【ミッションカリオスト】 孤独な戦い
ここは司令室。
大層な名をつけても只のプレハブ。
この2ヶ月で外装が変化していた。
罠に次ぐ罠が施されており、仕掛けた本人たちも気を抜くとあの世に旅立てる代物で周囲が固められていた。
プレハブに入るだけで命懸け。
それ故、話し合いをするのは都合のいい場所になっていた。
いつも通りにパイプ椅子に腰を据え、反省会が成されていた。
「流石ね。
銃声が連なりで、マシンガンの類に聞こえたわ。
あれだけのことを1丁の自動拳銃でこなすなんて」
驚愕だった。
しかもワンアクションごとに修正された軌道。
情報管理送還装置であらゆる情報を得たとしても、凛には真似できないだろう。
そこに至る計算がなせないのだ。
銃弾が大気を切り裂く度に修正し、抵抗値に誤差が生じる。
標的の動きも又然り。
不確定要素が多すぎて、計算による射撃では同じことが再現できない。
(フィーリング。
強ち間違えではないわね。
何か、私たちには感じ取れていないものを感じているとしか説明がつかないわね)
凛はそう考えると、少し腹が立ってきた。
つまり、これが産まれながらにして決まっている事柄、天の才能だろうかと。
先天的な設定に、理論で対抗できないとなると、認めざる得なくなる。
(今更不平に出来た世の中に文句を垂れても仕方無いわね。
無いものねだりしたところで手に入る訳でもないし。
限られたモノで何とかするしか、方法がないのが現実ってものだわ)
天与に文句つけても仕方ないと自問を止め、集まった精鋭に見回す凛。
(精鋭ね。
環境の厳しさからも逸脱した、凝縮された才。
安寧なる覚悟では生まれなかった技巧の習得。
誰一人脱落することなく、この過酷な2ヶ月を切り抜けた。
あげてもいいかもしれないわね、精鋭なる名を)
「褒めるなんて、どうした?
変なもんでも…、毎日飲まされているな、そういえば」
「失礼ね。
貴重な栄養剤に対して、変なものとは」
「味覚に自信が無くなった。
今なら、毒以外のものなら何でも口に出来る気がするぜ」
鍛え抜かれた五感の内、味覚だけがものの見事に破綻への道を歩んでしまった。
この5人の中でまともな味覚を有しているのは、一度も罰ゲームを受けたことのないビィーナだけだろう。
「脱線してる場合じゃなかったわね。
…2ヶ月の歳月が経過してしまった。
昨日指令が届いたわ」
緊張が走る。
だが、誰一人として臆することなく、毅然とした面構えをしている。
遣るべき事を成した者だけが見せられる、自信に満ちたものだった。
「問題ないさ!
武者震いがするぜ」
シルーセルが強気に発言し、それに3人が頷く。
2ヶ月前ならば虚勢だっただろうが、今は確信している。
どんなに状況下ですら切り抜けられる決意が固まっていることに。
「そう」
と答えると、凛はシルーセルで視線を止める。
「大雑把な内容は…、恐れていたことが現実になったってことね」
渋る凛。
「国潰し、要人の暗殺か何かですか?」
カイルが凛の心中を察して、予想される最悪のシナリオを口にした。
正解であるように、凛は微かに息を呑む。
「…私たちに下された指令は、国の基盤に亀裂を入れること。
その直後、統率できなくなった国を隣国が攻め落とす算段になってるわ。
依頼の矛先にされた不幸な国の名は、カリオスト」
「っ!」
シルーセルの瞳孔が広がり、驚愕を表す。
そこでシルーセルは自分の失敗に気付く。
(そ、そういうことか!
だから俺に視線を固定して、窺っていたのかっ!)
ここで冷静なフリをするのは得策でないと考えたシルーセルは、探られる前に先制をうつことにする。
「俺の故郷かよ。
全く、トンデない展開だな、これは…」
意外にも自分の声音が乱れていない上に、演技通りに僅かに動揺が見え隠れするような感じに収まっていた。
「でしょうね。
要人って言われて思い出す人物はいるかしら?」
(平然と流しやがったな。
保留を決め込む気か…)
「あの国で要人と言えば、1人だけ。
カリオストの誇る草原の騎士にして、国王。
黒牙と呼ばれる全長5メートルはある黒き馬を駆る者、ハーゲン王。
まさに国の要だ。
カリオストは、かの王に依存していると言っても過言じゃない。
どんな逆境であろうとも、ハーゲン王が居る限り国は滅ばない。
盾となり剣となり、国民は王の為に尽くす。
それ程の器だ。
国潰しを行うなら、消しておかねばならない最も厄介な存在だろう」
「まっ、その通りね。
私達の任務はその王を亡き者にすること。
生半可なことではないわ。
私の知る限りじゃ、草原の騎士と呼ばれる武力は、地力が深いわ。
武力ながら、軍事力に対抗できる実力を持っているわ」
「武力?」
使い分けた言い方をする凛に、疑問を投げるティア。
「この科学万能の世界で、今だ馬という手段を選んでいるのよ、草原の騎士って呼ばれる部隊は。
しかもその部隊は万能ときたものよ」
「万能?」
「市内戦を行うとして、馬というファクターをどう思うかしら?」
「機動力より、機敏さが必要だろ。
なら、小回りが利かない分、邪魔じゃないのか?」
ティアの教本通りの受け応えに、首肯する凛。
「本来ならね。
でも、それらを払拭してしまう操縦法を習得しているものが、草原の騎士となる。
つまり、草原の騎士にとって馬は手足なの。
市内でのせせこましい場所でも、難なくその機動力を生かせる。
人とは比べ物にならない運動性能を備えた馬を自在に操れるなら、その実力は血塗られた鉾の一兵にも引けをとらない。
…これは大げさね。
でも過小評価は出来ないわ。
分かるかしら、現代のお粗末な科学で武装した軍事力より、技巧を磨き築き上げてきた草原の騎士の武力の方が上回っているのよ。
そんな騎士を統率する者を暗殺するのが、今回の任務。
さて、これは簡単かしら?
飾りの王じゃないわよ。
草原の騎士を統率する者、それが今回のターゲット。
彼の通り名は獅子王よ」
「…泣けてきたな。
確かに正面からぶつかればヤバイかもしれない。
けど、今回は暗殺だろ?」
「逆よ。
暗殺しか方法がないの。
ビィーナに打って付けね。
私達はオマケ。
正確には捨て駒にされるかもしれないわ。
囮としてね」
「時間稼ぎね。
見つからずに成功させる必要ありか」
「事前準備は成されているから、そこまで悲観する必要はないわ。
今回のミッションに借り出されたのは、第3学年2名、破壊工作員2名、特殊社員2名と大掛かり進められているわ。
第3学年は忍び込む手引きを、特殊社員は依頼主の護衛。
要となるのは破壊工作員。
彼らは攪乱の為に、崩壊の兆しに干渉し崩壊の予兆を引き起こす予定よ」
「なっ、そんなことしたら!」
シルーセルはあまりに稚拙な作戦に驚きを禁じえなかった。
「滅ぶわね、国なんて。
でもなまじカリオストが強固な国である故に、この方法でしか誘導になりえないわ」
凛は律儀に答えたながら、シルーセルを窺う。
そこに間の抜けた質問が飛ぶ。
「悪い、話の進行についていけない。
崩壊の兆し、崩壊の予兆ってなんだ?」
それを聞いた4人はギョッとしてティアに視線を集わす。
そして全員が半眼し…
「バカだな」
「馬鹿ね」
「馬鹿ですね」
「バカだよ」
4つの連鎖をティアに浴びせる。
「ぐっ!
無知なのは認める。
その様子から馬鹿な質問をしていることも重々承知した。
今後、そんな質問をしないように善処する」
「卑屈ね。
ま、今回はそれに免じて教えてあげるわ。
…でもホントに貴方、血塗られた鉾の生徒なの?
明らかにズレてるわ。
無知は罪よ、馬鹿げた質問は最後にして欲しいわ」
「ぜ、善処する…」
「ついでに作戦内容も説明に移るわ。
先ずは崩壊の兆しから。
その名の通り、歪んだ場所って意味よ。
私達が遣う門は、空間を歪ませ並列空間に繋ぎ、そこに内包されている素粒子をこちらに引き寄せて、感応原子に反応させてエネルギーに換える。
細かい説明は省くけど、それが門の基本的な説明ね。
空間を歪ますということは、安定しているものをワザと不安定にさせて、ありもしない状態を招くことで素粒子運搬を行っている。
世界は元々不安定な要素が少ないの。
空気が薄いところには、空気が流れ込む。
そうして均等になろうと変動する。
でも、密閉空間なら均等に成ろうとする世界には干渉されること無い。
人を放り込めば酸素が消費していく。
つまり、要素が世界のあり方を不安定にしている。
で、空間においてもそれが置き換えられる。
要因は明確ではないようだけど、その崩壊の兆しは一般的な空間よりも歪みが生じて、固定されているわ。
稀に並列空間を直繋ぎしてしまうほど歪曲してしまう。
それを崩壊の予兆と呼ぶわ。
直通された歪みは、向こうに生息する生物をも通す。
門を遣っている者なら分かるでしょう?
もし、あんなエネルギーの滞在する空間で生息を可能とする生物が、重力しか影響を持たないこの空間へ逃げ道を見つけたとしたら?」
「そりゃあ、迷うことなく逃げ出すだろう。
新天地への道があるなら…、ちょっ、ちょっと待ってくれっ!
まさか、オルトを襲った悲劇は」
「近年で起こったゲシュタルトは、その港町オルトが最後よ。
後にも先にも執行者が全部隊駆り出された事件はあれだけね。
オルトは崩壊の兆しに認定されていなかっただけに、対応が遅れたそうよ。
今でも廃墟よね、あそこは」
「対応、何で?」
ビィーナが仕事でもないのに血塗られた鉾がでしゃばっていることに疑問を抱く。
「詳しい内容は知らないわ。
でも、血塗られた鉾は崩壊の兆しに固執しているわ。
だからこそ、今回の依頼が受理されたの」
「???」
凛の説明に疑問符しか浮かべられないビィーナに、カイルが補足を入れる。
「つまり、崩壊の兆しの奪取ですね。
軍事国家と並んで相手にしたくない国、カリオストに手を出すのですから、それなりのメリットが必要。
それに血塗られた鉾自体が侵略を仕掛ける訳にはいきませんからね。
あくまで一企業。
依頼という形に拘るのは、他国を刺激しないように装うっているのでしょう。
いくら最強の名を欲しいままにしているとは言え、世界を敵に回す訳には行きません。
これは願ったりの依頼なんでしょう。
利害の一致ってやつですよ」
「崩壊の兆しが報酬か。
国一つを交換条件に出すなんて、血塗られた鉾の価値観ってわかんないな」
「そうでもないわよ。
空間を歪めるなんて芸当、私は血塗られた鉾以外で耳にした覚えが無いわ。
第一、やっと車が徘徊する世になったばかりなのに、ここの科学力は異常だわ。
…話が逸れたわね。
つまり、空間を歪める科学を可能にしているのは血塗られた鉾だけ。
崩壊の兆しが自然なものじゃないのは摂理から分かっているわ。
なら、それを求める血塗られた鉾と関わりあるのは必然とも言えるわ。
まぁ、それも推理の段階を出てないわね。
意外に並列空間に生物がいるんだから、そこからの使者だったりしてね、血塗られた鉾の上層部は。
と、口外しない方が良いわよこの話。
此処だけの話にしておきなさい、てっ、話聞いてるの?」
まだ事実から立ち直れていないティアが、呆然と生返事を返す。
「どうしたの?
もしかしてオルト出身だったのティアくん」
「えっ、あ、違う。
けど、暫く滞在していた。
それだけだ…」
「そう」
過去という治ることの無い傷に触れた感じがしたので、凛はそこで話を切っておく。
「崩壊の兆しを直通させゲシュタルトを決行。
それに気を捕られ騎士の騒乱が合間に、ミッションを完遂させる。
詳細は追って知らせるわ。
残りは準備期間とする。
体を休めるもよし、苛め抜くもよし。
21時までにはプレハブに戻ること。
最後のミーティングを行うわ。
解散」
説明を終えた後、シルーセルを一瞥すると凛はカイルを連れて、プレハブを離れていく。
(完全にヤラれたっ!
言葉の端々に隠しようのない失言が含ませちまったっ!
確証まではさせていないが、警戒はさせたな。
これで動きが制限される、どうするっ!)
動悸が目まぐるしく駆け巡る。
それが表面に出ないように、シルーセルは冷静時の呼吸をして全ての感情を押さえ込む。
(過ぎたことはいい。
行動範囲が制限された状況下で、どれだけの準備を進められるかだ。
絶対に確かめておく必要があるのは)
シルーセルは嫌な汗が吹き出ている掌をズボンに擦り付け、気持ちを切り替える。
「どうするんだ、これから」
と周りの動向を探る。
あくまで自然に、いつもの自分らしく。
「そうだね、つかれて任務に支障をきたすとマズイから、ノンビリすごそうかな?」
「俺は体を動かしてくる。
リズムを崩したくないしな」
ビィーナは休憩を、ティアは訓練を取った。
ティアの場合はどうも、躰を動かしていないと苛々する自分を押さえ込めないという感じがした。
「…いいのか?
バラバラに行動したら、狙い撃ちされるかもしれないんだぞ?」
「リンのお怒りが飛ぶかな?
でも、独断行動はリンの専売特許だよ。
ティアくんやシルーセルくんならともかく、私は平気だけどね。
ヒマしてるから、どっちか付き合おうか?」
(微妙だな。
ティアと組ませるか。
いや、俺がそう仕向けるのが狙いってこともありえる。
どちらにせよ、ハッキリしないな。
…リミットは21時まで。
それまでに作戦と、それに必要な道具をかき集めねぇと。
だが、下手に独断行動をすれば、疑いが確信になる。
どうする…)
「それなら俺に付き合ってもらおうかな。
愛銃の砲身に歪みがあるから、交換して貰ってくる。
万全は期していたからな」
「シルーセルくん、使い方荒いからね。
整備する度に故障が見つかるってグチってるのは、自分のセイだと思うよ」
「うるせい。
ティア、戻ってきたらこのジャジャ馬貸すから、それまで待ってろ」
「人を小間使いにして!
ヒマなんていうんじゃなかった…」
(先ずは傍で観察だな。
戻るまでには結論が出るだろう。
しくる訳にはいかねぇ。
ここで行動を起こさなければ、俺は何の為に力を求めたんだ。
…博打は嫌いだ。
だが、命しか賭けるものがないなんて皮肉だぜ)
意外に冷静な自分に感心しながら、シルーセルはビィーナを連れてプレハブを離れる。
こうしてシルーセルの孤独な戦いの火蓋が切って落とされる。
※
血塗られた鉾学園の一室。
乱雑に椅子や机が置かれており、物置と化している。
歩く度に埃が舞い、足跡がクッキリと付く。
普段から使われていないのは一目瞭然だった。
そんな空き部屋に、2つの影があった。
「感想は?」
「そうですね、不意打ちでしたから、シルーセルに注意するのが遅れました。
カリオストの単語が飛び込んできた時、私の方が驚いた位ですから。
冷静でしたね、彼は」
「冷静過ぎよ」
「そうですか?
普段通りだった気がしますが」
「カリオストの名を出した瞬間、シルーセルは動揺した。
それから普段通りなんて、逆に奇怪しいでしょう?
つまり、所々見せた普通の反応は作ってみせたってこと。
でも、本音は隠し通せなかったみたいね」
「尊敬ですか。
正確にはカリオストの尊厳と言うべき概念。
そして彼も又、国民だったと」
「そうなるわね」
「で、こんな場所に呼び出したのは、他に連絡があるのでは?」
カイルには、2人だけになる理由がそれ以外に浮ばない。
シルーセルの裏切る可能性を思案するだけなら、他の者が居てもいい筈だった。
「話が早くて毎度助かるわね。
どうもティア辺りと話していると、1から10まで説明しないといけないから疲れるわ。
…上からの指令よ。
このチームを3人に絞りたいってね」
「…来ましたか。
どうやら私達は峠を越した…、成るほど、私達も打ち切りですか」
「勘がいいわね。
鵜呑みすれば、私達は上に存在を認められた、かのように聞こえるわね」
「実の処は、4人を切った地点でチームは解散。
必然的に私達の道は閉ざされると」
「正解。
で、シルーセルの見極めを私達が任命された訳」
「国に在り方を見ればそんな危惧は抱きますね。
あれほど、思想が一体化した国も珍しい。
恐怖でなく、信念において。
国造りの1つの理想を形成している。
羨ましい限りです。
シルーセルの離反は、起こるべくして起こったと」
「そしてティアは企画から外された。
賠償金を稼ぐ為に、どうぞですって」
「やれやれ。
今の彼を殺すのは手間賃では済まないというのに。
節穴揃いの上層部ですね」
カイルは嘆息し、それを見ていた凛は楽しそうに問う。
「賭けごとは好きかしら?」
「賭けですか?
嫌いですよ。
確率論は好きですけど。
運任せは、遠慮させて貰います」
「実力だけが決する賭け。
乗ってみないかしら、カイル?」
(酷い人だ。
私がYESとしか答えられないのを知りながら、問うなんて…)
「勝率は?」
「2割」
「これまた、分の悪い賭けですね。
想像が付く分、腰が引けてしまいます。
返事は当日にさせて貰いますよ。
合図は<酷い人だ>です」
その皮肉が気に入ったのか、凛は頬を緩め軽く笑うのだった。




