【ミッションカリオスト】 進むべき道
凛の影から、カイルが操る水球がソイネに襲い掛かる。
ソイネは腰の鞭を解き、振るう。
シュッ!
空気を裂く音が響くと、水球が跡形もなく砕け散る。
鉄板をも貫く威力を秘めた水球をだ。
(バカなっ、まさかあの鞭は!)
カイルは予想外に打ち壊された水球の情報処理を失敗し、脳に激痛が走る。
ソイネ右手で鞭を振るいながら、左手で銃を抜き放ち、凛に発砲する。
凛は素早く移動し、これを躱す。
鞭の速さは音速を超えており、迂闊に間合いに踏み込めない。
その上、銃での遠距離攻撃が鞭に間を縫ってくる。
このスタイルに死角らしい死角が見当たらない。
このスタイルが完成形である理由は、その異常までの破壊力を誇っている鞭にある。
「さて、餌食になるのはどちらが先だ」
ソイネは鞭が唸りをあげて、凛に襲いかかる。
「凛!」
「解ってるわ」
(あれが噂の自在武。
形に拘っていたら、捕まる)
凛も銃を抜き放ち、発砲しながら距離を開く。
発射された6つの弾。
鞭では到底全て打ち落とせない数。
だがソイネは一歩も動くことなく、横に鞭を振るう。
ソイネの手から振動が放たれた。
そうすると鞭が姿を変え、扇状の型に変化する。
そして範囲を網羅した扇は全ての弾丸を弾いてしまう。
これがペルガモの振動系エネルギーを遣い、形状記憶を利用した武器、自在武。
振動係数により割り振りされた型に形状を変える。
どの形体でも振動を伝えることも出来、破壊係数の振動を敵に送り込むこともできる。
ペルガモ遣いにとって最高峰とも言える血塗られた鉾の科学力で生み出された武器だった。
カイルの水球を破壊したのも、水を拡散させる振動係数を載せた一撃だったからだ。
扇状に変化させ、その形状が短くなった隙に、凛は間合いを詰めにいく。
5メートルあった距離を刹那で1にし、薙刀が一閃する。
だが、扇状からドーム状変化した自在武に邪魔され、攻撃は弾かれてしまう。
次の瞬間、凛の情報管理送還装置が急速に自在武の変化を伝えてくる。
予感が奔り、凛は咄嗟に地面を蹴りつけて間合いを広げながら、背を反らして頭に位置を下げる。
自在武のドームに穴が開き、そこから弾丸が放たれた。
凛の動きについて行き損ねた髪が、数本弾丸に持っていかれる。
あのまま至近距離で撃たれていたら頭の換気が良くなっていたところだろう。
「勘、いや、そんな不確かなものじゃないわね。
事象を観察して導き出される予測。
中々やるじゃない、ガキが」
「あら、私はこれでも20代ですよ。
そんな私を子供呼ばわりするなんて、年なんじゃないかしら、オバサン」
「このアマッ!」
(憤怒してくれれば楽なんだけど、こんな挑発じゃ精々怒声させるのが限界ね。
伊達に3年間を生き抜いた修羅じゃないわ。
怒りで精密機械のような動きを乱すことはない。
これが血塗られた鉾)
ソイネに向かい水鉄砲が発射される。
圧縮されて放たれた水鉄砲の速度は、銃と比較しても劣るものではない。
それをソイネはつまらなそうに鞭の形体に戻し、打ち落として凛を銃で牽制する。
(銃じゃ隙すら生み出せない。
かと言って、接近を簡単に許してくれる相手でもないわね)
凛はカイルに目配りをすると、ソイネに向かって踏み込んでいく。
カイルは懐から銃を2丁取り出し、狙いを半ばにして連射して放つ。
装填されている計34発の弾丸が硝煙と共に吐き出されていく。
銃弾の雨。
ソイネの身体能力を加味し、逃げ遂せる範囲を無くして降り注ぐ。
その雨の隙間を縫って凛は疾走し、ソイネに接近していく。
ソイネは微笑し、銃を投げ捨てると懐から四角い掌サイズの箱を取り出す。
左掌の上に歪みが生じ、振動が箱を包み、形を鞭に変える。
「獲物さん、いらっしゃい」
狩人の顔を見せ、ソイネが双鞭を振るう。
パパパパパパパ!
鞭が空気を裂く音が森に響き渡る。
信じられないことにあれだけあった弾丸の雨があっという間に打ち砕かれていく。
だが、凛は弾丸と鞭の間をギリギリで躱して接近していく。
(あら、凄いわね。
でも、これならどう?)
ソイネの掌から発せられた振動が、鞭の形状を網状に変化させる。
これには凛も虚を突かれた。
(マズイっ、間に合うか!)
上から振り下ろされてくる網。
それが降りる前にと凛は地面にスレスレの体制でダッシュする。
(間に合!)
薙刀を突き出そうとした腕が伸びる前に、全身を雷に打たれたように衝撃に見舞われる。
網が微かに触れただけだが、その網に奔っていた振動が、凛の行動を中断させる衝撃を与えてきた。
頭が指令を下しても、肉体が受け付けなかった。
「どこまで持つかしら?」
網に覆われ、振動が断続的に凛を襲う。
(いくらなんでもそれは拙いでしょ、凛!)
カイルは腰に吊るしていた水筒をソイネに投げつける、それを難なくもう1本の自在武を鞭状にして叩く。
詰まっていた水が宙に拡散された。
その拡散された空間全てに歪みが生じ、水は針へと姿を変えて、ソイネに降り注ぐ。
(何っ!)
あまりの量の水針。
鞭を放ってしまった所為で、防御に自在武を展開させる時間が無い。
そう悟ったソイネは凛を包んでいた自在武を回収しながら、その場から退避する。
「凛っ!」
「・っ、ぶ・じ、と言い難いわね」
地面に伏していた凛は痺れる躯に代謝発露させて、身動きとれるまで回復させて直ぐに立ち上げる。
「タフな子。
それに只の腰巾着かと想ったけど、そちらも相当の遣い手のようね」
情勢は、凛たちが圧倒的に不利だった。
(早期にカタをつけないと)
凛に焦りが生じる。
力をセーブして勝負を付けようとムシの良い思案をしていたが、このままではビィーナが戻って来てしまう。
「あれ~、銃声がすると思ったら、争ってたの?」
(決断を下すのが遅かったわね)
最早、力をセーブなんてお安い気持ちでは乗り越えられない最強の敵が、いつものほや~とした雰囲気を纏って戻ってきてしまう。
「丁度良いところに戻ってきたな」
ソイネは勝利を確信した笑みを浮かべている。
「裏切り者たちの始末をしているところだ」
「ありゃ、血塗られた鉾に弓引いたんだ、凛たち」
「別に、血塗られた鉾には弓は引いてないつもりよ。
予定としては騙すが正しいわね」
凛とカイルに緊張が奔る。
全力を尽くしても、勝てるか分からない戦。
2対1なら兎も角、この地点でソイネを亡き者に出来なかったのは痛い。
流石に今回ばかりは、凛も軽口は叩けるものの、不敵な笑みを浮かべる余裕は無かった。
「で、この人がジャマなんだよね。
始末したらいいの?」
とビィーナはソイネを指しながら、綺麗な花があるから摘む?と同じニュアンスで凛に聞いてくる。
「き、貴様、何を口にしてるか分かってるのか!」
「ウルサイな。
あたしはリーダーの判断をあおいでるの。
オバサンにはキいてないよ」
「血塗られた鉾を裏切るつもりか!」
「凛はダマすって言ったんだよ。
ダマされていることが分かんなきゃ、それが正道になるんだよ。
そんなことも知らないなんて、世間知らず」
ビィーナの最後の声音は、凍り付きそうな機械的な低いものだった。
ビィーナが戦闘モードに移行した現われだった。
ソイネには信じられなかった。
血塗られた鉾を敵に回す神経が。
あの力の象徴とも言えるべき場所に1度でも足を踏み入れた者が、それを相手にしようと大それた愚考に至る経緯が。
そして弓引くことに何の疑念も抱かない、この3人が。
「ヒヨッコどもが!
それがどういうことか、私が教えてくれるわ!」
ソイネは1番近場にいたビィーナに向かい、鞭を振るう。
(っ!)
鞭の質量が落ちた。
伝わってくる重さ、空を切る抵抗。
それらが消失した。
いつの間にか抜き放たれたビィーナの刀が鞭を半ばから切断していた。
「ばっ、バカな!」
鉄をも砕く強度と威力を誇る自在武が、事も無げに一閃された刀によって斬り飛ばされたのだ。
音速を超えた一撃をあっさりと見切り。
そしてソイネは見てしまった。
何も映していない、感慨の片鱗すら収めていない、その無機質的なビィーナの瞳を。
そして悟った。
自分は獣の獲物にも成りえない、子供が紙をハサミで切る時に感情を起伏させないように、この女は自分を紙のように斬ることが出来る人間だと。
その一合だけで、ソイネは欠片も勝機が無いことを知った。
まるで次元が違う。
(ど、どうしてこんな化物が、第2学年に!)
噂は幾度となく聞かされていた。
血塗られた鉾を破りし者のことを。
だが偶然の賜物だろうと、そして噂が1人歩きして大げさに化けてしまったものだと。
真実は逆だった。
噂の方が過小なのだ。
気が付いたら、ソイネは形振り構わずに逃げ出していた。
ゼロの勝機、そして無機物を壊すように自分を見ている瞳から。
背を向けて全力で走った。
だが、直ぐ後ろから足音がしていた、死神の。
「ヒッ、ヒィィィ!」
振り返り、自在武を剣状にして構えた。
彼女が最後に見たのは、その自在武の剣が切断されていく様だった。
凛もカイルも固まっていた。
一方的な展開と、狂気の狭間とも言える光景に釘付けになりながら。
キンッ。
ビィーナの愛刀が鞘に収められる音が切欠となり、頭という栓を失った肉体から血の花が咲く。
壊れたスプリンクラーのように止めど無く噴出される。
ソイネという名の鮮血の花は、その下に居る殺人鬼を降り注いだ。
その光景に佇むビィーナには、血の雨が余りに似合っていた。
何故なら、彼女はいつもその場所にいたからだろう。
そう、これこそが彼女の本当の姿なのだと。
血の化粧で染められたビィーナを凝視していた。
「でっ、あたしに言うことは」
と、元のホンニャリとした雰囲気に戻る。
凛とカイルはやっと胸で痞えていた息を吐き出すことに成功した。
(あ、甘かったかもしれないわね。
2人掛かりならと考えたことすら)
「血塗られた鉾を相手に立ち回る気?」
「リ~ダ~、あたしの聞きたいのはそれじゃない」
(?
まさか、でもそれしか)
凛はこの状態で、最もビィーナが嫌うことを散策して、結果。
「…黙ってて悪かったわね」
仲間外れにしたことを謝ることにした。
「よし!
相談してくれれば、もっと早く手伝ったのに、凛も人が悪いよ。
ま、言いにくいし、あたしを信用するにはムズカしいよね。
ま、これであたしも後戻りできないし、血塗られた鉾をダマすの協力するから。
で、いまいち状況がツカめないんだけど、説明して」
(…そんな状況把握で、こんな大それたことを仕出かしたのか、この女は)
カイルは無邪気さと無機質さを内包した少女を、呆れ眼で見る。
「簡単に言えば、シルーセルは故郷を守るために離反、ティアは崩壊の予兆の所業を許せずシルーセルについた。
で、私達は影でそれをバックアップ」
「うわ~、スゴくはしょてるでしょ、それ。
で、どうやって血塗られた鉾をダマすの?」
「白紙に戻そうと想うのよ、依頼を」
「なるほどね、暗殺か」
「駄目よ、それじゃ。
依頼主を暗殺しても、崩壊の兆しを弄られ、ゲシュタルトが発生してカリオストが滅んだら意味がないわ。
それに獅子王暗殺完了と共に隣国から、戦の狼煙があがる予定。
だから、根本から潰す必要があるわ」
「…明らかにミッション内容より、難度が上がってるんですけど」
凛は歩き出す。
そしていつの間に木の陰に隠しておいた自分の鞄を手に戻ってくる。
「…自分のだけ?」
ビィーナは車の残骸を眼にし、自分の荷物の亡骸に涙した。
そして1人荷物を逃がしていた凛を非難の眼差しを向ける。
そ知らぬ顔でそれを流し、凛は鞄から地図を引き出し、地面に広げる。
「で、この作戦の要となるのが、ここ」
と、凛は地図の1点を指す。
それは依頼国、メリュッテンスの隣に位置するレイクマウンテン、トセイ山だった。
「後はこれね」
と自分の胸元に輝くペンダントを首から外し、ビィーナに差し出す。
「これ?」
「そう、これが鍵。
日頃の鍛錬と努力が実を結ぶってやつね」
凛はいつもの不適な笑みを浮かべながら、作戦内容を2人に告げるのだった。




