【ミッションカリオスト】 静謐なる攻防
ミッション決行まで15時間――。
血塗られた鉾を離れ、10時間が経過していた。
軍用ヘリを使い、カリオストから100キロ強離れたセノ平原まで距離を稼ぐ。
これよりヘリを降り、敵地であるカリオストの領土に足を踏み入れる。
ここから先は草原のみ。
山脈地帯に取り囲まれたように存在するカリオスト。
気流が激しく、空から領土進入は難しい。
ましてや、今回は隠密行動が作戦の要。
目立ちながら領土侵犯しても意味はない。
そこからは暫く車を走らせ、山中を駆けていく。
自然に見えがちだが、所々に走りやすく手が加えられていた。
これも事前準備なのだろう。
2台の4WDが野山を疾走する。
運転しているのは、運転技能で高得点を叩き出した2人。
凛とカイル。
この2人は万能型と言えるタイプの人間で、何でもある程度の技術を収めていた。
カイル側にはビィーナ、ティア、そして審査官としてソイネ バイネスという女が乗っていた。
カイルの横にビィーナが、ティアと審査官は後部座席にいた。
ソイネ バイネスなる人物。
一言で彼女を表すなら、女王様だろうか。
黒のレザーで全身を覆い、腰にはホルスターと鞭が結わい付けられている。
軍帽でも装着すれば完璧。
何より吊り上った目元と、纏う雰囲気が彼女その名称を与えている。
審査官の職務により、審査官としてチームBX―03に同行している。
これはあくまでミッションと呼ばれる中間試験。
だが、今回のいつもと状況が違っている。
(な、なんで俺の周りには、こんな女しかいないんだ!)
チリチリと横からするプレッシャー。
ティアは自分の女運の無さを呪いながら、この状況を打開すべく、前に見る。
バックミラーから笑いを噛み殺したビィーナの顔が映し出されていた。
どうやら、バックミラーでこちらを観察して楽しんでいる様子。
(替われ)
口パクでビィーナに訴える。
バックミラー越しに、イヤと口を動かすビィーナ。
本気で女運が無いようだった。
ティアは得体の知れない女王様プレッシャーを受けながら、居心地の悪い旅路を満喫する破目となる。
もう1台は残り2名。
凛とシルーセルだ。
明らかに仕組まれた組み合わせだと、シルーセルは苦虫を噛み潰したように気分にさせられた。
饒舌な凛。
しかも、こちらに受け応えさせるような探る質問が飛び交う。
一語一句を楽しむ凛。
ジワジワと獲物を追い詰めるかのように。
※
暫く後に山の中腹にてその歩みを止める。
一見何の変哲もない場所に思えるが、木々が所々曲げられており、上空や横からはそこが開けた空間であるように見えないよう、細工してあった。
昼前の時刻。
エンジンを切り、各自降りると、ソイネの前に集まり敬礼する。
「よし、これより休憩に入る。
2時間後、ミッションカリオストに初手をかける。
肝に銘じ、最後の英気を養うがいい」
そこで凛に視線を送ると、眼で付いてくるように命令する。
「解散」
凛は去るソイネに従い、森の木陰に消えていく。
それを確認したティアは安堵の溜息を付き、未だ含み笑いをしているビィーナを睨みつける。
「ティアくんって、気の強い女の人に弱いんだね。
リンとか」
「……」
ティアは言葉も出ない。
沈黙は肯定。
だが否定を口に出せば、余計に立場が堕ち込むこと請け合いだった。
(俺って、こんなに女と相性悪かったか?)
過去を振り返ると、振り回されていた日々の方が自棄に浮ぶ。
…肯定してしまった方が無難だと悟る。
「慣れない経路で疲れた、寝る」
ティアはそう告げると、自分の荷物からシートと取り出し、地面に広げる。
地面に体温を奪われない処置をすると、疲れをとる為にブーツの紐を解き、締め付けている衣服を緩める。
荷物を足元にやり、その上に足を乗せ仰向けの体制をとる。
これで全体の血の循環を良くし、短時間で疲れをとる状態が整う。
虫に鼓膜を破られないように耳栓をすると、睡眠用の呼吸をとる。
これはティアが情報管理送還装置を自分にかけるようになって、自然と身に着けた技術だった。
寝ている時と同じ呼吸をすることで、早く睡眠陥ることが出来る。
ものの2分程度で、ティアは睡眠に入る。
それでも表層面では僅かな警戒網が引かれている。
瞬間で己を覚醒させる訓練も、凛によって施されている。
寝込みを襲われても、対応できるようにと。
「オレは少し散歩してくる」
シルーセルは群れから離れようとする。
勿論それに反応したのは、カイルだった。
「なら私も付き合いましょう。
少し緊張しているのか、眠れそうにありませんから」
等と嘯いてみせる。
(…来たか。
さて)
「アタシは…、いいや」
ビィーナは散歩と聞かされ、趣味が先走りそうになるが、寝ている者を一人置き去りにする訳にも行かず、留まることにする。
「そうか」
「では」
と去って行く2人。
誰も気持ちを察してくれないことにカチンと来たビィーナは、ティアの横にマットを引くと、ふて寝する。
「ボクネンジンだ。
このチームの男はハイリョに欠けているよ」
立ち去る者に聞こえるレベルの声で批難する。
2つの足音が、いやに早く遠ざかっていくのだった。
※
「で」
一言だった。
それで全て察せれる。
「おかしな点は見受けられません」
シルーセルの監視謙、判断。
それが凛に課せられた、これまで仕事だった。
「……」
いぶかしむ視線。
それを真っ向から受けながら、凛は微動にしなかった。
ソイネは逡巡して、顎に手を当てる。
そんな仕草が妙になめかしく映る。
魅せているが正解だろう。
「嘘を付いて利潤があるとは思えんしな。
そうか…」
その後に続く言葉を飲み込む。
凛には想像が付いた。
(洗脳は上手くいっている、類でしょうね。
植え付けって言うのは、先の方が基盤とされるのに。
塗り潰すには、色が限定されてない、漠然としてる。
この女は、カリオストを己の眼で見たことが無いのね。
怠慢だわ)
凛には相手の考えが手に取るように分かる気がした。
それは一度、自分でも辿った道だからだ。
俯瞰的な情景で持って、人心掌握を図ろうとする血塗られた鉾の洗脳方法。
悪くはないが、それは力が全ての人間でなければならない。
そんな人間ならば欺きと知略に長け、自然と血塗られた鉾に染まるものだ。
手を下さなくても、そうならざる得ない箱庭に放り込むことで、洗脳は完成するのだ。
そしてカリオストの人間にはそれは当て嵌まらないことは、凛は熟知している。
(私の情報が有益だとでも思ってるんでしょうね。
集団洗脳なら煽動してやれば簡単なのだけど、生憎と自立させるように私が仕向けたもの。
そんな稚拙な洗脳なんて引っかかる輩は、内のチームにいないわ。
まぁ、その価値観に染まってしまった人間には、理解できないでしょうけど。
みみっちい点数稼ぎしか模索できないなんて、このチームの試験官にしては、間の抜けたこと)
「貴様はクレバーな人種だ。
その獲物を値踏みするような目付きでわかる。
危険を犯すタイプではないだろう。
なら、心配はないか」
無表情のまま、内心で苦笑した。
(そうね。
そう見えるわね。
私もそう思って、創ってきたんだから。
クレバーな人間は、賭け事はしないのよ。
金持ち喧嘩せずってね)
「良かろう。
貴様も休憩を挟むがよい。
存分に働いて貰うぞ」
私の出世に協力して貰うぞと、凛には聞こえた。
相手を利用し、貶めることで生き延びてきたタイプだろう。
だから、完全に人を信用しない。
「はい。
失礼します」
踵を返し、休憩場に戻っていく。
その顔は先程の無表情ではなく、凛らしい不敵な笑みだった。
※
シルーセル達は休憩場周りの草地を慎重に歩いていた。
折角偽装してある休憩場の周りを、下手に歩き回って怪しくしては意味が無いからだ。
6月に入り、草木も大分夏の模様を付け始めていた。
生い茂る草木が織り成す、濃厚な緑の匂いもその一環だろう。
「懐かしいな」
「懐かしいですか。
どこら辺がですか?」
呟くようなシルーセルの言葉に、カイルは質問をする。
「あれ、あそこにある少し青緑の草があるだろう」
シルーセルが指す場所に、確かに青緑な、ちょっと変わった色の草が群生していた。
その色でなければ、雑草としてしか映らなかっただろう。
「あれは、カリオストには必需品だ」
「カリオストには?」
「あぁ。
あれはセパレイヤと呼ばれる草でな、カリオストで栽培しているんだ」
「栽培ですか?
このように自然に生えているのに」
「まぁ、それだけ多用しているってことだ。
あれには麻酔効果のある液体が取れるんだ。
カリオストは崩壊の兆しに隣接してるだろ」
カイルは納得する。
崩壊の兆しから稀に排出される異生物。
それは異様な環境で育った為、並外れた能力が備わっている。
カリオストに現われるフォーリジャーと称される生物は、頑強で巨大な肉体を持つ。
その皮膚は銃弾すら弾き、その足は馬並みの俊敏さを誇る。
一般的な像よりも二廻りも巨大で、それらの能力を持つのだ。
それを退治する為に設立された草原の騎士の強さも頷けるだろう。
そんな怪物を相手にするば、怪我人量も半端ではない。
その場で縫う程の怪我などザラだ。
だから、簡易麻酔としてこのセパレイヤを磨り潰し、抽出した麻酔液が多用化されていた。
それとカリオストの商品として、輸出もされている。
「迂闊に触るなよ。
カリオストで使われているのは薄めたものだ。
これ自体が強力な麻酔薬だ。
下手に体内に注入すると、弛緩し過ぎで心臓が止まるぞ」
つまり心臓を動かしている筋肉すら弛緩し、動かなくなると言っているのだ。
迂闊にも触ろうとしていたカイルはギョッとして、その手を止める。
「せめて手袋ぐらいしないとマズイ。
通気性のないゴム製なんかがいいな」
「…危うく、触ってしまうところでした」
カイルには、シルーセルの発言が意外だった。
ここ触れてさせていれば、痺れ、動けなくなったカイルを料理するのは容易いからだ。
教えなければ有効に戦況を進められるというのに。
(私達は思い違いをしているのだろうか?
それとも)
「珍しいな。
あんまり森林地には群生してないんだが。
おいっ、戻ろうぜ。
これ以上踏み荒らしてると、指揮官殿にどやされかねない」
シルーセルはアッサリと戻ることを宣告する。
予想外に次ぐ、予想外に戸惑いながら、カイルはシルーセルが先行する道に続く。
結局何もないまま戻ると、シルーセルもティア達と並び、休憩タイムに入ってしまう。
丁度戻ってきた凛とソイネ。
カイルは僅かに凛と視線を交わす。
そこには警戒を怠るなと言っていた。
凛はシルーセルの離反を確信しているようだった。
凛は凛で、カイルの迷いを感じ取る。
こうして静寂が暫し訪れる。
破られるのは、それから1時間半後。
立ち上る、大量の煙と共に。




