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蒼刻の彼方に  作者: ドグウサン
1章 胎動する者達
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【ミッションカリオスト】 それぞれの価値観

シルーセルは霧に捲かれた人間が身動きできなくなるのを確認してから、素早く行動に移る。

銃を取り出すと、2台の車に向け発砲する。

銃弾はガソリンタンクを打ち抜く。

一拍置いて、爆発が起きる。


(よし、早く脱出しないと息が持たねぇ)


シルーセルが展開している指向力は、外気が中に入ってこないように外側に少しずつ空気を押し出す仕組みになっていた。

こうしなければ、皮膚からも浸透するセパレイヤの霧に犯されてしまう。

ホンの僅かずつだが、シルーセルの周りの空気が薄くなっているのだ。

脱兎の如くその場を離れ、安全地帯に退避する。

(ゲート)を切り、止めていた息を再開する。


「はあ、はあ、はあ…」


(まさかここまで上手くいくとはな。

最悪、あの中で戦うかと想っていたが。

…問題は、無事なヤツが1人残っていることだ)


野生の勘がそうさせたのか、ティアだけがセオリーを無視してセパライヤの霧から逃れていた。

事象戦略盤フェノメノンタクティクスワールドが、ティアの現在地を脳裡に映し出す。

先は発火地点。

大分火の手が強くなりかけていた。

ティアは手ごろな大木を手にすると、拳を叩きつけた。

バキッ!

半ばからへし折れた大木は傾き、それをティアは受け止める。


(…おい、おい。

頼むから常識的な消火してくれよ)


シルーセルは常識ハズレなティアの消火作業に唖然とした。

大木を地面に叩きつけ、膨大な土が宙を舞い上がらせた。

湿った土の軍列が、火元に覆いかぶさる。

かなり離れているシルーセルの足元が微かに揺らいだ。

…何とコメントしていいか分からなくなる。

それを数度繰り返すと、あっという間に火は沈下していた。

辺りは爆撃されたかのように、無残な破壊跡が残されていた。


(…さて、どうしたものか)


シルーセルはティアのいる場所を目指して走り出す。

暫くすると、大木を投げ出し、荒い息をついているティアの姿が見えてくる。

そこから慎重に足を進めながら、銃口を向ける。

ティアはシルーセルに気が付くと向かい合う。

互いに言葉を告げれず、沈黙する。


「そうか。

お前が主犯か」


沈黙から読み取ったのか、ティアはポツリと漏らす。

今更嘘をついても仕方ないので、シルーセルは「あぁ」と肯定する。

そしてティアはそれをアッサリと受け入れる。


「故郷だったな。

仕方ないことだ」

「オレは、元々カリオストに貢献したくて、力を求めた人間なんだ。

だが、今回目的と手段が逆さになっちまった。

国からもオマエたちからも裏切り者と罵られようが、引けない一線がある。

それは命を賭けるに値する」


簡素な理由を吐露する。

シルーセルにとってこれは儀式だった。

こうして告げることで、決意と決別を刻む。

そして僅かに芽生えていた仲間意識を断ち切り、己の信念に殉ずるために。


「どうしてあの煙が危険だと察した?」

「煙ね。

適切な言葉なら霧だろ。

それにこの鼻を突く異臭。

刺激物以外検討もつかない」


(煙の性質を検視し、無臭に近い匂いを嗅ぎわけたのか!

トンと、こいつはセオリーの当てはまらない男だな)


ティアなら遣りかねないと、シルーセルは妙に納得してしまった。


「4人は?」

「暫く動けないだろう。

普通の人間なら、弛緩し過ぎ死んでるかもしれないが、あれ程の肉体制御を可能にしている血塗られた鉾(ミストルティン)の人間だ。

5時間もしない内に動けるようになるだろうな」

「…どうして殺さない」


ティアは最もな疑問をぶつけてくる。

シルーセルは伐が悪そうに俯く。


「これでも感謝してるんだよ、アイツらには。

勿論オマエにも。

第2学年(ランデベヴェ)に上がった頃のオレは目的を忘れ、凛の言う俯瞰に飲み込まれかけていた。

だが、オマエらはそれぞれも目的を抱き、苦しみから逃げずに、正面から相対して見せた。

魅せられたよ。

そしてオレはオレで要られたんだ。

甘いのは分かっている。

殺さなければ後々に大きな障害になることも。

恩を仇で返しておいて言えた義理じゃないが、感謝の意だ。

そして今度会う時は、敵として正面から相対する。

アイツらの流儀に則ってな」

「傲慢だな。

守りたい者があったからこその裏切りじゃないのか?

それなのに最大のチャンスをふいにしてまで義理立てすることか。

相手は手加減をしてくれる玉じゃないぞ。

お前の甘さという判断が、後に国1つを滅ぼす。

それは捨てるべき荷物なんじゃないのか?」

「…本音ではな、血塗られた鉾(ミストルティン)相手にカリオストが生き残れるとは想っていないんだ」


ティアはシルーセルの言いたいことがよく分かった。

喩え、百戦錬磨の戦歴を誇る国でも、血塗られた鉾(ミストルティン)と比較すれば赤子も同然だと。


「国と運命を共にするのか?」

「そんなこと何にもならないだろうけど、後悔だけは残らない。

せいぜい悪足掻きして、引っ掻き回してやるさ」


そこまで訊くと、ティアは詰まらなそうにシルーセルを睥睨した。


「人は器。

何かを得ようすれば、それに比例して器から零れてしまう。

正直、納得した。

お前の程度が知れたよ」

「…何が言いたい」


シルーセルの右人差し指に力みが入る。

銃口が微妙に震えている。


「負け戦なら、背負うものが少ない方が気が楽だって事だよ。

くだらねぇなっ!」


ティアの一喝が辺りに木霊し、大気が震えた。


「自分を貶める覚悟も無し、そんな奴が駆けつけた所で邪魔でしかないんだよ!

お前は中身のない形骸(けいがい)だ!」


ビィーナにぶつけられた台詞をそのまま、シルーセルのぶつけてやる。


「テメェっ!」

「引けよ。

それでやっとスタートラインだ」


熱くなっていた意識が、この一言が冷水となりシルーセルを冷やす。

手が振るえ、うっかり引鉄を引き絞ってしまう。


「ダメだっ!」


シルーセルの拒否反応が叫びと共に、右手首を左手が掴み、銃口をティアから外し上に向かって発砲させた。

額と背中に冷や汗がビッシリと張り付いていた。

膝がガクガクと振るえ、自分の体重さえ支えるのが難しくなり、シルーセルは膝をついていた。


「馬鹿が…。

千載一遇のチャンスを…」


ティアは罵倒しながら、一度たりとも殺気のさの字すら浮かべなかった。

それがシルーセルの覚悟を決めさせる為に捨石になろうとしていたことを物語っていた。


「そ、それは、オレのセリフだ…。

バカたれ…。

どうして、捨石なんかに」


緊張が解けて、シルーセルは絶え絶えの声で問うていた。


「勘違いするなよ。

殺されてやる気なんてサラサラ無いんだよ、俺は」


ティアには覚悟があった。

撃ち殺されてもいい覚悟と、仕損じられたら殺す覚悟が。

だが、シルーセルの答えはその両方から外れた。

自分の信念をギリギリで保ったのだ。

ティアはその行動を綺麗事だと罵倒することもできた。

覚悟は構築できていても、未だに染まっていないシルーセルの手。

それが下した甘い思惟が、禍根を残す結果を招くかもしれない。

地獄の底を覗いたことの無い者の戯言。

でも、羨ましいとも感じるのも事実だった。


(こんな事を本気で認めているのかよ、俺は。

凛が聞いたら、罵声を浴びせかけてくるんだろうな。

僭越だって…。

査定の結果は目に見えているが、それでも俺は…)


「…でも、嫌いじゃない、そんな答えは」


ティアは照れくさそうに、そう告げるとシルーセルに近づいて手を差し伸べる。


「お前の信念に付き合ってやるよ。

だが、やるからには敗北は許されない。

手伝ってやる交換条件としては、破格だろう?」


その声音と表情は冗談ではないことを告げていた。

凛やカイルみたく打算で動くタイプとは対極的な位置にいるのがティアだ。


(そう、こいつは自分の価値観でしか動かない)


それを理解するだけの期間を共にして来た。

だからこそ、ティアが血塗られた鉾(ミストルティン)ではなく、カリオスト側に付くと公言したのもその価値観に基づいてのことだと理解できた。


「マジかよ。

相手は血塗られた鉾(ミストルティン)だぜ。

…勝率なんてゼロに等しいぞ」

「俺の聞きたいのはそんな言葉じゃない」

「勝つよ!」

「交渉成立だ」


シルーセルは右手の銃を左で引き剥がし、強張った右掌を開閉させてから、ティアの手を取る。

ティアは口元を僅かに上げ笑うと、シルーセルを引き上げる。


「で、これからどうする予定だったんだ?」

「とりあえずカリオストに行き、ミッションのことをハーゲン様に伝えないと」

「分かった、急げば間に合うだろう。

車を取ってくる」


と、ティアは霧が失せた陣地に戻ろうとする。

そこでシルーセルは自分が犯した過ちに気が付く。


「まっ、待った!

…あのな、車は無いんだ」

「はぁ?」

「いや、その正確には壊れた、いや、壊した、いや、壊しておいたんだ」

「…さっきの爆音は」

「逸早く通信器具諸共も破壊しておきたくて…、スマン」


重要な荷物の類は降ろした形跡がなかったので、車ごと廃棄しておけばいいと、シルーセルはあの時は考えたのだ。

それが今となっては仇となってしまった。


「時間もない。

カリオストまでどれぐらいだ?」

「北西に50キロってところだが、…まさか?」


シルーセルは厭な予感がした。

それしか思いつかなかったというのが正しいのだが。


「走るぞ。

高が50キロ。

2時間も走れば到着する」


(…それはオマエだけだ)


責任が自分にあるので、シルーセルは心の中でつっこんでおく。


「やるしかないか」


険しい山々がシルーセルの前に立ちはだかる。


(体力作りだけは念入りに繰り返したしな)


体液が尽きる寸前まで、口から嘔吐を散らかしたのを思い出した。

その所為で走る前から、喉に汚物の味が染み付いている気がした。


「行こう」


シルーセルの号令で2人は疾風と化し、草原の国を目指す。

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