思い出す。
ビィーナは自分がリーダーになることを拒否した理由。
周りが見えないと。
もしかしたら過去、それで何か失ってしまったのではないだろうか、と思案する。
だからこそ、判断ミスをした自分が許せないのではないかと。
「吹っ切れないか?
引き摺ってるだけだと、脅迫概念に囚われるぞ」
ティアは鎌をかけてみる。
予想通りにビィーナが俯いていた顔をハッとあげた。
「…ホンと変わったね、ティアくん。
あたしとは大違い」
ティアの瞳を直視できずに、ビィーナは再び俯いてしまう。
「あたしには無いから、いつまでも吹っ切れない。
みんなとは違う」
ビィーナは独白する。
平然と装っていても、溜め込んでいたものが一度零れたのを機に、決壊が起っていた。
抑揚にない声。
朗らかさも、冷酷さも無い。
空虚な声。
そしてそれを吐いているビィーナこそ、本物なんだとティアは感じた。
笑顔と冷酷の仮面。
偽りの仮面を外したビィーナが語る。
「ティアくんはあたし拠りだった。
君には根底があっても、構築されていなかった。
だから揺れていた、3人とは違って。
あたしは反対。
何も無いから揺れない。
そして唯一不安定に中間を行き来する君。
もしかしたらと想った。
君が凛達拠りになるなら、その後ろをついて行けば、あたしも光が見えるんじゃないかって。
でも、あたしには無理だった。
真似てるだけで、根底の無いあたしには君達が持つものを手にすることができなかった」
ティアはビィーナの独白に思惟して一つの結論を出す。
口に出すのが憚られたが、空虚な心に認識させる必要があると判断した。
「…信念だな」
「あははぁ、やっぱり分かるんだ」
乾いた笑い。
運転席のシルーセルが息を呑むのを感じれる程の静寂。
駆動音しか鳴り響かない車内にティアは詰まらなそうに頭を掻いて、その後人差し指を折り曲げて、ビィーナに額まで持っていく。
バチッ!
少し肉が抉れ、額から血が出てくる。
ティアの強力なデコピンがビィーナに炸裂した。
頭蓋骨に響く強烈なデコピン。
ビィーナは額を押さえ込む。
「なにするんだよ、女の子の顔に…」
空虚な声のままだが、非難の言葉だけ響かせていた。
「悲劇はそれでお仕舞いか?
たく、痛みと傷みを知ってるお前が人形か?」
「???」
「俺は知ってるからな。
お前が凛に憧れていること。
あの光景に先に憧れたのはお前だろうが。
そう生きたいと。
そんなお前が人形ぶって、人を放棄するな。
今は真似でもいい、それで納得するなら。
…見つかるよ、未だお前は失ってない。
辛さから、眠らせてしまっただけだ」
ティアはビィーナから視線を逸らし、流れる景色の方に向ける。
逸らす前にビィーナが見たのは、頬を赤く染めて照れくさそうにしている少年の顔だった。
「プッ、ハハハハ!
恥かしいヤツ!」
「なっ!」
いきなり隣から、シルーセルが笑い出す。
ティアは突っ込まれ赤面した。
「お前の声は響くは、ホンと」
(その真っ直ぐな瞳と同じで)
シルーセルはビィーナに対する蟠りを拭うことにした。
非情さと冷酷さ。
その裏側にあるものを、会話からそれぞれが背負う過去が垣間見えた気がした。
そしてその事に苦しんでいるのが当の本人だと知ったからだ。
「悪かったな、ビィーナ」
「何が?」
「分からないなら気にするな」
シルーセルの謝罪が分からないが、ビィーナは頷いておくことにする。
それをニヤニヤとティアが見ている。
さっきの仕返しと言わんばかりに。
男陣の罵り合いが車内を埋めるのに時間が掛からなかった。
その光景を眺めながら、ビィーナの空虚な表情に1つ浮んだもの。
口を少し開け、微笑んでいる自分。
口元だけだが、確かに自然と微笑んでいた。
※
遅ればせながら、崩壊の兆しに到着した3人。
「おいおい」
ティアの感想はそれだった。
「スゴいね」
ビィーナは朗らかに。
巨大生物が跋扈する空間。
騎士は防衛ラインを引き、そこから国に近づけないように必死に奮闘していた。
この数の異様さも然ることながら、ティアとビィーナが感想を漏らしたのは、この空間を覆っている電磁場と、空間の歪み方だった。
後ろ首に埋め込まれた魔晶石により、脳が空間に歪みを感知できるようになっている。
3人が見る光景は、他の者よりも異常だった。
青白い光の帯が空を歪ませ、月明かりが屈折して地上に届けている。
これでは通信機器が使用できないのも頷ける。
戦いを繰り広げている者達もユラユラと揺らめいているように見え、酔ってきそうだった。
「こんなところで門なんか遣ってみろ、1発で脳がイカれるぞ」
空間情報が不安定過ぎる。
情報管理送還装置を使おうとも、対処しきれるレベルではなった。
ここでの門の使用は自殺行為に等しい。
直ぐにでも駆け出そうとするシルーセルの腕をティアは取り、止める。
「分かってるだろうな。
門は遣うなよ」
「分かってる」
その言葉が嘘だとティアには分かった。
シルーセルは他の者が危機に瀕したら、躊躇なく使用しようとする、そんな男だと知っていたからだ。
ティアはシルーセルの瞳を覗き、訴える。
「男同士か、なんかそそるね」
ビィーナのとんでもない一言に、ティアは思わず手を離してしまう。
「あっ」
シルーセルはそれを逃さず、サッと戦場に駆けていく。
「分かってるよ!」
とだけ言い残して。
「ビィーーナァーー」
地の底から湧き上がるような声音。
「ごめん」
「時と場所を選べ!」
「傭兵内ではよくあって、フンイキがまぎれるって、…ごめん」
気苦労が絶えない。
「シルーセルに目を光らせておいてくれよ」
「了解、ティアくんもね」
短く告げると、2人も戦場に駆け出すのだった。
群雲がこの地から去り、半月が天空に然としている。
ミッション決行時間到達。
本来ハーゲン王の死を持って、迎える筈の丑三つ時を迎えるのだった。
ミッション開始時間と共に、カリオストの命運を賭けた最後の戦いが始まる。




