【国を背負いし者達】 群雲に覆われて
そこら中に灯された篝火。
天を焼き尽くさんと、轟々と火に薪がくべられていく。
それに感化された者どもは浴びるように酒を呷り、サバトのような状況に酔いしれていく。
とても、この後戦に赴こうとする者達とは思えない有様。
男は女を漁り、そこらに痴態が広がっている。
ズタボロになるまで蹂躙された者は、狂気の糧に首だけとなり、そこらに打ち捨てられている。
壊れていた。
城の真ん中で繰り広がられている、狂気の宴。
それに対して誰もが疑問を抱かない。
いるのは欲望の捌け口を求めている、狂気の住人だけだった。
そして宴の主は椅子に腰掛け、血のように赤いワインを片手にその様を笑劇でも観賞しているかのように眺めていた。
その主をそっと柱の影から見つめる視線があった。
名をライヌ コイラ。
メリュッテンスの第2王子。
この狂気の宴、その開催者の弟だ。
(あそこまで兄さんを追い込んだのは僕なんだ)
5つ違いにこの世に生まれたライヌは、廻りの暴力から無縁の場所で育った。
ハーゲンのいう偉大なる王と比較され、毎日を嘲られ、常に蔑みに晒された兄。
自分にその矛先を向かないように、兄はいつも庇ってくれた。
その結果、兄は悪辣で酷烈な連鎖の果てに、心を病んでしまった。
(少しでも、僕が兄さんの辛さを肩代わりしていたら)
仕方の無いと。
兄を追い込んだのは、今その煽りを食らっている、この国そのものなのだ。
正気な者は逃げ出そうとしたが、それらは討伐され、国という檻に監禁された。
そして圧制が人々に楽な生き方を提示した。
郷に入っては郷に従え。
狂気の中ならば狂気に染まれと。
最早、この光景は国の至る所で繰り広げられている、日常なのだ。
正気を保っているのは、もしかしたら自分だけかもしれない。
(だからこそ僕が)
もう遅いかもしれない。
国民には同情する気もしなかったが、その狂気を外へと向けるのだけはと。
守られるだけで、何もしてこなかった自分も同罪。
なら責めて、正気である者として良識ある行動をすべきだろうと。
勇気を振り絞り、ライヌは兄の元へと踏み出していく。
もし説得できるとしたら、唯一兄の憎しみの対象でなかった自分だけだろうと。
微かな望みを胸にライヌは、狂気の主の前に立つ。
「どうした、ライヌ。
こんなめでたい日に、そんな湿気た顔をしおって。
お前も騒いだらどうだ」
いつも通り、ライヌだけに向ける優しげな眼差しを讃えて、プシヌは弟に宴を楽しむようにと促した。
「に、兄さん!
もう、止めましょう、こんなこと!」
「こんなこと?
前哨祝いだぞ。
皆楽しんでいるというのに、それを取り止ろとは、ライヌは騒ぐのは好かんか?」
的外れな受け応えをする兄。
「カリオストへの進撃は止めてください!
もう、たくさんです!」
「進撃を止めろと?
元凶を討てるというのに、お前は何を言っているのだ?」
奇妙しなことを言うとカラカラとプシヌは笑った。
「今なら引き返せます」
「………」
プシヌの顔が変貌していく。
優しげな笑みは消え、ファシストが虫を見つめるような、感慨の無い顔へと。
「そうか、貴様も私に意見するのだな。
そうか、なら要らぬ」
椅子の横に携えてあった軍刀を一機に引き抜くと、そのままライヌに躊躇なく振り下ろした。
「え?」
何が起こったか理解する前に、肩口から心臓まで裂けた肉から大量の血飛沫が舞う。
心臓が脈打つ度に途方もない液体が肉体を離れ、地中に滲み込んで行く。
ライヌは地に伏し、悟った。
兄が自分の優しかったのは、唯一逆らわない存在で、そして守っているという優越感からだったのだと。
別に可愛がられていた訳ではなかったのだと。
兄にとって自分は小動物的な存在だったのだ。
そして堰を取り払ってしまった兄には、心の防壁は必要なかった。
無為な存在に成り下がった自分を排泄するのに、何の感慨など持たないのだと。
出血が酷く、朦朧としていく意識。
眼を瞑れば2度と開けれないだろう。
「あ、あ、あうあうあ」
ゴボゴボと吐血して、まともに言葉が吐き出せない。
プシヌは完全にライヌの興味を失い、軍刀の血も拭いもしないで鞘に収めると、何事も無かったかのように着席し、月明かりに晒した透き通る紅さを増したワインを喉に流し込んでいく。
(そ・れ・・が・・え・・んだ)
こんな状況に落とされても、ライヌは兄を怨む気にはなれなかった。
最後に兄が求めていたものを知り、ライヌは無常なる世を呪いながらこの世を去る。
※
空を見上げれば、一面の黒翠にポツンと煌々と輝く光を反射する月だけが、存在を主張していた。
群雲の隙間から顔を覗かせ、地上に僅かばかりの光を届けている。
(頂上ともなると、流石に近いと感じますね。
掌に光を握りこめる錯覚すら受けますね)
両掌を天に翳し、降り注ぐ光を一身に受けてみる。
意味がある訳ではないが、こうしたものは儀式だと想う。
その儀式を終えると、爪先の5センチ先にある闇を見据える。
月明かりでは見通せない、深き湖。
夜の海は魔物だと、漁をする者から聞いたことがある。
それは反射されるのは光ではなく、闇しかない深い水の塊から連想される恐怖からだろう。
海だけでなく、この山頂に蓄えられた光を通しきらない膨大な水塊にも言える。
(確かにこれは、駆り立てられますね。
命のやり取りとは又違った覆われる恐怖。
今回の敵は自然ですか)
儀式により、構築した前に進むための覚悟。
覚悟の中に躊躇が混在する。
それは怯えからくるものではなく、怒りからだった。
(怨みますよ、凛にくだらない使命を押し付けた故人よ)
凛の生き方は刹那的過ぎる。
その根源となるものは、自分としての使命ではない。
預けられたもの。
だからこそ、凛は躊躇しない。
迷いが無い。
預けられた、否、改ざんした使命を成すために。
それが今亡き者の想いだからこそ、余計に縛られる。
故人は何も言わない。
改ざんされ強固になっていくのは、義務感と罪悪感から。
そうして膨れ上げって行く想い、重圧を背負いながら生きていく。
撤回すべき者はこの世にいないのだから、果たすまで突き進む。
(私が手を貸すのは、そのくだらない使命から解放された凛の本当の姿を拝む為です。
決して、馬鹿げた復讐を成す為じゃない!)
その為にもティアという存在が不可欠だと判断した。
このまま行けば、間違いなく彼女は折れてしまう。
彼女の感性を揺さぶり、修正をかけれる者が必要なのだ。
だからこそ、こんな無謀に近い賭けを打って出た。
カイルは跳躍して湖に身を投じる。
(情報管理送還装置無しで、この湖の底にトンネルを開通させる。
脳がイカれるのが先か、それとも)
再び群雲が月を覆い、地上の大半が闇に包まれる。
闇が波紋を広げ、寂寞に消えていく。




