【ミッションカリオスト】 フォーリジャー
ミッション決行まで、残り11時間21分――。
太陽が傾き、日の中間点を過ぎたことを示していた。
日中で一番気温の高い時間帯をフルマラソンしている2つの陽炎があった。
幸いにもこの地方は気温が低く、それ程気温に悩まされずに疾走していた。
ティアはシルーセルの速度と体力に合わせて、それなりの時速で走っていた。
着いて力尽きては何の意味もない。
それこそ着いてからが、本番なのだ。
山脈地帯を抜け、30分前から草原地帯に踏み込んでいた。
相当の疲れが溜まっている中、シルーセルは郷愁させる匂いに胸躍らせていた。
(懐かしき、砂と草の入り混じった匂い。
…還って来たんだな)
疲れを忘れてしまいそうなほど、郷愁の想いが先走る。
カリオストの民は、この塵と碧の匂いと、この壮大なる大地、そして全てを覆う静謐なる空を見て育つ。
故に草原の民と。
(もう直ぐだ、もう直ぐで!)
知らず知らずの内にペースが上がっていく。
焦りよりも、懐かしさに惹かれて。
暫くすると、ズラ~と並んだ壁が姿を現す。
灰色にして強固そうな石垣。
(境壁だ。
着いたんだ)
その壁を目撃すると、シルーセルは速度が自然に緩まり、いつしかその場に立ち止まり、呆然とその壁を見詰めていた。
ティアもシルーセルに従い、遠くから眺める。
((っ!))
シルーセルは草原の匂い混合された不穏なる匂いを嗅ぎ分けた。
ティアは脅威の視力で、壁の切れ目を見つけた。
「シルーセル!」
「ああ!」
郷愁に浸っている暇は剥奪された。
シルーセルは匂いに、大量の塵が混じっていることに気が付いた。
ティアが視認したのは壁の破損。
つまり、この頑強そうな石垣の一部が破損させられているのだ。
(遅かったのか!?)
シルーセルとティアは再び疾走を開始する。
(おかしいぞ!)
隠密のミッションの最中だというのに、こんなに目立つ行動を血塗られた鉾が起こすだろうか。
(俺たちの裏切りが、もう知れ渡ってる?
それでミッションを強引にくりあげたのか?)
不可解過ぎた。
どう足掻いても、このミッションの本体であるビィーナ達が、自分たちよりも速くカリオストに到着していることはない。
仮に本体を切り捨ててミッションを決行したとしても、こんな正面からの強引な手段を興じるだろうか?
もしそれが本当なら、派遣されている人数と照らし合わせても無謀な試みとしか言えない。
(違う、これは!)
近づくに連れて全貌が明らかになる。
巨大な何かが、石垣に衝突して地響きと土煙を巻き上げる。
土煙の間から、その巨体を垣間見える。
石垣に激突しているというのに、まるで動じない鋼のような巨躯。
大の大人が3人で手を繋いで、やっと囲えそうな太い四肢。
その太さに似合わず、石垣へと突っ込む様は駿馬の如く速く、軽快さがあった。
それは、普段束縛されている体躯が解き放たれ、力を試すかのように振舞っていた。
鉄板を繋ぎ合わせたかのような、鱗状でねずみ色な皮膚。
そして眉間から伸びた大きな角。
サイを異形にして、巨大にしたようなフォルム。
カリオストに蔓延る脅威、フォーリジャーだ。
外壁を崩そうと、3匹のフォーリジャーが激突を繰り返す。
この境壁と呼ばれる外壁は、元々突如現われるフォーリジャーを国に進入させないよう想定して構築されたものだった。
それ故、頑丈さは折り紙つき。
だが多勢に無勢か、石垣に一部が破壊されていた。
破壊音に混じって、街の方から人々の悲鳴が耳につく。
(こんなことが!)
シルーセルは疾走しながら、腰のポシェットから銃を取り出す。
そして停止し、そこから門を発動させ、音速の銃弾を放とうとする。
だが、ティアが銃口を上から押さえ、撃つのを静止させた。
「放せ!」
「動揺するのはわかるが、落ち着け!
ここは俺の管轄だ。
お前は、あっちだろ」
ティアは親指で、喧騒の中に陥っている街の方を指す。
1秒の空白後にシルーセルは頷くと、ティアが先行して走り出し、石垣の3メートル手前で踵を返す。
両足を地面に押し付け、両手を重ね合わせて股下にセットした。
そこへシルーセルが走りこんでくる。
セットされた両手にブーツを掛けると、ティアは思いっきり上空に向かって投げ飛ばす。
「行って来い!」
シルーセルの躰は、高さ15メートルはあろう石垣の頂上を少し越え、難なく壁の上に着地し、カリオストへの侵入をしてみせた。
ドドド――!!!!
いくつかの土煙が立ち上り、街の至る所が破壊されていた。
(いっ、いったい!
どうして大量のフォーリジャーが!)
思考しかけて、止める。
今は思惟に時間を費やしている場合ではなく、行動を起こす時だとシルーセルは切り替える。
土煙が上がった箇所は3箇所。
その内2つは、手前にある騎士達の詰め所の近くだった。
残り1つのが立ち上る地点を見て、シルーセルは戦慄する。
(あっちは孤児院のある方角じゃねぇか!)
「くそったれ!」
シルーセルは石垣から飛び降りた。
スタンと綺麗な着地を決める。
結構な高さだったが、つま先、足首、膝、付け根で衝撃を殺し切る。
どうすれば肉体に影響を及ぼさないか徹底的に思考し、訓練という名の実践をさせられてきた。
それは考えなくても、自然に実践できるレベルまでに達した無意識の反射だった。
そこからは無我夢中で駆け出す、破壊の爪跡の先を目指して。
暫くすると、残骸と化した街路に見覚えのある人影を視認する。
(見えた、っ!)
そこには巨体生物がいた。
そして最悪の事態も用意されていた。
「ジルッ!」
絶望に打ちひしがれる女の悲鳴。
そんな中シルーセルは震えて動かなくなりそうな躰に叱咤し、持てる力の限り全速で走った。
フォーリジャーの眼と鼻の先に、シルーセルを兄と慕っていた少年の姿があった。
フォーリジャーが今まさに前足を上げ、目の前の邪魔者を蹴散らそうとしていた。
距離的は40メートル弱。
どんなに高い身体能力を誇っていても、駆けていてはとても間に合わない。
(一か八かだ!)
シルーセルは地面を全力で蹴つり、ジルと呼ばれた少年に向かってヘッドダイブする。
そしてシルーセルの背後に歪みが生じ、指向力が躰を押し異様な加速を行う。
背骨が軋み、風圧で顔面が潰れそうになる。
フォーリジャーの大木のような前足が少年を踏み潰そうとする刹那、影が通り過ぎ、少年の体を攫う。
シルーセルは少年を包み込むようして体丸めると、異常な速度で民家に激突しようとしている自分に指向力をぶつけてブレーキをかける。
全身の筋肉を固め、その指向力に耐える。
一機に速度は緩んだが、それでも止まらず民家の壁を破り、そして停止する。
(っうぅぅぅ!
…なんとか生きてるみたいだな)
自分の体をチェックしていく。
かなりの衝撃を受けたが、大事に至る損傷は存在しなかった。
状況情報を逸早く収集し、損害が最小限で収められるような体勢に移行できたお蔭だろう。
シルーセルの腕の中、身動きする者がいた。
「おっと、大丈夫だったか、ジル」
「……」
ジルと呼ばれた少年は呆然とし、腕の中でシルーセルを見上げていた。
少年の瞳の中、見知った顔が安心しろと笑いかけてくるのが映った。
「シル兄いぃ!」
胸の中、小さな体が力いっぱい抱きついてくる。
後1秒でも遅れていたら、この恐怖から解放され、涙でグシャグシャになった義弟を拝むことが出来なかった。
シルーセルの膝下から、ヌルッとした感触がしてくる。
生温く、そして嫌悪感を抱かせるこの臭気。
「お前、怪我してるのか!?」
ジルをそっと引き剥がし、さっき程から太股が触れていた箇所を見る。
半ズボンだった少年の脛の辺りがパックリと開いており、体温を外へと剥奪しながら血が零れていた。
シルーセルは日頃から巻いていたバンダナを剥ぎ、ジルの膝上を縛る。
「ちょっと苦しいだろうが、我慢しろ」
応急処置を終えると、沸々と頂点を目指して怒りが湧き上がってくる。
それと同時に、屋根に重量が掛かり軋む音がしてくる。
シルーセルはジルを抱えると、素早く窓から外に飛び出る。
ギリギリの間だった。
シルーセル達がいた民家は、巨大な怪物の下敷きになっていた。
シルーセルは少し離れた位置にジルを座らせると、憤怒した瞳でフォーリジャーを睨みつける。
「ジル、ちょっと待ってろ。
兄ちゃんがこの怪物を退治してやるからな」
怒りに反して、今のシルーセルは冷静そのものだった。
事象戦略盤が送ってくる情報が、前方に人々がいないことを伝えてくる。
「オレの弟に酷いことしてくれたな、この畜生がっ!」
両足を地面に固定すると、銃口がフォーリジャーに突きつける。
それは銃口なんて生易しいものではなく、砲門と言えた。
銃身を歪みが覆い、シルーセルの精密射撃と指向の指向力が合わさる。
圧縮砲。
凛戦で見せた指向遣いの必殺の一撃。
それをシルーセルなりに改良を加えた、音速弾。
威力そのものは落ちるが、銃身を土台とする圧縮砲と違い、銃口の前方にエペソで砲身を作り上げてそこで加速を行う。
そのお蔭で反動はほぼ無く、そして銃身に負担が掛からなくなった。
圧縮砲では、一撃放つだけで銃身が歪み、使い物に成らなくなる。
多用性に欠けて、武器が限られ戦況時には役に立たない。
だが、この音速弾にも問題点が幾つかあった。
その大元になったのは、砲身を土台とし情報の乱れを少なくしていた圧縮砲と違い、前方の無空間に一から砲身の代わりになるものを指向力で生み出してから、実行する。
それは圧縮砲と比較にならないぐらいに情報の乱れが生じ、フィードバックの比率が異様なまでに高まるのだ。
だが、事象戦略盤がその危険性を軽減させた。
シルーセルは迷い無く音速弾を放つ。
音速の壁を越え、2発の銃弾はこちらに顔をむけたフォーリジャーの両眼に突き刺さった。
頑強な鱗の上からでは致命傷にならないかもしれない。
だが、眼球の向こう側にある脳に刺されば、いくら強靭でタフなフォーリジャーでも絶命は免れない。
両眼窩からドロドロと硝子体液と血液の交じり合ったものを垂れ流しながら、アッサリとフォーリジャーはその巨体を轟音と共に横臥したのだった。
暫く痙攣していたが、直ぐにその生命活動を停止した。
血塗られた鉾の外で初めて発揮した実力。
シルーセルが当たり前に振るった力は、カリオストを脅かす脅威を瞬間で無力化してしまった。
力に酔うよりも、こんな力を行使することが前提条件であり、実力者が溢れている血塗られた鉾、その深部を垣間見てしまった恐怖が先走った。
これから、その者たちを相手にするのだと。
「シル兄…、なの?」
呆然と死骸を見ていたシルーセルにか弱く、今にも消えそうな声音が聞こえてくる。
シルーセルは声の方角に眼を向けると、12歳ぐらいの少女が瞳に驚愕を称えながら、信じられない様子でこちらを伺っていた。
「アンリか!」
名前を呼ばれた少女は、シルーセルを本人だと確信して涙をボロボロと零し始める。
さっき、絶望的な悲鳴をあげていたのはこの少女だった。
「ジルは無事だぞ」
シルーセルは蒼白な顔をしている少女に、安心しろと不安定な心とは裏腹の笑顔を浮かべて見せる。
アンリと呼ばれた少女は駆け寄ってくる。
そしてそのまま力一杯にシルーセルに抱きついてくる。
「とっ、ど、どうした?」
アンリは無言で胸に顔を埋めて、嗚咽を漏らしていた。
「ほんものなんだ、生きてた…」
シルーセルはどういう意味か聞こうとして、思いつき、止めておく。
(そうだよな。
死亡率からして、血塗られた鉾にいった者が生きて還ってくるとは考えにくいよな。
お義母が、そう皆に説明したんだろう)
落ち着くように促しながら、一番気がかりな事を問う。
「安心しな、足は付いてる。
…それより他の皆は?
孤児院の方か」
「うん!
ケニーが熱出してて、だから義母さんが」
シルーセルにとって最悪なケースだった。
一番下のケニーが動けない状態だと、行動が制限される。
まだ孤児院の近くにいる可能性が高かった。
「分かった、後はオレが何とかする。
オマエはジルと避難してろ、いいな」
「なんとかって危ないよ!」
アンリは縋りつくように、引き止める。
不安と心細さ。
何よりも失ってしまう怖さが瞳いっぱいに溢れていた。
このまま置いていくのは心苦しいが、シルーセルの向かう先はこの惨劇の主の居る場所。
連れて行く訳にはいかなかった。
昔やってやったように少女の頭に手を置き、軽く撫でてやりながら
「安心しろ、…肝心な時にはいつも何とかしてやったろ?」
と優しく諭す。
その言葉が利いたのか少女はシルーセルの衣服を放し、ボロボロと零れていた涙を拭う。
「…うん。
おねがい、シル兄、義母さんとケニーを」
「ああ、お前もジルを頼む」
もう一度強く撫でてやると、シルーセルは孤児院目指して又走り出のだった。




